第8話~主級討伐のその後~
「よお、元気?」
「超元気!」
「おい、なんで本当に元気なんだよ、冗談だったのに。いくら回復魔法があるからって言っても、疲労まではとれねえんだぞ、おい」
主級の討伐が多大な犠牲を払いながらも何とか成功したという情報を聞きつけたサートは、ことの詳細を詳しく知るためにゴッツ達の住む館へと足を運んでいた。
ギルドで聞いても別に構わなかったのだが、できれば実際に討伐に参加した冒険者から直接、現場の生の声というものが聞きたかった。
なまじ一人で迷宮に潜ることが出来る術と実力があったばかりに、他の冒険者との交流が薄く、要するにボッチ状態だったサートは、ゴッツと偶然知り合いになる前に仲の良かった冒険者というのは存在しなかった。
このアルバ迷宮に潜る前の情報収集のために酒場で酒を飲んでいた連中に話しかけたのみで、仲が良くなるほどのものではなかったし、そもそもサートにはその必要性も意思も、ついでにそれほどのコミュニケーション能力も、ほとんどなかった。因みにアイラもその時の酒飲み連中の中に入っていた。
この世界に来てから一番会話をした回数が多いのは、ギルド職員のロイド老で、次いで同じくギルド職員であり、そのギルドが経営する酒場の看板娘のアン嬢である。しかもその会話の内容も、仕事に関するものと料理の注文という何ともドライなものだった。
その次は、珍しい魔術師の冒険者という理由でされた数回のパーティ勧誘程度である。
そういう訳で、主級討伐に参加しており、なおかつ事の詳細を細かく話してくれそうな冒険者は、サートの知り合いにはゴッツ達しかいなかったのである。
「ほー、それはまた随分大変だったなぁ」
「いやぁほんと、せめて一日だけでもと思ってお前に助言を頼んだんだが、そうしておいて本っ当によかったぜ」
「あー、うん。そーか。よかったな、ほんと」
実は、ミラの使ったあの強制水攻め溺死魔法とでもいうべき魔法は、ミラの母、リラが好んで良く使っていた魔法でもあった。
曰く、
「動物なんてね、ちょっと鼻と口を押さえていれば簡単に死ぬんだよ。なのに何故わざわざ無駄に派手なだけの魔法を使って効率の悪い殺し方をするんだい? 私には理解できないよ」
らしい。
実に研究者らしい合理的な考えである。
サートもミラの母親がよく使っていた魔法ということと、実際有効な戦法なのでいつか役に立つだろう、という軽い気持ちで教えたのだが、まさか早速こんなにも活躍するとは思っていなかった。
さらに、リラと比べれば熟練度や精度には劣るものの、全く同じ魔法で敵を仕留めたと聞いたサートは感慨深いものを感じると同時に、まさか性格まであのマッドに似てくるんじゃないだろうなと、少し引いていた。
さて、そのミラはと言えば、現在その回復魔法の腕を買われてギルドから冒険者たちの治療の手伝いを依頼され、朝早くから治療院の方で働いていた。
アーグはその付添い兼ボディーガードとしてミラと一緒に冒険者の治療を手伝っていた。
ミラがメンバーに加入する前はアーグがパーティの健康管理を担当していたため、こういったことには慣れているのだとか。つくづくオカマなのが残念でならない。
もちろんギルドから拘束時間分の報酬は払われるそうだ。
また、ボディーガードを必要とするのは、おそらくこれから増えてくるであろうミラに対して引き抜きをするパーティや、強引な勧誘をする輩に対応するためである。
引き抜きに関してはまず間違いなく確実に無駄に終わるだろうし、多少乱暴な輩相手でも、最悪顔を水で覆ってしまえばどうとでもなるため、ボディーガードなんて必要ないかに思われる。
しかし世のなか力で解決しようとしても上手くいかないものだ。無理に押し通せば余計な敵を作ってしまったり、いらない恨みを買ってしまう。それは相手も自分も両方に言えることである。
だがミラにはまだそういった恨みを買わないように、強引な相手をのらりくらりとかわせるほどの人生経験はない。そのため、そういった相手には魔族であり体が大きく実力も高い、何よりオカマなアーグが大活躍するのである。
男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強とはよく言ったものだ。
サイスは今回の主級討伐成功についてギルド側と報酬に関する交渉をしている。今回の主級討伐にかなり貢献したのだ。それらを理由に報酬のつり上げや、追加報酬の要求などを行う。こういった小難しい類の仕事は彼の領分なのだろう。なんとなく彼の白髪の多い理由がわかった気がする。
そしてアイラとガランは主級討伐の際に壊れた防具や武器の修理や新調、食料などの消耗品の買い出しに行っていた。ガランは買う物の目利き(食料の場合は鼻利き)をし、アイラが予算内に収まるように値段交渉をする。こちらはサイスと違い比較的平和であった。
「で、お前は?」
