第34話~不死薬の陰謀~
復活
今までお伽噺だと思われていた『アルバの大蛇』が300年ぶりに目覚めた。
その情報を聞いた世間の反応は、神族に対する恐れ半分、伝説の復活に対する興奮半分といった感情であった。特に多くの冒険者の間では後者が顕著で、業界全体にある種の熱気が渦巻いていた。
確かに超常の存在は恐ろしいが、それ以上に生きた伝説をこの目で見たい。自分もあの勇者アルバのようになりたい、未知の浪漫を追い求めたい。そしてあわよくば一攫千金を実現したい。
大まかに言えば彼らの本心はこのようなものだ。今までの、迷宮という閉じきった世界で炭鉱夫とも狩人ともつかない仕事を続け、時には堅気の人間に荒くれ者と疎んじられていた今までとは違う。ある意味『冒険者』という言葉が意味する本来の姿に戻る切っ掛けとも言えた。
しかし、その熱と勢いに任せて今すぐにでも『アルバの大蛇』が向かって行った魔華の森に突撃しかねない冒険者達だったが、いかんせん時期が悪かった。
もうまもなく王国を含めた周辺の地域に冬が訪れる季節だったのだ。
冬になれば道が雪に覆われて旅が困難になる。それに加えて食料の調達も難しくなる。
流石に冒険者達もそんな状況で魔華の森に入ることは、即ち命を投げ捨てることと同義だということは分かっていた。そういう意味では、冬の訪れは勢いだけで飛び出しかねない彼らに頭を冷やす時間を与える良いブレーキとなった。
だからと言って彼らの熱が冷めて大人しくなったわけではない。
春の訪れとともにすぐにでも魔華の森へ旅立てるように、『アルバの大蛇』が目覚めたという迷宮都市アルバに赴いて情報収集をしつつ旅の資金を稼ぐ。あるいは各地に伝えられている勇者アルバの伝説で何か手掛かりになることは無いか自分の足で確かめに行ったりと、それぞれが今出来る限りのことをしている。
その影響もあってか、サートがいる迷宮都市アルバの冒険者人口が段々と増えてきており、アルバにある各ギルドの長たちは街の復興に繋がる金の動きが増えると喜んでいた。
ついでに、これら一連の動きによって人の動きが活性化した今の王国内ではちょっとした勇者アルバブームが訪れており、ミラの様な昔からの勇者オタクはここ最近非常に上機嫌であった。
しかし、そんな世間の動きなど我関せずとばかりにいつもの様に酒場でグダグダしていたサートは、半ば自業自得で受けることになった格安の仕事を済ませるため、フェルマリス達と一緒にとある場所に来ていた。
「結局、蹴られた脛が痛くてせっかくの御馳走なのに味に集中できなかった。ちくしょう」
「お前そりゃあ、自業自得なだけだろ」
「ええいうるさい、そんな正論聞きとうない! ていうか半分は親切心から来る忠告だったんだぞ、一応。姫さんももうちょっと広い心を見せてくれても良いのでは?」
「もう半分がからかいだったからだろ? しょっ引かれなかっただけで、十分すぎるほど心が広いと思うが」
「ハァー、その後も不敬だ何だって脅されて丸め込まれて、代わりに格安で依頼を受けさせられるしさー。優秀な魔術師ってのは高給取りなんだぞ! 特に転移魔術の使い手とか、下手すりゃ一回で暫く遊んで暮らせるぐらいの金が入るのに」
「元々お姫さんがお前に話しかけたのって、その仕事の依頼が目的だったんだろうな。調子に乗って無けりゃ良い稼ぎになったってのに、馬鹿だなあ。……って、待てよ?」
「あん? どったの?」
「酒場の連中に奢るのに使った金って、浮いたお前への依頼料から出てるんじゃね?」
「?…………あ! ああああ、あああああああ―――――」
「お前って、偶に本気で馬鹿になるよな」
「あーーーーーー!!!!」
幹も枝も葉も、まるで色素を奪われたかのような白い木々に囲まれた森の中。
地面に生える雑草でさえも真っ白な不思議な森の中で、サートは剥き出しの地面に座り込み、不貞腐れたようにブツブツと呟きながら通販で買ったガラスの試験管と向き合っている。
