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二章 七話

   ディルジア歴一七三年五月一六日


 翌日の朝、試験開始の三十分前にライアとルイーズは錬金術師アルケミアアカデミーの講堂に入っていた。

 講堂には最前列中央に教壇があり、後ろの壁に大きな振り子時計が掛けられている。奥に行く程高くなる段状の構造で、長机と椅子が並べられた広い空間である。寄宿舎と同じく白い石造りの無機質な内装だ。

 ライアは昨日教会から帰った後、ルイーズの勧めで錬金術士組合アルケミアユニオンの各施設や試験会場を見て回ったりもしたのだが、その甲斐かい無く緊張の色を隠せずにいた。

 見かねたルイーズは手を握ったまま話し掛けて勇気付けようと試みたものの、試験官に呼ばれて今は教授としての職務――ライセンス試験の準備――に従事している。

 最後列に座っているライアはバリエントグラムへの道中に着ていた服を着ており、スカーフを何度も結び直したりと落ち着き無い様子である。

 暫くすると他の受験者達が講堂に入って来た。昨日外で訓練をしていたアカデミーの生徒達と同様、年齢も種族もまちまちだ。席に決まりは無い為、バラバラに腰掛けていく。

 受験者の人数がライアを含めて二十人になった時、試験官が入口のドアを閉めた。その人物は白く長い顎髭あごひげを生やしているドワーフ族の男性だが、ライアには若そうに感じられた。

「紳士淑女の皆様、本日は遠路遥々(はるばる)ご苦労様です。わたくしは本日試験官を務めます、金属変成術士シュタールシュミートのコーディ・アルケミア・バセットと申します。よろしくお願い致します」

「わたしはルイーズ・アルケミア・フィッツクラレンス。主に実技の試験を担当する。以上だ」

 ルイーズの自己紹介が終わるとコーディが続けた。

「念の為に言っておきますが、ここは錬金術師の実践課(オペレーショナル)に分類される金属変成術士の試験会場です。お間違え無いでしょうか? ……なおライセンス試験は毎回内容が変わりますので、もしライセンス試験経験者から話を聞いていたとしても頭を空にして挑んで下さい」

 コーディは真剣に話を聞いている受験者達を見回し、反応を見てから口を開く。

「それでは試験の予定をご説明します。まずは皆さんの机にある鉄片に変成術を行使して頂きます。実際に使えるかどうかを確認するだけですので、内容は何でも構いません」

 各受験者が座る机の上に置かれているのは黒銀色をしたコイン大の小さな塊で、ライアが今まで変成術に使っていた物とは金属量が圧倒的に異なっている。

「次に口頭試問の後、実技を行って頂きます。それでは制限時間五分の内に最初の課題を終わらせて下さい。始め!」

 試験官の合図があると受験者達の間に動揺が広がった。

 それもそのはず。時計の針は試験開始予定時間より前である。心の準備をする暇さえ与えられなかったばかりか、事前に情報を得る事も出来ないという特異な試験方式なのだ。

 ルイーズは焦りを見せる受験者達を鋭い視線で見回していたが、ライアと目が合うと口元を緩めた。

 その表情の意味はライアには解らなかったが、励ましてくれているのだろうという事だけは伝わった。

 その気持ちに答えようと思ったライアは、自信が無い時にこそ背筋を伸ばせというツェーザルの言葉を思い出して出来るだけ胸を張り、姿勢を正した。そして余計な事を出来るだけ考えないようにして静かに目を閉じ、鉄片を右手に握り込む。

戦乙女ラングリュードよ。我と契りを交わせ。鋼の契約(シュタールアイト)……ツヴァイヘンダー」

 ライアが控えめな声量で唱えると右手から銀色の光を放たれた。次の瞬間には長い柄、剣身の付け根にリカッソと呼ばれる刃が付けられていない部分が設けられている両手用の剣、ツヴァイヘンダーを精巧に模して作られた親指サイズのレプリカが握られていた。

「戦乙女よ。ご助力、感謝致します」

 ゆっくりと手を開いて出来栄えを確認したライアはその完成度の高さに驚くと、暫くの間満足気に眺めていた。刃を落して十字架の変わりにしたら洒落しゃれているかもしれない。ペーパーナイフとして使うのもいいだろう。そんな事を考えているうちにコーディが言った。

「はい、時間です。鉄片から手を離してください」

 コーディの声が講堂に響くとライアは名残惜しそうに作品を机の上に置いた。

 ルイーズとコーディは左右に別れて受験者達の作品を見て回り、変成術が使えていると判断した者に黄色のリボンを渡していく。

 何でもいいというお題だっただけに、棒状や球形など取り敢えず形を変えただけの物がほとんどであるが、たまに完成度の高い作品を目にするとコーディとルイーズは立ち止まり、会話を交わしてから隣へと、審査はゆっくり行われた。

