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第36話~見ろ! 俺の活躍を!~

「お、どうやら話は終わったようだな」


「お前は話に混ざラなくて良かったのか?」


「俺様の勘が、あっちには行かない方が良いと言ってんだよ」


 サートがミラを裏切り、そのおかげでミラが魔術師として一人前に一歩前進した一方で、獣も顔負けの危機察知能力を見せて厄ネタを回避することに成功したゴッツ。

 森の中で草を磨り潰している時にサートが何やら不穏なことを口にしていたこともあり、薪を拾い集め終わっても二人の傍に近付かなかったのだ。多分、あの薬に関係することだろうなとは察しがついたが、ゴッツはそれ以上は敢えて考えないことにした。ガランも同じく深く追求しようとはしない。余計なことには首を突っ込まないのが、冒険者として長生きする秘訣なのである。


「薪も十分集まったし、俺も戻るか―――」


 ―――ボゴ、ポコッ


 そろそろ火熾しの準備をしないと飯の時間が遅くなってしまう、そう考えて二人の下に戻ろうとした瞬間、ゴッツの耳が川の方向から聞こえる異音を捉えた。


「伏せろぉ!!!」


 音のする方向に視線を向けたゴッツが見たのは、川の水面下に潜んでいる黒い影。

 それも水中から今にも姿を現そうとする寸前の、とてつもなく巨大な正体不明の何かの影だ。


「っ! 先生方!!」


 突如響いた危険を知らせるゴッツの大声に、フェルマリスは周囲の安全、とりわけ学者達のいる辺りを確認する。暴走しているとしても、こんなところで死なれては国の損失だと言い切れる程に貴重で重要な人材だ。有事には自分と同等か、あるいはそれ以上に優先して保護をしなければならない方たちである。

 そう思ってフェルマリスが視線を向けると、既にゴッツの声に素早く反応した冒険者たちが、半ば反射的に学者の老人たちを抑え込むようにして一緒に地面に伏せていた。

 護衛として適した優秀な冒険者に心当たりが無いか、とサートに聞いて紹介を受けた者達だったが、どうやら本当にその通りだったようだ。


 あの男、こういうところはしっかりしているのだな。そう思ったのも束の間、今度は何かが衝突したような轟音が響き渡り、それとほぼ同時にフェルマリスのいるすぐ近くの地面が弾け飛んだ。


「全員川の傍から離れろ!」


 何が起きているのかまだ把握しきれていないが、あの川の中から敵の攻撃を受けていることは確実だ。

 とにかく今は敵がいると思われる場所から少しでも離れることを最優先にし、この混乱状況から立ち直らなければ何もできない。


 そして二度、三度またあの衝突音と地面が抉れる音が響いている間に川から十分離れ、森に近い場所で態勢を整える。すると、自らの攻撃が届かないことに気が付いたその敵が川の中から姿を現した。


「あれは……」


 現れたのは巨大な蝦蟇。カエルだ。

 流石迷宮の最下層とでも言うべきか、その大きさは半端なものではない。先ほどまでとてつもなく巨大だと感じていた氷漬けのオオサンショウウオの様な魔物がまるで赤ん坊のように見えるくらいだ。

 大きな一軒家ではまだ足りない。この一匹だけで学校の体育館は定員オーバーになるだろう、それほどの巨体であった。


「おいサート、探知の魔術はどうした!」


「風の魔術で水の中まで探れる訳ないでしょ、無茶言わんでください!」


 何故あんな巨大な魔物の接近に気が付かなかったのかと、いつの間にか近くまで来ていたサートに文句を言うも、そう返されては何も言えない。フェルマリスも、最初に十分警戒をするように心掛けていたにもかかわらず、いつの間にか気が緩み過ぎていたようである。


「……いや、そもそも気が緩んだ原因はお前だったな。つまりお前のせいだ」


「あなた今自分が凄い理不尽なことを言ってる自覚あります?」


 どうやらフェルマリスもまだ完全に冷静になり切れてはいないらしい。もしくはこんな状況でも冗談が言える位に肝が太くなったのか、出来れば前者であって欲しいサートであった。


「どうやら全員無事なようだが……」


「もっと離れた方が良いですね。あの巨体じゃ数歩歩いただけでまた射程内になる。しかもカエルだし、絶対跳ぶだろアレ」


 そのサートの言葉通り、自分の攻撃が射程の外になったと判断したのか、巨大蝦蟇の魔物が完全に陸に上ってこちらに向かってくる。

 氷漬けにされたオオサンショウウオに一瞬だけそのカエル独特の無機質に感じられる瞳を向け、視線をサート達に戻した後におもむろに大口を開けたかと思えば、次の瞬間に長い舌を飛ばしてきた。