そう、フェルマリスの依頼とはこのアルバ迷宮の最下層ともいえるこの場所に、自分を含めた調査隊を連れて行って欲しいというものであった。
サートも流石に『アルバの大蛇』が目覚めて『アーイ』が誕生した例の湖は何があるか分からないために避けた。代わりに自分たちが最初に通った洞窟の地面に空いた亀裂から降り立った場所辺りに連れていくことにした。
だが、その打ち合わせの途中でどこからともなく現れたゴッツが好奇心で付いてくることが決まり、ついでにそのストッパー役として偶々サートに会いに来たミラも巻き込まれた。
元々大所帯である調査隊に更に一人や二人増えたところで大して違いは無いだろうと、フェルマリスに護衛役として同伴が許可されたゴッツだったが、今は少し後悔をし始めていた。
「別にさあ、元々個人的に気になることがあったからここにはもう一度来るつもりだったし? そのついでに何人連れてこようが大した手間でもないし? むしろ金を貰えるだけ得したし? 全然悔しくねーし」
「まーだぶつぶつ言ってら。本当はもっと貰えた筈だったのになー、惜しいことしたよなー」
「悔しくなんてねえし!! こう、あれだよ、そう、儲かりすぎて皆から嫉妬を買わないための処世術だったんだよ!」
「おお、清々しいほどの負け惜しみ。ここまでのは中々聞けるもんじゃねえぜ。ただ、いい加減うぜえ」
延々とサートの愚痴を聞かされ続け、既に半刻の時間が過ぎている。
むしろこいつ同じ話題でよくここまで愚痴が尽きないなとゴッツは逆に感心し始めていたが、そろそろ精神衛生的な意味でも話題を変えたい。
「で、お前はさっきから一体何をしてんだ?」
とにかく話題を変えよう。そう考えてマングローブの様に地面から浮き出ている白い木の根っこに腰を下ろし、片手に持ったサートの陶器製のすりこぎを物珍しそうに眺めていたゴッツが言った。
先ほどからサートは周りにある白い草や木々の葉を採取しては様々なガラスの器に放り入れ、煮たり溶かしたり、ゴッツには良く理解できないことを繰り返していた。恐らく何かを調べているのだろうということは察しがつくが、今まで見たことも無い様な奇妙なやり方だったため作業の途中と知りつつも思わず聞いてしまった。
「さっき言ったじゃん、個人的に気になることがあったって。それを確かめてんの。それと、ついでにこの茎と葉っぱ、すり潰してくれ。繊維が見えなくなるまででいいから」
「繊維が見えなくなるまでって、それって殆ど全部じゃねえか。ま、暇だから良いけどよ」
あれ負け惜しみじゃなかったのかという言葉をゴッツは気合で飲み込んだ。せっかく話題が変わったというのに、何も自分から混ぜっ返すことはない。
言われたとおりに二人で周囲にある植物を片っ端から採取し、すりこぎですり潰してはビーカー、フラスコ、試験管と段階を踏んで移していく。以前ネットで大量に安く買った物がようやく役に立つ時が来たとサートは喜んでいた。
それぞれに違う魔法薬を数滴ずつ垂らしては反応を確認し、蓋をした複数の試験管をサートが念動力で浮かせては扇風機のように高速回転させて成分を分離させる。一々そんなことをする意味がゴッツにはよく分かっていないが、遠心分離機のような便利な器具が無い現状はこれが一番手っ取り早いとサートは言っていた。聞きたいのはそっちの理由ではなかったが、多分聞いても理解できないだろうということは理解が出来た。
その他にも様々な魔道具の力を借りては成分を抽出していくサートの様子を、ゴッツは手を動かしつつも物珍しそうに観察し、大したもんだと感心したように声を上げた。
「魔術師ってのは皆薬学にも精通してるもんなのかね? そういやミラとアシャットに使った薬はお前が調合してたんだっけか。人は見かけによらないよな」
「俺の場合は昔取った杵柄ってやつ? で、今日はそのアシャットに作った薬の、素になったというか俺が昔パクった秘伝のレシピがあってな、それについて調べるためにここに来たんだ。あと、一言余計だよこの野郎」
