世界の終わり
赤い光が空から無数に降り注いだ。――その光はあっという間に、その場にいたものを破壊し尽くしたけれど、今更だったよ。三週間ほど前に、爆撃機から降り注いだ爆弾が、土地の人間をあらかた殺しつくしていたから。
とは言え、そんな光景を見た、ってくらいなんだから、生き残りもいたんだ。とは言っても、飢え死にするのを待つばかりだったから、その赤い光は寧ろ救いですらあったかもしれない。…とは言え、その赤い光ってのも、狙って当たりにいけるようなものでもなくて、却って、避けようとする連中に当たったりしてね。そんな奴はもうすっかりと少なくなってしまっていたけれど。
僕は砂埃に汚れた身体を横たえながら、空を見ていた。親父もお袋も弟たちも、既にいなかった。没交渉になっていた近所の人間と関わり合うつもりもなかったし、全くの無傷と言うわけでもないけれど、それでも、雨風しのげる程度の家の縁側で、痛む頭を抑えて、黄色い空を眺めていた――そう、あの頃は、青い空なんて見当たらなかった。ぎらつく太陽の光が、全ての色をかき消してしまっていたかのようにさ。
僕はそんな風にして待っていた。何も食べず、何も飲まず、ただ、死ぬ時を待ち続けていた。
幾度か、夜が訪れ、幾度か、妙な夢を見た。自分の頭の中に残った記憶をでたらめに繋げて、ろくでもない誰かが殊更馬鹿馬鹿しく作り変えたような、つまりは、何にもならないようなそんなものを僕は体験させられていた。夢から醒めて僅かの間だけ頭の端にその夢の出来事が引っかかっている。けれど、それも、すぐに落っこちて行って、僕はただ、ろくでもないものを見た、と言うことだけを記憶して、そして、延々と黄色い空を見ていた。
そんな時、ラジオから、戦争終結の報が流れた。
勝者のいない戦争が終わった、と芝居がかった口調で誰かが言った。その誰かの顔を思い浮かべようとするけれど、上手く行かない。延々と、つまらない文句が流れ、歌が流れ、そして、やがて、何も聞こえなくなった。
黄色い空が青く色づき始めた。どうやら、何かが終わったらしい。そして、また、元通りになるのだろう。
やがて、車のエンジン音が聞こえた。クラクションの音、ブレーキ、始まりはそれだった。そこから、雑踏が生まれた。僕は空を見ている。僕は死ぬ時を待ち続けている。親父の声とお袋の声、弟たちの声も重なり、青い空に白い雲が生えて来た。大きな入道雲が、僕に夏の訪れを伝える。
横たわる僕の傍を顔の無い誰かが行き過ぎる。それは、黒い影だった。声を出すことは無い。ただ、遠ざかる音だけを残して、去って行く。彼らはどこへ行こうと言うのだろう? そこは、僕にも行ける場所なのだろうか。僕は、そこへ行きたい、と思っているのだろうか。
汚染された土と水と空気が、長い時を経て、ゆっくりと澄んで行く。ラジオから流れる音が、人の営みが破綻してしまったことを伝える。それは、段階的に。僕は、瞼を閉じる。赤い血潮が流れているから、その先の光の存在が確かなものだと分かるのだろう。壊れていく。いや、元々、壊れていた。それを立て直そうとする人たちの奮闘が伝えられるが、それがどうにも無意味なものであることに、僕らは気づいている。――僕『ら』? ここに、僕は一人しかいないのに。
僕は瞼を開いた。青い空が、悲しいほど美しくそこにはあった。僕は辺りを見回してみた。
誰もいない。ただ、僕らがそこにいたことを忍ばせたものが朽ちている様が見えるばかりだった。
何故か、涙が滲んだ。僕はまた、空に目を移した。
そして、また、瞼を閉じた。