第5話~懐かしい顔~
今回は食事ネタは控えめです
「ミラと言います。忙しい中面倒をおかけしますが、ご指導よろしくお願いします」
「……あー、うん。サートだ、こちらこそよろしく」
ゴッツとガランに案内された裏庭では、サートと似たような顔を隠すようなタイプのローブを着た一人の人物が地面に座り込んで瞑想をしていた。
近づいてくるこちらの気配に気づいたのかその人物は顔をあげて立ち上がると、見知らぬ人間、サートに対して少し警戒するようなしぐさを見せた。
本当にさりげなく小さな動きだったが、サートは少し疑問に思った程度で普通に流した。
ゴッツがその人物、件の魔術師にサートのことを紹介してからは隠そうとしていた警戒している気配も薄れ、サートに簡単な自己紹介をし、サートもそれに続いた。
驚いたことに、最初立ち上がった時の身長が自分と大して変わらなかったため男だと思っていたその魔術師は、まず声を聴いて疑問を抱き、顔を見て女性だと認識した瞬間にサートは思い切り目を見開いた。
幸い目深にフードを被っていたおかげでサートの表情を見られずに済んだが、完全に油断していたところに冷水をぶっかけられた気分であった。
そのサートをこの世界に来てから最も驚かせたであろう人物は、高身長の上にキリッと凛々しい顔をした、誰が見ても間違いなく美形だと答える、男装をしたらさぞや女性からもモテるであろう銀髪のクールっぽい美人であった。
しかし、サートが一番驚いたのはそんなことではなく、その人物の顔に見覚えがあったからだ。
いや、正確に言えばその顔に非常によく似た顔に覚えがあった。
そのよく似た見覚えのある人物の名前はリラ・ラライア。
苗字付き、要するに貴族出身の魔術師で、目の前のミラと名乗った人物よりも髪を長く伸ばし、全体的に少しだけ擦れた雰囲気のある、二十年以上前に魔法都市アーリンで老いと病を中心に研究し、水の魔術を非常に得意としていた人物だった。
アーリンの中の魔術師たちにはマッドサイエンティストとして非常に有名で、その研究内容から都市外の一部の権力者たちにもリラの名は知られていた。
老いを専門とするだけあって、昔からずっと見た目が若いままで年齢不詳の食えない性格の人物だったことを覚えている。
だが容姿と性格とは裏腹に、親しい人たちからはラララという非常にかわいらしい愛称で呼ばれており、そのことを指摘すると少し照れくさそうにする一面もあったらしい。
前世の自分も特別親しいというわけではなかったが、彼女の研究に必要だという幾つかの貴重素材を売ったり、サンプルの採取のために大陸中を転移魔法で連れて行かされたことが何回かあった。
なぜ彼女が老いと病の研究をしていたのかは今でも分からない。
若い容姿のまま老いたくないという全ての世界共通の女性の夢ゆえなのか、それとも他に理由があったのかどうかも知らない程度の付き合いしかなかったが、彼女が聡の前世が死んだ後にどうなったかは少々気になるところであった。
生きているのか、死んでいるのか、目の前の人物がまさか本人ではないだろうが、あれから研究が進んでいたとするならば、若返りの魔法の一つや二つは出来ていてもおかしくはなく、改めて一から人生をやり直している可能性もないではない。
とりあえず、軽く探りを入れてみようとサートは師や得意な魔術は何かを質問してみると、
「魔術は母から習いました。得意、というより、使える魔法は母から教わった水の魔術と簡単な回復と強化魔法です」
と、知性を感じさせる、少しだけハスキーな透き通るような声で答えてくれた。
そしてミラ曰く、その母も一年ほど前にあっさりと眠るようにして亡くなってしまったらしい。
色々と騒ぎはあったようだが、それからなんやかんや有って冒険者を目指したという訳らしい。
リラ・ラライアの娘ということがほぼ確定したが、サートはまだミラ=リラ説が完全になくなったわけではない、と考えていた。それほど何をやってもおかしくない魔術師だったのだ。
しかしサートは目の前の女性とあの老獪なマッドサイエンティストとはあまりにギャップが大きすぎて同一人物だとは思えなかった。
というか思いたくなかった。
「(女は女優とはいうけれども、流石にこれはないだろう。……ないよな?
