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プロローグ 肉の竹蒸し

コミックス『ゼロスキルの料理番』が重版しました!!

Amazonなど各通販サイトの在庫が戻っております。

まだコミックを手に入れていないという方は、

是非これを機会にゲットしてくださいね。


もしかしたら、お近くの書店の在庫にも重版分が回っていると思いますので、

覗いてみてください!

 ぐおおおおおお……。


 魔獣の声が山野に響く。

 巨体を揺るがし立ち上がると、四方を囲んだ人間に爪を振るった。

 その攻撃を見て、散開する。

 人間たちの身体には防具が備えられ、手には武具が握られていた。


 冒険者と呼ばれる彼らは、魔獣を倒す専門家だ。


 神々から与えられた贈り物【スキル】を利用し、魔獣を追い込んでいく。


 1人は風のように走り。

 1人は人知を超えた膂力を持って、魔獣の攻撃を受け止め。

 1人は杖の先から光を照らし、仲間を癒やした。


 息の揃った多重攻撃に、知性の乏しい魔獣は徐々に追いつめられていく。


 やがて、1人の剣士が魔獣の前に飛び出す。


 それは見目麗しい金髪の姫騎士だった。

 赤い唇を大きく開け、裂帛の気合いを吐き出す。

 青い炎のような瞳を燃え上がらせ、魔獣を睨み付けた。


 そして大上段から光の速度を持って、剣を振り下ろす。


 真っ二つに斬られた熊に似た魔獣は、轟音を上げて倒れた。

 わずかに身じろぎしたが、絶命を免れない。

 やがて息を引き取った。


 安堵の空気が立ちこめる。

 それぞれの得物をしまい、臨戦態勢を解いた。


 姫騎士もホッと胸を撫で下ろし、鞘に剣をしまう。

 彼女を覆っていた光は徐々に失われ、消えた。

 【光速】と呼ばれるスキルを解いたのだ。


 彼女の名前はアセルス・グィン・ヴェーリン。

 王国内でも指折りに入る冒険者で、その功績だけで貴族の階級を持っている。

 さらには冒険者の最高の誉れである【聖騎士】の称号を王から戴き、その強さは王国最強とも呼ばれていた。


 その仲間の1人が進み出て、魔獣の爪を切る。

 この証を持って、ギルドに申告し、約束の報酬をもらうのが彼らの生業だった。


「行こう……」


 アセルスは金髪をなびかせ、翻った。


 証を手に入れれば、用はない。

 くるりと翻った瞬間、声がかかった。


「なあ……。あんたたち、この魔獣もらっていいか?」


 思わず柄に手をかけ、振り返る。


 冒険者たちの視線の先にいたのは、まだあどけなさが残る青年だった。


 15、6歳ぐらいだろうか。

 真っ黒な蓬髪に、日焼けした肌。

 髪の色と同じ瞳はぱっちりとして可愛らしく、それに似合わぬワイルドな毛皮を肩からかけて、胸の前で結んでいた。

 武装は手に持った短剣のみ。

 背負った背嚢からは、何故か木のお玉や鉄鍋が見えていた。


 冒険者たちは呆気に取られていた。


 青年の容姿ではない。

 ここまで近付かれて、全く気配に気付かなかったことに驚いていた。

 しかも、戦闘が終わった最中。

 極限の集中から解き放たれたとはいえ、子供1人の気配に気付かないほど、アセルスも、その仲間たちも凡百ではない。


 むしろ最精鋭といっていいほど、ギルドから高い評価を受けていた。


「なあ……。どうなんだ?」


 青年は首を傾げた。


 はっと我に返る。

 質問に関しては「是」だ。

 だが、青年が今から何をするのかということに関しては気になった。


 アセルスは1歩進み出る。


「訊くが、その魔獣をどうするつもりだ?」


 詰問する。

 怪しげな魔導の実験に使うのであれば、聖騎士の名のもと凶行を止めなければならない。

 魔獣を使った実験は、どの国でも禁止されているからだ。


 だが、青年の回答はアセルスの斜め上をいった。


「食べるんだよ」


 事も無げに質問に答える。

 冒険者たちはざわついた。

 アセルスも魂が抜けたかのように呆然とする。


 確かに魔獣には肉がついているし、脂質もある。

 体内の臓器も他の生物とほぼ同一で、一見すれば食べられそうにも見える。


 しかし、はっきりいって不味い(ヽヽヽ)


