普通の恋がしたい!
藤波 はるひ 25歳
…25年間彼氏なし。
容姿、ふつー。いや、自分では調子が良ければ真ん中より上くらいかな、って思ってる。
性格だって根暗だとかはない。むしろ友達は多い方だし、大学ではコンパだとか合コンも参加してた。
じゃあ何故生まれてこのかた彼氏に縁がないのか。
一部の知り合いや友人には、
「どれだけ理想が高いのか」「初恋でも引きずってるの?」「あ、…もしかして男興味ない?」「恋より仕事派?カフェ忙しそうだね」…と言われ放題だ。
私の理想は、私の事を好きになってくれる人。あと優しい人!…これは絶対に高い理想ではないはずだ。
身長・学歴・年収は求めないし、顔面偏差値は特に気にしない。フツメン歓迎、むしろウェルカム!一回くらいの浮気なら目を瞑ります!
引きずるような初恋経験なんてないし、男性への興味は振り切ってるよ!
合コンだって、「この後どう?」なんてお誘いを期待していつだって勝負下着で参戦し、連絡先を交換するためにスマホを素早く出す準備も万全。…身を結んだことはないけど。
ケーキが美味しいカフェのキッチン兼ホール。別にテキトーにやってるわけじゃない。でも、学生時代から仕事のために全力出して過ごしてるわけないじゃん!
「え、あんた中学の時から彼氏達いるじゃん。」
「…は?なに言ってんの、」
金曜日23時の大衆居酒屋。駅前という立地もあってサラリーマンや近くの大学らしき学生達で賑わうなか、私は合コンに一緒に参加していた幼馴染兼親友の伊藤 真琴(彼氏あり)に慰めてもらっていた。
本日も敗戦に終わった合コン。大手スポーツメーカーの若手社員(エリート候補)達は、私の彼氏いない歴を止めてはくれず、半泣きでビールを煽る私に真琴ちゃんは爆弾を落としてくれた。
なに言ってんの?
だいたい彼氏達、ってなにさ、達!?
それって複数形になるような存在じゃないよね??
え、わたしの認識がおかしいの?
え、てか中学の時からってなに。
私の記憶が変なの?
もうツッコミが追いつかない!!
「…吉野先輩と佐原くん。はるひの彼氏みたいなもんでしょ。むしろ旦那?」
いつ結婚すんの?なんて言ってワインを嗜む真琴ちゃん。
…安い大衆居酒屋のワインなのに、真琴ちゃんが飲んでるとそう見えないから不思議だ。
ヤケ酒で酔ってきた頭で現実逃避を始める。
吉野 佑
一つ年上の先輩。昔から才色兼備、文武両道。イケメンで頭も良くて、スポーツ万能。今じゃサッカー界期待の星だとかで、この前会ったのはいつだっけ?たしか日本代表戦で勝利インタビューをしてたのをテレビで見たのは先月だな。
呼び出しはよくある。「部屋を掃除しとけ」「飯作っとけ」「20時に風呂沸かせといて」…あの先輩は中学校時代から傍若無人の横暴さで、きっと私を家政婦と勘違いしている。
鍵はいつもドア横の犬の置物の下だ。このご時世物騒に思えるけど、最上階ワンフロアは吉野先輩の部屋しかないし、オートロックが完備されてコンシェルジュと警備員が24時間管理してる高級マンション。…使いっ走りにされるせいで、私はコンシェルジュの夫婦とも警備員のおじさん達とも顔見知りの顔パスだ。
…最近ではセレブリティーなマンション住民の方々とも世間話しをするレベルになっている。今日も洗濯とご飯を言付けられて、済ませてから合コンに臨んだのだ。
うん、これは彼氏・彼女じゃない。
佐原 総一郎
こっちは一つ年下の可愛い後輩。…いや、可愛かった、だ。イケメンとかではないけど、ふんわりした雰囲気と垢抜けているとはいえ昔から変わらない幼い顔つき。出会った女性すべてが母性本能を擽ぐられるようなそんな彼に、中学時代の私もまだ芽生えているのかどうかもわからないそれを刺激された。…ぶっちゃけ、学生時代に告白も考えた時期があった。ただ、校舎裏で不良達をボッコボコにしていた姿を見て百年の恋も覚めた。
固まる私に気付いた時に、何事もなかったように片手で引きずっていた不良Aを放り投げ、地面にふせる不良B.Cを視界から蹴り飛ばし、笑顔で『あ、先輩こんにちわ』って微笑まれた時には冷や汗が出た。その血まみれの拳をしまってください!