もし同一人物なら俺もう女なんか信じない)」
といった感じで、半分サートの願望混じりでとりあえずリラの娘だということを一応信じることにした。
「(というか、あいつ結婚できたのか。死んだとか、娘ができたとかよりもそれが一番驚きだわ。
誰だよ相手の勇者、すげえな)」
そんなこんなで懐かしい顔も見れたことだし、そろそろ真面目に助言なり何なりしていこうと思ったが、その前にもう一つ、どうしても聞いておく必要があることがあった。
「なんでそんなに焦って迷宮の中での魔術師の戦い方を学ぼうとしているんだ?
戦闘が全くの素人だとしても、ほとんど知らない相手から指導を受けようなんて普通はしないぞ。ましてや今は主級がいて迷宮に入れないんだ、焦ったって何の意味もないだろ」
そう、普通ならパーティに戦闘慣れしていない者を入れるとき、初めは上層部で少しずつ迷宮の空気というものにならしていき、魔物との戦いも弱い魔物との戦闘回数を重ねて経験を積むというのが常識だ。
何しろゲームと違ってレベルアップもスキルポイントもステータスも何もないのだ。
全て体一つで覚えていかなければならないし、基本的に身体能力においては魔物に圧倒的に劣る人間たちにとって、迷宮の中ではチームワークが何より重要な武器である。そのため気楽に頻繁にパーティメンバーをチェンジしたりすることもできない。
自分たちの命がかかっているのだ。
メンバー選びはかなりシビアであるし、仲間になったメンバーは長い目で育てながら強い信頼関係を結んでいく。
迷宮という、いつ魔物に襲われるかも分からず、安息の場というものがほとんど存在しない空間の中ではその「信頼」というある意味一番信用できないものがないと簡単に人は潰れてしまい、そして死んでいくのだ。
今回の件も、同じ魔術師に助言を求めるだけなら何もおかしなことではないが、それがつい先日知り合ったマズ飯友達で、しかも頼んだその日のうちにとなると、もしかしなくとも何か急ぐ理由があるのだろうということがわかる。
そこのところを尋ねてみると、
ミラは暗い顔になり、ガランは溜息を吐き、ゴッツは一言、
「そらぁ、その主級に会いに行くからだ。
明日」
「朝の謎肉に中ったか?お前結局俺より二回も多く御代わりしたもんな?」
ゴッツの正気を疑ったが、割と本当の話だったぽいので、とりあえずさらに詳しい話をゴッツに話させた。
「というか、お前朝、迷宮に入れないとか、赤字覚悟で遠出がどうとか言ってただろ。どうなってんだそこらへん」
「嘘じゃあねえぞ、主級が現れたっつう情報が出たのは前の前にお前が来た時だから、十四日前だろう?
