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後ろから後輩たちに羽交い絞めにされたまま、僕は浅田を守るかのように立ちはだかる茜の顔を見下ろした。
な、何故に、茜が今ここにいるんだ!?
予想外の展開に、僕は唖然としたまま、その顔を見つめるしかない。
僕らの周りに奇妙な緊迫感が漂う。
だが、その沈黙を破ったのは、浅田の一声だった。
「あの・・・もしかしてだけど・・・信行は、僕が貰ったチョコが茜さんからだって思ってる?」
「え・・・?」
僕と茜は同時に浅田を見た。
その横では、さっきまで同席していた女の子がオロオロしながら浅田に寄り添っている。
浅田は彼女に優しく目配せすると、立ち上がって言った。
「誤解があるみたいだけど、さっき部室で信行がくれたチョコは、茜さんからじゃない」
「え・・・!? いや、それはない! あれは茜からお前に渡すようにって、今朝、受け取ったものなんだ」
「ユッキー、あのチョコ、あたしの友達から浅田くんに渡すように頼まれてたものなんだけど・・・」
茜が歯切れ悪い口調で口を挟んできた。
な、何!?
何がどうなってんだ!?
朝、茜が浅田に渡すように頼んだアレって、昨夜、僕らが作ったあのチョコじゃなかったってこと!?
じゃ、僕がさっき部室で浅田に渡したチョコって・・・?
「すいません! あたしが茜に頼んだんです!河合君が浅田君と今でも同じ部活で毎日会ってるって、茜から聞いたから、あたし、どうしても今日中に渡したくって、河合くんに渡してもらうようにお願いしたの」
浅田に寄りすがっていた女の子が、必死の形相でそう言った。
よく見れば、どっかで見たことある女の子だ。
中学が同じだったかもしれない。
浅田は彼女を庇うように前に出ると、僕を見据えて言った。
「チョコに彼女からのメッセージが入ってたんだ。今日、部活が終わったらここで待ってるって。僕は中学の時から彼女を知ってたから・・・まあ、両思いだったんだけど、それで一緒にここにいたんだよ」
「・・・で、何で茜まで一緒にいるんだよ?」
僕の質問に、茜は口を尖らせて言った。
「失礼ね! 誰も人の恋路の邪魔しないわよ! あたしは浅田君が来るかどうか自信がないから、それまで一緒にいてくれって頼まれただけ。もう、今から帰るところだったのに、ユッキーが乱入してくるからさ。大体、そっちこそ何よ? あたしが浅田君にチョコあげたと勝手に妄想して、逆上してきたわけ?」
「う・・・!そ、それは・・・」
「ガタイのデカイ高校生がファミレスで暴れて、ホント、カッコ悪いわ。もう、とっとと撤収しましょう。ほら、アンタ達もさっさと出た出た!」
僕と哀れな三人の後輩達は、茜に押されるがままに店の外に追い出された。
レジの前で、茜が店の人に「ご迷惑お掛けしました」と頭を下げてるのが見えて、僕は初めて己のしでかした一世一代の愚行に気がついたのだ。
事の成り行きがようやく把握できた後輩達も、僕の背中に冷たい視線を注いでくる。
「河合先輩・・・」
「ちょっと、これはナシでしょ?」
「大いなる勘違いだったんですね・・・イタ過ぎッスよ」
「・・・・・・」
シラケモードの後輩達に何を言われても、僕にはもはや反論する資格さえない。
僕が今まで培ってきたクール&理性的理系男子・河合信行像は完全に崩壊した。
今更、こいつらに何を奢ってやっても修復は不可能だろう。
まあ、いいさ。
作った虚像というのは、いつかメッキが剥がれるものだ。
そう思った時、僕はハタと気がついた。
いままで僕が必死で守ってきたもの・・・冷静沈着、ドライ&クールな僕のイメージって所詮は虚像だったんだ。
僕は今までイメージを壊さないように、感情を見せないように生きてきたのに、ファミレスに乱入という熱過ぎる愚行を晒した事であっさり覆されてしまった。
しかも、一番見せたくなかった茜の前で・・・!
