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 茜から受け取ったチョコレートの箱をカバンに隠したまま、僕は途方に暮れていた。

 

 茜がご指名の男、陸上部の浅田怜士あさだれいじは確かに僕の友人だった。

 中学校から一緒に陸上部で走ってたヤツなので、僕にとっては腐れ縁・・・いや、気のおけない友人の一人なのだが、茜があいつの事が好きだったなんて今まで全然知らなかった。

 茜も浅田も同じ中学校だったから、お互い顔くらいは知ってる仲だろうけど、あいつらがどこで接点があったのかは見当もつかない。

 まあ、全然知らないヤツに渡すよりは、昔からの友人である浅田に渡す方が簡単ではある。

 僕が見たこともないヤツを学校中探して歩くよりも、浅田となら今日の部活で会える事は分かっていた。

 その結果、上手くいっちゃったら、茜と浅田が付き合い出す可能性もある訳だけど、僕にはあの二人が恋愛関係になるのがどうしても想像つかなかった。

 そもそも浅田は、女からのチョコとかプレゼントとかの俗っぽいものに何となく渡しにくいヤツだった。

 理由は単純明快。

 浅田は男前で、昔から女子からも人気がある為、チョコレートに困窮しているようには見えないのだ。

 恐らく、今年も履いて捨てる程、チョコをもらうに違いない。

 僕と二人で作ったあの完成度の低いトリュフで、浅田の心が茜に靡くかどうか、甚だ疑問だった。


 

 心ここにあらずの状態で何とか6限目まで終えた後、僕は荷物をまとめて急いで部室に向かった。

 浅田が几帳面で真面目な性格だという事は、僕も長年の付き合いで分かっている。

 授業が終わった僕ら陸上部員がダラダラダベりながら部室に行く間に、あいつは一人で先に着替えてウォーミングアップをしてたりする。

 つまり、早目に部室に行けば、あいつと二人きりになるチャンスがある筈だ。

 

 グラウンドを横切ると、学校の敷地内に端っこにひしめくように建てられたボロいプレハブ校舎がある。

 僕は茜からのブツが入ったセカンドバッグを抱えるようにして小走りに向かった。

 陸上部の部室はそのプレハブ校舎の一室なのだが、幸い、まだ人影はない。

 少し早く来過ぎたくらいだ。

 でも、この時間なら、部室で待っていれば浅田と自動的に二人きりになれる筈だ。

 みんなの前で渡して、もしも浅田が断ったら、茜の名誉棄損問題になる。

 アイツの返事がどう転ぶのか想像もつかない現段階では、玉砕する可能性も踏まえて、二人きりの時に渡した方が都合がいい。

 

 そんな事を考えながら、部室のドアを勢い良く開けた途端、信じられないモノを僕は見た。


 そこには確かに浅田がいた。

 だが、ヤツは一人ではなかったのだ。

 狭い部室にヤツを取り囲むようにして女の子が三人、一斉に僕の方を振り向くと、あたふたと立ち上がった。


「あ、ごめんなさい、私達すぐ帰ります」

「じゃあね、浅田君」


 そそくさと出て行った女の子たちを呆気に取られたまま見送り、僕はドアをそっと閉めた。

 当の浅田は、女の子達から渡されたであろう3つのラッピングされた箱を無造作に机の上に置いたまま、着替えを始めている。

 僕が来ても表情も変えないところを見ると、さして嬉しい訳でもないようだ。

 これなら茜にもまだチャンスはあるかもしれない。

 

「おい、今のってチョコだよね?お前、コクられてんの?」

「ん・・・でも、興味ないから、一応、もらったけどお断りした」

「バカだな。もったいないじゃん。三人共かわいかったのに」

「だって、あの女の子達、下級生で、今、初めて会ったんだよ?今日から突然好きになれる訳ないでしょ」


 ジャージに着替えた浅田怜士は、男の僕でも憧れる切れ長の涼しい瞳で僕を振り返った。

 まあ、確かに浅田はカッコイイし、生真面目でいいヤツなんだ。

 こいつと茜ならお似合いかもしれない。

 いや、正直言えば、茜を賭けて勝負したところで、僕はこいつに勝てる気がしない。

 弱気だけど、浅田相手に勝てない勝負をして心にダメージを負うくらいなら、僕は最初からお似合いの二人を応援する方向で頑張りたい。

 

 勝手な理論武装を確立した僕は、腹を括ってセカンドバッグに入っている箱をおもむろに取り出した。

 ラッピングされた長方形の箱を目の前に差し出された浅田は、ギョっとした顔で、僕と箱を交互に見比べる。

 

「あー、中学校の時に茜ってヤツいただろ? あれ、僕の幼馴染みで、実は隣に住んでんだ。そいつが今朝、お前に渡してくれって・・・」

「え!? あのかわいかった子? 今、高校違うよね? なんで僕に?」

「知らないよ。密かに憧れてたんじゃないの? 茜と全然喋ったことないのか?」

「全然ないよ。同じクラスになった事ないし。もちろん、顔は知ってるけど」


 同じクラスになった事もなくて、喋った事もないのに、どうして顔だけ知ってるのか、僕に言わせればそっちの方が疑問だ。

 学年でもトップクラスにかわいかった茜だったが、女っけのない天然浅田怜士が覚えているというのは意外だった。

 でも、こいつが顔覚えてるなんてよほどの事なんだから。

 そういう意味では、かなり脈アリだと言ってもいいだろう。


「でも、茜さんて、信行と仲良かったんじゃないの? どうしてオレなの?」

「だから、僕も分かんないよ。とにかく、受け取ってやってくれないかな。そうしないと、昨日のオトシマエがつかないんだ」

「何、そのオトシマエって?」

「いいんだよ、浅田に関係ないことだよ!とにかく、それ、もらってやってくれ」


 不審なモノに触るように、浅田は眉間に皺寄せながら、箱を色んな角度から観察していた。

 こいつ、人が夜中に作ったチョコを爆弾でも入ってると思ってるんじゃないだろうな?

 やがて、浅田は、包装紙の折り目に挟まった小さなメッセージカードを発見した。

 

「カードが入ってる・・・」

「ええ!? それは僕も知らなかった」

 

 浅田は爪の先で器用にカードの角を摘んで引っ張り出した。

 カードに視線を落とした浅田の顔が、みるみるうちに紅潮していく。

 やがて、浅田は端正な顔を上げると、爽やかな笑顔で言った。


「ありがとう、信行。これはもらっておくね」

 


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