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襲撃

「…荷物多いな、おい」

「女の子は必要なものが多いのよ…これでも少なくした方なのよ?」

「はぁ…まぁ、いいか。明日の朝に出るから、今日は早めに休めよ」

「分かってるわよ…じゃ、行ってらっしゃい」


 玄関に立て掛けてある元ドアの板を退かして外に出る。

 外はまだ薄暗く、周囲には早起きの老人やや市場へ向かう人がのんびりと歩いている。


 家の裏側にある無人の民家の塀に背中を預けて数秒待つと、音もなく一人の男が民家の影の闇の中から現れる。


「ふぅ~、良い日だ…なぁ、クロウ?」


 クロウと呼ばれた真っ黒なマントを羽織った背の低い猫背の男は、少し不気味に笑いながら近づいて来る。  


「へへへ…そうですねぇ。良い日でさぁ。それにしても、旦那も大変でさぁねぇ。また旅立たれるんですってねぇ?」

「流石に耳が早いな…それで、情報は入ったのか?」

「へへへ…もちろんでさぁ。ここに」


 そう言うと、懐から丸められた羊皮紙を取り出す。

 クロウから羊皮紙を受け取り、報酬を渡そうとするがそれを手で制された。


「何時も旦那にご贔屓にしていただいたので、最後ぐらいはサービスしておきます」

「最後?」

「えぇ、あっしももうすぐこの国から離れるんで、多分旦那が帰って来ても居ないでさぁ」


 そうか、もしかしたらもう会えなくなるかもしれないんのか。最初に合ってから既に五年もこの怪しい男と付き合ってきたのか。


「初めて会った時はその怪しさから、危うく切り殺すところだったな」

「へへへ、あの時はあっしも心臓が止まるかと思いやしたよ」

「まぁ、いろいろあったが、良い付き合いができた。これからも頑張れよ」


 別れの挨拶に握手を求めると、一瞬俺の顔をおかしな物を見るような目で見た後、苦笑いしながら握手に応じる。


「やっぱり、旦那は変わり者でいらっしゃる…では、あっしはこれで」

「あぁ、じゃあな」


 男は出てきた時と同じように、闇の中に音もなく消えて行った。



 日が昇り始める頃に、王宮の裏門に到着する。

 夜番の門番と軽く話をしてから、門の脇の通用口から入る。


 使用人の宿舎の脇の木に寄りかかって、眠気を抑えて待つと王宮の裏口から大きなあくびをしながらレイラが歩いてくる。


「よぉ、レイラ。お疲れさん」

「ん?あ、レクさん。こん…おはようございます。こんな朝早くに、いかがなさいましたか?」

「あぁ、少し用事を頼みたいんだが良いか?」

「はい、私なら大丈夫ですよ」


 レイラに数枚の羊皮紙の束を渡し、使用人長のシャルアに渡すように言いつける。

 

「なるべく早めに渡してくれ」

「はい、承りました」


 レイラは羊皮紙を大事そうに抱えて、王宮内に向かった。

 急ぎで頼んでおいてあれだが、ソックスが左右違うのを指摘しといたほうが良かったかな…まぁ、いいか。


「さて、最後のお仕事か…」



 夕暮れ時…ほとんどの人々が仕事の疲れを癒すために、酒を飲み晩飯を食べている頃。

 忍び隠れながら裏路地を進む黒い影が五つ。


 その影は素早く音もなく複雑に張り巡らされている路地を、一部の迷いもなく走り抜ける…まるで一陣の黒い風のように。


「ふわぁ~~、暇だなぁ」


 裏門に寄りかかりながら、何となく夕暮れの街を眺める。

 すると、赤く燃えるような夕日に照らされた街並みの向こう側から、一つの小さな影が歩いてくるのが見えた…大きさから子供のようだ。


 しばらくすると、影の子供の姿をはっきりと視認できる。

 褐色の肌に肩ほどの長さの白髪で、青く澄んだ目の女の子だ。そのまま、女の子は俺の目の前まで歩いてくるが、その瞳には涙を浮かべている。


「どうかしたのか?」

「…お母さん、居ない」

「そうか、それは困ったな…!?」


 夕暮れに染まる丘の一点が一瞬光ったかと思うと、何かが風を切る音と共に飛んでくる。

 

