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一章 九話

 コトッ……コトッ……

「チェックメイトよ」

「むっ、待った!」

「駄目よ、いっつもそれなんだから」

「騎士の情け、じゃないか。女神様、どうかお慈悲を!」

「……しょうがない、一回だけよ」

 コトッ……コトッ……

「はい、チェックメイト」

「ぬあーっ、この悪魔! このキングは皆に慕われてたいい王様だったんだ。残されたナイトには家族だって居るんだぞ!」

「あたしは魔女へクセの娘だし、必要とあらば悪魔とも契約するわよ?」

「もうっ! 二人共。少し静かにして下さい。ライアが起きてしまいます」

 ライアはヒルダに助けられた後風呂に入り、髪を拭く事もせずに自室のベッドに飛び込んでいた。

 疲労がたたって早々に眠りに着いたものの、神経が高ぶっていた為に眠りは浅く、自分の名が聞こえた瞬間無意識に耳がぴくりと動いた。

「ん……何やってんの」

 仰向けに寝ていたライアは目をしばたたかせながら、音のする方へ体ごと向いて不機嫌そうに言う。

「あら、起こしちゃった……ごめんね?」

 レオナはベッドに座っていた。ライアの手を両手で包み込むように握り、心配そうな顔をしている。

「お、目が覚めたか。いやーよかったよかった」

 ライアの視線の先には、笑顔のツェーザルが居た。

魔物モンスターと遣り合ったんだって? 痛いところは無い?」

 リディはツェーザルの向かい側に座って、ライアに向かって身を乗り出している。

「ん、大丈夫よ」

 ライアが目を擦りながら答えると、リディはやれやれ、とおどけて見せた。

 先程までツェーザルとリディはチェスをやっており、背もたれの無い丸椅子を並べ、中央のものを台の代わりに使っていた。

 不便さに嘆く事も無く、起きるまで待っていてくれたのだと思うとライアは目頭が熱くなった。

 それと同時に目の前にあるレオナの腰のラインを見て胸の辺りにもやもやしたものを感じ、堪らず両手を回してしがみ付いた。

 レオナはライアの頭をでて優しく微笑みかけた後、キャビネットの上にあった燭台しょくだいを取ってコックを捻る。

 控えめだった火に燃料が注がれ、皆の顔がハッキリと見える明るさになった。

 ライアは大好きな姉と父に囲まれたこの状況に、うれしさと気恥ずかしさの両方を感じ、レオナに隠れるように顔を埋めた。

「さっきキッチンの水瓶が無いって料理長ヘッドシェフが騒いでたけど、ライアは水をみに森へ入ったの?」

 リディは笑顔で、出来るだけ声のトーンを上げて聞いた。詰問では無く、質問だという意思表示だ。

 ライアは小さくうなずき、ゆっくりと顔を上げた。

 リディもツェーザルも怒っている訳では無さそうに感じ、ライアは安心してから口を開く。まず家政婦長ハウスキーパーに水汲みを強要された事を話した。

「そうか、よく教えてくれた。彼女には後で事情を聞くとしよう。まぁ十中八九、暇をプレゼントする事になるだろうな」

 ツェーザルの口元は笑っているが、目は笑ってはいない。

「あの家政婦長さん、お母様に気に入られていたみたいですが……大丈夫なのでしょうか?」

 レオナはツェーザルに聞いた。

「お前達からすれば、厳しくて高慢な母親かもしれない。けれど我が子の事を一番考えているのは間違いなく母さんだよ。私が保証しよう」

 三人はその言葉に思わず顔を見合わせたが、ツェーザルの真剣な目を見て早くも納得した。

 ツェーザルはお調子者だ。だが冗談は言ってもうそは付かない男である。そして気持ちを誤魔化すのが苦手だと言う事も、三人は良く知っていた。

「相変わらずお熱いこと。それじゃライア、続きをどうぞ」

 リディに促されてライアがちょうに出会った話をしている最中、ツェーザルが真面目な顔で言った。

「その青い蝶って、魔物じゃないか?」

「うん、間違い無くバタフライね」

 リディが答えると、ライアは聞き慣れない言葉に首を傾げた。

鱗粉りんぷんに催眠効果がある危険な魔物なのよ。きっとふらついて倒れたのはそのせい。腐肉食だから獲物を眠らせて、他の魔物が仕留めた後にやってくるの。時には狩った側の魔物ごと眠らせて独り占め、なーんて事もあるのよ」

