二章 八話
「よろしくお願いします」
ライアは左足を前に出して半身になって言った。
十メートル程距離を取って片膝を着いたルイーズは意識を集中させて口を開く。
「土の精霊が創りし使い魔。メイクドールの儀において顕現せよ」
ルイーズが言うと二人の間の地面が揺れ、壁の様に盛り上がった土が互いの視線を遮った。瞬く間に高さ三メートル、幅二メートルに達すると大の字を形成し、人のような形となった。とは言っても頭部には耳も目も鼻も、手足の指も無い子供が作った泥人形の様な歪な造形だ。
その巨大さにライアは一瞬怯んだものの得物を強く握り直しながら姿勢を低くし、ゴーレムを鋭く睨み付けた。
ライアは土石を利用して作られるゴーレムの話をリディから聞いた事があった為、粉砕する事に特化した武器を選択したのだ。
更に一般に使われるモルゲンステルンは三キログラム未満の物が殆どだが、現在ライアが手にしているものは四キログラムを越えている。
細腕にも関わらずライアは金属の密度を任意に変え、重心を移動させる事でそれを容易に使いこなす事ができるのだ。
条件は悪く無い。ライアは逸る気持ちを抑えて神経を研ぎ澄ます。
ルイーズが背伸びをし、ゴーレムの腰の辺りに触れてから言った。
「では、こちらから行くぞ」
ゴーレムは丸太の様に太い足で移動し、右腕を振り上げながらライアとの距離を詰めた。動作そのものはどちらかと言えば遅いが、巨体故の歩幅の広さからあっという間にライアを射程に収める。
振り下ろされた腕をライアは右に跳んで回避した。真横に叩き付けられて土埃を上げるゴーレムの腕に狙いを定めると、右から左へ、足腰肩を連動させてのフルスイングを放つ。
しかし手応えは予想に反して軽く、飛び散った土を見てライアは驚きの表情を見せつつも、遠心力を相殺するよう金属変成術を行使する事は忘れない。
その隙にゴーレムの左腕が真横から迫るがライアは屈んで避けた。流れる様にモルゲンステルンを肩に担ぎ上げ、踏み込みと同時にゴーレムの腹部に見舞う。
体の芯に直撃を受けたゴーレムは数歩後退して双方射程外に出た。
「ほう……箱入り娘かと思えば、度胸はあるようだな」
ルイーズの言葉に含みを感じたが、ライアは気を抜かずゴーレムの両腕に注意を払いながら接近して追撃に移る。
足や腰など体を支える為の体の芯を重点的に攻めたが、ゴーレムの形成する土が派手に巻き上がるだけで決定打には至らない。
ライアの攻勢が続く中、顔色一つ変えないルイーズは離れて観戦しているコーディの下へ向かった。そしてライアの奮戦を見ながら暫し会話を交わす。
ライアはゴーレム相手の戦闘は初めてだ。怪我を負えば身体能力に必ず影響の出る魔物とは違い、与えられた使命を全うすべく無感情に動く相手に内心焦りを覚えていた。
武器の選択は間違っていない筈だが手応えも今一つで、次第に苛立ちを抑えられなくなる。
「金属変成術士はっ……ゴーレムハンターの仕事でも、あるの?」
半分は正直な疑問だが、もう半分に皮肉を込めライアは声を張ってルイーズに問う。
「対応力、適応力が売りだからな。どんな状況であれ対処してこそ一人前だ」
ライアはゴーレムから目を離さずルイーズの返事を聞いた。
「ところでライア。先程コーディに聞いたが、ライセンスを取得したら討伐者の仕事に着くらしいな」
声が届き易い距離まで近付いて来たルイーズに聞かれ、ライアは頷く。
「結論から言おう。お前はその仕事に向いていない。何故なら二次成長期を迎えていないエルフ族の女子が近接戦で魔物と渡り合える筈が無いからだ」
「わたしは現にアントとリザードを倒しているわ。不可能でない事は証明済みよ」
「どうだろうな。強力な武器を変成して扱う術は心得ているようだが、実際ゴーレムはほぼ無傷。この辺で諦めてはどうだ?」
ライアはルイーズの提案を一旦無視してゴーレムに意識を集中した。
相手の体は大きいが、一撃の殺傷力で言えば確実に急所を突いてくるツェーザルの攻撃の方が脅威である事に疑いは無い。速度についても同様だ。
そうなれば闇雲に攻撃するよりも弱点が解るまで様子を見た方がいいだろうと判断し、口を開いた。
「鋼の契約、スクトゥム!」
変成したのはライアの全身を隠せる大きな長方形の防面を持ち、左右の外側が湾曲している事から受流しに優れた盾である。上下左右、十字型に複数の取っ手が付いており、様々な握り方が可能な代物だ。
武器を盾に変え、なおも戦闘続行の意思を見せるライアに、ルイーズは険しい顔付きで言った。
「舐められたものだな……。制限を解除する。殺して構わん」
