ひと夏の君
涼しげな風が、僕らの間をすり抜けていく。日が完全に傾いて空に満点の星が広がっている頃、僕たちは小山の麓で集まっていた。ここから少し離れた場所では縁日が開かれていたけど、もうすでに撤収が始まっていた。その縁日で取った風船に水が入ってるやつ――名前は忘れたけど、ヨーヨーみたいなの――で遊びながら僕たちの中のひとりが呟いた。
「かっちゃん、来ないね」
「そうだね」
その言葉に同調しながら、かっちゃんが来る方をその子と見る。今ここにいるのは、僕とさっき呟いたかよちゃん、そして、
「忘れてんじゃねーの、あいつ馬鹿だし」
「流石にそこまでじゃないでしょ」
「かっちゃんとはいえ、ねぇ……」
ここにいないかっちゃんに、辛辣な言葉を投げかけるじゅんぺいの三人だ。この三人で、僕達にここに来るように言ったかっちゃんを待っていた。縁日があった今日、四人で遊んでその足でここにいる。
「待たせたな、諸君!!」
「うっせぇよ、坊主」
「まだハゲてねけよ、ハゲ!」
「んだとおら!」
「はいはいそこまでにしてねー」
いつも顔を合わせるとこうなるので、僕も対処にすっかり慣れてしまった。ちなみに何故、かっちゃんが坊主で、じゅんぺいがハゲなのかだというと、かっちゃんはこれから行く寺の住職の息子で、じゅんぺいは昔の傷のせいで十円ハゲができているからだ。とても安直だ。
「それよりも、これから何するの? 花火?」
かよちゃんがつまらなさそうに聞くと、じゅんぺいと啀み合っていたかっちゃんが待ってましたと言わんばかりに話しだした。
「これからするのは……肝試しです!」
シーンと静まり返る一同。名前も知らない虫の鳴き声だけがやけに鮮明に聴こえてくる。
「反応、薄くね……?」
「いや、呆れ返っただけだ」「……なんかビミョー」「あはははは……」
三者三様の反応に肩を落としながらも、咳払いをしてから張り切って説明を始めるかっちゃん。
「今からくじを引いてもらって、一人ずつ寺に置いてある蝋燭を吹き消してきてください!」
「……それだけ?」
かよちゃんがそう聞くと、かっちゃんは胸を張ったまま大きく頷いたのだ。こうして、僕たちの肝試し大会は開かれたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とはいえ、かっちゃんは仕掛けなんてものを考えていなかったらしく、じゅんぺいとかよちゃんは何のトラブルにも遭遇せず帰ってきた。かっちゃんはその事を聞くと何故かがっかりしていた。その事を聞くとかっちゃんは終わってからのお楽しみだとはぐらかしてきた。そして、とうとう僕の番が回ってきた。
「頼む、幽霊と遭遇してきてくれ!」
「いや、頼まれても……ねぇ」
かっちゃんの声援? を背に僕は寺へと続く階段を上り始めた。これから行く寺はこの長い寺や立地条件だとかであまり参拝客がいないらしい。確かに、こんな片田舎の小さな寺に来る人なんてあまりいないだろう。もしかしたら寺マニアなんてものがいて、度々訪れているのかもしれないけど、僕はこの寺の詳しい事情なんてものは知らない。
階段を登っている間、これからの僕について考えてみることにした。別に大層なことじゃなくて、本当に些細なことだけど。一応、僕たち今年受験なのにこんなところで遊んでていいのかなー、とか。まだ中学三年生の僕は受験というものを体験したことがないわけで、それなりに不安があるのだ。霊的なあれよりも、受験という現実的なもののほうが怖いや。
両脇の雑木林からなにか出てくるかも、と思ったけどそれは杞憂で、各自安全のためにと手渡された懐中電灯が、階段の終わりを教えてくれる。広く開けた寺の敷地。空を見上げれば満天の星空と三日月。それと、
