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アリー

 真っ暗でジメジメした、少し雑な石積みの通路を歩く。所々壁から滴った水が地面に小さな水溜りを作っている。

 壁の松明の灯りがより一層地下のこの場所の雰囲気を暗くしている。


 通路を歩いていくと今度は鉄製の頑丈そうな扉が現れる、その扉の前には二人の兵士が暇そうな顔で立っていた。



 王宮のほぼ中央に位置する謁見の間。謁見の間の玉座には王が少し眠そうな顔で座っており、その前に片膝をついた一人の騎士が居た。その横には無駄に偉そうな黒いコートの男が壁を背にして立っている。


「報告は以上です」

「…そうか、ご苦労だった。引き続き警戒するように各兵に通達しておいてくれ」

「はい…それで、今回の襲撃ですが…恐らくは」

「あぁ、分かっている…レク、お前の方はどうだった」

「ん?あぁ」


 ズボンのポケットに雑に入れておいた羊皮紙を渡す。

 羊皮紙には今回の襲撃の段取りが大まかに書かれていたが、一番問題なのは王宮の警備体制がそこにも書き込まれていたことだ。

 これはあまり考えたくはないが、兵士の中に内通者がいるかもしれないことを示唆している。


「やはり、肝心の依頼者の名前は無しか…」

「あぁ、それに、この依頼を持ってきた奴はただの冒険者だったらしい。ま、そいつも口封じで殺ったらしいから、これ以上の情報は出てこないけどな」


 アランは少し考え込むようなそぶりをしながら、顔を顰めている。

 元々この国は様々な問題を抱えている…他国との関係、貴族と平民の問題、資源の産出など、今まで上手くやって来れたことに驚くぐらいだ。 


 古い付き合いだか分かるが、こんな変な顔して唸ってる時は真剣に悩んでいる時だ。

 まぁ、今回だけ特別にサービスしてやるか。


「しょうがない…今回だけだからな。ついでに大元を調べてきてやるよ」

「…そうか、頼めると助かる」

「その代り、この国はお前が守ってくれよ。帰って来る場所が無いんじゃ、笑えないからな」

「ふっ、そうだな…」


 さて、これから忙しくなるな。

 そんな事を思いながら、今後の予定を考えながら謁見の間を後にする。



 朝の出発のために、お気に入りの服をバッグの中に入れていると、レクが壊したドアが開く音が聞こえた。何時もよりも帰りが遅かったけど、道草食ってたんじゃないのかな。

 まったぅ、いい年してまだまだお子様なのね…そう思いながらレクを迎える。


「あら、おかえ…ふぇ!?」

「んだよ、そんなへんてこな声出して」

「へ、変て…て違う、そんな事よりも、その子は誰なのよ!」  


 そう、レクの横には顔を伏せた褐色の女の子が立っていたのだ。年端もいかない幼女を連れて帰って来るなんて、もしかして誘拐!?

「ん?あぁ、これな…ちょっとな」

「ちょっとって…ま、まさか、誘拐して来たんじゃないわよね!?」 

「はぁ?ちげぇよ……あぁ、そうだ。少し野暮用があるから、こいつと一緒に風呂屋行ってこい…あぁ、その前に適当に着るもの見繕ってやってくれ…んじゃ、後は任せた」

「え?ちょ、ちょっと…って行っちゃったし。はぁ、どうすんのよ…」

 

 数枚の銀貨を投げ渡して、とっとと何処かに行ってしまう。まったく、レクは何時になっても変わらないんだから…適当と言うか無責任と言うか、困ったものね。


「はぁ…しょうがないか。ねぇ、貴女名前は?」

「……」

「はぁ…もう、名前言わないなら適当に…そうね、クリットって呼ぶわよ」


 我ながら、なかなか良いネーミングセンスだと思う。

 昔にレクと外に出た時に絡んできた雑魚の魔物の名前からとっている。その魔物は体毛が茶色で頭の一部分だけが白い、人間の赤ん坊ほどの大きさのネズミだったと記憶している。


「…アリー」

「あら、ちゃんとした良い名前があるじゃないの。アリー、それじゃあ、まずは適当に服を買いに行くわよ」

「…」


 特に返事は無かったけど、私が先に家から出ると無言で後ろに着いてくる…のは良いんだけど、じっと何も喋らないで言っての居の距離をついてこられると、流石に良い気分はしないわね。

 表通りに出る前にピタリと立ち止まると、歩いていた時の距離を保ったままアリーも立ち止まる。

 