 焦れったい思いをしながら待っていたライアの席に来たコーディは、作品を手に取ると関心したようにうなりながら観察を始めた。

 他の受験者の作品を見終わったルイーズがライアの席まで来て、作品をコーディから受け取る。

「見てください教授、この素晴らしい造形を」

「ほう……これはなかなかの出来だな」

 胸ポケットから出したルーペを使い、じっくりと見ながらルイーズは言った。

「実技試験が楽しみです。頑張って下さいね」

 コーディに言われて頭を下げたライアは、にっこりと嬉しそうなルイーズからリボンを受け取って笑顔を返す。

「それではリボンを渡された方は残って下さい。もらえなかった方で、アカデミー入学をご希望の方は教壇の上にある申請用紙を受付に提出して下さい」

 コーディの指示で受験者達は動き始めた。

 ここで失格となる者は大概アカデミーで勉強をしたいが為に試験を受けに来た者であり、退出した六名は例に漏れず全員が申請用紙を手に講堂を後にした。

 ライセンス試験が入学試験であり卒業試験でもあるというのは、各自の実力に合ったクラスを割り当てる為に昔から行われている手法だ。これは組合の存在意義がアカデミーの運営では無く、組合員の速成を目的としている事に起因している。

 コーディが教壇の前まで移動して言った。

「それでは次の課題に参りましょう。最前列の貴方から隣へ順番に、その列が終ったら一つ後ろの貴方から順番に、この部屋を出て右隣の扉に入って下さい。次の人は終わった方が呼びに来ますのでリラックスして待っていて下さいね」

 コーディは分かり易いよう指先を順番通りに指し示しながら説明すると、ドアを開けて外へ出た。最初の受験者も後を追う。

 ライアは実技の準備をしにルイーズも出て行くかと思っていたのだが、他の受験者の所へ言って何やら話を始めた。

 話し掛けられた者が照れたように頭を掻いたりしている様子を見ながら、ライアは頬杖ほおづえを着いて面白くなさそうな顔をした。

 しかし暫くしてルイーズが自分の方に向かって来た時は自然と笑顔になる。

「朝飯が喉を通らない程ガチガチに緊張していた割になかなかやるじゃないか」

「そ、そうかな……ルイーズのおかげよ」

「ふっ、よく言う。謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるぞ」

「変成術が使えるかの確認だから、皆本気じゃなかったはずよ。私はイメージし易かったからあれにしただけ」

「まぁそういう事にしておいてやろう。っと、すまないがそろそろ準備に取り掛からないといけないんだ」

「うん、ありがと。実技まで行けたらよろしくね」

「ふっ、手加減は出来んが……お前ならやれると信じている。ではな」

 ルイーズが退出してからライアは机に突っ伏して暇を潰した。呼ばれたのは一時間後で、気が張っていた為に眠くなる事はなかったが十分にリラックス出来た。

 ライアは隣の部屋へ足を運び、四回ノックをした。

「どうぞお入り下さい」

「失礼します」

 ライアは笑顔のコーディに迎え入れられ、ドアを閉めてから向かいの椅子に腰掛けた。

 そこは隣の講堂に比べると極端に狭い部屋で、二人が座る椅子の間に簡素な木製の机が置かれているだけである。

 懺悔ざんげ室に居るような感覚に陥ったライアは難しい顔をして背筋を伸ばした。

「口頭試問の課題……とは言いましたが、実のところ受験者の方と交流する事が目的でしてね。金属変成術メタルルギーの高みを目指そうとする同志として、実際に仕事に就く為のノウハウなんかを話せればと」

 コーディは変わらず笑顔で言った。

「すみません。こうとうしもん、というのはどういう意味ですか?」

「やはり聞き慣れない言葉ですかね。口で質問された事について口で答える試験です。例えば……ライアさんはアストラルについて、どの程度知っていますか?」

「生き物が生きている限り蓄えられていく力で、金属変成術や法術を使うと消費します。アストラルが無くなると人は死んでしまいます」

「その通りですね。金属変成術士には前衛アヴァンギャルド組合ユニオン所属者と同等の戦闘技術を求められる外、アストラルを駆使して攻防共に高い汎用性が求められます。とても熟練するまでに時間の掛かる分野なんですよ」

「そう……ですね。父と六年間訓練してきましたが、未だに金属変成術士というものがどういった仕事をするものなのかは理解出来ていません」

「ライアさんはフランクリン家の御息女ですよね。そうなると法術士を守る為に金属変成術士を志望しているのですか?」

「はい。法術士には困っていませんが、前衛が不足気味ですので」

 法術が使えない事を話そうかライアは迷ったが、それは言わないようにした。コーディは悪い人では無さそうだがフランクリン家の名を汚すような事になれば実家に帰れなくなるかもしれないと思ったからだ。

