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私がマッチ売りを辞めるまで

作者: 蔵野茅秋

この日常は普通なのか?それとも異常なのか?それもわからず過ごす少女に、転機は突然やってくる。掴むも溢すも彼女次第。彼女はどちらに進むのか。

――冬。

寒い冬。

それが目前まで迫っている。人々は帳は降りつつある街を足早に我が家を目指す。

 繁華街を避けるように帰宅を急ぐ男は見るからに何故か焦っていた。自宅に帰るために通るこの街路。ここだけが通りから外れているせいか、少しばかり治安は悪い。その事を知ってはいる。普段なら安全を優先して少し遠回りをして自宅に帰っているが、今日だけは急いで帰らなければ行けなかった。

「俺は今日決めるんだ」

 回りには聞こえないだろう小声。 何か決意を持った男の顔だ。その男はポケットに手を入れていたが、そこには明らかに何かを握りこんでいるのが容易に確認できた。

 そんな男は人気の無い、街灯もなく暗がりの道をひたすら急ぐ。

 ――そんな時だ。

 男の前方で何か小さな影が動いた。男はそれに気付いていないのか帰り路を急いでいる。

 そんな男の動きが急停止した!男は混乱した!声をあげようともした。しかしそれは叶わない。心臓を一撃で止める大振りのナイフが胸をえぐり、大声を叫ぶための喉には小振りのナイフが生えている。

 男がその事実を知らない。ただ最後にその目に入ったのは冷たい眼をした少女らしきものだった。




私は街頭で商売道具を持ち「マッチは要りませんか?」と抑えめに声をあげる。

しかし私のマッチなど見向きもしない。わざわざ私から買う必要などないからだ。

 目を凝らせば離れた所でも、私と同じようにマッチを売る女の人達がそこかしこにいる。そこかしこと言ってもお互いが重なり合わないよう一定の距離を置いている。そういう暗黙の了解があるからだ。

 そう、私のような発育不良している貧相な身体つき、私を買ってくれるなんて好きもの、そんな稀有な性癖な人間滅多にいない。

 ――マッチ売りという名の娼婦。それが私。これでも大体十七歳になるはずだ。ちゃんとした歳は覚えてないから分からない。けど、そのくらいになるはずだ。

 考えている間に隣のマッチ売りは売れたらしい。少し身なりの良い男と腕を組んで街の帳の内側へ消えていった。その後を埋めるように、すぐさま別のマッチ売りがやってくる。そのマッチ売りも直ぐに売れ、新たなマッチ売りがその場を埋める。これが繰り返される。それが現実。つまり私は売れない。

 じゃあどうして私はマッチを売っているのか?同情からマッチだけ買ってくれる人もいる。でも私の本当の収入元は違う。

「マッチを」

「ありがとうございます」

 私の事を哀れんだように差し出された紙幣を受けとると、紙幣の間に別の感触を感じた。それを確かめた私は、籠の底から一つのマッチを男に手渡した。

「ありがとう」とだけ、男は残してその場を去ってしまう。置いていかれた私はある種の惨めさが生まれたように見せてその場を後にした。もちろんその後には、その場を狙ったマッチ売りがすぐさま埋めてしった事だけは視界の隅の方映った。


「本当に殺れるんだな」

「受けた仕事、失敗はほとんどない」 

 私は先程マッチを買ってくれた男と一緒にいた。私が渡した特別な[マッチ]は、私に殺しの依頼をした人に渡すもの。そう、私はマッチ売りの暗殺者なのだ。

「信用商売。失敗しそうなら私より上手く出来てそれなりに依頼料の高い人紹介するようにしてる」

「そうか……」

 それを聞くと男は早速とばかり依頼内容を話す。話を聞くに、どうやら私に殺して欲しいのは恋敵らしい男のようだ。私にはどうしてこの男を殺しただけで、女がこの男に惚れるのか疑問にしか思わない。……が、しかしながら依頼である。私は殺す予定の男が分かるものを貰う。