「月が、綺麗ですね」
金髪の女の子が微笑んでいた。少女は黒地に紅い蝶が待っている着物を着て、黄金色の髪を簪でまとめていた。右手に林檎飴を持って、左手にはきゅうりを持っている。なんともよくわからない組み合わせだ。いや、美味しいけどさ、きゅうり。
「食べます?」
僕のきゅうりへの視線を感じたのか、少女はこちらへと歩み寄ってきて左手のきゅうりを突き出してきた。
「もらうよ」
「じゃあ、こっちで一緒に食べましょう!」
少女は嬉しそうな声音でそう言うと、僕の右手を取って引っ張ってきた。
「急に引っ張ると、危ないって」
「あー、ごめんなさい。ついテンションがあがちゃって……」
申し訳なさそうにそう言うと、少女は歩調を緩める。それから少し冷たい手を離して、寺の縁側に腰掛けた。僕もそれに倣って少女の横に座る。
少女の横に座るとなんだか甘い香りが鼻腔をくすぐる。なんで女の子はこう良い匂いがするのだろうか、不思議だ。近くということもあって、さっきまでボヤけていた少女の顔がはっきりと見えた。なんだか人形のような端正な顔立ちをしていた。テレビでしか見たことがないけど、外国人だろう。滅多に人が来ないところなのに、外国人の子が何の用だろうか。
「あなたはここらへんの人なんですか?」
外国人であろう少女は流暢な日本語で話しかけてくる。
「そうだよ。ここから少し先に行ったところに住んでるんだ」
「そうなんですか……」
少女は林檎飴を一舐めして、僕はきゅうりの先をかじる。瑞々しくて美味しい。さすがほとんどが水で出来ているきゅうりだ。
「君はどこから来たの?」
「ここから結構離れたところですねー、来るまで結構大変でした」
「それって外国?」
「いいえ、違いますよ」
少女は何故だか分からないけど、少し可笑しそうに笑う。
「みんな私を見たらそう聞くんですよ」
「そりゃあ、ねぇ……」
少女の見た目からして、観光に来た外国人にしか見えないし、当たり前のことだろう。
「そういえば、あなたはここに何をしに来たのですか?」
それを聞かれてから、ようやく僕がここに何をしに来たのか思い出した。辺りを見渡すと、弱々しく燃えている蝋燭が一本。僕は立ち上がってそれを消した。それからもう一度同じところに腰掛けた。
「用は済んだのですか?」
「うん、今ちょっと肝試しをしててね、それであの蝋燭を消さないといけなかったんだよ」
「そうなんですか、それは面白そうですね」
少女は儚げに笑い、立ち上がる。少女の立ち振る舞い一つ一つが美しいものに見えて、思わず見惚れてしまう。
「わたし、そろそろ帰らないと」
「そうなの?」
「ちょっと決まりが厳しいので」
少女は幽かに笑って、僕が来た方とは反対方向に歩き出した。
「ちょっと待って!」
僕は立ち上がって少女を呼び止めた。それから振り返った少女に、一つ質問を投げかけた。
「君の名前は?」
少女は一瞬きょとんとしたあと、
「アリスといいます」
それだけ言い残してアリスは雑木林の中へと消えていった。こうして、僕とアリスの一夜の邂逅は終わったのである。
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麓まで下りてくると、寺の住職であるかっちゃんの父親が待ち構えていた。説教は割愛だ。長々と続いた説教から解放されたあと、僕はかっちゃんの父親に聞いてみた。
「金髪の少女を見ませんでしたか?」
その質問に首をかしげて、
「そんな目立つ子がいるなら流石にすぐに気づくぞ。お前、まさか……」
そのあとのセリフを聞く前に、僕は察しがついた。二度と来ない、夏の夜。僕はアリスと出会ってしまった。その事実を、手に持ったままのきゅうりが確かに教えてくれていた。