 コーディはロレンティスの魔物の数が近年増加傾向にある事を耳にした事があっただけに、ライアは現状に即した役回りを選んだのだと解釈した。

「なるほど。フランクリン家の者として大法術士になるより、家族を守る為に盾となると……素晴らしい考えです」

 コーディは立ち上がり、部屋中を歩き回りながら説明し始めた。

 最初は前衛組合についてだ。その名の通り武具の扱いに特化し前衛を担う人材を育成する組織で、単純に法術士を守るという目的ならばそちらに行く方が効率的である。

 場合によっては金属変成術士のライセンスを習得した後に前衛組合のライセンスを取る者も居るそうなので、それも検討するといいとライアに薦めた。

 逆に錬金術師組合のアカデミーで学ぶ利点として、コーディはアストラルの扱いが上手くなる可能性が高い点を挙げた。近接戦闘術が多少劣っていても金属変成によって補える幅が広くなると言う事だ。

 コーディは「自分が将来どうなりたいかを考えた上で判断して下さい」とまとめ、続けて金属変成術士について話し始めた。

 金属変成術はとにかく汎用性と柔軟性を求められるので、最低でもリーチの異なる三種の武器、更に打撃、斬撃、刺突の三種の攻撃を学ばなければならない。それに加え盾が扱えるならば殆どの仕事で前衛組合出身者より高待遇で雇用されている実情を説明する。

 また、自前で沢山の装備を用意せずとも鉄の塊さえあれば好きに形を変えられる点で経済的にも即応性にも優れているという事こそが金属変成術士の最大の売りであると補足した。

 ライアは給金を受け取って働いた経験が無いだけにいまいち話の意図がつかめなかったが、先人の言葉を理解しようと必死に耳を傾けている。

「ところで、ライアさんはライセンスを取れたら何をしたいと考えていますか?」

「わたしは母や姉と違う分野で自立したいと考えています。目指すのはラングリュード様のように強くなって、人が魔物モンスターおびえなくていい世界を作る事です」

 曇りの無いまなこを向けられたコーディは少しだけ目蓋を上げた後、笑顔に戻った。

「それはそれは……とても高い意識をお持ちのようで感服しました。それでしたら、金属変成術の原理は理解していますか?」

「えっと……作りたい武具をイメージして金属にアストラルを注ぎ込むと、アストラルの流れに影響されて形を変えるのだと思います」

「確かにその通りなのですが、原理の説明としては不適当ですね。アカデミーで基礎的な理論だけ学んでいかれる事をお勧めします」

「……と言う事は、試験は不合格と」

「いえ、実技を受けた結果ライセンスを取得出来たとしても、改めて勉強する事をお勧めしているだけです。これはあくまで個人的なアドバイスですね」

 手を振って否定を示しながら言ったコーディに、ライアは首を縦に振って見せた。

「なるほど、分かりました」

 ライアは技術としてなら帰国してからツェーザルといくらでも訓練出来るだろうが、この機会に金属変成術とは何かを学んでおきたいと感じて理解を示した。

 その返事に対しコーディは満足げに頷くと席を立って出口まで歩いた。

「では実技の会場を案内しますよ」

 ライアはコーディと共に廊下に出るとドアを閉めてから後に続いた。

 館内に入った時と同じ出入口から外に出て建物の外壁に沿う様に移動すると、先を行くコーディが立ち止まった。

 そこは昨日寄宿舎の二階廊下から見下ろしたグラウンドで、中央ではルイーズが仁王立ちしており、その横には大きな木箱が置かれている。

「では、頑張って下さいね」

 にっこりとライアに笑顔を投げ掛けたコーディは、グラウンドの端をゆっくりと歩いて中程で座り込んだ。最後の受験者であるライアの実技を見学する為である。

 ライアはただならぬ雰囲気のルイーズを遠目に見ながら難しい顔をしたが、観念したように小さく息を吐いてから歩き出した。

「待っていたぞ。木箱の中にある金属を好きに使ってゴーレムを倒して貰う。速やかに戦闘準備を行ってくれ」

 低いトーンで話すルイーズの声が酷く冷たく聞こえ、ライアは先程言われた「手加減は出来ん」という言葉を思い出す。腰に手を当てて立っているだけで一見すると隙だらけなルイーズだが、何故だか敵に回したくないとライアは感じた。

 木箱の中には直径十センチメートルの無数の砲丸が詰め込まれており、その脇には革で滑り止め加工がされた柄が入っている。

 ライアはそれを右手に持ち、左手で砲丸に触れて目を閉じた。

戦乙女ラングリュードよ。我と契りを交わせ。鋼の契約(シュタールアイト)……モルゲンステルン」

 詠唱を終えるとライアが右手に持った柄と左手で変成した砲丸が結合した。

 モルゲンステルンとは一メートル弱のグリップに球形の打撃部を持ち、そこに沢山のとげが付けられた武器である。片手用のメイスと比較すればリーチと殺傷力に優れている。

 四キログラムの砲丸を丸ごと使った為に重く、ライアは両手で握って右の腰に手を付けるようにして構えた。

「では、これより実技試験を行う」

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