「出来るだけ早く殺してくれ」

「わかった。タイミングが良ければ明日の夜に殺る」

「あぁ。頼むぞ」

「じゃあ」

 私は手を差し出す。

「信用するぞ。絶対成功させろ」

 男が念を押すように言いながら、私の手に数枚のお札が。

「大丈夫。何があろうと殺して見せるから」

 私は男ににこやかに微笑んだ。



 ――朝だ。

 受けた依頼は簡単だった。標的の男が職場から出てきた所から後を追った。何を急いでいたのか知らないが、自ら人気の無いところに行ってくれてのは正直助かった。勝手に狩場に飛び込んでくれた。だから後は狩るだけですんだ。本当に楽だった。物取りの犯行に思わせるため、帽子を被り声を変え少年のふりをして、適当に数名襲っておいた。貧民街のような場所で起きた事件だ。警察も捜査はおざなりなる。それほどこの街は肥溜めに近い場所だ。

 依頼をこなしたお陰でしばらくなにもしなくても生活はできるようになった。とは言っても、私は今日も今日とて、マッチを売りに街へ向かう。これでも私は売上の悪いマッチ売りだ。変なところから疑いはかけられたくない。だから仕事はしないとなのだ。




 私がマッチを売っていた時間帯は東洋で逢う魔が時と言うらしい。目の前にいる聡明そうな紳士が教えてくれた。よく意味は分からなかったが、夜と昼の境の時間、そこには悪魔が姿を見せる時間だそうだ。

 マッチを売っていた私が珍しく売れた。正直この身体のどこに魅力を感じたのかわからない。目の前にいる男は変態に違いない。

「さて、これからヤることを話そう」

「がっつかなくても私は逃げない。あまり特殊じゃなければ受け入れられる。買ってもらうのは久し振りだからどこまであなたに応えられるか分からない。でも多分大丈夫だわ。これでも後ろの経験もあるの。入れる前に舐めさせて。そしたら貴方も満足できるはず」

 唐突に切り出した彼に対し、私は自分の出来ることを言った。娼婦としての経験も少ないながらある。その中でも特別な事があった相手だと、彼のような話し方になることが多かった。

「それは楽しみだ………たが、そっちの話じゃない」

 私はどういうことか分からなかった。

「私が言いたいのは君への依頼の話だよ」

 そう言われて、私は合点がいった。

「どうしてこんなやり方を?この仕事をしていることを知っているなら依頼方法も知っていたでしょう?どうして守ってくれなかったの?」

「秘密の保全を最優先としたからだ」

「それならなおさらルールは守って欲しかった」

 私がここまで言うのも理由がある。私が話をする場所は私が信頼を置く場所なのだ。私の正体がバレてしまえば私の命に直結する。

「そこはお互い様。ここは私が信用を置いている場所です。見た目は安宿ですが、その内数部屋はこの部屋同様に密談するには格好の場所なんですよ」

 その言葉に信用はない。でもこんな依頼をする人間だ。自分がこれから依頼することがバレてしまえば、自分の命に関わってくることだ。その行動には信用がおける。

「そういう事であれば貴方の依頼について伺いたいと思います」

 私の言葉にニコリと笑ってから話し出した内容は、いつもの依頼に比べると難易度の高い依頼であった。難点か問題があると私は思ったが、「その依頼受けます」と応えていた。

「そう言ってもらえると思ったよ」

「そう?それじゃあ私――!」

「まぁそう言わずに。しばらく付き合ってくれてもいいんじゃないか?」

 私の手を握りそう嘯いた紳士は、やっぱり変態なんだろうと思った。教えてもらった逢う魔が時に私が出会ったのは、悪魔なんかではなく変態だ。



 ――私がその時、何故受ける気になったのか未だに分からない。だけどそれがこの結果に繋がったというのなら……。





 変態からの依頼を要約するとこうなる。同業者の商人が目障り。当人を狙うのはリスクがあるから、本人ではなく跡継ぎの子供を殺す。そんな感じだ。本当はもっと細かく説明してくれていた。でもその後の変態の相手をして抜け落ちてしまった。アイツはただの変態じゃなかった。ド変態だ!

 ともかく私は下見と、機会があれば仕事の完遂を目指し、標的となった商人の屋敷周辺を歩いていた。

 まだ明るいこの時間。目標の建物ははっきりと見える。商人の家は成功者を表すように威厳のある建築。それは正面の門から伺い知れた。問題は正面からでは侵入が困難なこと。その為、私はなんとか入れそうな場所を探していた。