「留守番だ」
「……」
「いや留守番は必要だろうが!」
ゴッツは迷宮の中では別人のように頭が切れて非常に頼りになる存在なのだが、一度地上に出ると無意識に頭のスイッチのオン・オフを入れ替えているのか、ただの脳筋に変わるのだった。
それでもメンバーからの信頼は非常に高く、ゴッツがリーダーだからこれまで何年も大きな被害を出すことなくやって来れたことをみんな理解しているため、平時が少しばかり脳筋でも気にしないのである。
「冗談だよじょーだん。ほれ、本当はお見舞い兼話を聞く際の賄賂の品として持ってきたんだが、みんなで食べな」
そういってサートが机に手をかざして影から取り出したのは、わざわざ目立たないようにこちらの世界の質の悪い紙に包みなおした大量のビーフジャーキーであった。
サートは包み紙の中から適当に一本ジャーキーを抜き出した後、それを自分で齧りながらゴッツにとりあえず食べてみなと言い、一抱えもあるその荷物を渡した。
この世界に現代の道具や食べ物を持ってくるのはどんな影響を与えることになるのか分からないため少し悩んだが、よくよく考えてみれば、なんでただの人間の一人である自分が世界に与える影響なんてものをいちいち考えなければならないのだということに気が付き、サートはもう自分のやりたいようにすることに決めたのである。
そんなものを考えるのは王や神の仕事であり、多少物珍しいものを持っているだけの冒険者が、人ひとりで変えられるほど世界は小さくはないのだ。
たとえ、何かが起こったとしても、自分は最悪現代へと戻って、ほとぼりが冷めてから変装して別の都市で活動すればよいだけだ。
大々的に商売でも始めればまた違ってくるのかもしれないが、そこまでして稼がなければならない理由はサートにはなかったため、やるつもりはなかった。
また、商売をするとするなら、現代での換金事情と同じく出処を疑われるし、現代での資本もないため、それに頭を悩ませながらこちらのその道数十年の商人たちと化かし合いをするなど考えるだけでもごめんである。
だから迷宮の中で自分一人で美味い物を食べたり、こうして偶に親しい友人に御裾分けをする程度なら問題はなかろうという考えであった。
「おぉ? わりぃな。遠慮なくもらうわ」
サートが怪しいものではないことを証明するために自分で毒見として目の前であえて食べて見せたのに、そんな気遣いなど関係ねえとばかり躊躇いもなくジャーキーを口に運んだゴッツは、その肉の旨さに驚愕した。
おそらく保存食として加工してあるのだろうその干し肉は、自分たちがいつも食べている味が無いか異常にしょっぱいかのどちらかであったこの世界の干し肉とは全く別物と言って良い旨さだった。
まず香りからして違う。
塩だけではない、貴重な香辛料を何種類も惜しげもなく使用しているからこそ醸し出せる食欲をそそる香り。
それだけでよだれが出てきて、食事をとったばかりだというのに腹が鳴りそうになる。
次に噛み応え。
パサパサして口の中の水分を奪う安い干し肉とは違い、むしろ噛めば噛むほど唾液があふれ出てくる。その肉は柔らかくはなかったが、だからこそ何度も噛むことができ、長く肉の食感を楽しむことができた。
そして最後に味。
少しピリッとしたスパイスの風味が鼻を抜け、噛みしめる度にあふれ出る肉汁は唾液と混じり合って口中に広がり、しかも何度噛んでも味の終わりが見えてこない。このまま噛んでいてもいつまでも続いていきそうな、そんな錯覚をおぼえてしまいそうな凝縮された旨味のある干し肉だった。
「うめぇ」
思わず口に出してしまった本心であった。
とても短い言葉ではあったが、だからこそ何よりも正直な感想だったのだろう。
こんな干し肉は今まで一度も食べたことがない。一体これは何なんだ、といつの間にか目を閉じて肉を味わっていたゴッツは、詳しいことを聞こうと思い、これを持ってきたサートの方に目を向けると、
そこにはどこかで見たことがあるような、それはそれは得意げな、まさにドヤ顔の見本ともいえるような表情をしたサートが目に入ってきた。
その顔に少しイラッと来たが、せっかくの肉の味が悪くなると思い即座に忘れてまたじっくりと肉を味わうことに集中し始めた。
それにしても
「酒が、飲みたくなるな」
「あー、酒ねぇ。分かる分かる」
ゴッツが自分の想像以上の反応を見せてくれたため、この前の仕返しとしては非常に満足したサートは、また今度何か食わせて反応を見ようと静かに決心した。
ついでに、その時アーグに現代の肉を使って何か料理を作ってもらおうと考えていた。
あの微妙な味の芋虫肉をあそこまで美味く調理したのである。これが普通の、もしくは上等の肉だったらどうなるのだろうか、今からよだれが止まらないサートであった。
「しっかし、本気で美味えなこれ」
「皆の分ちゃんと残せよ」
「後一本だけ、もう一本だけ」
「早くだれか帰ってこい!」