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 浅田がチョコを受け取っただと!?

 

 彼の言葉に、僕は逆にギョっとして目を見張った。

 少し頬を紅潮させた浅田は、俺がたった今手渡した箱を大事そうにセカンドバッグに入れている。

 この男、意外にも甘いモノ好きだったのか?

 それにしては、さきほど特攻をかけてきた三人の女の子が置いていった箱は、依然として埃だらけの机の上に放置されている。

 

「おい、こっちのチョコは?」

「え? ああ、信行が食べるなら持って行っていいよ。オレ、そんなにチョコ好きじゃないし」


 チョコ好きじゃないんだ!?

 それにしては、最後の一個は大切そうに保管しているではないか!

 僕は悟った。

 浅田は茜からもらったチョコだから受取る事にしたのだ。

 さっきのメッセージカードに何が書いてあったのかは知らないけど、読んだ途端にウハウハになった浅田の顔を見れば、凡そ見当はつくというもんだ。

「今まで言えなかったけど、ずっと前から好きでした」なんて殺し文句だったら、しかも、中学時代アイドル的存在だった茜からのチョコだったら、さすがの浅田の心が揺れるに違いない。


「受取るって事は、お前、まさか・・・」


 茜と付き合うのか?と言い掛けた時、部室のドアが乱暴に開き、ドヤドヤとむさ苦しい男子部員たちが乱入してきた。

 そこはさすがのモテ男・浅田だ。

 わきまえたもので、ヤツは何事もなかったかのように、チョコをしまい込んだセカンドバッグを自分のロッカーに押し込むと、彼らと入れ違いにさっさと外に出て行った。

 そこに残されたのは、バカみたいに呆然としている僕と、恋が実らなかった3つのチョコレートの箱・・・。

 愛に飢えた陸上部員たちがそれを見逃す筈がなかった。


「あー!!!河合先輩、なんスか、このチョコレートは!?」

「え? ち、違うよ。これ、僕のじゃないって」

「じゃ、誰がなんでこんなトコに置いておいたんスか!?誰からも貰えなかった俺達への当てつけなんですか!?」

「ち、違うよ、バカ!本当に僕のじゃないって!」

「なんだ、そうなんスか。だったら、こんなチョコレート目の毒だ!さっさとここで食べちまおうぜ!」

「おう!」


 勝手に自己完結したヤツラは、ガサガサとラッピングを破り捨てて、箱を開き始めた。

 まあ、どの道、浅田が受取る気がない以上、このチョコレートも意味を為さない訳だ。

 あの女の子たちも浅田の家のゴミ箱に捨てられるよりは、腹を空かした高校男子に食べてもらった方が、まだ作った甲斐もあるというものだろう。

 ハイエナのように群がる後輩どもを尻目に、僕も着替えを済ませてグランドに向かった。



 何度も言うようだが、浅田はかっこいい。

 それだけじゃなくて、本当にいいやつだった。

 自分がモテるのを自慢するどころか、女の子に対しては寧ろ奥手で、今まで彼女がいたとか浮いた噂を聞いたことがない。

 練習ばっかりで勉強もしてない割には成績もいいし、まさに文武両道のスーパー高校生だ。

 だから・・・だからこそ・・・。


「なあ、メッセージに何て書いてあったんだよ?」って、その一言がどうしても聞けなかった。

 内容は茜からの愛の告白には違いないだろうけど、どんな言葉で浅田を落としたのか、僕は気になって仕方がない。

 でも、見せて貰ったからって、どうなる訳でもない。

 茜は浅田が好きなんだし、アイツより何もかも劣っている僕が張り合った所で、勝てる気がしないのだ。

 結果が分かっている勝負をするのはスマートじゃないと僕は思っている。

 そんな事に無駄なエネルギーと時間を費やすより、手の届くものを確実にゲットする方向で僕は頑張りたい。

 若いのにどんだけ保守的な人間なんだろうと、自分でも情けないけど、勝負を賭けて失敗した時のダメージを考えると、最初から挑まない方が人生も順調な気がするのだ。

 失敗するとエネルギーを浪費するし、何より立ち直れない場合のリスクを考えると、勝てない勝負は回避していく方が効率がいいと思う。


 前を走っていく浅田の規則正しい呼吸を聞きながら、僕はヤツの背中を穴が開きそうに睨み付けていた。


・・・こいつと茜が付き合う?

 そりゃ、悔しいかも。

 ちょっとはね。

 でも、二人は間違いなくお似合いだし、こうなったら僕の出る幕じゃないしな。

 あーあ、昨日、チョコ作り手伝っちゃって損したな。

 こういうのが徒労に終わるって言うんだ。

 こいつに渡すのが最初から分かってたら、手伝う気なかったのに。

 お陰で要らん事言っちゃって、チョコと関係ない話でケンカになっちゃうし、とばっちりもいいところだよ。

 そっちはこれから茜といい感じになっちゃうんだろう。

 せめて、僕の大事な時間とエネルギーを換金した上で返してくれ。

 

・・・なんて、二次災害を引き起こしそうなセリフを、危険回避優先主義の僕が言える筈もなく、その日は先頭集団を走る浅田の後ろ姿を見ながら、ひたすら足を動かした。

 練習が終わると、浅田は皆よりも一足早く片付けをして着替えを済ませ、相変わらずダラダラと部室に向かう僕らに「お先に!」と爽やかに言い放って、自転車置き場の方に姿を消した。


「いいなあ、浅田先輩。きっと、これからデートッスよ」

「バレンタインデーの夜に予約が無いわけないもんなあ」

「あーあ、どうしてチョコレートって、一箇所に集中して集まっちゃうんですかね、河合先輩」

「さあな・・・って、な、なんで僕に聞くんだよ!?」


 ブツブツ愚痴を垂れてる非モテ男の後輩に突然話を振られて、僕は焦った。

 いつの間にか、非モテ男側のメンバーに入っているではないか!

 

「言っとくけど、僕はお前らと違うからな。同類項に入れるのは止めてくれ」

「えー、だって、河合先輩だって誰からも貰えなかったんですよね? 思いっ切り、こっち側の人間じゃないですか」

「ち、違う!一緒にするな!」

「照れなくてもいいッスよ。モテない男同士、パーっとどっかに食べに行きましょうよ」

「い、嫌だ!お前らと一緒にフラフラしてたら、モテないみたいじゃないか!」


 屈強な非モテ後輩達に羽交い締めにされた僕は、何の因果か、このバレンタインデーの夜に男同士で街に繰り出す羽目になってしまった。



 

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