サート特製スペシャルブレンド栄養ドリンクは原液のままでは効果が強すぎて猛毒と変わらない。だが少し薄めれば魔術師としての能力を引き上げる秘薬となり、更に薄めれば滋養強壮の妙薬にもなる。簡単に言えばエナジードリンクや栄養ドリンクに近い代物だ。
ミラが以前秘薬と思って使用していたのは母親であるリラが作ったほぼ原液に近い状態のもので、サートが朝斗に与えたのはそれを更に薄めた状態のものだ。勿論ただ単純に水で薄めただけではない。意外と希釈するのにも手間がかかる物なのだが、それを言っても分かって貰える人がいないのでサートも口には出さなかった。
朝斗とミラが飲んだ薬はどちらも元はサートが前世で作った薬がモデルだ。だが、その更に元を遡れば魔術師の街アーリンにいた過去の魔術師たちが共に協力して開発した栄養剤兼、抗睡眠薬である。
と、サートは今まで思っていた。
「あれよ、俺のこのスーパー天才的な魔術師としての勘がなんかこう、ビビっと来てピカーンみたいな」
「頭の悪そうな天才だな。言葉遣いが馬鹿っぽい」
当時の未熟な自分では気が付くことも出来なかった。だが本物の『アルバの大蛇』を間近で見た今、改めてその過去の魔術師たちが残した資料を思い返してみると、以前とは違うものが見えてきたのだ。
もしかしてあの薬はただの栄養剤ではなく、何か別の魔法薬を再現しようとしていた物だったのではないか。足りない素材を違うもので補い代わりとなるものを探し、ああでもないこうでもないと試行錯誤を続け、結果的にあのような効能になっただけなのではないか、と。そしてその足りない素材とはもしかして……。
別に確証を持てる根拠があったわけではない。サートが自分で言ったように、殆ど勘に近いものであった。
死の淵にある病人でさえも癒し、魂を活性化させる特別な力を持つ『アルバの大蛇』と、その影響を強く受けていると思われる光り輝く川と白い草木。リラの実家に僅かに残されていたという三百年前の『アルバの大蛇』の水、それを使って前世サトラクの遺した資料をもとにリラが作った魔術の秘薬。
この時点ではまだ共通点と言えるようなものも無いバラバラな点でしかない。
だがふと思い出した、前世でサトラクがこの薬を作ろうとしたそもそものきっかけ。
過去の魔術師たちが遺した資料の中に散見された『万能薬』や『不死薬』という意味を示す言葉が頭に引っかかったのだ。
『何か研究に役立ちそうなものが無いか師匠の書庫を漁ってみれば。ふーん、「万能薬」に「不死薬」ねえ。へー、ほー、ふーん。…………マジかよもうこれで良いじゃん』
良いもんみっけとばかりに当時のサトラクはこの『不死』という言葉に釣られ、それなりに長い時間とコストをかけてこの薬の研究を始めたが、結果としては期待外れのものであった。
それでも諦めきれず、やけくそ半分と惰性で試行錯誤を続けた結果、偶然サート特製スペシャルブレンド栄養ドリンクの原型が出来てしまったのである。
そしてそれが回りまわって今この瞬間に行き着くのだから世の中分からないものだ、とサートは思っていた。
「ゴッツ、どっか怪我してるところとかない?」
まだ点と点が僅かに繋がり始めたばかりの細い線でしかないが、それでももしやと思わせるには十分な太さの線だ。後はその予想が正しいのかどうか確かめるだけである。
「あん? あー、丁度昨日剣振ってる時に掌の豆が潰れて血が出たなあ。いつものことだし、ほっといて自然に治した方が皮も強くなるからミラに治療はしてもらってないが」
「そうか、でも悪いけど今回はちょっと諦めてくれ」
ほれっ、と言って自分の掌を見せてきたゴッツ。そんな彼にサートは「毒じゃないことは十分確認したから」と付け加えながら、先ほど草木から抽出した成分の入っている試験管のうちの一つを傾け、中の液体をゴッツの手にある潰れた豆にかけた。
「おわっ、何しやが……る?」
かかった液体を振り払おうと手をぶんぶん振り、自分のズボンで掌を拭ったところでゴッツは違和感を感じた。