「ここなら………」

 周囲を探りようやく見つけた場所は、少し凸凹とした所のある壁。塀の高さはおよそ二メートルとそこまで高くない。これなら目の前にある凸凹をうまく使えば侵入は可能だ。

 私は周囲に人が居ないか再確認すると、躊躇なく壁を乗り越えた。

 壁を乗り越えた先には警備の目はほとんどない。予想通りだ。ここから先の問題は屋敷内にどうやって侵入するかだ。

「敷地内は予定通りだったけど………屋内…か」

 変態からはどの位置に標的がいるかまでは教えてもらえなかった。ただ、病気がちなせいで屋外へは中々出ることがないらしい。

「介助のやり易さをいえば一階になるのかもしれない。けど、どの程度身体が悪いのか分からないし、本人が動けることを考えると二階ということも………」

 私はある程度予想をたてる。

「とりあえず正面じゃない一階を軽く見て回ろう」



結果、時間をかけて見てまわったけど、目標は全く発見することは出来なかった。

「やっぱり二階か……」

 侵入する方法。屋敷の構造が分からないから一階から忍び込むというのは無理がある。かといってここから屋根に上がるのは無理。

「分からなくても中に入るしかない?でも、目標以外の住人と鉢合わせる可能性も捨てられない。無理でも屋根に登るしかないか………」

 手持ちで屋根に上がれるものがないけど、一階を探してみたとき確か納屋のようなものを見た気がした。



 思い違いではなくやっぱり納屋はあった。私は納屋の中にはいると、念のために用意していた、夜に行動しやすい真っ黒の衣装に身を包んだ。納屋には小さいながら採光のための窓があった。わたしはそこから外の様子を見た。夜になるまで見ていたが納屋には使用人も警備の人間も来ることはなかった。そして驚きだったのは、警備の人間は全くこちらに来ることはなかった。それは暗くなってからも同じで、警備の人間がこちらに近づいてくる様子は全くなかった。予想以上に無用心だった。

「自分が売れっ子で狙われている自覚はないの?」

 それとも警備のお金をケチっているだけなのかもしれない。金持ちというのはケチか浪費家のどちらかだと私は思っている。この家の主はきっとケチなのだ。今回はそれに助けられそうだ。これは本当に喜ばしい!

 今夜は新月ではないもののそれなりに暗い。私が仕事をするには丁度良い。私は納屋の周囲を再確認するとすぐに仕事を開始した。




 まさかこうもすんなりいくなんて………!正直信じられず小躍りしてしまいそうだった、あの時の私はどこにいるのだろう?ものすごく殴ってやりたい。本当に殴って殺りたい!

どうしてそんな話になるのかって?

「僕の依頼は受けてもらえますか?」

 この少年が問題だからだ。

 この少年こそ私が変態に依頼された今回の標的だ。なのに殺すことも出来ず、こうやって話をしている。正直に言おう。殺すタイミングを逸してしまった。


 どうして彼を殺せずこんな会話をしているのか?梯子を使い窓から覗きこんだ最初の部屋。内装は明らかに子供部屋だった。偶然にも当たりを引いたと思い、私は直ぐに窓を割って屋内に侵入し、子供が眠っているベッドまで息を殺して近づく。そこまでは良かった。外から見る限り、ベッドで寝ていたと思っていた少年。しかし彼は眠っておらず起きていた。その少年が私を見るなり、

「僕を殺す前に貴女に依頼することは出来ますか?」

 開口一番に言ったのがそれだった。

私はその言葉を無視して彼を殺すことは出来ず、硬直してしまった。何故行動することが出来なかったのかは分からない。目の前にいる彼は声変わりが始まっているのだろう。少年にしては掠れた声をしている。身体つきを見ればまだ華奢な身体で、私でも充分に押し倒せる事はできるだろう。なのに私は彼の言葉を聞いて何故か動けなくなった。

 そして重ねられた言葉が、「僕の依頼は受けてもらえますか?」であった。

「確かに私は貴方を殺しに来ました。しかし貴方の依頼を受ける理由なんて全くありません」

そうだ。私は変態の依頼を完遂すればなんの問題もないのだ。だからここで止まる必要なんて全く無い。彼を殺してしまえば全て解決する。

 おもわず答えてしまったが私だが一歩彼のベッドへ。動けなかったのが嘘のように感じる。私は腰に差していた鉈のようなナイフを利き手で引き抜いた。

「それは残念です。しかし私の話は聞いて欲しいです」

バッと上体を起こした彼は銃を手にし、その銃口は間違いなくこちらを向いている。

「これはうちの商会の新作です。この銃の弾は散弾です。距離なこうやって銃口さえ向けておけば当たりますよ」

私はその言葉が嘘には聞こえなかった。私は仕方なく。その場で止まる。これで私は彼の話を聞くしか選択肢はない。あの銃のことが嘘でも本当でもいい。どちらにしても私はまだ死にたくはない。