「これは、また面倒な…」


 飛んできたものを右手の人差し指と中指で挟み取る。

 それは真っ黒に色を塗られた、何処にでもあるような投擲用のナイフだ。ただ、黒く塗られたものは一般的に暗器とされ忌み嫌われる。


 ナイフを懐にしまいながら、周囲を見回していると不意にコートの袖を引っ張られる。袖の方に視線を落とすと、先ほどの女の子が袖を握っていた。


 しかし、先ほどまでの涙目ではなく、生気のない虚ろな目をしている。

 一瞬の出来事だった…有り得ないほどの力で思いっきり袖を引かれて、バランスを崩した所に少女の手にいつの間にか握られたナイフが胸を貫く。


「ぐはっ…」

「…ごめんなさい」


 暗くなる視界の端で俺の方を見下ろしながら、小さな声で謝る少女の姿が見えた。そして、その後ろに少女の肩に手を置く男の姿が見えた。

 


 ドサリと力なく地面に倒れこむ門番と思われる男。

 纏う雰囲気が普通の兵士とは違う気がしたんだけど、所詮は人の子…子供には気を抜いてしまう。


 本当は殺さないといけないのだけど、殺したくないから急所を外して麻痺性の毒で仮死状態にする。でも、私のやっている事は許される事じゃない…でも、仕方がないの…あの子の為だから。


「よくやった」

「…」

「もうすぐだぞ…」


 この言葉、一体何回聞いたのか…でも、あの子の為なら一生でもこの手を汚してやる。


 男が静かに門まで忍び寄り、軽く手を当てて何かを調べている。

 多分魔法関係の事だと思う、私は魔法には疎いからわからないけど、お金持ちになる程魔法で何らかの仕掛けをしていることが多いらしい。

 まして、ここはこの国の王宮…王が住まう家なのだから、魔法の仕掛けも大掛かりなものがあるのだろう。


「おかしい…なぜ何も仕掛けが無い?…いや、それほど上手く隠しているのか」

「あぁ、それなら普通に無いだけだぞ。魔法の維持は面倒くさいらしいからな」

「!?…お前は」


 声のした方には、先ほど倒したはずの男が平然と仁王立ちしている。

 有り得ない…あの毒はどんな巨漢でも数十分は仮死状態にするはず。ましてやこんなヒョロイ男なんかが起き上がれるはずがない。 

 

「ッチ、ヘマしたな」

「…私がやる」

「もういい…時間がねぇ、お前ら!」


 ガサガサと茂みから音がしたかと思うと、数人の黒いマントが現れ男を囲う。

 門番の男は特に何もせずにただ立っているだけだ。この人数差で平然としている…それほどの実力者なのか、それとも…


「…やれ!」   


 男の声で一斉に男に向かって切りかかる。


「ショックスパイク」


 門番の男の足元に紫色の魔方陣が現れ、魔方陣からバチバチと何本もの稲妻が天に向かって走ったかと思うと、黒マントの男達が一斉に崩れ落ちる。


「なっ…設置式魔法、いつの間に……そうか、倒れた時に既に…おい、分かってるな!」

「…はい」


 そうだ、これは私のミスだ。あの時の雰囲気はただの勘違いではなかった。

 私が取り返す、このミスを!



 少女がナイフを取り出し、一直線に走って来る。

 一応腰の剣を抜いて待ち構えるが、どうにも子供に剣を向けるのは嫌だな。


 一瞬少女の姿が霞んだかと思うと、いきなり懐に少女が現れナイフを振るう。

 ギリギリで後ろに飛んで避けるが、僅かにシャツが一文字に切られる。


「おいおい、このシャツ結構気に入ってたんだぞ」

「…」

「無視かよ…最近の子供は手間のかかるこって」


 少女は無言のまま素早い動きで切りかかって来る。

 子供ながらのリーチの短さをその身軽さで、縦横無尽に動き回り常に張り付いて切りかかる事で補っている。

 

 何回目か少女の斬撃を避けると、不意に魔力の流れを感じた。

 少女が俺に切りかかってくるのとほぼ同時に、足元に真っ赤な魔法陣が現れる。そして、その魔方陣から拳大の赤い球が俺と少女の間に現れる。


「え!?」

「くそっ!」


 少女も赤い球と魔法陣に気が付いたようだが、切りかかるところだし避けるにしてもワンテンポ遅れる。

 本気で仲間ごと俺を殺るのか…まったく、反吐が出る。


 少女の突き出された腕を掴み、後ろに向かって放り投げる。

 直後赤い球が膨張し、弾けて爆発した。

 男は不気味な笑顔を浮かべ、少女は呆然としながらも爆発の煙が立ち込めるその場所を見つめていた。


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