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それは仕様です

作者: 吾井 植緒

ピロリロリン。


好感度が上がる音に胸を押さえる。


視界の脇でハートマークが埋まっていくのに絶望する。


現実ではありえないソレはココでは当たり前だ。

なぜならココは乙女ゲーム、恋愛シュミレーションの世界なのだから。


 ※


あたしは現在、岩井辰臣になっている。

女だった筈なのに男。しかも乙女ゲーの攻略キャラだ。

転生したのか何なのか。

あたしは神を恨んだ。ヒドイ、酷すぎる。


岩井辰臣は公式設定で学園の四大イケメンと言うだけあって、三次元になっても超絶美形だ。

鏡に映る、芸能人など遠く及ばない顔はあたしの動かす通りの表情を造る。

完璧なその造形に、乙女ゲーでモブ男になるより攻略キャラの方がマシかなと少し思う。

けれど彼はネットで『ヤツは四天王の中でも最弱www』と草を生やされ放題な男。

どんな選択肢を選んでも好感度が上がると言う実証動画がある位チョロイ男なのだ。


しかもヒロインはアレ。


乙女ゲーム史上最悪と言わしめたヒロインを思い出し、絶望に打ちひしがれたあたしは休みたいとダダを捏ねてみたが、ゲームでは登場しなかった美魔女な母親に家を追い出された。

ヒドイ、酷すぎる。


「岩井様、おはようございます。」


学校を休んだら家に入れないと脅されたが、今は男の身。野宿でもなんでもするさと街を彷徨っていたあたしこと岩井は、折り目正しい挨拶をしてきたクールビューティーに捕らえられた。

制服のリボンで同学年と分かる彼女は、確か岩井辰臣の親衛隊長兼岩井用の恋敵キャラの芳野さんだ。なんてこった、三次元の彼女は芸能人も裸足で逃げ出すレベルだ。

芳野さんはその細い腕からは信じられない位の強さで、ゲーム内では生かされなかったが意外といい体をしている岩井の腕を捕まえている。


「お、おはよう、芳野さん。」


挨拶の前にウンと頷いたかのように見せて、あたしは吉野さんを上から下まで眺めた。

『D。いや、E』なんてこの美形顔には似合わない事を考えていたら、あたしは芳野さんにより学園へと連行されていた。


岩井家から数十分。多分岩井は近いから選んだであろう学園には遅刻に大変厳しい風紀委員がいる。


そんな風紀委員に所属する攻略キャラ、四大イケメンのお仲間である一宮卓いちのみや すぐるが校門に立っていた。

一宮は四大イケメンの中で一番の難易度を誇り、一番人気のキャラだ。

人気絵師が描く艶やかな黒髪、端正な顔は三次元になっても超絶美形だ。

性格はストイックに見せて、好感度が上がるとちょいエロくなる。

むっつりとか言ってはいけない、惜しみなくチョイチョイその細マッチョを晒してくれる彼は乙女の夢の集大成だ。主人公という地雷に耐えた後、訪れる『君にしかこんな顔見せない』という人気声優のエロボイスに涎を流さない女子はいない。


「辰臣、今日はギリギリだな。」


クールと言われ、遅刻に厳しい一宮も岩井には甘い。そういう設定だから仕方がない。

腐った方々向けの無駄な設定とも言われているが、超絶美形に優しく微笑まれたら現在男のあたしも悪い気はしない。


「おはよう、卓。」


一宮と岩井は特に仲がいいが、総じて四大イケメンは仲がいい。お仲間意識って奴だ。

まぁ四大イケメンとかって親衛隊侍らしてたら他の男子から浮くから、似たようなのとつるむしかないのだろう。


「芳野さんも、辰臣の世話は大変だな。」


「いえ、そんな。」


王子のような岩井は見た目にそぐわぬズボラさがあるので、公式でも芳野さんは岩井のお世話係とされている。結構健気な描写が多い芳野さんがアクティブに捕獲に来る姿にかなりビビッたのは秘密だ。

しかしサボリを許さないなんて要らぬ裏設定だよなぁと項垂れていると、一宮が真実を伏せる為に顔を伏せた芳野さんを覗き込んでいた。これはイケメンでなければ許されない距離だ。

