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二章 九話

 白、白、白。

 そこには天井、床、壁、枕のカバー、ベッドのシーツと掛け布団、ベッド同士を遮る間仕切り、窓に引かれたカーテン、様々な治療器具が入った棚、全てが白色の部屋で、木製のドアと椅子ですらも白色に塗られていた。

 ライアはベッドに横になり、ルイーズから怪我の治療を受けている。

 念の為に全身を見ると言って聞かないルイーズによりライアは裸にされ、特にする事が無いコーディは間仕切り越しにそのシルエットを眺めていた。

「教授。いい加減、話して頂けませんか」

 暇を持て余し、しびれを切らしたコーディが言う。

「わかった。まず何から聞きたいんだ?」

 ルイーズが触診を続けながら答える。

「あの時、何故試験を中断しなかったのですか。結果的に大事に至らなかったものの、かなり危険な状態に見えました」

 実技試験では不必要な怪我を負わせる事が無いよう、著しく不利な状況に追い込まれたら中断する事となっている。

 実戦であればミスは文字通り命取りとなる為、とても()()()()で済む話では無いからだ。ライセンス取得後の仕事を考えると、ギリギリの腕よりも圧倒的な実力で合格した者の方が望ましい。

 魔物モンスターとの戦闘で死傷する者が年々増加傾向にあるだけに、独自のノウハウを持つ自警団や傭兵組織の者よりアカデミーで正規のライセンスを取得した者の方が珍重される傾向にあるのだ。

「実は先日な……占星術で運命を占ってみたのだ。すると、異種族の乙女が私の前に現れ、その人物は試練に打ち勝つと出ていた」

「……まさかとは思いますが、占いを信じたなんて言わないですよね?」

「そのまさかだ。的中率は今のところ九割を超えているぞ」

「科学畑の連中から錬金術なんてオカルトだと言われ続けてきました。それでも今まで続けて来たわたくしは、決して視野は狭くは無いとは思いますが……幾らなんでも占いなんて。そのところ、教授としてはどうなのですか?」

「占星術は体系化こそされていないが、信じるに値するとわたしは考えている」

 断言したルイーズの反応にコーディは深く溜息ためいきをついた。

「そうですか……まぁ、今回は不問にします。しかし試験官業務に携わる以上、次は問答無用で上に報告しますからね」

「分かった。いつもすまんな、恩にきる」

 コーディは頭を下げたルイーズに向って軽く手を上げてから退出した。

「ルー?」

 ライアは体を動かさずにルイーズを呼んだ。と言うより、背中が痛くて動きたくないというのが正直なところだ。

 一番酷いのは左目の上、髪の生え際辺りの傷である。縫合されており出血こそ止まっているが青黒いあざになっていた。頭にはずれないようしっかりと包帯が巻かれており、両目が塞がれた状態である。

 他にも腕や足に無数の打撲、切り傷が見られ、背中は全体的に腫れている上に擦り傷だらけになっていた。これらのほとんどが倒れた後の乱打によって負ったものだ。

「何だ? 傷が痛むか」

 伏し目がちなルイーズはライアに耳を近付けて聞いた。

 ライアは右手を胸の上に乗せて拳を握りながら、音を頼りにルイーズの方へ左手を伸ばした。何かをつかもうと握っては開き、開いては握る。

「わたしはここに居る。安心しろ」

 ルイーズがその手を取ると、ライアは口元が綻ばせて大きく息をつく。

 しばらく二人がそうしていると、少しだけ開いた窓から風が入り込んでカーテンが舞った。

 陽が陰った時間だけにルイーズは肌寒さを感じ、口を開く。

「窓を閉めて来る。体を冷やすと良くないから……な?」

 諭すように言うが、ライアは行くなと言うようにルイーズの手を強く握り返した。

「大丈夫だ。お前を置いて行ったりはしない」

 それを聞いたライアはそれでも首を横に振った。ルイーズの言葉が信じられないのでは無いが、暗闇に閉ざされた世界で弱気になっているのは確かだ。

 ルイーズは困った奴だと思いつつも「わかった」と口に出し、開いた手で布団を掛け直してから低めの声で語り出した。

「ライア、この安全な王国で暮らしたいとは思わないか?」

 名を呼ばれてライアはルイーズの声がする方へ顔を向け、血色の良くない唇を開く。

「それもいいかもしれない……けれど、私は一人立ちなんてとても出来ないわ」

「私の助手をしてくれると助かる。頼みたいのは難しい知識はいらない事ばかりなんだ、お前ならすぐに慣れる」

 ルイーズの提案にライアは、包帯越しに天井を見上げるようにしてしばらく思考を巡らせた。

 家族の役に立ちたいと思っている部分が一番大きいのだが、レイナルドに告げられた使命についても忘れてはいない。だがそのレイナルドにはライセンスを取得するように言われただけで、その後の指示は未だ無い。

 ツェーザルはライアの身の安全を考え直ぐに承諾してくれるはずであるし、魔物と戦って先日のような痛く辛い思いをしなくて済むというのは魅力である。

 しかしライアは結果的に断る事に決めた。実家に帰って働く傍ら、ディルジアを救う切っ掛けが訪れるような気がした事とその大義を成すためには実戦で学ぶ必要があると考えたからだ。

 それに善神オルマズドとあだ名されるレイナルドがこの判断を予見していないはずがない、とも思っていた。

「ごめんなさいルー、私は金属変成術士シュタールシュミートとして家族の役に立ちたいの」

「ん、そうか……仕方ないな、突然の話で済まなかった」

 ライアには見えない事は分かっていたがルイーズは自嘲するように苦笑いした。そして軽く頭を振って、意識的に顔を綻ばせて言う。

「怪我をさせた私が言うのもなんだが、お前には自愛して欲しいと思っている。もし故郷に帰って、仕事が合わないと感じたら私を頼ってくれて構わないからな。まぁ、実際に魔物との戦闘を生業とする前にしっかりと地力を付けておいた方がいいのは確かだ、怪我が良くなったら私がカリキュラムを組んでやろう」

「いろいろ、ありがとうね」

「ふふ、なぁに構わんさ。さて、しゃべるのも意外と体力を使うものだからな。服と食事、温かいものを用意してやるから少し安静にしていろ。いいな?」

 ルイーズに言われたライアはこくりとうなずいて手を離すと、脱力して疲労感に体を預けた。

 医務室を出たルイーズはパタンと閉めた戸に寄り掛かって両手の平を広げてまじまじと見た後、愛おしそうに両手を握り込んで胸元に当てる。

 しばらくそうした後、短くため息を吐いてから歩き出した。

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