やがて、レジで会計を済ませた茜が「お待たせ!」とバタバタ駆け寄ってきた。
たった今までシラけてた後輩どもが、茜を見てドヨドヨっと色めき立つ。
何度も言うようだが、茜はかわいい。
頭脳と容姿は比例しないらしく、県内でもトップクラスの進学校である僕らの高校には、茜レベルの女子は皆無と言っても過言ではない。
ただでさえ女っけのないこいつらに茜の制服姿は刺激的過ぎるだろう。
「ごめんなさい、あたし達がややこしい事したから、ユッキーやあなた達にも迷惑掛けちゃったのね。今回は勝手に勘違いして嫉妬に狂ったユッキーの凶行という事で、忘れてやって下さい」
そう言って後輩達の前でペコリと頭を下げた茜に、免疫のない後輩達は赤面しながらヘラヘラ笑っている。
カチン!ときた僕は、茜に噛み付く。
「忘れられるわけないだろ!なんだよ、嫉妬に狂った僕の凶行って!」
「だって、そうでしょ?あたしからチョコ欲しかったんなら、何で一言言えなかったのよ?」
「言えるわけないだろ!大体、人に手伝わせといてよく言うよ。自分が作ったチョコをくれなんて言えるもんか」
「ユッキーが欲しいって言ってれば、二人で食べるつもりだったのよ。でも、もう遅いわよ。昨日、あんな事言ったから、あたし一人で全部食べちゃったもんね~だ」
「ひ、ひとりで食べたあ!?」
あの大量のチョコを一晩で完食しただと?
恐るべし女の胃袋だ。
確かに、こいつらは胃の他にも別腹を持っている。
僕達の話を傍観して聞いていた後輩三人組は、さすがに付き合い切れなくなってきたのか、大きく伸びをしながらくだを巻き始めた。
「あーもー、どーでもいいですよ」
「この期に及んで痴話喧嘩ですか。もー、お腹一杯っす」
「後は二人で勝手にやって下さいよ。次回のラーメンは餃子付きでお願いしますからね」
「あ、お、おい!勘違いするな!僕は嫉妬なんかしてない・・・」
僕の叫びも虚しく、シラケを通り越して呆れモードの三人は、並んで歩きながら、やがて、商店街から姿を消した。
ファミレスの前には、僕と茜だけがポツンと取り残された。
この上のない気まずさに沈黙だけが流れた後、茜が口を開いた。
「・・・帰ろっか。ユッキー?」
「あ、ああ・・・もう、なんか、色々サイアク・・・」
「いいじゃん、若いんだから、こんな事があってもさ。熱いユッキーもカッコ良かったよ?」
「・・・・・・!!!」
恥ずかしさで死ぬ寸前の僕に引き換え、茜は涼しい顔で笑っている。
まさか、茜本人の前でこんな失態を晒してしまうなんて・・・。
カッコ良いどころか、切腹モンの恥さらしだ。
「ね、行こ? 久し振りじゃん? 二人で街歩くのなんてさ」
茜に半ば強引に腕を組まれて、僕は引き摺られるようにアーケードの中を歩き出した。
心なしかテンションの高い茜は、僕の腕に寄り添うようにくっついて来る。
僕はポニーテールにした茜の黒髪が揺れるのを見ながら、ぶっきらぼうに聞いた。
「・・・何で嬉しそうなんだよ?」
「えー、別に?あたし、嬉しそう?」
「テンション高いじゃん」
「だって、初めて見たんだもん。ユッキーがあたしの為に暴れるトコ」
「・・・・・・」
返す言葉もなかった。
僕らは腕を組んだまま、バレンタイン・バーゲンで華やぐアーケードをゆっくりと歩いて行った。