あ、芳野さんの白いスベスベの頬がピンク染まった。

まあ超絶美形顔が至近距離に迫ってきたら、誰だって頬を染めるわな。

しっかし、クールビューティーが頬を染めるとなんとも言えませんなぁ。

一宮に靡いたわけじゃないと、後ろに飛びのいてアタフタするのもかわいい。


俺もう彼女と付き合いたいなぁ。


あたしは視界の隅にある、すでに中途半端に埋まっているハートを睨みつけた。

接触する前から好感度あるってどういう事だよ、チョロ岩。

岩井はあまりのチョロさにネットでは『チョロ岩』と呼ばれている。


 ※ ※


主人公のデフォルト名は、土井 光宙。

これでひかるって読むんだぜ、ピ○チュウゲットだぜ。

ネットでは『あざ土井』と呼ばれている。乙女ゲーム史上最も嫌われた主人公だ。

とにかくあざとく、かわいげがない。

主人公のモノローグだけ目に映さずプレイするという強者もいたが、殆どのプレイヤーが耐え切れずにディスクを叩き割った。

製作者はなぜ同性に嫌われる主人公を作ったのか。

そしてあたしはなぜ腹を立てながらもこのゲームをプレイしたのか。

もしかしたら誰か目当ての攻略キャラがいたのかもしれないが、岩井になった今では思い出せない。


ヒロインと岩井の出会いのチャンスは無数にあるが、最も早い時期は岩井の誕生日になる。

岩井の誕生日は早いので、序盤中の序盤で訪れてしまうのだ。

まあどうしたって好感度は上がるんだから、いつでも一緒か。


放課後、大量に貰ったプレゼントを抱えたあたしに駆け寄ってくる女子。

パッとしなくても、よく見ればカワイイその姿はまさにヒロイン。

ツインテールがあざとい気がしないでもないが、見た目だけは王道を行っている。

きっと、多分、もしかしなくてもあれは土井だろう。


「岩井君、今日誕生日でしょ。」


ヒロインである土井はゲームで声を出さないので、担当声優はいなかった。初めて聞く土井の声は、あたしのイメージであるアニメ声ではなく、女の子にしてはちょっと低いかなといった所だ。


「ゴメンネ、あたしプレゼント用意してないの。」


これがゲームで無かったら『誰だお前。しかもプレゼント無いってわざわざ言いに来るなんて頭おかしいんじゃないの』といった所だろう。

選択肢によっては、事前に偶然知った岩井の好みの品を用意できる。それなのに、何故コイツはこの選択肢を選ぶのだ。

しかしこれは乙女ゲームであたしはチョロ岩、なんでも好感度が上がる男。


ハートに色が付き、ピロリロリンと音が鳴る。


そして好感度が上がる音と共に、仏頂面のあたしの背後でパァッと花が咲いた。

このゲームは好感度が上がるとハートに色が付くだけでなく、攻略キャラのバックで花が咲くのだ。


プークスクス。


土井が笑いを隠しきれない様子で噴出した。

これはヒドイ、酷すぎる。


サボそうとするば芳野さんに捕獲され、イヤイヤ学園に来れば心無い土井の選択肢に好感度が上がる。


こんなの地獄としか思えない。


 ※ ※ ※


要所要所でしか接触しないのにホイホイ好感度が上がった俺。

好感度上がるって事は喜んでるって事になるのかな。


嫌いな物しか詰まってない弁当で喜ぶ俺。

誘われたデートをブッチされて喜ぶ俺。

どんだけマゾいんだよ、俺!