「お話、聞いてもらえるみたいですね。とても嬉しいです」

彼は引き金に指をかけたままだ。隙をついて私の暗器を投げてやりたいけど、それは叶わないかもしれない。月の光は部屋のなかには届かない。お互いどれくらい夜目がきいているのか判断が出来ない。そうなれば怪しい動きをした方が負け。私も彼も即動くはず。

「それでは貴女に依頼です。僕以外の屋敷にいる人間。全員殺して下さい。そして最後に僕を殺して欲しい」

「正気?」

「はい。正気ですよ」

「何故屋敷の人間も巻き込むの?」

「全員といってもほぼ僕の家族だけです。父、母、執事。警備の人間は夜は居ません」

警備の人間がいない?そんな事信じられるわけがない。

「信じられません」

「それは当然ですね。しかし事実です。一階にある使用人用の食堂に行ってみてください。きっと酒に潰れて寝ています」

「そうですか。しかしそれでは先程の質問の答えにはなっていません」

「確かに。確かにそうですね。答えていませんね」

「誤魔化しでさっきのことを喋ったのなら、はっきり言って貴方を信用することなんて到底できません」

「そこまで言います?でも、これは話慣れていない私のミスです。申し訳ない」

 彼の謝罪は本当に済まなさそうだ。

「では理由についてですが、それは私が今持っているものが原因です」

「銃が嫌いなの?」

「はい。というよりは武器を売って、そのお金で生きている自分やその家族が許せないんです」

「何故?」

「人の生き血を啜って生きているようで……それが僕は嫌なんです」

そんな理由?だったらこの手を血で汚し続けている、私はどうなるんだと思ってしまう。

「はっきり言って僕は身体が弱いです。こう見えて僕は16歳なんですよ。成長は人によるかもしれませんが、僕はそれとは関係ありません。きっと成長はここまででしょう」

そう言った彼の顔がシュッ!という音とともにみえた。

「驚かしてしまいましたか?」

 彼の手にあるのはマッチ。何本かまとめられて使っている。その火をランプに移す。だけど銃口はしっかりこちらを狙ったままだ、器用なことをする。

「確かに16歳には見えない」

 ランプで照らされた彼の身体。教えられた年齢には見えないほど彼の身体つきは幼い。始めに聞いた声変わりの声が嘘のようだ。

「そんな直球で言われると少し傷つきますが、その通りです。何故かは分かりませんが僕は身体が弱く成長も遅い。両親は栄養のあるものや身体に効くという薬など用意してくれますが…………僕にとっては苦痛でしかないです……他人の死を糧にしてまで生き永らえたくない」

「だけどそれは矛盾していない?」

「矛盾?」

「そう。本当に嫌で生きていたくないというなら、何故自ら死ぬことを選択しないんですか?そこまで拒否するなら自らの死を受け入れるべきです。……それなのに貴方は死を選ばず、こうやって生きることを選択しています」

「そんな事は――」

「あります。貴方の根底には、強く生きたいと思う気持ちがある。だから私が殺しに来るまで、こうやって生きてきた」

 彼は私の言葉を受け固まってしまった。殺すなら今が好機なのかもしれない。でもこの話。彼との話は私にも当てはまることだ。多分私と彼は合わせ鏡のよう。生き方は違うけど、きっと私はおなじなんじゃないかと思った。

「さっき貴方はマッチを使った」

 一歩。彼はこちらを見えていない。動揺しているようだ。

「私は街ではそれを売って生活している」

 また一歩。彼の指は引き金にない。ベッドの横まで後の三歩。

「そこで同じ金額でこんな仕事をしている」

 残り二歩。彼はこちらに気付いた。慌てたように引き金に指を当てる。その表情は焦っている。そしてその銃をよく見れば精巧に造られた模造銃ーーつまりは玩具に見えた。

「だけど、私は正直に言うと、もうこんな仕事はしたくない」

 私の言葉に驚いたようだ。口が少し空いている。ちょっとマヌケな表情になって可愛いなと思う。これで、あと一歩。

「どんな結果にするかまだ決まってないけど、今度は私の話を聞いてくれる?」

 そう言って私は彼のベッドに座った。


 それからしばらくは私の話をした。小さい頃には孤児院にいて、親の顔など全く知らないこと。その孤児院は暗殺や殺人といった技術を養成するための場所だったこと。卒業試験で同室のペアの子を殺したこと。マッチに売りになってたくさん依頼を受け、人を殺していったこと。だけど、本当は殺したくなかったこと。私は彼の顔を見ながら話していった。死にたくないから殺す。殺したくないけど生きるためには仕方なくという思い。私のしてきたことを告白した。


