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一章 二話

 右を向くと、そこには大小様々な花壇があった。白い石で仕切られた中に決まった間隔で花が植えられている。赤、白、紫、黄、だいだい、桃。様々な色の花達が心地よさそうに風に揺られていた。

 ライアは太腿ふとももにしていたベルトを外すと金具を留め、一本の長いベルトにつなぎ直した。そしてドレスの裾を思い切りたくし上げ、腰のあたりで折り込んでから固定する。慣れたものであっと言う間に丈が短くなり、ベルトも布で隠された。

 ライアは女中ハウスメイドとしての一般的な家事仕事の他に園丁ガードナーとしての仕事も兼務しており、ドレスにエプロンという格好で庭仕事をしなければならなかったが、ドレスコードの問題があり、普段は他人に見えないようにベルトを携帯する必要に迫られた結果半分にしたベルトを脚に着けて隠しておき、必要な時に接続して使うようにしていた。

 部屋から持ち出した水瓶で花壇に水をやり終えると、玄関口に置き、代わりに箒を手に取った。

 その時、入り口の横に掛けられている表札が目に入り、ライアは不快なものを見た様に目を逸らした。

 フランクリン家。それは宮廷法術士の一族にして法道の名門の名だ。

 ライアは一瞬、自分にも法術が使えればと思ったが、振り被った箒で邪念を振り払った。

 そして再び花壇まで戻って、落ち葉を片付け始めた。その最中、目に付いた雑草を抜いていく。

 一段落すると、広い庭を横切って家の側面まで移動し、ハーブ畑に入った。柵に箒を立て掛けるとそこにるされているバスケットを持ち、毛のように細かい葉をもつ草を摘んでいった。

 薬効のあるミルフォイルというハーブだ。またの名をノコギリソウ。

 その隣には鮮やかな黄色い花を咲かせたハーブの畑がある。こちらはアグリモニー。

 その更に先には文字通り青い葉の、ローズマリーが栽培されていた。

 これらはロレンティスの森に多数自生している為に入手は容易なのだが、ここではかなり大規模に栽培されている。

 この他にも鎮痛、止血剤等の材料となるハーブばかりが植えられているため、周囲には独特の香りが漂っていた。

 籠の半分程がハーブで埋まった頃、背後から足音が近付いて来た。

「おはよう、ライア君」

 百八十センチメートルにも届こうかという、エルフ族にしては大柄な男だ。がっしりとした体格だが、長く垂れ下がった耳に丸い顔、そして膨よかなお腹から温厚さが見て取れる。

 訪問客に庭を案内役をすることも有る為、園丁長ヘッドガードナーの名札を着けており、つばの短い帽子、シャツにベスト。幌布ほろぬのの丈夫なズボンを履いている。

「ごきげんよう、ホルストさん」

 ライアが一礼するとホルスとはにっこりと笑ってから畑の方を見た。そして更に笑みを深くする。

「今期は去年、一昨年より豊作ですね。ライア君の腕も上がったようだし、わたくしもおちおちしていられないみたいだ」

 そう言ってホルストはライアからバスケットを受け取ると、一緒にハーブを摘み始めた。

 作業の途中、ライアは手を動かしながら時折ホルストの手を気にしていた。太い指先で器用に葉を取るその動きは、単純に引き千切っているのとは違った。爪を引っ掛けて折るような、今まで教わらなかった動きだ。

「わたし、それが出来ないんです。コツはありませんか?」

「え、ああ、この取り方です? はは、これは覚えなくとも良いです。私は昔、勤めていたお屋敷でそれを無くしましてね」

 ホルストはライアが指先に付けている道具を指し示しながら、照れ笑いを浮かべて続けた。

「当時は自分で道具を用意するお金がありませんで、旦那様に買って頂いたものです。若かったもので怒られるのが恐くって、当時の園丁長に気付かれないように素手でやっていたんですよ。結局お給料から弁償しましたけれども、それから道具は使っていないんです」

 ライアは刃にリング状の指掛けが設けられた小型の道具を付けていた。彼女にとっては大きいが、ホルストの指には入りそうも無い。

「なるほど。その頃から体は大きかったのですか?」

「今ほどではないですが……そうですね、大きい方だったと思います。道具も服も大きい物は高いですし、少し苦労しましたから。奥様に助けて頂いてから自分の道具を用意出来るまでになりましたし、感謝していますよ」