 肉は筋ばみ、脂質もぎとぎと。

 臓器も全体的に変なえぐみがあって、口に入れた瞬間吐き出してしまうほど。

 ともかく不味いのだ。


 呆然とした後、冒険者たちは笑った。

 魔獣を食べるなんぞよっぽどの悪食か、好食家しか食わない。


 一方、アセルスは目を細めた。

 魔獣を食わないといけないほど、青年の生活が逼迫しているのではと思ったからだ。

 何か食糧をやろう、と身体をまさぐるも大したものは出てこなかった。


「いいんだな?」


 青年は確認する。


 仲間たちは「どうぞどうぞ」と勧めた。

 そして足を止め、青年が何をするか観察する事にする。

 アセルスも立ち止まって、見守ることにした。


 冒険者の視線が集まる中、青年は早速といった様子で準備を始める。

 背嚢を置き、まずヨーグの大葉を広げた。

 人間でも寝っ転がれるほどの大きさで、保温性もあって野営に重宝する。


「いただきます……」


 目を閉じ、合掌する。

 それを契機に青年は動き出した。


 一刀された魔獣の切り傷を眺める。

 顔を突っ込み、鼻を利かせた。

 辺りは血に染まっている。

 青年の手にもべっとりと魔獣の血が付着していた。


 やがて、その手を奥へと伸ばす。


「よし。胆嚢は無傷だな。これならいけそうだ」


 何かを確信し、懐から1本の紐を取り出す。

 中身が出ないように胆嚢の口を縛り、短剣で切った。

 摘出し、そっと大葉に置く。

 さらに内臓を掻き出し始めた。

 魔獣の血は人間や他の種族と違って、青紫色に近い。

 血が通う臓器もそんな色をしていた。


 掻き出した臓器を大葉に置く。

 すっかり空洞になった身体の中から骨と肉を削ぎ落とした。

 さらに四肢や頭を分断し、綺麗に皮も剥ぐ。


 その時、冒険者たちが思ったことは、青年の手際が恐ろしく速いということだ。


 おそらく何回、いや何十回も続けてきたのだろう。

 部位にいれる短剣の動きに迷いはなく、大人が3人いても1日かかる作業を、わずかな陽の傾きの間に終えてしまった。


 もう1つ気付いたことがある。


 何故か匂いが違う。

 血の匂いがするが、魔獣を倒すと他にも異臭がする。

 ヤツらは人間も食べるから、その消化した後の匂いだというものもいるが、真偽は定かではない。


 だが、今回に限っては違う。

 普通の肉の匂いがした。


 ごくり……。


 一瞬、生唾を飲んでしまった自分たちに驚く。


 だから、ついつい聞いてしまう。

 この後、どう調理するのか、と。


「そうだな。いい感じのロースだし。今日は蒸し焼きにするか?」


「蒸し焼き……?」


 アセルスの形の良い眉が、ピンと動く。


 聞いたことがない調理方法だった。

 冒険者たちは専門家ではないから単に知識として知らないだけなのかもしれないが、少なくともそのような調理名が付いた料理を食べたことがなかった。


 青年は手早く火焚きの準備を始める。

 仲間の1人が手伝おうかと進言した。

 だが、青年は断る。


「あんたの炎のスキルじゃ。火力が強すぎるんだ。悪いな」


 事実、青年が用意したのは、ほんのチョロ火だ。

 あまり火力が強いと、食材にうまく火が通らなくなるのだという。


 青年の手は止まらない。

 鮮やかな手さばきで、肉を細切りにする。

 すると、立ち上がり、繁みの中に入っていった。

 しばらくして何かを手に掴み、もどってくる。


 (テール)だ。


 地下茎を広げることによって生息域を拡大する植物。

 特徴的なのは幹の硬さだろう。

 頑丈で割れにくく、麦酒のジョッキから武器にまで使われている。


 確かにお玉や鍋に使われ、料理人だけではなく、一般的にも馴染みのある植物だが、まさか竹が出てくるとは思わなかった。


 二の腕の長さぐらいに切り、さらに真っ二つに割る。

 開くと、空洞になっている部分に肉を詰め始めた。

 竹の葉で包み、閉じる。


 すると、そのまま火にくべてしまった。