その日から、女子に人気の佐原くんが何故かやんちゃな男子から遠巻きにされていた理由が分かった。…もう全力でご遠慮させていただきたい。
現在、青年実業家として活躍する彼は、経済評論家だけではなくお茶の間のマダム達の噂のまとだ。
彼を表紙にすれば、お堅い経済雑誌もベストセラーだというのだから人気のほどが分かる。
「…あの人達は彼氏じゃないもん」
「はいはい。」…聞いてないな。
「もぉ!それより、反省会だよ!なんでいつも成功しないのか!せめて連絡先を、…ぐすん」
切実すぎて鼻をすすり始めた私を、真琴ちゃんは鬱陶しそうに一瞥した。
…ひどい。
「…はるひ、」
「はい。…ぐす、」
「連絡先はもらったでしょう?」
「……」
私は無言で今日もらった名刺を並べる。会社名・役職名・名前が並んだその下には電話番号と手書きの一言が添えられている。
「ほら。良かったわね、連絡先じゃない」完全なる棒読みである。
「良くないよ!!これ、会社の番号じゃん!しかも、私宛てじゃなくて"吉野選手にぜひ!"とか"佐原社長によろしくお願いします"とか…っだよ!」
そうだ、私の手元にはこれまでの合コンで得たたくさんの名刺達がある。それらは私宛てじゃなくて全部!あの2人宛てのものだ。
「私が欲しいのはプライベートな連絡先と私への一言なの!…うぅー、毎回なんでみんなバラすのぉ。やだよー、ぐす」
鼻をかみながら泣き出す私に、真琴ちゃんは溜息をつく。
合コンに一緒に参加するのは、真琴ちゃんだけじゃなくて昔からの仲のいい友達何人かが多いのだが、みんなあの2人と私が仲が良いように言うから、いつの間にか合コンは私を通したあの2人への営業やアポ取りに変わってしまうのだ。
「うぅー真琴ちゃんの馬鹿ぁあ!」
「…まぁ、それだけ愛されてるのよ。」
「うー…なにー?聞こえなーい、うー…ぐす、」
「はぁ。はるひ、もうすぐお迎え来るから」
「ん?けんたろ、来るの?」
けんたろーこと、日野 健太。私と真琴ちゃんの幼馴染で、真琴ちゃんの彼氏。2人は同棲してるから、真琴ちゃんを迎えに来るのかな。
「…健太じゃなくて、」
「お待たせしました。…伊藤先輩すみません、引き止めありがとうございました。こちら、どうぞ。」
「…真琴ちゃん?」
「…許せ、はるひ。」
目の前に現れた高級スーツを嫌味なく着こなす好青年。大衆居酒屋には不似合いな姿なのに、彼がにっこり微笑めば全て許されそうだ。
そんな彼が、内ポケットから真琴ちゃんに差し出したのは、真琴ちゃんが好きなバンドのライブチケット。たしかファンクラブも一般も抽選外れて1週間前はすごい落ち込んでいた。珍しく真琴ちゃんから合コン後に飲みに誘うから(いつもは私が誘ってめんどいと断られる)、真琴ちゃんも飲みたいんだなーって思ったのに!
