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一章 三話

 ライアが到着した時には、既に料理が並んでいた。

 一枚板の長大な机には専用に作られたテーブルクロスが掛けられ、中央には巨大なシャンデリアが下げられている。それには薄紫色に輝く石がめられており、周囲を囲むように配置された蝋燭ろうそくが昼夜問わず十二分な明るさを保っていた。

 壁は高級材で、上座にはフランクリン家当主、すなわちライアの母親の肖像画がでかでかと飾られている。

 フランクリン邸の中で一番広く、窓が無いにも関わらず明るいここは、深夜帯を除き最もにぎわう空間だ。

 ライアは部屋の側面に並んだ使用人達の最後尾に行くと、そっと後ろに手を組んだ。

 手前から奥まで総勢三十二名。片側だけでも十六名の使用人がずらりと並んだその光景は実に壮観である。

 数人の女中ハウスメイドが、入ってきたライアをチラチラと見ながら何かを話していた。そこには今朝すれ違った二人も含まれている。

 ライアは視線が気になったが、気付かない振りをした。

 しばらくして家令ハウススチュワードが正面の入り口から入ってくるとピタリと私語は止んだ。

「おはよう御座います」

 家令の合図で一同が声をそろえて挨拶をすると、執事バトラーの先導でライアを除くフランクリン家の面々が入ってきた。

 母のヒルダ、父ツェーザル、長女のリディ、次女のレオナである。

 広間の奥は一段高くなっており、四人は順番に席に着いた。

 それに続いて使用人達も役職ごとに上座から着席する。

 全員が席に着くと、皆一斉に顔の前で指を組んだ。

「森に住まう我等の神よ。日毎の糧を今日お与え下さい。我らは他を生かすべく、森を育てます。我等を悪より救いたまえ。さすれば罪深き者も、我等は許すでしょう。国と力と栄えとは、永久にしゅのものである。我等はレイナルド様の御名によって祈り続ける事をここに誓います」

 艶気つやけを含んだ良く通る声でヒルダは祈りの言葉を述べた。

幸あれ(フィールグリュック)

 全員が声を合わせて祈りを終えると食事が始まった。

 パンとスープにベーコンエッグ。一見平等に見えるが、量、食材の質、盛り付け方の違いで差別化されている。

 そして食する者もまた、テーブルマナーという点で明確な違いがあった。

 手掴てづかみでパンをスープに浸して食べるのは下級使用人達だ。

 ライアもこの中に含まれており、ナイフで一口大に切る事はせず、フォークで刺してかじり付く方法を取っている。

 度々、咀嚼そしゃく音を鳴らすものの一口一口を満足げに頬張っていた。そこには笑顔がある。もしこの光景をのぞく者があれば、腹を鳴らしていた事だろう。

 一方、上級使用人と上座に身を置くフランクリン家の面々は主にナイフとフォークを使い、スプーンを使ってスープを口に運んでいた。

 時々食器類が立てる小さな音が聴こえる程度で、至って静かである。

 動きは事務的で、表情もあまり動かない。

 この広間で食事をしている者達の間で、階級を問わず共通しているのは無言であるという事だ。

 糧となった動植物へ敬意を表し、食事中にしゃべらないというのが、ロレンティス国民のマナーだ。

 最初に食べ終わったのは若い青年である小姓ペイジボーイ達だ。

 物足りなさそうに最後の一滴までスープを飲み干すと、早々に食器を重ねて壁側に置かれているワゴンの上に載せ、一礼して仕事に向かって行った。

 しばらくして女中達が食事を終え、席を立った。未だに食べ終わらないライアの後ろを通り過ぎる時、椅子の脚を足で小突いてから退出した。

 レオナはその様子を横目で見ていた。

 黒く艶やかな長髪と大きな黒い瞳が美しい女性だ。後ろ髪の上側だけをまとめた特徴的な髪型をしており、左耳の上に白の花飾りを着けている。

 子供に好かれそうな優しいお姉さんと言った容貌で、ふくよかな胸元に銀細工の十字架を下げ、表が薄緑、裏地が白色のローブを着ている。広がった袖と首元に銀の刺繍ししゅうが施された、精霊術士エレメンタリストの法衣である。

 レオナは一口一口を良くんで、味わいながら食事を進めるライアの様子を見ながら、胸の内にもどかしさを覚えていた。

 先輩使用人に目の敵にされている事は知っていたし、何とかしてやりたいと動いた事もあった。

 しかし貴族の娘である以上、降り掛かる火の粉は自分で払えなければならないと、幼い頃からヒルダに聞かされていた。

 もしレオナがあの使用人達に注意しようものなら、ライアがヒルダに叱られてしまうだろう。

 レオナはそもそも、ライアが法術が使えないというだけで使用人の、しかも最下級の役職に着かされている事を疑問に思っていた。

 それに、本来ならば一年毎に昇格する機会があるはずだが、ライアは使用人組合サーヴァントユニオンに加入していない為、それすらもかなっていない事も不満の一つだ。

 ただでさえライアが三歳の頃にレオナは一三歳になり、精霊術士としての修行を始めた為、全くと言っていい程姉妹で遊んだ事が無い。

 レオナは小さい頃リディと一緒に遊んだ記憶があるだけに、ライアが不憫ふびんに思えて仕方が無かった。

 度々お代りをしたり、ゆっくりとした食事を愉しむ上級使用人達はいつも最後まで残っている。

 今朝もそれは例外ではなく、食後のコーヒーが出揃でそろう頃には下級使用人達は全員退出していた。

 残ったのは家令と家政婦長ハウスキーパー料理長ヘッドシェフ。それにフランクリン家の末っ子を除いた四人の、計七名が席に着いており、執事は入り口の前に立っていた。

 娘思いのツェーザル、優しいテオドール、いつも心強いリディが側に居る。

 チャンスは今しか無い。レオナはそう思った。

 ゆっくりと口から深く息を吐き、静かに鼻から息を吸った。肺が空気で一杯になると、レオナは口を開いた。

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