その液体が手にかかった時は一瞬だけ沁みるような痛みを感じたのに、ズボンでごしごしと擦った時にはそれが無くなっていたのだ。
一体どうなっているのかと自分の手を見てみれば、ついさっきまであった豆が綺麗さっぱり無くなっている掌が目に入った。
「おお? すげえ、治ってる。こいつは驚いたなあ……って、んあ? おわ、治ってるう!?」
「うわあ……、予想が当たっちゃって正直俺もびっくり。むしろ逆に困るぅ……」
サートが予想していた通り、ここにある白い草木に含まれる成分には傷を癒す成分が含まれていた。それもかなり即効性で、強い効能を持つものだ。だが、その効果を目の当たりにしたサートの反応は何故か微妙な物であった。
「うーん、これをどうするかは一先ず保留で。手伝い助かったわ、ありがとう」
「待て待て、待てコラ。良いのか? これ結構な大発見だろ、おい?」
「まあ、ね。でもどうせ大々的に発表したところで、転移魔術が無いとここに来て回収出来ないし。そうなると俺が酷使されそうだし」
たとえここにある植物の苗を持って帰ったとしても恐らく意味はないだろう。迷宮の1~3層で管理されている薬草と同じく、外の世界ではただの雑草にしか育たないタイプだとサートは予想していた。
何故なら今回、どれか一つでも当たりがあれば良いなと思いながら手当たり次第に調べていけば、明らかに分類の異なる複数の種類の草木から、治癒の効能を持つ全く同じ成分が抽出できたという結果が得られたのだ。
これが『アルバの大蛇』から漏れ出した力の影響を受け続けたからなのか、それとも『アルバの大蛇』が浸みこんだ土と水で育ったからなのかはまだ分からない。
ただ一つ分かったのは、やはり重要なのは植物の種類ではなくここの環境そのものである、ということだけである。
つまり、たとえこの発見を大々的に発表したとしてもこの場所まで来られなければ何の意味もないのだ。
故に、秘密にするほどでもないが、わざわざ広めるほどの物でもない。ギルド長辺りに伝えて全部放り投げておけば良いだろうとサートが言うと、ゴッツも渋々納得をした。
「んーむ、世の中そう上手くはいかねえか。ま、うちにはミラもいるし、いいか。でもなあ……」
「やっぱり惜しい? 手伝ってもらったし、俺はまた来ればいいから多めにあげるつもりだけど。あ、揉め事怖いからちゃんと秘密にしろよ」
「それは素直にありがたいが、そうじゃなくてな」
この世界に、振り掛けるだけで一瞬にして傷を癒すような薬はほぼ存在しない。あるにはあるのだろうが、少なくともゴッツは実際に見たことはなかった。サートが朝斗の歯を治療したように、浅い傷をじわじわと遅い速度で少しずつ体を再生させていく魔法薬が精々だ。
もしくはミラの様な治癒の魔術を使える魔術師が割に合わない手間を掛けて作った、治癒の力が込められた使い捨ての魔術具ぐらいである。
そもそも治癒の魔術を使える魔術師の絶対数が少ないことに加えて、魔術を道具に籠める技能も無ければ作れないため、当然希少で値段も高い。大きな商家や貴族の屋敷に、いざという時の備えとして金庫に一つ二つほど保管されている程度で一般には滅多に出回らない。
ゴッツが惜しがるのも無理はない、とサートは思ったがそうではないらしい。
「最近、アーグの調子が悪くてな。色々薬を探しているらしいから、役立つかなと」
「マジか、後でお見舞いに行くわ。軟膏とか湿布にしてもそれなりに効果はありそうだし、お土産に馬油でも買っていくかな。肌にも良いだろ、多分」
「それでも怪我が治るんなら、俺もそっちの方が持ち運びしやすそうでいいなあ。液体は入れ物に困るんだ」
「じゃあ加工賃としてもう少し手伝え、せっかくだからもっと在庫を作っておきたい」
アーグのことは心配だが、サートにはまだ試してみたいことが一つあった。
むしろどちらかといえばそちらの方が本命で、ここまでが前座だったりする。この場にある植物に傷を癒す効能があることが分かったことで、前提条件をクリアしたとも言える。