「会計は僕がしておきますね。…お帰りは大丈夫ですか?タクシー代も良ければ、」
「まだ終電あるから大丈夫よ。…じゃあ酔っ払いよろしくね。」
じゃ。なんて颯爽と駅に向かう親友の姿に、道端に捨てられた子犬の気分になる。
「ま、真琴ちゃん!」
「さぁ、僕らも帰りましょう。…また飲んで泣いちゃったんですか?早く冷やさないといけませんね。」
そう言って、抱えるように連れ込まれた高級セダン。車横に待っていたいつもの秘書佐伯さんは慣れたもので、ドアを閉め運転席に乗り込むと、ミニサイズのタオルに包まれたアイスノンを後部座席の佐原くんに差し出し、車を発進させる。
「どうして酔うと泣いちゃうんですか?すごく可愛いけど、あんまり外で可愛い事しちゃ危ないですよ。」
「…」
引っ込め、涙。アイスノンを全力で瞼に押し当てながらタオルの吸収力に期待する。ついでに現実逃避の寝たふりを決め込む。
「はるひさん?…寝ちゃったなら、キスしてもいいよね」
「よくない!!」
全力で良くない!アイスノンを取り払い顔をあげれば、佐原くんの唇は本当にすぐそこに迫っていた。
「…ちっ」
舌打ちは聞かなかったことにする。
「むー。…はるひさんは他の男にはガード緩々なのに、僕には厳しいよね。酷いよ」
隙あらば人の唇を狙う男にガードしてなにが酷いのか。
「…どこに向かってるの?」
こうやって突然現れた佐原くんに連れ去られるパターンは初めてじゃない。慣れたくはないが、まず行き先確認が必要だろう。
都心の高級ホテル、彼の部屋、佐原の実家。すでに何回か経験しているどのパターンが来ても対応できるように、
高級ホテルだったら、「あっちのホテルがいい」「この部屋じゃやだ」と普段ならあるまじき文句をつけまくり、最終的に自分の家までドライブの旅にする。
これはすでに2回使った手だから、そろそろ厳しい。…てか、わたし文句つけたホテル出禁になってないかな。普段泊まれないような所ばかりだから、確かめようがなくて怖い。
彼の部屋だったら、1番使いたくない手だけど、必勝法がある。大丈夫、…絶対嫌だけど!
佐原の実家だった場合は、ご挨拶パターン。って言っても不服なことにすでに佐原のご両親、親戚みんな私を知っている。
「君がはるひさんか!」っていかつい顔の佐原父がフレンドリーに話しかけてきた時は驚いた。その横からザ外人さんな美人が出てきた時はもっと驚いたけど。佐原ママはイタリアの血が入ったハーフだそうで。つまり、佐原くんはクォーターになる。学生の時はあんまり見た目からは分らなかったけど、確かに成人してからは背が伸びて、細身ながら体格はしっかりしてる。…まぁ1番びっくりしたのは、佐原家の全員が全員わたしを佐原の嫁として認識していたことだ。…中学時代から。現代日本で中学生は結婚出来ないと懇々と説明したのが懐かしい。今ではなにが間違ったか事実婚状態、内縁の妻だと認識されている。…ドン引きだ。
まぁ、家族パターンが来たら、離婚会議に持ち込もう。…結婚してないけど。
頭のシュミレーションはばっちり。
さぁ、来い!と身構えていた私の耳に…佐原くんが囁くように呟いた。
「…はるひさんの部屋」
新しいパターンがきた!
「は?…お、送ってくれるの?」
「うん。僕も降りるけど、」
「え。」
よく見れば外は見慣れた景色。
駅からは少し遠いけど、コンビニは近いし目の前が桜と紅葉の綺麗な穴場の公園で、景色がいいお気に入りの私のマンション。
スモークガラスのせいで気付くのが遅れたけど、たしかに私の部屋だ。
「では、社長。明日12時にこちらへお迎えに参ります。」
「うん、よろしく」
そう言って、若干哀れんだような顔で私を見やり一礼し車で去っていく佐伯さん。
そんな目で見るなら彼を回収して行ってよ!!
「はーるひさん!」
びくっ!すっかり酔いのさめた頭を働かせるも、佐原くんの弾んだ声に大きく肩が震えた。
「…僕、明日の12時まで帰れなくなりました。泊めてくれますよね?」
そうしたのは自分じゃん!と言ってやりたいが、頭のいい佐原くんには口じゃなかなか勝てない。閑静な住宅街。徒歩圏内に宿泊施設はない。諦めたように私はうなづくしかないのだ。
「ぜったい!…絶対に、そこから超えないでね」
「うん!…ふふ、はるひさんの匂いがする。しあわせ、」
シングルベッド。いつもは1人で十分なそれも、クッションで仕切った半分を180センチオーバーの巨人が占めていたらすごく狭い。…彼は足も飛び出てもっと狭そうだけど、幸せいっぱいの顔を布団に埋めている。
「はぁはぁ、…はるひさん、僕が新しい布団もベッドも買ってあげるからこれちょうだい?いや、むしろ部屋ごと買ってあげる!僕と一緒にすも、」
「…布団とりあげるよ」
「…はい、」
シュンと反省したのか見えない耳を垂らしたのは一瞬で、彼はまた幸せそうに布団にくるまっている。
さっさと寝よ。
半分から出ない、という約束を取り付けた限り、彼はそれを破らない。クッションを背に壁を向いて目を瞑る。
…もう変態は無視して寝るに限る。
付き合ってもない男と布団を共にしたなんて、未来の彼氏には言えないなぁ。
ガタガタっ、ガン!