 頭も背中もそれこそ泣くほど痛かったのだが、痛い思いをした事で眠らずに済み、結果的に命拾いしたのだと分かると、ライアの心中は複雑だった。

「飛んでいる敵と戦わなければならない時は、長くて突きに適した武器が有効だ。覚えておくように。では、続きをどうぞ」

 ツェーザルは人差し指を突き出すジェスチャーをしながら説明した。

 ライアは頷いた後、上半身を起こして手振りを交えながらアントとの大立ち回りを語る。

 ツェーザルは「あっ」とか「おっ」とか言いながら、剣闘でも見るかの様に聞き入った。

「お父様、少し黙って頂けますか」

「わからんかなぁ、この気持ち」

 レオナに指摘され、ツェーザルは口をとがらせる。

「もう。もっと大人らしい振る舞いをして下さい」

 娘に説教される父親という二人のやりとりを、ライアとリディは笑いを堪えながら見ていた。

 次にライアは善神オルマズドと名乗る者に助けられた事を話した。

「なんかこの話、どこかで聞いた事があるような?」

「教会のおとぎ話だわ」

 リディが首を傾げながら言うと、すぐにレオナが答えた。

「ああ、レイナルド様の腹心、ラングリュード様……金属変成術士シュタールシュミートだったかしら? 重傷を負った上で敵軍に囲まれた絶体絶命の状況で神様に助けられ、世界を救えとお告げを受けたって話ね」

 リディの言葉に、ツェーザルは興味を示した。

「ラングリュードって、どんな人なんだ? ライアが金属変成術メタルルギーを使う時に契約してるよな」

「当時のロレンティスの首都、ダルムシュタットの奪還を成功させた人よ。一兵卒でしかなかったのに、何故かロレンティス教皇から騎士団の指揮権を与えられてね。指揮官としての実績はあまり評価されてないけれど、一人で何十人も倒したって言うのは本当みたいね。それでロレンティスの戦乙女ヴァルキューレと呼ばれてるわ」

「ふむ、伝説の英雄か」

 リディの話を聞いていたツェーザルはライアの顔を見て、娘の将来を思った。二年目にして自分が生涯を掛けて培ってきた剣の技術に追いつきつつある事、そして既に同等となった金属変成術士としての才能。これらを考えると、何かを成し得るのではないか。親馬鹿だとは分かってはいるものの、期待してしまうところがあった。

 それと同時に、ライアが剣を握り続ける事を否とする為にはどうすればいいのか、ツェーザルは悩まずにはいられなかった。

「そろそろいい時間だわ。ライア、長話しに付き合わせてごめんね。あとで夕飯を持ってくるから、ゆっくり休んでいてね」

 レオナがそう言ってベッドから立ち上がると、三人で協力してチェスボードと椅子を片付け始めた。

「えっ、行っちゃうの?」

 ライアはレオナのローブの裾を掴もうとしたが、それは出来ず眉を顰めた。

「寂しいんでちゅかー?」

 リディがニヤニヤとしながら楽しそうに言うと、ライアは「お休み!」と掛け布団を被った。

「怖い思いも痛い思いも沢山して疲れたろう。心配でつい入り浸ってしまったが、元気そうで安心した。しばらく静養出来るよう仕事の方は私が手配しておく。ゆっくり休むんだぞ」

 そう言ってチェスボードを頭の上に乗せたツェーザルは部屋を後にした。

「わたしも出来るだけ遊びに来るからね。あと本もいくつか持ってきたから、暇な時に読むといいわ。おやすみね」

「お姉ちゃんが一緒にねんねし……」

「お姉様! はい、さっさと出る!」

「ちぇ。ライア、また明日ね。おやすみ」

 リディは手を振りながら、レオナに襟首を引かれて出て行った。

 ゆっくりとドアが閉まる音が聞こえると、ライアは布団から頭を出した。

 リディが退出したふりをして、実は驚かせようと待ち構えているのではないかと、にわかに期待していたのだが、そんな事は無く、希望的観測が外れたライアは、掛け布団を強く抱き締めた。

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