「ねぇ、アリー。一ついいかしら?」

「…なに?」

「貴女、さっきから私の後ろを幽霊みたいに歩いて、一言も喋らないし。少しは愛想良くはできないのかしら?」

「……見ず知らずの貴女に愛想良くする理由が無い」

「なっ!?」


 いきなり現れてこの言い方は何なのよ…しかも、生意気だけど言ってる事自体は間違ってないから言い返せないし…面倒な子を連れてきたわね。



 表通りの古い服屋に入る。

 この服屋は色んな種類の服が置いてあるんだけど、この子にはフリルや可愛い服は似合わないわね。身に纏っている雰囲気が鋭すぎるし、目付きや身のこなしから普通の子じゃないのは直ぐに分かった。


 女の子らしい服装が似合わない以上しょうがない、下着を適当と上は無難に白いシャツで、下は八分丈のズボンでいいか。

 それらの服をアリーに持たせて、ついでに長旅になりそうなので二人分のマントを二枚ずつ追加する。


「お、お嬢ちゃん久しぶりだな」

「お久しぶり、おじさん少し太った?」

「あははっ、いや~かみさんの飯が美味くてなぁ」


 何回か来るうちにすかり顔見知りになった服屋のおじさんと、軽く世間話をしながら会計をしてもらう。

 アリーはというと服を台に置いてから、店の隅の方にじっと立って周りを警戒している。


「それで、その子はどうしたんだい?」

「あぁ、またレクが連れてきたのよ。まったくレクのお人好しにも困ったものよ」  

「ははは、旦那はそういう人だからなぁ」

「あぁ、そう言えば…私達明日には王都を出るから、今日はお別れも兼ねて買い物に来たのよ」


 おじさんが少し驚いた顔をするが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻る。


「そうか…来るのも突然なら去るのも突然か……少し寂しくなるけど、また気が向いたら来てくれ。その時はサービスするよ」

「えぇ、ありがとう。それじゃあ、また何時か…」


 アリーに買った服の詰まった紙袋を持たせて店を出る。

 少し傾いた店の看板に、ショーウインドウに飾られている少しくたびれた木人形…結構気に入っていたから少し残念ね。



 風呂屋はこの王都にも数か所あるけど、いつも行く所は少し入り組んだ路地裏にある、言っては悪いけどボロイ風呂屋だ。

 脱衣所も狭いし浴槽も五人入ればいっぱいになるほどの大きさだ。まぁ、その分安くて人が殆ど居ないから貸し切り状態なのがせめてもの救いね。


 簀子の引かれた脱衣所で服を脱ぎ、籠の中に入れてタオルを持って風呂場に行こうとするが、アリーがボケっと突っ立っているのが目の端に入った。


「どうしたの?早く入りましょうよ」

「いや、あの…」


 これはあれかな、人に裸見られるの嫌とかかな。

 どうせ今は私たち二人しかいないし、居ても女同士なんだから気にする事じゃないのに。私なんてレクに見られた事もあるし…


「もぉ、なに恥ずかしがってるのよ、先に入ってるからね」



 置いてあるシャンプーと石鹸で髪と体を洗い、髪の毛が湯に浸からないようにタオルで髪を纏めてから少し古い木製の湯船に体を沈める。

 

「はぁ~、やっぱりお風呂は良いわね~。今度はちゃんとお風呂が付いた家にしてもらおう。今度は直談判して家を選ばせよう」


 チャポンと水の音が広がる静かな空間の中で、湯煙に囲まれながら木製の湯船に背中を預ける。しばらくお湯の暖かな気持ち良さに浸っていると、ガラガラと脱衣所のドアが開く。


「はぁ、タオルをお湯につけるのはマナー違反よ。ほら、脱ぎなさいな!」

「ちょ、やめ…」


 アリーが少し抵抗するが、ただの子供に私が力で負けるわけも無く、タオルをはぎ取る。

 アリーの体には切り傷や打撲の青痣や火傷の跡、それにお腹の所に奴隷の印がしっかりと刻まれている。


「…なるほどね、そう言う事か」

「……」

「まぁ、私もレクも気にしないわよ。ほら、そんな事より背中流してあげるから、早く座りなさい」

「…なんで、気にしないなんて言うの」

「私も色々経験してきたのよ、多少の事では動じないのよ」

「でも」

「でももへったくれも無いわよ。貴女がどんな人生を送って来たかなんて知らないし、知る気も今は無いわよ。今は貴女はレクの連れてきたただの女の子なの。奴隷だろうが何だろうが私からすれば貴女はただのアリーなのよ」


 唖然としているアリーを少し強引に座らせて、傷の有る背中を流す。

 その背中に刻まれた傷からは、その壮絶な人生が垣間見れる…だけど、貴女みたいな人間は少なくない、貴女はたまたまレクに拾われた幸運な一握りの人間なだけ…その幸運をしっかりと噛みしめなさいよ、そうしないと幸運はすぐに逃げちゃうんだからね。



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