「…っ、やめ、」
「……は、…、」
…うるさい。
近い所から何かしらの物音と男の声。いくら寝つきのいい私でも、これはいただけない。
1人だったら恐怖でしかないけど、今日に限っては犯人は分かってる。
あー…もう。やっぱり閉め出すべきだったか。
「…佐原くん、いいかげん…に…、…何してるの?」
「あ、はるひさん起こしちゃった?…ごめんね。寝てていいよ?」
「…あのさ、その足の下にいるのって」
「あぁ。怖いよねー、夜中に不審者とか。やっぱりはるひさん、僕のとこに引っ越そうよ!」
「…それ、吉野先輩でしょ。」
「あー…。かもね」
日本サッカー界のエースが、深夜の我が家で佐原くんの足の下で伸びている。
だれか説明してほしい。
「…だからね、僕とはるひさんが一つのベッドで仲良くしてる所に、吉野先輩が襲いかかってきたんだよ。怖くて怖くて正当防衛の結果がコレ。でも感謝して欲しいんですよね。先輩の顔と足は狙わなかったでしょ?」
「…クソガキ。」
やっと喋れるまでに復活した吉野先輩は、それでも痛そうにお腹を押さえた。
「加減は分かってますから安心して下さい。…今日ははっきりさせようと思って待っていたので。」
ん?"待っていた"…?ちょっと待て。
うちを勝手に待ち合わせ場所にしたのか。
「えーと…?」
「あぁはるひさん、勘違いしないで下さいね。僕は吉野先輩と待ち合わせしていたワケではないので。勝手にくるだろう吉野先輩を待ち伏せていたんです。」
「え…」
いやいや、なんで家に先輩がくる?
「…おい。はるひ、何でココにいるんだよ」
「へ?」
いやいや、その言葉そっくりそのまま返したい。むしろこんな真夜中に自分の部屋にいない人の方が少数派だろう。
「…俺はお前に今日洗濯と飯つくっとけっつったろ」
「?しましたよ、洗濯物は干して畳んでいつもの所に置いてます。ご飯もチンするだけにして冷蔵庫の中です」
え、もしかしてシワがあったとか、ご飯がまずい、とかそういう文句?
「…そこまでしたら家で待っとくのが普通だろうが。」
「………は?」
え、普通とは?
「いやーそれは理不尽ですよ。先輩」
なんだろう。正論のはずなのに、この子が言うと違和感しかない。
「つーか、何でクソガキがいんの。お前、協定破るつもりか?」
「いやいや、先に破ったのは先輩でしょう?はるひさんに自分家で手料理作らすとか何様ですか、羨ましい」
「その前にお前は家族に紹介とかしてたじゃねーか!」
「っ先輩はテレビではるひさんの誕生日に"今日のゴールは彼女にプレゼントです"とか言ってたじゃん!」
「てめーがはるひの隠し撮りアルバム作って自慢してくるのも、!」
「待てまてまてまてまて!」
ちょっと落ち着こう!知ってるのから知らないのまですごい爆弾あったよ!
てか協定ってなに!
もうこわいよ!震えが止まらないよ!
現実から目を逸らし出した私をよそに、2人は話をまとめたようだ。
「…協定の枠を広げましょう」
「それが現実的だな。」
もうなにも現実的じゃないよ。
なんなの、
『…まぁ、それだけ愛されてるのよ』
今になって、真琴ちゃんの言葉が聞こえてきた気がする。
…こんな愛って、…
「はるひ、明日は引っ越しな。」
「もう合コンも禁止ですよ、はるひさん」
私はもっと普通の恋がしたい!!
R18で続き書きたいなぁ、と構想中です。