 そして再び大きな衝突音が響き、今度は近くにあった木々が圧し折れて後ろに吹っ飛ぶ。


「おお、よくやった黒丸。後で何か御褒美をやろう」


 今度は不意打ちではなく正面から巨大蝦蟇の攻撃を見たことで、先ほどから謎だったこの衝突音が何なのか、ようやくその正体が分かった。


 巨大蝦蟇が口を開けた時に僅かに見えた残像から舌だと推測したが、実際は目では捉えきれない程の速さの攻撃である。その質量も合わさって当たれば即死間違いなしの威力がある舌による攻撃を、黒丸がそれ以上の速さで迎撃をしていたのだ。

 流石に弾き返すまでは出来ずに射線を少しずらすことしか出来なかったが、もし黒丸がいなければ一番最初の攻撃だけでも数人はまとめて死んでいただろう。


「うおおおおおお!! 誰かぁ! 今のうちにこの舌ぶった切って下さいっす! あああぁぁぁ!! こいつも力が強いぃぃ!!もう、 最近こんなんばっか!!」


「この暑苦しさ、懐かしいな。もう冬なのに」


 巨蟻の主級を討伐する時にも一緒になった結界魔術を操る親子の魔術師、その息子の方が巨大蝦蟇の動きを拘束していた。サート達を攻撃するために伸ばしきった長い舌をまた口の中に戻す一瞬の隙に、その伸びきった舌ごと巻き込んで結界の壁を張ったのだ。

 父親の方は今回別件で不参加だったが、一人でもあの巨体と綱引きが出来ている時点で十分以上に優秀な魔術師であることが分かる。


「ホヴゥ! 斧を投げろ!」


「ゴッツいづの間に、というか何であんなとごいるだか?」


 皆が巨大蝦蟇から離れるよう指示を受けて避難をしていたとき、ゴッツは何故か一人だけ敵に向かって逆走をしていた。

 オランウータンの様な猿の獣人であるホヴゥが少し呆れたような顔をして、長い腕を思い切り振りかぶって巨大蝦蟇に向かって手斧を思いきりぶん投げる。ついでにそのままカエルにダメージを与えるつもりで思い切り投げたのだが、案の定分厚い皮膚に弾かれてしまった。


 かなりの勢いだったにもかかわらず少しも刃が突き刺さらないのを見たゴッツは、皮膚をいくら切りつけても無駄だと判断し、素早く回収した斧で伸びきった舌の方を叩き斬ることにした。


「どっっせあ!!」


 ゴッツが渾身の気合を込めて斧を振り下ろすと、ぐにょん、とした肉の感触に刃筋がぶれそうになる。が、そこは無理やり力で下まで振り切った。


「……かすり傷程度なら何とかってところか。こりゃ斧じゃなくて本職の剣士じゃなきゃとても切れそうにねえな」


 手応えは十分感じたが、それでも独特の柔らかい肉のせいで浅い切れ込み程度しか入らない。この調子だと完全に切断するためにはまだまだ時間がかかりそうだった。このまま斧でもう十回ほど同じことをしても切断までは行かないだろうし、勿論そんな事をしている内に踏み潰されるだろう。


「ならばこちらに任せてくれ!」


 ここは斧の重さよりも切れ味を重視した剣による鋭い一閃が欲しい。

 しかし、あいにくそんな武器も技量もゴッツは持ち合わせていない。だが、幸運なことにこの場にはフェルマリスの専属護衛として着いてきた王国が誇る腕利きの騎士がいるのだ。


「姫さんの護衛は良いのか?」


「あのようなでかぶつ相手では居てもいなくても変わらん! まとめて潰されるだけだ! ならば少しでもこちらに意識が逸れるように引き付けるのみ!」


 まるで堅物という言葉を絵に描いたような、性格の真面目さがこれでもかと顔に滲み出ているその騎士は、剣を上段に構えたまま一瞬で息を整えるとお手本の様な綺麗な型で剣を振り下ろした。


「ッシ!!」


 限界まで伸びきってなお人の胴体のよりも太い巨大蝦蟇の舌が、短い掛け声とともに真っ直ぐな剣閃によって綺麗に一刀両断される。バチン! と伸びきった太いゴムが千切れたような鈍い音があたりに響き、巨大蝦蟇が苦しみのうめき声をあげた。