「……えっ、嘘でしょ!?」
ルイーズの発言にライアは思わず叫んだ。しかしゴーレムの足音によって声はかき消されてしまう。
次の瞬間、歯を食いしばって腰を落としたライアにゴーレムの腕が突き出された。
ライアは膝と肩を付けてスクトゥムを構え、衝撃に備える。
「ぐッ……!」
盾越しであっても衝撃が凄まじくライアの両足は浮き上がったが、身を任せ滞空する事で距離を取る。
そこに間髪入れずゴーレムが距離を詰め、左右の腕を振り回し、叩き付け、薙ぎ払う。
ライアはスクトゥムに身を隠しながらゴーレムの様子を注意深く観察し続けた。その甲斐あって何かに気付き目を細めたものの、度重なる衝撃に耐え切れなくなり、とうとう背中から転倒した。
「盾を手放さなかったのはさすがと言ったところですが、勝敗は決しましたね」
観戦していたコーディはライアに向かって歩み寄りながら言ったが予想に反してゴーレムは止まらず、ライア目掛けて両腕を振り下ろすと、ズンと腹に響く重い音が鳴った。
「……教授! なんという事を!?」
コーディは一瞬呆気に取られた後、ルイーズに向かって叫んだ。
なおもゴーレムは止まらず、スクトゥムと地面に挟まれているライアは嬲られ続けている。
だがスクトゥムの内側でライアの瞳は光を失ってはいなかった。寧ろギラギラと、必ずゴーレムを倒すという意思が見て取れる。
「黙って見ていろ」
ルイーズは強い口調でコーディに言った。
コーディはルイーズの不愉快そうな顔を見て何らかの意図がある事は察したものの、それが何かは知る由も無い。名誉教授であるルイーズの言葉を信じるか、それともライアを今すぐ助けるべきか。コーディの葛藤は人知れず激しくなる。
未だゴーレムは両腕を我武者羅に振り回しライアを盾ごと押し潰さんと暴れており、それに合わせてスクトゥムが激しく揺れている。
その防面の端がライアの頭、左の額に当たった。傷そのものは大きくないが皮膚が深く裂け、見る間にグラウンドの土が赤く染まる。
コーディはそれを見て限界と判断し、砲丸の入っている木箱の方へ走った。
「教授、ゴーレムを止めて下さい」
コーディの最後通告である。
しかしルイーズはそれに応じない。
「見損ないましたよ!」
コーディは叫びながら身の丈を超える武骨なグレートソードを変成した。それを担ぎ上げ、走り出そうとしたその時。
ライアの周囲が一瞬、激しく光った。自分どころかゴーレムごと包み込みそうな程に強く、広範囲が銀世界に包まれる。
視力を持たないゴーレムはそれに気付く事すら無く追撃を放つ。
だがライアもただ一方的にやられていた訳では無い。見慣れた直線的な攻撃をライアは横に転がって避けると一気に立ち上がり、スクトゥムを掲げた。
「鋼の契約、フランベルジュ!」
波状の剣身を持ち、ツヴァイヘンダーより一回り小さいが高い切れ味を持ち同時に無数の傷を負わせる事も出来る両手用の剣である。
状態は初手と同じ。自身の左に位置するゴーレムの腕にライアは片足を掛けてフランベルジュを叩き付け、全力で引く。
スクトゥムを幾度と無く乱打した事で脆くなっていた腕が切断され、バランスを崩したゴーレムはコーディの居る後方によろよろと数歩後退した。
追い掛けて懐に飛び込んだライアは左腕にフランベルジュを叩き込み、こちらも切り落とす。
主な攻撃手段を失ったゴーレムはライアを踏み潰そうと片足を上げる。
両腕を失ったにも関わらず片足だけで姿勢を制御するゴーレムにライアは驚きを見せつつも前に転がって回避した。そのまま背後に回り込む。
「鋼の契約、ランツェ!」
振り向き様にライアは攻撃を放ってゴーレムの腰に命中させると、あっと言う間にただの土へと還った。
「良くやった! 試験は合格だ。すぐに止血してやる」
受験者の中に怪我人が出る事もあるので治療道具は用意済みである。
興奮気味に宣言したルイーズは足元のおぼつかないライアに駆け寄ると、その場でしゃがませて傷の消毒と止血を手際良く行った。
力を使い過ぎた事と失血の影響でライアは荒い息を吐きながら焦点の定まっていない瞳を白黒させる。
コーディはその様子を見て安堵のため息と共に得物を砲丸に戻した。結局ルイーズが何をしたかったのか、という疑問は解消されなかったが、ライアの治療が終わるまで黙って助手を務めた。
「ふぅ、手当は完了した。すまない。綺麗な顔に傷を付けてしまったな……」
申し訳無さそうに言うルイーズに、ライアは弱々しく微笑んだ。
「教授。あとでちゃんと説明して下さいね」
不機嫌そうに言うコーディに、ルイーズは同意を示した。