まあ正直デートは憂鬱だったので、バックレてくれて良かったけどさ。


俺の親衛隊は、当然土井を危険視した。

おきまりの親衛隊によるイジメも展開されたが、隊長である芳野さんに止めてもらった。

だってことごとく俺の目に付く所でやるんだよ、親衛隊のイジメ。

親衛隊は俺に見られるとその場を逃げ出すから、学園ではわざわざ俺が駆けつけて止めた事になっちゃうし。ついでに俺の土井への好感度も上がっちゃうし。


四大イケメン、残り二人から来る『夢中になってる土井って子の事教えてよ』というメールには正直イラッとする。

だが内容から見て、土井は二人に接触していないらしい。

俺の好感度を故意に挙げてる様子から見て、もしやと思ってはいたが土井の狙いは一宮のようだ。

一宮は岩井以外のイケメンの好感度を上げていると落とせないし、岩井の好感度が一定以上必要になるのだ。


「岩井様、土井さんは風紀委員ですので一宮様と接触するのも仕方がないかと・・・。」


俺が土井を好きだと思っている芳野さんは、健気にも土井を庇う。

他の親衛隊員は主人公を苛める役どころだが、彼女だけはそれをしないのだ。

そこがライバルキャラとしては弱いんだよなぁと俺は思う。

一宮なんかスッゲーのが付いてんのに。


「分かってるから。芳野さん、俺は大丈夫だよ。」


「岩井様・・・。」


心配する芳野さんは本当にキレイだ。

黒くストレートな髪はツヤツヤで、白い肌はスベスベで、切れ長の目は俺を見上げるといつもキラキラして、プルンとした唇は俺が好きだと言う。

けれど、本当は彼女は俺なんか好きじゃない。俺が土井に翻弄されようが、お世話できれば満足なのだ。

でも俺は怖い顔して学園に連行したり、俺の世話をしてはにかむ顔が好きだ。


ああ、なんてヒドイ世界。


時間はあるようでない。

視界の隅にある色のないハートはあと僅か。

数回接触すれば、全て染まるだろう。


岩井辰臣のエンディングは早い。

すぐ好感度が埋まるからだ。

好感度がマックスになると攻略キャラは主人公に告白する。

それを受ければエンディング。振るとゲーム期間内であれば続けることができるシステムだ。

岩井ファンは少数なので、大抵俺は振られてしまう。


まだまだゲーム期間内、土井が一宮狙いなら俺も振られるだろう。


俺の心は土井にないというのに。


 ※ ※ ※ ※


一宮ルートで真のエンディングを迎える条件はかなり厳しい。


最初の難関であり、最大の難関は一宮が甘くなる唯一の友人である俺に告白されない事だ。


何してもガンガン上がるチョロ岩の好感度は抑えられない。

下げる方法がない為に調整できない。

よって無理ゲー、それでも奇跡的に成功したのはただ一人。


もう欠片しかないあたしが覚えてるうっすらとある記憶。

告白を始めた俺からどんどん零れて行くその記憶。


「君が好きだよ。」


「あたしはあんたが大嫌い。」


「そう、ごめんね。」


「そうよ!あんたのせいで、あたしは一宮様の真エンド見れないのよ!顔を見るのもいや!でもかわいそうだから友達でいてあげるわ、あんた居ないと一宮様のエンドに行けないんだから!」


「ありがとう。」


プチエンディングともいうべきシーン。

土井に語りかける岩井の話の内容は切ないBGMのせいでプレイヤーに知ることは出来ない。


「でもね、一宮の真エンドはもう君には無理なんだ。」


「は?何言ってんの。」


「だって、君はもう選択肢を間違えたんだもの。このゲ-ム何がひどいって、一宮の真エンドに挑戦できるのはシステムファイルを作った最初の一回だけなんだ。よくそんなプログラムに出来たよね。無理ゲーもいいところだよ。君にそれを消す力はあるかな。」


「適当な事言わないでよ。あんたこのゲームで名前だけの存在になるからそんな負け惜しみ言ってんじゃないの。」


「そう思ってくれもいいけど。まあ、確かに君の選択した『嫌い』だけど『友達になる』のお陰で俺はこれからゲームの表舞台から消える。でも俺は消えたわけじゃない。俺は君の望む『一宮の友達以上恋人未満』エンドを邪魔する事も出来るんだ。せいぜいバッドエンドに怯えながら君は進むといいよ。」


「そんなのおかしいじゃない!これはゲームなのよ!あたしの選択肢の邪魔が出来るわけないでしょ!」


「うん、でも。」


言いよどんだ俺に、なぜかバグってバッドに行く事がある一宮ルートを思い出したのか土井が青くなった。


「それが仕様ですから。」



補足

岩井君になった主人公には前の記憶が全部ありません。

ゲームが進むにつれてその記憶は薄れて、岩井化しています。

表舞台から消えた岩井君への以前の選択肢により、一宮ルートのバグる度合いは変わります。最悪、一宮ファンにとって地獄のバッドエンド。


無理ゲーと言われる一宮真エンドについて

岩井に告白された際、『好き』だけど『友達になる』を選ぶ。

以降岩井は表舞台に残る事が出来る。

しかし岩井は好感度が上がると再告白をしてくるので、これに会ったらアウト。徹底的に岩井を避けるべし。だが岩井はかなりしつこいので要注意。

一宮と岩井は行動範囲が近いので、あまり岩井を避けるのに集中していると一宮の好感度は上がらなくなる。

クリスマスが近くなると、岩井接近度が上がると言う鬼畜仕様。



実は、『奴は四天王でも最弱w』が書きたかっただけという・・・。

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