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二章 十二話

「さて手始めに……レイナルドがどうこう言っていたね、説明してくれないかな」

 真後ろに居る相手の声が頭の中に響く、奇妙な感覚を振り払うようにライアは声を張り上げる。

鋼の契約(シュタールアイト)!」

「またかい? 無駄な足掻あがきは」

「クロイツ!」

 相手の言葉を遮るようにライアが叫ぶと手にしていた短剣が十字架に変わる。

 次の瞬間バチッと短い音がした。

「クソッ! 小癪こしゃくな……」

 悪魔はバナジウム製バレッタから作られた銀白色の十字架を嫌ってライアを突き飛ばすように離れ、忌々しげにつぶやく。

 前の壁に激突しかけたライアは何とか手を付いて振り返り、すかさずしゃがみ込んで口を開く。

鋼の契約(シュタールアイト)、ドラート」

 ライアは鋼線を変成して地面をうように前方に伸ばした後、右から左へ動かす。その間一秒と経たず、手燭てしょくに触れた瞬間絡み付かせてむちのように手元へ引き寄せた。

 焦りながらもフリントホイールを擦って火種を灯し、コックを開けて火力を上げる。

「でも残念だったね。高位魔族である僕に十字架なんてチャチなもの、そんなに何度も通用しないよ」

 妨害の余地はあったのだろうが、余裕しゃくしゃくと語る相手の姿を初めて確認したライアはいぶかしげな表情と共に首をかしげた。

 そして後ろ手に手頃な重さの本をつかんで投げ付ける。

「人の話を、ぎゃ!」

 床の上に開かれていた『神と悪魔』の上に被さった本の隙間から弱々しく黒い影のようなものがはみ出している。

 開かれた紙の部分からしか体を出せない事に気付いたライアは泣きべそをかかされた腹いせにどう料理してやろうかと考えていた。

 その時、上の階から跳ねるような足音が聞こえてきた。

「どうしたライア、何があった!」

 詠唱をする際にライアが精一杯大きな声を出した為に地下から響いて伝わったのだ。血相を変えたルイーズがライアの下へ走って来る。

「ねぇ、ルーちゃんあれ見てよ……ぷぷっ」

「何だあれは……」

 ライアに言われて指し示された方向を見たルイーズは間を置いてぽかんとした表情をしたが、すぐに状況を理解して口の端を上げた。

「僕のような高等悪魔に楯突たてついて、ただで済むと思うのかい。人間風情が一人増えたところで……」

 虚勢を張っているのが見え見えである。

「負けを認めたらどうだ? 本から出られなくなった癖に」

 そう言ってルイーズは白衣の前を開けて裾を両手でおもむろに広げた。その裏地には無数の道具が下げられており、その中の試験管を一本抜き取る。

 魔を払う聖なる液体、俗に言う聖水だ。

 それをちらつかせた途端、本の隙間からはみ出していた影はおびえるように中へ消えていった。

 ルイーズはその隙を見逃さずに本を閉じると、ライアの方を向く。

「……怪我は無いか?」

 心配そうにルイーズが聞くと、ライアは若干の気疲れを見せつつも笑顔で肯定した。

 ルイーズは腰にるしていた別の本から革ベルトを外し、『神と悪魔』にしっかりと留めると語り出す。

錬金術師組合アルケミストユニオンは生命工学を研究しているのだが、本来神が造るはずの生物を人の手で造ろうとするのは神への冒涜ぼうとくだと言われてな……目の敵にされているんだ。裏で魔物を作り出しているだとか、終いには研究の為に悪魔と契約しているとすら言われる始末だ」

「悪魔がここに出たと言う事は……それは事実なのね」

 難しい顔をして言うライアに、ルイーズはおどけて見せると手招きをした。上に戻ろうと言っている事が解ったライアは後に続く。

「やはりお前は馬鹿正直だな。何でもかんでも信じるもんじゃないぞ。錬金術はそもそも科学的に解明されていない神秘を体現するものだからな。お門違いもいいところだ。まぁ……」

 ルイーズは悪魔を封じ込めた本をライアに見せるように掲げてから続ける。

「こいつを引き渡して点数を稼ごうと、そういう訳だ。その為に図書室に張り込んでいた」

「ん……? ルイーズはここに悪魔が居るのを知っていたの?」

噂程度うわさていどに聞いた事はあったが、まさかお前の前に現れるとはな。悪魔は高いアストラルに寄せられる性質がある、お前にそんな素養があったとは知らなかったんだ。すまなかった。ともかくお前の功績なんだ、この足で教会まで付き合え」

