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一章 四話

「お母様、お話が」

 レオナが真剣な表情で言うと、ヒルダは澄まし顔のままそちらを見た。

「何かしら」

 その蛋白たんぱくな態度は、二人が親子である事を微塵みじんも感じさせない。

 ヒルダはライアよりも暗い青色の瞳と明るい金色の髪をしており、毛先が無造作に散らされたショートカットである。右にそろえて流された前髪、真紅のドレスと執事バトラーに預けられたミニシルクハットが、貴族の流行を象徴していた。

 今年で六十六歳になるものの美しく整った顔をしており、左目の泣きぼくろと流し目を駆使すれば、世の紳士をあっという間に虜にしてしまいそうな貴婦人だ。長命なエルフ族である為、肉体年齢的には隣のツェーザルよりも若い。

「やっぱりわたくし、ライアの隣で一緒に食事がしたいです」

 視線を上げて目を合わせたレオナに対し、ヒルダは美しい眉間にしわを寄せた。

「何を言うかと思えば、そんな事。法術士として生きていけない以上、それ以外の生き方を学ばせるのも親の勤めなのですよ」

「ライアは家族なのですから、私達の席に座ってもいいのではないですか?」

「職務中に当主の隣に座れるのは家令ハウススチュワードだけ。その決まりを実家に居ながらにして学んでいるのよ。当然の事じゃないかしら。レオナも子供ではないのだから、それぐらい聞き分けなさい?」

 ヒルダが間違った事は言っていないと、レオナは認めざるを得なかった。が、言葉に秘められた意味をみ取ろうともしない高圧的な口調に、苛立ちを覚えずにもいられない。

「奥様、本日は多忙を極めます。予定を申し合わせておきませんと、先方にご迷惑をお掛けする恐れが」

 むっと口のとがらせたレオナを見て、執事が早口に言った。

 ヒルダはうなずくと席を立ち、執事によって開けられたドアから家政婦長ハウスキーパーを連れ、素早く退出した。

 料理長ヘッドシェフ溜息ためいき混じりに席を立つと、広間の裏手にあるキッチンに声を掛け、部下と共に下級使用人達が使った食器を片付け始めた。

「あんな言い方しなくても……」

 リディは憎々しげにつぶやいた。

 淡い紫色をした柔らかそうな髪を後ろで一纏ひとまとめにして垂らしている。その根本に通された髪挿かんざしは、純金で出来ている上に鍵の形をした特徴的な品である。

 母親とは反対の目に泣きぼくろがあり、ルビーの様に透き通った濃赤色こきあかいろの瞳が一目見た者に強烈な印象を残す。

 裾の広がった黒く飾り気の無いドレスの上に白衣を羽織っており、その胸ポケットには片眼鏡モノクルが収まっている。これは薬草学士ハーバリストの制服だ。

 微笑んでいれば美しいのだろうが、不機嫌そうに口の端をヒクつかせている。

「テオドールさん、貴方はどう思います?」

 レオナに問われて百歳に届きそうな老エルフがそちらを向いた。濃紺色の紳士服を着て、白髪一色の髪を綺麗に後に撫で付け、ハウンドの尻尾を彷彿ほうふつとさせる柔らかそうな白髭ひげを蓄えている。