 その人物の性根を表したかのような見事な一閃は、ゴッツも思わず感嘆の声を上げるほどの見事な一撃だった。


「さて、十分こちらに気は引けただろう。これであの舌による攻撃も無くなったが……」


「すげえ怒り狂ってんな、こりゃ。サーーートォォォ!!助けろ!! 死ぬ死ぬ早く、死んじまう!!!」


「うぇーい」


 自分の舌を切断されて怒らない筈も無く、巨大蝦蟇はゴッツと堅物騎士に完全に狙いを定めたようだった。

 のど袋を膨らませ、まるで地響きの様な爆音を放ちながら暴れまわる。その鳴き声だけでも大気が震える立派な音響兵器だが、同時にその巨体を活かして視界に入るものを全て叩き潰そうと激しく暴れる。


「ゴッツ殿!? この状況で一体どう逃げ、うおおおおおおお!?」


 その巨大蝦蟇の間合いに入っていて、且つ絶対逃がさないとばかりにロックオンをされている状態では、どれだけ走っても人の足では逃げ切れないだろう。

 普通ならこれで詰みだが、ここでサートがいつぞやの様に魔術で二人を一本釣りするように引き寄せることで間一髪危機を逃れた。


「お前さてはこの脱出方法に味をしめやがったなゴッツこの野郎」


「痛つつ、もう少し着地に気い使えよサートこの野郎」


 引き寄せたまでは良いが着地後も勢いが消えずに地面をごろごろと転がり、上手く受け身を取らないと怪我をするのが難点だ。潰されるよりはマシとはいえ、もう少し丁寧に扱ってほしいとゴッツはぶつくさ文句を言う。


「姫様は!?」


 そのゴッツと同じように釣りあげられた堅物騎士は、初めての経験にも素早くパニックから立ち直り、すぐに身体を起こして自らの護衛対象がどんな状況なのかを把握しようとしている。

 地面に座り込んで目を閉じたまま何やら集中力を高めていたサートは、片目だけ開けて視線を騎士の方に向けて安心させるように言葉を放つ。


「学者達を引き連れて一緒に森の奥に避難中。陸の上なら位置も把握できるし、念のため黒丸を護衛につけてるからよっぽどのことは無い。今この場に残っているのは俺達三人と―――」


「サートさん!! ちょ、呑気に話してないで、早くこの状況何とかして下さいよ! 潰されるっすよ!?」


「―――あとは息子君だけだね。もう少し待ってくれ、今気合い入れて空気を圧縮してるところだから。ファイトー」


「俺どっちかって言うと本職は研究者なんすけど!!!? だからこういう戦闘は、ああぁぁぁ!! 魔力がゴリゴリ削られていくぅぅ!!」


「魔術師なんて大体そっちが本職だろ、文句言わない。まあこれも独り立ち記念ってことで。親父さんに語る武勇伝が増えたと思おう」


「何で知って、うおおおおおおお!?」


 逃げたゴッツ達のいる場所まで一度の跳躍だけで追い着いた巨大蝦蟇は今、サート達の周りに張られた結界の壁の上に乗りながら、その結界を壊そうと暴れている。

 ゴッツ達が気を引いている時間を利用して組み上げたいつもよりも強力な結界であるが、ただ結界の上に乗っているだけならまだしも、この超重量で暴れられるといくら強力な結界の壁でも流石に長くは持たない。


 サートが魔術で遠くに吹き飛ばせたとしても状況が振り出しに戻るだけで、また同じ様に跳びかかられたら意味が無い。

 そのはずなのに、何故かサートは先ほどからずっと落ち着いたまま余裕を見せていた。状況としてはかなりの窮地のはずなのだが、サートを見ていると実は案外そうでもないのではないか、と勘違いしてしまいそうになる。