んで、ここら辺の魔物がほとんど狩り尽くされ始めたのが六日前、遠出に行こうと決めたのがその次の日で、準備と休養に二日、これが三日前だ。
だけどなぁ、いざ出発!って思ってた矢先に主級の討伐部隊に加わってくれねえかって話がうちに来たんだよ。ほら、嘘じゃねえだろ?」
「うっせえよ」
指を一つ一つ折りながらドヤ顔で説明するゴッツに対して、サートの反応は極めて冷たいものだった。
ゴッツでは話にならないので、頭のよさそうなミラや、常識人っぽいガランから聞いた補足説明によると、何でも、三日前に主級を討伐しに来た冒険者たちがほとんど到着したらしいのだが、その数が予想以上に少ない人数だったらしく、今からさらに人数を集めようにも、これ以上迷宮からの産出品が滞ると商業ギルドや町の冒険者を対象にしている多くの店に影響与えるため、なるべく早急に問題を解決しなければならなかった。
よって、最終手段として現在この迷宮都市アルバにいる実力のある冒険者の中で、主級討伐に参加を表明していないパーティに依頼という形で頭数をそろえようとしたのだ。
そしてその白羽の矢が立ったいくつかのパーティのうちの一つがゴッツ達という訳である。
「断ればいいんじゃないのか、普通に」
「それが、そういう訳にもいかないのです」
広い庭まである屋敷を拠点にしていることからも分かるように、ゴッツ達のパーティはこのアルバの中でも上位と稼ぎと、それにふさわしい実力とを備えている。
その実力は、準備と各個人の体調が万全ならば、地下30階層にも到達することが出来るほどだ。
しかもこれはミラがメンバーに加入する前の話であり、これから先ミラが経験を積んで魔術師としての実力を磨いていけば、いずれは現在到達されている最深階、そして、さらにその先へとたどり着くことも夢ではない。
冒険者ギルドからの依頼は特に強い強制力を持っているという訳ではないが、冒険者は例外なく冒険者ギルドの恩恵を受けているため、滅多にない頻度も合わさり、暗黙の了解でよほどのことがない限り断ることはない。
しかし、有名なパーティのゴッツ達が冒険者ギルドからの依頼を断ったとなった場合、ギルドからの依頼は断っても構わないという前例を作ってしまうことが問題なのだ。そうなると、ギルドに依頼されたゴッツ達以外の他のパーティの中にも依頼を拒否する者たちが出て来るかもしれない。
それはただでさえ人数が少ない今回の主級討伐においてギルド側が何があっても避けたいことなのだ。
さらに、もしもこの町で冒険者ギルドからの依頼を断ったパーティがいることが他の迷宮都市にいる冒険者に伝わってしまった場合、今回のような何か重大な問題が起こった際に冒険者に依頼をしたとき、前例を盾に断られることがあるかもしれない。
冒険者ギルドとしては、そんなことが起きないように今回は何かしらペナルティを設定するであろう。
そしてそのような冒険者ギルドにとって悪しき前例を作ったゴッツ達が、今まで通り迷宮に潜ることが出来るのか、分からないからこそ、この依頼は断ることが出来ないのだ。
「そういうこった」
「うっせえよ」
全てミラとガランに説明してもらって、最後だけドヤ顔でまとめるゴッツがよほどイラッと来たのか、返事も荒くなるサートであった。
また、ミラだけを残して討伐に参加するというのも難しい。
魔法が使えるということは、たとえそれが貧弱もやしっ子でも、場合によっては百戦錬磨の屈強な戦士よりも役に立つことがある。
今回もミラに期待されているのは、主級を仕留める戦闘力ではなく、魔術師特有の様々なトリッキーな遠距離攻撃によるけん制と援護なのである。
数の少ない魔術師ということで、ミラはゴッツ達と同じかそれ以上の注目と期待がされていた。
これが無名のパーティ、または個人であったらまた違っていたし、実際に過去にも何件かギルドからの依頼を断った例も存在したが、これもまた有名税の一つなのだろう。
「ほーう、やっぱり有名になっても良いことなんてないな、良かったボッチで。
でも俺魔術師だけどなんも言われてねえよ」
「おめえはいつも居ねえからだろ。それに迷宮に潜って罠張って、主級を見つけてから倒して帰ってくるのに最低でも五日間以上を予定しているからな、おめえ行けと言われたら行くのか?」
「行く訳ねえじゃん」
「……ギルドもそのことが分かっていルのだロう」
「こちらの事情で本当に申し訳ないのですが、私も足手纏いにはなりたくありませんので、非常に短い時間ですがよろしくお願いします」
正直ちょっと面倒くさくなってきたサートであったが、ゴッツが珍しい食事をご馳走してくれるというのでその誘惑には勝てず、どうせ一日だけだしとホイホイ釣られてしまったのであった。