「どうだった?貴方とは違う。だけど同じ生きたいということ」

「確かに僕とは違う。だけど生きたいということはわかった。でもどうして君が僕にこんな話をしたのかが分からない」

 うん。そうだと思う。自分でも意味不明だと思っている。だけど知って欲しかった。そして彼を道連れにしたかった。

「ねぇ。どうせ死ぬというなら、私と一緒に生きてみない?」

 そう誘ってみた。




 ――それからは色々大変な思いをした。

 まず、武器商人の資産家一家が、息子以外の屋敷の住人全員が殺害されるという事件は、この街どころか国を含め、衝撃的な事件として報道された。残された彼は、現在の事業は自分が継げるものではないというと、早々に事業を他人の手に譲った。

 私は最後の仕事を終えると、直ぐに変態と連絡をとった。まぁとったというより向こうからこちらにやって来たという方が正しいか。私は今回のことについて話した。少し激昂するようなことがあったが、結果的に商売敵が減ると言うことと、彼との橋渡しをするから、彼と少し話をしてほしいことを伝えた。変態は即決会うことを決め、ついでに私も抱いた。本当の変態だ。そして今回の件で一番得した変態だ。

 その後は、彼が唯一財産として手元においた、郊外の別荘へ居を移し、私は彼専属の使用人として彼と一緒になった。

 手元にあったほとんどの資産を売り払い、私のこれまでの蓄えを合わせるとかなりの金額になった。私たちこのお金をどう使うか、それはある程度決めていた。私たちは自身の贖罪のため、これからの命を守りたいと決めていた。


 ――小さいながら始めた孤児院の運営は大変なものだった。始めはただ消えていく私たちの蓄えをどうやって補うかでかなり揉めた。食費に関して言えば、別荘にあったそれなりの土地を開墾し野菜を育て、近くの野山から食べられそうな動物を狩った。それで少しは持ちこたえられたが、焼け石に水で、食欲旺盛な子供たちの胃の中へすぐ消えていった。それでも子供達の笑顔を見ると私も彼も苦笑し頑張ろうと励まし合った。


 ――そんな中、彼が始めた商売が成功し軌道に乗った。彼が忌み嫌っていた商売ではなくもっと平和で人の営みに寄り添うような商売だ。ただ私にも分かるのはそのくらいで商売の内容までは理解できなかったことが残念だった。

でも、嬉しいことは続くものらしい。私と彼の子供が出来、そして産まれた。この時は二人して泣いた事をよく覚えている。


 ――嬉しいこともあれば寂しい事もある。孤児院にいた一番上の子が、孤児院を出ていくことになった。そう独立したのだ。この子に限らず、孤児院では彼が全員に自分の知る限りのことを熱心に教育した。その結果、知り合いの商人の目に止まり、是非雇用したいと連絡があったのだ。本人の希望もあり、この子は孤児院から去ってしまうことになった。この子が孤児院から去ってしまう前日、子供達は大いに泣いた。仲が良かった、頼りにしていたなどそれぞれに様々な想いがあったのだと思う。それでも出発の日、皆が笑顔で送り出せたのはとても良かった事だと思う。


 ――色々なことがあった。私は殺した以上の数を助けることは出来たのだろうか?人並みの幸せなど手に入れられないと思っていた。でも、たくさんの子供達に囲まれて、この世を去れること、私はとても幸せだ。私の人生をどう思われようと、私は幸せなのだ。街にいたときは、マッチを売って、明日をも知れぬ命を繋いでいた。たくさん生きた。そのお陰でたくさんの命に会えた。本当にたくさんのことがあった。本当に。だから――、

「ありがとう……」

最後に私はたくさんのものに感謝をした。


短編ですが久しぶりに書ききれました。最後は凄いブツ切り感ありますが、出てくる情報を最小限にして、最後に向かいたかったのでご容赦してほしいです。何があったのかは読んだ方の創造にあって、その分だけ二人が色んな体験をしたのだと思います。拙作ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。

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