 リディの誕生どころか、現当主のヒルダが産まれる前から使用人として働いている優秀な家令で、フランクリン家の伝統に最も精通した人物である。

「奥様が仰った事は最も模範的な回答でしょう。奥様のお母上は、それはそれは厳格な方でしたから、これもまた一つの愛の形であると私めは思っております」

 テオドールは垂れ下がった白い眉毛をへの字に曲げてしばし沈黙した。

「しかし、これではあまりにも……」

 ツェーザルの実家も貴族の家系ではあったが、両親の愛情と兄弟とのきずなに恵まれていた事を思い、口に出した。

「そうですね……それではお茶の時間だけでもご一緒するというのは、いかがでしょうか。その時間はライアお嬢様の仕事を、私めが責任を持って担当致しますよ」

 レオナは一瞬、うれしそうな表情をしたが、彼の負担を思って手放しで喜ぶ事は出来なかった。

「ならば貴方の仕事を一つ、わたしに任せてくれないかしら」

 リディが申し出ると、テオドールは優しく微笑んでから小さく首を振った。大した負担では無いと。

 それを見てツェーザルは身を乗り出した。

「では私からチップを弾もう。娘達の為に尽力してくれるというのであれば、相応の敬意を払わせてもらいたいのだが」

 テオドールも流石に、ツェーザルの申し出には簡単に首を振る事が出来ず、少しだけ視線を泳がせた。

「日頃の感謝の気持ちでもある。私の顔を立てると思って、受け取ってくれないか?」

「旦那様がそう仰るのでしたら、有り難い限りです。丁度、孫への便箋びんせんが無くなり掛けていたところでして」

「ありがとう御座いますテオドールさん。ありがとう御座います、お父様」

 レオナに笑顔で礼を言われ、二人は笑いながら大きく頷いた。

 リディもにっこりと微笑んで紳士達の頬にキスをした。


 陽が高く昇る頃には皆が忙しく働いていた。

 奥様、ヒルダは自室でテオドールと家業に取り掛かっていた。

 旦那様、ツェーザルは近隣の者から助けを頼まれ魔物モンスターを討伐しに出掛けている。

 長女のリディは屋敷にある自分の研究室で薬草の調合に勤しんでいた。

 次女レオナは近くの川へ赴いて精霊との対話を行っていた。護衛としてフォルクハルトが同行している。

 そしてライアはホルス卜と菜園で汗を流していた。

「ホルストさんが作って下さったソテー、とっても美味しかったです。それこそお昼の物足りなさが際立つぐらいに……」

 昼食は好きな時間に取る事が許されていた。と言うよりも各自のライフスタイルが違い過ぎる為、時間を合わせられないと言った方が正しい。

 しかし下級使用人は朝の残り物にあり付くのが精々で、大抵は三食のうちで一番ひもじい思いをするはめになる。

「そうですねぇ。でも夕飯はお肉みたいですから頑張りましょう……と言いたいところですが、いかんせん暑くてだらけてしまいますね」

 ホルストが首に掛けたタオルで汗を拭いながら言った。水の入った革袋をライアから受け取って喉を潤す。

「はい。でもまだ五月ですから、もっと暑くなるんですよね……はぁ、考えたくも無い」

 言いながら水袋を受け取ったライアは一口だけ飲んで腰にった。

 ここは屋敷を挟んでハーブ畑の反対側にある菜園で、ホルストとライアが三年の歳月を掛けて創り上げた()()()()だ。野菜を育てる目的こそあれ十二分に見て楽しめる程、芸術的な園庭に仕上がっていた。

 いま行っているのは養分が少なくなった土と腐葉土を入れ替える作業だ。ライアがシャベルで小分けにしながらそれを用意し、ホルストがスコップで周囲の土を掘り返していく。

「そういえば、これから三時頃に毎日姉妹でお茶の時間を取る事に決まったと、家令から聞きましたよ。よかったですね」

 ホルストは微笑みながら言ったが、ライアは突然聞かされた話に驚きを見せた。

「えっ、その時間は使用人控室サーヴァントホールの清掃をしないと……」

「あれ、この話は初耳ですか? それは家令が代わりにやってくれるそうです。あの部屋の明かりは一番傷んでますし、点検を兼ねてですかね」

 屋敷の至る所に配置されている燭台しょくだいはただの明かりではない。

 ろうを減らさずに灯り続ける燭台は〝魔導具〟と呼ばれる物の一種で、広く一般に知られている。

 ヒルダはアストラル結晶技師としてその原動力を精製する役割を担っていた。

 テオドールは幼い頃からフランクリン家の家業を手伝っていた結果、魔道具に関してかなり精通しているのだ。

 ライアは自分が役不足だから仕事を取り上げられたのかと思ったが、それよりも姉達とお茶が出来ると聞いて落ち着かない気持ちになっていた。

「お茶休憩って……お母様の許可が下りた話なのです?」

 ライアは首を傾げながら聞いた。ずっと熟練使用人達と同じだけの仕事量をこなして来た事もあり、今更休憩時間が貰えるというのは、にわかに信じがたい。

「ええ、旦那様が話を通して下さったそうですよ」

 普段は己の信念を頑なに貫くヒルダもツェーザルには甘い所があった。

「そ、そうでしたか……。けれど、姉様達と何を話せばいいものか、悩んでしまいます」

 ライアは仕事の手をしばらく止めて、考えてから言った。

「そうですね。普段やっている事は三人とも違いますから、逆にそれらの中であった事を話し、互いの苦楽を分かち合うのはどうでしょうか」

「なんだか……不安です」

「血のつながった家族なのですから、思った事を言ってもいいのではないでしょうか? リディ様もレオナ様も心のお優しい方々ですから、快く聞いてくれるはずですよ。まぁ、私よりもライア君の方が良く分かっている事でしたね」

 うつむいたライアにホルストは優しく微笑み掛けた。

「なんだか救われた気がします。ありがとうございます」

 ライアは()()()()()()()()という言葉を聞いて胸が一瞬苦しくなったが、その素振りを見せないよう何とか取り繕って、笑顔で答えた。

「いえいえ。では三時までに、これを片付けてしまいましょう」

 ホルストはライアが生まれてからフランクリン邸に来た為に知らないが、三人は父違いの姉妹であった。

 けれど二人の姉はツェーザルが実の父かのように接し続けている。ライアはそれが何故か理解する事は未だに出来ていなかった。

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