 相変わらず淡々と語るルイーズに、ライアはやれやれといった様子で後を続いた


 ライア達は先日訪れたチェトリッチ大聖堂に再び足を運んだ。ライセンス試験の前日、マイナという助祭に出会った場所だ。

 懺悔室ざんげしつの方を見て、マイナは居るのだろうかとライアが考えているとルイーズはどんどん先へ歩いて行き、 祭壇の右側にあるドアの前にたどり着くとドアのノブに掛かっているベルを鳴らした。

「ホリィ司祭は居るか?」

 ルイーズがドア越しに問うと、間をおかず若干乱暴にそれが開いて法衣の女性が現れた。

 小麦色の肌に鮮やかな桃色の髪、それに映える透き通った緑色の大きな瞳が印象的だ。

 外見的特徴はドワーフのそれと酷似しているが、ルイーズより圧倒的に背が高いハーフドワーフである。

「ルイーズなの? 何か用かしら」

「悪魔系統の魔物を捕まえたからお前にやろうと思ってな」

「あんたが……?」

「主にあそこに居るライアが、だがな。アカデミーの図書室に居た奴だ」

「へぇ、なかなかやるじゃない。褒めてあげるわ」

「これで少しは禁呪の研究なんかしていないと信じてくれれば良いのだがな」

「何言ってんのよ、あんたが行く先行く先で人死にが出てるんだもの、まだまだ信用ならないわ」

 ライアは堂内の中程あたりで二人のやり取りを遠巻きに見ていた。

 そこに懺悔室から出て来たマイナが歩いて来る。

「こんにちは、ライアさん」

「ご機嫌よう、マイナ様」

「先日はご紹介出来ませんでしたが、あちらの方がホリィ・オーダークルセイド・カミーリア司祭です。次期騎士総長になるだろうと噂される程の逸材で、私の直属の上司でもあります」

「その割にとてもお若いのですね。私なんてこの歳でやっとライセンスを取ったと言うのに」

「それ、本人の前では禁句です。すぐ子供っぽいと言われていると勘違いしてしまいますから……そしてライセンス試験合格、おめでとうございます」

 口の端から牙のようなものをのぞかせてマイナは微笑みながら言った。

 ライアはそれを見て思わずはっと息をみつつ、今更ながら薄暗い懺悔室の間仕切り越しではなく、初めて面と向かって会話している事に気付く。

 絹のように艶やかな長い黒髪、ハッキリと分かる紫色の切れ長な瞳、ツンと立った耳、ふんわりと柔らかそうな尻尾が特徴的だ。

 その耳と尻尾は以前ライアがツェーザルの書斎で見た動物図鑑にあったキツネ、という動物に似ていた。

 このように身体の一部に動物に似通った部位を持つのがコボルド族の特徴である。

 薄紫色と白色の矢羽模様が美しい生地で作られたリヴァイス首長国の民族服である羽織りと、深緑色のはかまを着ている。

「あ、ありがとうございます……」

 祝いの言葉を受けたライアは自分が何故こんなにも照れているのか理解できなかったが、視線を反らしてうつむき気味に言う。目線を泳がせているうちに気付いた事があった。マイナが差している剣と思しきものが左腰にある事を疑問に思ったのだ。

「不思議な武器をお使いなのですね」

 長さは七十センチメートル、細身で反った刀身が特徴。主にコボルド族の鍛冶師が得意とするリヴァイス首長国特産品とも言える刀類だ。

「不思議……? ああ、反りの大きいものは見慣れないですかね。私の故郷ではこれが普通なのですよ。リヴァイスとロレンティスは比較的友好関係にあるはずですが、コボルドに会うのは初めてですか?」

「農産物の行商をされている方をすれ違い様に見たぐらいですね。あまりじろじろ見るのも失礼ですし、良くは知りません」

「なるほど。行商の方ですと取引中は武器は持っていないでしょうからね……と、お話が終わったようですね」

 ホリィに本を託したルイーズはライアの下へ歩いて来ると、マイナに黙礼をして出口へ足早に向かう。

 ライアは慌ててマイナに挨拶をしてからルイーズの後を追った。

「ねえ、ちょっと待って」

 小走りで距離を詰めたライアが真横に来ると、ルイーズはぴったりと寄り添って小声で言う。

「何か聞かれなかったか?」

「特に思い当たる事は無いわね。どうしたの?」

「……いや、なんでもない。帰るぞ」

 ライアは首を傾げつつ、ルイーズの隣を黙って歩き続けた。

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