 竹が焼け始める頃合いを待ち、青年は火から取り出す。


 ごくり……。


 アセルスはまた喉を鳴らした。


 すでにかぐわしい肉の香りが辺りに立ちこめていた。

 唾液が喉の奥から溢れ出てくる。

 胃が食べさせろと唸りを上げ始めた。


 ぱかり、と竹が開く。

 湯気とともに現れたのは、程良く脂がのった魔獣の肉だった。


 うまそ~。


 心の中でハモる。


 脂質がキラキラと輝き、飴色の焼き目は食べてくれと尻を振り誘っているかのようだ。何よりも香り。魔獣の肉とは思えない豊潤な香りが、深く辺りの空気と混じる。


 喉から手が出るほどとは、このことだ。

 小刻みに身体が震え、変な汗が出てきた。


 我慢しきれず、アセルスはいった。


「す、すまない。一口でいい……。一口でいいから、食べさせてくれないか?」


「うん? なんだ。あんたら食べたいのか?」


 アセルス同様、他の仲間も大きく頷く。


「これは魔獣の肉だぜ。臭いし、脂もギトギトで食えたもんじゃない――あんたたちは、さっきそういってなかったか」


「き、気に障ったのなら謝罪しよう。しかし我々は――」


「仕方ねぇなあ」


 青年の口角が上がる。

 勝った、といわんばかりだ。

 対して、冒険者たちの胸中に妙な敗北感がこみ上げてくる。

 それでも魔獣の肉、竹を使った蒸し焼きという調理法でできた肉料理に、大いに興味があった。


 手でそっと摘む。

 さすがに熱い。

 一気に口に入れた。


「「「うんめぇぇぇぇぇええええええ!!」」」


 山野に冒険者たちの叫びが聞こえる。

 驚いて、野鳥が飛び立ち、遠くの方では野獣が吠えた。


 これが魔獣の肉か……?


 疑うのも無理はない。

 食感はぷりっぷりっ。

 噛むと甘い肉の味が滲みだし、口の中に広がっていく。


 当然、筋張っていない。

 嫌な匂いも感じない。


 ともかくうまい。

 魔獣の肉とは思えないほどに。

 まるで極上の肉を食っているかのようだ。


 冒険者たちは夢中になって食べた。

 何故、こんなにもうまいのか。

 訳も分からず、あっという間に1(さら)を平らげてしまった。


 ぷはぁぁ……。


 美しいアセルスの顔が、食べた肉のようにトロトロになっていた。

 恍惚とした顔は、いまだ肉の海に溺れているようだ。


 空になった竹を恨みがましそうに見つめる。

 内側に残った肉の脂を、爵位をもつはずの女性がぺろりと舐めた。


 すぐに自分の醜態に気づくと、竹を隠す。

 顔を赤くしながら、縋るように青年に尋ねた。


「教えてほしい。君はどうしてこんなおいしいものを作れるんだ。確か【蒸し焼き】といっていたな。あれは君のスキルなのか?」


 興味津々といった様子で、アセルスは質問する。

 残っていた竹から肉を摘み、青年は肉をよく咀嚼した後、ごくりと飲み込んだ。


 やがて、事も無げに言い放つ。


「スキルなんか使ってないよ」


「そんな馬鹿な! 何かのスキルを使わないと、魔獣の肉をこんな――」


「だってよ。俺、ゼロスキルだもん」


「は? ゼロ……スキル?」


「ああ……。俺はゼロスキルの料理人なんだよ」


 異世界ルーンルッド。

 この世界で生まれたものには、等しくなんらかの【スキル】が与えられる。


 だが、どこの世界も、その歴史にも例外は存在する。


 ディッシュ・マックホーン。


 彼にだけ、神は【スキル】を与えなかった。

 しかし、それがルーンルッドの最高の料理人になるとは。

 この時、誰も予知していなかった。


 本人ですら……。


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こちらもどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m



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