「こいつ絶対なんか企んでやがるぞ。気をつけろ、経験上こういう奴は絶対やらかす」


「取り乱すよりはマシだが、緊張感が無さ過ぎるのも問題だぞ、サート殿」


「どうでもいいから早くして欲しいっす!」


「お前らうるさいぞ。まあ見とけって、久々にこの俺が超絶凄腕の魔術師だって事を思い出させてやるからさ」



 ――――――



「や、野郎、手こずらせやがって。だがまあお前の敗因はあれよ、肺呼吸だったからだよ。恨むなら成長の過程で退化してエラ呼吸が出来なくなった自分を恨め! 南無!!」


 あれから十数分後、あれだけ暴れまわっていた巨大蝦蟇は腹を上に向けて倒れたままピクリとも動かなくなっていた。

 サートは南無南無と掌を合わせた後、避難組に声を飛ばして連絡を取る。


「……信じられないが、本当に倒したみたいだな」


「何がどうなったんすか? 急に動きが鈍くなったと思ったら、気付けばこうなってましたし」


 準備に長い時間をかけたサートの風魔術によって巨大蝦蟇は結界の上から遠くに吹き飛ばされ、一度戦闘は仕切り直しになった。その後、巨大蝦蟇は川の中に潜り川底の砂利や小石ごと抉り取った水球弾を吐き出す遠距離攻撃に移っていった。

 川の中に頭を突っ込んでは口の中いっぱいに水を含んではそれを勢い良く吐き出すという、単純な攻撃だがその威力は非常に強力だった。一発の水球で広範囲の木々を薙ぎ倒し、地面にクレーターが作られるほどであった。


 それを結界魔術で何とかいなしつつ、時にはサートが転移魔術で緊急回避をしながら時間を稼いでいると次第に蝦蟇の動きが鈍くなっていき、最後の力を振り絞ってサート達を押し潰そうと川から跳び上がったのを最後に、そのまま動かなくなってしまったのだ。


「なんか久しぶりにまともな生物と戦った気がするなぁ。そうだよ、これだよ。両生類とはいえ、普通に肺呼吸している相手には無敵なんだよ、俺。今までがおかしかったんだよ」


 サートがやったことはいつも通り、大気中の酸素濃度を調整しただけだ。体が大きい分効果が出始めるのが遅かったが、あれほど大音量で鳴いたり水球を勢いよく吐き出していれば、必然的に呼吸も激しいものになる。

 最近蟻だったりキメラもどきだったり神族だったり、まともに肺呼吸をしている敵が皆無だったため自分でも忘れかけていたが、やっと相性の良い敵が現れたことにサートは感慨深いものを感じていた。


(川に潜られた時はもう本当どうしようかと……良かった上手くいって)


 内心冷や汗ダラダラで、正直作戦を変更して逃げようかと思ったことは秘密だ。


「諸君、俺を褒めろ。さあ!」


 だがそれも最早過ぎたこと。こうして無事に倒せたのだからと、サートは思い切り調子に乗ることにした。


「そういうことを口に出すからから駄目なんすよ」


「また姫様に蹴飛ばされますぞ」


「正直に言ってみ? お前、一回この巨大蛙が水の中に潜った時、『あ、やべどうしよ』って顔しただろ」


「は? んなわけないだろ、余裕よ余裕。証拠を出せよ、証拠を」


「目ぇ逸らしてんじゃねえぞ、こっち見ろオラ」


「……うん、敵は倒せたみたいだべな。良かっただ」


 そうこうしているうちに、戦闘が終わったことを知らされた避難組からホヴゥが偵察として様子を見に来た。倒れて動かない巨大蝦蟇と、仲良く言い争いをしているゴッツ達を見て状況を理解したのか、ニカっと笑みを浮かべながら近付いてきた。


「もう危険は無いべか?」


「多分ね。こいつが襲ってきた原因も分かったし、それに気を付ければ同じことは起きないでしょ」


 そう言ってサートは川辺にある氷漬けのオオサンショウウオの様な魔物を指差す。

 一部の氷が砕かれて地面に転がった氷の欠片から血液が溶けだして川に流れ込み、巨大蝦蟇はその血の臭いを嗅ぎ取ったのだ。

 そして、何故あれほど執拗にこちらを狙っていたのかといえば、


「お前、オオサンショウウオじゃなくて、オタマジャクシかよ!!」


 ややこしいんじゃボケェ! と、サートは叫んだ。

 恐らく自分の子供だったか、もしくは同族を殺された故の怒りだったのだろう。


「ていうかリラのやつ、オタマジャクシを倒してドヤ顔してたのか。そこだけは笑えるな。ぷぎゃあ」


 確かに同じ両生類。成体になりかけの手足の生えたオタマジャクシならば、ぱっと見だけなら勘違いをしてしまったとしても無理はない。実際サートも気がつかなかった。間違ってしまったのはスケール感だけだ。