 雇い主と良い関係を築き、弟子に慕われ、今の生活に不満は無い。満面の笑みがそれを象徴していた。

 ライアは現在の担当している仕事の中で庭仕事が一番好きだ。

 ホルストは優しく、草木の手入れをするのは楽しいと感じていたからだ。 しかし心の底から笑顔になれるホルストを見て、胸の奥に鈍い痛みを覚えた。

 ライアは作り笑いを返しているが、上手く笑えているとは言い難い。だがホルストには気付かれなかった。

「ライア君、剣術の方は順調ですか?」

 ホルストはライアの仕事振りを笑顔でしばらく見ていたが、不意に空を見上げて言った。

「はい、お陰様で。近い内に免罪符を手に入れる事が出来そうです」

 ライアは手を動かしながら答えた。

「それはよかった。その後は、どうしたいですか?」

「その後?」

 真面目な話なのだろうか。ライアはそう思い、手を止めて立ち上がってホルストの方を向いた。

「ライア君はまだ若い。将来の夢が、あるのではないかと思いましてね」

 ホルストはあくまで笑顔のままである。あれこれ言うつもりはなく、ライアの意思で決めさせるつもりなのだ。

「わたしは……フランクリン家の者として、戦い続ける道を選びたいです」

「そうですかそうですか。君はもう優秀な園丁ですが、そういう事ならば僕も諦めが付きます」

 ホルストは皮膚の厚い手でライアの小さな手を握り、剣だこを指先で優しくでた。

 その感触にホルストは、早く親方に認められたいが為に意地になって鎌やくわを握り続けた若かりし頃を思い出した。

「大丈夫です。後見人はすぐに見つかりますから……と言っても、少々早とちりしてしまったかもしれませんね。なんにせよ、応援しています。頑張って下さいね」

「ありがとうございます」

 ライアは精一杯の誠意を込め、深くお辞儀をした。

 前任者が家庭の都合で突然退職してしまった為、ライアが臨時で手伝ったのがそもそもの始まりだった。

 かと言って女中としての仕事で成功しているようには見えなかったので、ここに来て園丁の席が埋まればまた違った展開になるのでは、とホルストなりにライアの将来を想っていた。

「はい、では今日のお仕事、頑張りましょうか」

 二人でバスケットを満たす頃、辛うじて聴こえる程度の大きさの鐘の音が屋敷から聞こえた。

「朝ご飯ですね」

「はい。わたしはこれを届けて来ますね」

 二人は家の外壁を伝って裏口から入り、たるに入った水で手を洗った。中の水は川からのみ置きである。

 すぐ隣に井戸が掘ってあるが、これはあくまで緊急用だ。

 外装や玄関と比べ、裏手の内装は石が剥き出しのままだ。簡単な清掃こそされているものの、環境としては屋外とそう変わらない。

 先日温室から収穫した野菜類が麻袋に詰め込まれており、土の匂いを放っている。

「今朝のメニューは何でしょうね」

 ライアが問うと、ホルストはこめかみの辺りを掻きながらゆっくりと上を向いた。

「確か、先日搬入した芋が余っていたのと、今朝取った卵があったはず。あと、旦那様が朝一番で狩りに出られました。お肉が調達出来るはずなので……保存していたベーコンを新しくすると思います。なので、ベーコンエッグとポテトスープでしょうか」

 ホルストのメニュー予想は外れた事が無かった。担当の仕事内容に留まらず、主人が快適かつ優雅な暮らしを続けられるよう、様々な分野で貢献しようと努力しているからだ。屋敷に維持に関わる物資の把握は使用人として大切な事で、当然従業員の健康管理もそれに含まれる。

「そうするとお野菜が少ないですね。ではお昼前の休憩時間にほうれん草のソテーをご馳走ちそうしますよ」

 そう言うとホルストはブラシで靴に付いた土を落とした後、階段を登って二階のドアの奥へ消えていった。

 ライアも靴を綺麗にした後に階段を上がり、二階のドアを開けて廊下に出た。

 そして正面にある螺旋階段らせんかいだんを登り、三階に辿り着いた。

 この階層は下の階よりも更に綺羅きらびやかになっていた。壁には無数の絵画が掛けられており、天井には等間隔でシャンデリアが下がっている。

 ライアは一番手前の部屋で立ち止まり、ノックを三回。

 してみたものの、返事は無かった。

「む……」

 言葉通りむっとした顔をしながら再びノックを三回。

 だが、やはり返事は無い。

「姉様? リディ姉様!」

 ドアの隙間に鼻を押し付けるようにしてライアは声を上げた。

 ドン!

「痛ッ!?」

 しばらくして室内から物音と声が聞こえた。

「ごきげんよう、リディ姉様。朝食の時間ですよ」

 ライアは姉を心配する訳でもなく、口をとがらせながら用件を伝えた。

「うぅ、おはようライア。すぐ行くわ……」

「ところで姉様が言っていた、無理矢理笑顔を作る方法。すぐばれてしまいましたよ」

「えっ、本当に試したの? ごめんごめん、あれは冗談よ?」

 ライアは信じた自分が馬鹿だったのだと、言われて気付いた。

「もう二度と姉様の事なんて信じてやらないんだからっ!」

 ぷりぷりと怒ってはいるものの、ドアの脇にそっとバスケットを置いてからその場を後にした。

 向かう先は屋敷の二階中央にある大広間グレートホールである。

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