 だがそれはそれとして、煽れる時に煽っておく。故人がどうとかは関係ない、多分リラがサートと逆の立場であっても同じことをしただろう。そういう関係なのだ。


「未だに母とサートさんの関係性が良く分からない……」


 いつの間にかミラ達もこちらに戻ってきていたが、サートはそれに気付かず一人で悦に入ったままニヤニヤしている。

 最終的には、巨大蝦蟇が暴れた跡地を興味深そうに調べていた学者達から、あるものを見つけたとの報告を受けたフェルマリスに尻を蹴られて正気に戻されるまでサートはニヤついていた。


―――


「で、何ですかこれ? 錆びた金属の欠片?」


「何でもベルトか皮鎧の留め金の部品ではないか、と言っていたが。心当たりは無いか?」


「うーん、無いなあ。というか流石に錆び過ぎで、ただの鉄くずにしか……」


 フェルマリスが手にしているのは、持っているだけで今にも崩れ落ちそうなほどボロボロに錆びた朽ちかけの金属片。

 巨大蝦蟇が放った水球弾によって出来たクレーターの中に、砂利と一緒に混ざっていたのを学者達が見つけたのだ。水球弾の威力を上げるため、川底の砂利ごと口に含んだ時に一緒に紛れ込んだのだろうが、その錆び具合から明らかにここ数年の物ではないことが分かる。


「これの他にも鎖の形状をしたものや、剣の刃の一部と思われる金属片も僅かだが見つかった」


「良く気がついたというか、老眼なのによく見つけたというか。本当に視力まで回復したのかね……」


 どれも確実に自然物では有り得ないものだ。もしこれが前回サート達が訪れた時に落としたものではないとすれば、それよりも前にここに訪れた者達の物ということになる。そしてこの場に訪れたことのある者といえば、それは限られている。


 つまり、勇者アルバとその一行の装備だと言う可能性が非常に高い。


「お爺ちゃん方も元気になっちゃってまあ……。しかもミラまで」


「一部とはいえ、ここにきて建国時代の歴史的遺物が発見されたのだ、無理も無い」


 自ら川の中に飛び込んでまで川底を探そうとする学者達と、それを止める周囲の者達。先ほども似たような光景を見たが、その時とは比べ物にならないくらいの気迫を感じる。

 だがこればかりはいくらなんでも諦めた方が良いだろう。あの巨大蝦蟇が姿を隠せるほどの水深に加えて、また同じような魔物が近くにいないとも限らない。


 ミラが魔術で川の中を探っているようだが、川底に埋まっている小さな金属片を探し当てることは難しい様であった。


「―――ん?」


 今回の調査はリスク面から考えてもこれで終了だろう。釣った魚を現地で食べられなかったことは残念だが、それはまた後程酒場に持ち込んで調理してもらえばいい。ちゃんと食って供養してやろう。

 とりあえずこのカエルの親子を回収できるように魔術陣を描かなくては……、サートがそう考えていると誰かが自分の服の袖を引っ張っていることに気が付く。


「――――!!?」


 一体誰だと後ろを振り向き、ここで叫び声を上げなかった自分を今日一番褒めてあげたいと、サートは思った。


 そこにいたのは鉛の様な色の髪をした無表情の小さな子供。男か女か判別しにくい中性的な容姿は、どこか人間離れをした雰囲気を感じさせる。


『ーーーー』


 間違いない、『アーイ』だ。以前見た時よりも少しだけ成長した姿をしていたが、こんな妙な迫力のある子供なんて他に存在するはずがない。

 恐らく今後一生、二度と会うことは無いだろうと思っていたのに、その『アーイ』が今この場にいる。神族ってこんなに軽い存在だったかなと、少しズレた事を考え始めた。現実逃避だ。

 まるで本物の子供の様に袖を引っ張る『アーイ』に顔を向けるも、いつもの様に何かを言うわけでもなく静かに佇むばかりである。ただ、朝斗の様に適性が無ければ神族の声など聞いても碌なことにならないので寧ろ助かっているのだが、何を伝えたいのかを理解出来ないのは非常に不便だ。


「あれか、てめえ俺の新しい縄張りで随分好き勝手やってくれたなぁ、って文句をいいに来たのか。土下座で許してくれますか? ……あ、違うの? じゃあ何さ」


 相変わらず言葉は発さないが、無表情だった顔を分かりやすく変えてそうじゃないと伝えてくれる『アーイ』に、サートも目線の高さを合わせるように腰を落として話しかける。


 一体何故こんなところに、いや、何故『今』現れたのか。こんなことなら仕事の先約があるからと都合が合わなかった朝斗を無理矢理にでも連れて来るべきだっただろうか。というか今からでも間に合うか?

 疑問は尽きないが、ふと自分の隣にいるフェルマリスが妙な表情をしていることがサートは気がついた。


「何すかその顔」


「……まあ、なんだ。これからは少しだけ優しくしてやろうと思ってな」


「はあ、それはどうも……?」


 優しくしてくれる分には何も文句は無い。たがどうしてそんなに憐れむような表情でそんなことを言われなければならないのだろうか。確かに神族に絡まれても良いことなんてまず無いが、どうもニュアンスが違うように感じた。

 というか突然この場に現れた見た目子供に対して、なんかリアクションは無いのか。そこまで考えた辺りでサートはフェルマリスの視線が『アーイ』をまるで捉えていないことに気が付き、まさかと思って再び『アーイ』に顔を向ける。


「……おっま、俺以外に姿を見えなくするとか、そういうのマジで止めろって。俺が変な人に思われるだろ」


「奇人だ変人だだとは思っていたが、そうか、心をやられていたか。道理で……」


「ほら見ろ! 良いから姿現せろって! ややこしいことになるぞ!」


 さっきまで感じていた神族に対する畏れは何処に行ったのか、サートは『アーイ』の両頬をぐにぐにと摘まみながら詰め寄る。良く見れば『アーイ』も両頬を摘ままれながらも無表情のままベーと舌を出しているあたり、確信犯だということが分かった。


「子供かお前!? いや子供か。そういやまだ生後一年未満だもんな」


 そういえば最近迷宮内で子供の姿を見たとか、変な気配を感じるとか、そう言った噂が流れていたことをサートは思い出した。しかも、特に害があったわけでは無いが、偶にちょっとしたイタズラがされていることがあるらしい。

 もしかしなくてもお前だなと、思った以上に柔らかかった頬っぺたをグニグニと揉みしだく。


「将来有望な悪ガキめ、さては創造主に似たな? お菓子あげるからその姿を消す術お兄さんに教えてくれない? 多分あんまり悪用はしないからさ」


「おわっ、なんだこりゃ! 気をつけろ川から何か這い出てきやがったぞ!」


 今日一番の重要な交渉の最中だというのにまたトラブルか、そう思って今度は川の方に視線を向けると何やら大量の黒いトカゲのようなものが川からわらわらと這い出てきていた。

 そしてそのトカゲ達は川から上がるとすぐに黒い霞となって消滅していき、後にはトカゲ達が口に咥えていた錆びた金属片のみが残された。


(なんかすげえ見覚えがある消え方)


 警戒をする間も無く勝手に消滅していったトカゲ達に皆が困惑している中、この中でサート以外に唯一そのトカゲの消える様に心当たりのあったガランがサートに声をかける。


「おいサート、こレはもしや……」


「サート? なんだ、こりゃお前の仕業か。さっきの今でピリピリしてるってのに、驚かせんなよ馬鹿」


「……そうそう、これ俺の魔術! いやごめんなさいね警戒させて。凄く難しい魔術で、多分もう二度と出来ないし、しないから許して」


 ここで違うと言ってもただ場を混乱させるだけだ。そう判断し、サートは嘘をついた。

 気付けば両手で頬を挟み込んでいた筈の『アーイ』はいつのまにか姿を消し、ガランは何かを察したように口を閉ざしている。


(あんにゃろ、次会ったら覚えてろよ。師匠に言いつけてやる)


 結局『アーイ』が何をしたかったのか、何故こちらに手を貸してくれたのかは分からなかった。神の気まぐれか、それとも理由があるのか。

 ただ、わざわざ自分だけが気付くように姿を現したのは、あれだけは絶対にこちらをからかっていただけだとサートは確信していた。


「……まあ、危険が無いのなら深くは聞かないでおいてやろう」


「有り難え、有り難え……」


 前言通り、フェルマリスが少しだけ優しくなってくれたことだけが心の救いだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] アーイは拾ってくれたんだね 優しい子に育って・・・ううっ
[一言] 空気の圧縮表現があったので「黄門に圧縮空気を押し込んで蛙を破裂」などという考えが脳裏を・・・
[良い点] アーイが人間ぽく悪戯っ子に成長してる! [気になる点] とりあえず姫はサートに追加でなんかご褒美出したげてー、結構働いてるよこの悪辣魔術師 [一言] もう連載終了かな書籍の方も続巻無しか…
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