(でもなー、予想が当たって欲しいような、当たって欲しくないような……)
どちらにしろ、面倒臭いことには変わりはない。
ならばやらなければ良いのではないかという気持ちもあるが、もしも万が一自分の予想が当たっていた場合のことを考えるとそういう訳にもいかない事情がある。
それにたとえ今ここで試さなかったとしても、どうせ四六時中そのことが頭から離れず、結局は遅かれ早かれ試してみることになる可能性が非常に高い。
(だって俺こういう状況の時、結局最後までスルーし通せたことが無いもの。前世含めて。でもなあ……)
仮にも研究者の端くれだったのだ。どう足掻いても最後は知識欲には抗えない。
結局は時間の問題ならば、早めに面倒事は片付けておくべきだ。そう決心して気合を入れ直すも、その気合もすぐに抜けてしまう。やっぱり何で自分がこんなことで頭を悩ませなければならないのかと、どうにもやる気が出なかった。
「だっる。ゴッツ何か気が紛れる話しろよ」
「あー? じゃあよ、なんだかんだ勢いでそのまま連れてきちまったが、ミラはお前に何の用事があって会いに来てたんだ?」
大量の草をゴリゴリと延々すり潰す作業に飽きてきたのか、ゴッツもサートの唐突な無茶振りに何か言うでもなく、適当に頭に浮かんだ話題を振った。
「特に用事は無かったけど、今日は俺がこっちに来る日だからなんとなく会いに来たんだと」
「ほー、あのミラがねぇ。随分懐かれたもんだな」
初めて会った頃は、本人は表情に出さないように努めていたものの、傍目から見れば言動の節々からサートを警戒していることが丸分かりだった。それがいつの間にか、用もないのに会いに行こうと思うほどにまで心を許しているのだ。
ゴッツはミラの精神的な成長を喜べば良いのか、もっとマシな奴はいなかったのかと複雑な心境だった。
しかしサートは全く違うことを考えていたようで、特に表情を変えるでもなく自然体でとんでもないことを言い放つ。
「あまりよろしくない傾向だよなぁ」
「何でだよ」
「だからその内一度、手酷く裏切ってやろうかと思ってる」
「だから何でだよ。お前そういうところだぞ、本当」
ミラは誰が見ても美人だと言い切れる、かなり整った顔をしている女性だ。性格も真面目で、その上希少な魔術師でもある。そんな相手に懐かれたら普通喜ぶだろうに、何故どんな思考回路を経てその結論に至ったのか、ゴッツにはそれが全く理解できなかった。
「魔術師がそんな簡単に人に心を許すとか、騙して利用してくださいって言ってるようなもんだぞ。俺? 俺はその気になればいつでもドロン出来るからいーの!」
魔術師は魔術師で中々に面倒事が多いのだとサートは言う。
優秀であれば優秀であるほど、その力を利用しようと近づいてくる者は多くなる。その中でも特に注意するべきなのが、自らの研究の為なら何でも利用しようとする同じ魔術師という存在なのだ。
「そういう用心深さだけはもっと母親を見習って欲しかったな。それ以外は全て反面教師にして欲しいけど」
ミラの母親のリラはそういう悪意の匂いには人一倍敏感で、時にはそういった相手を逆に利用し返したりするほど強かでもあった。リラが文字通り襤褸雑巾になるまで相手を利用し尽くしてからは、当時のアーリンにいた魔術師達の大半がリラに関わらないようにしていたぐらいだ。
あの頃は酷かった、と昔を思い出して顔を引き攣らせるサートにゴッツが首を傾げながら言う。
「俺もあんまり長く話したわけじゃねえし、そもそもミラの身体を借りてた状態だったが、凄え優しそうで良い人だったぞ、リラさん」
ミラの顔が母親のリラにそっくりであるとか、サートがそのリラのことを苦手にしていたということはゴッツも知っている。というかもうサートも今更意味がないと思ったのか色々と隠さなくなって来ていた。
二人がどういう関係なのかはまだよく分からないが、どうやらサートもミラのことをちゃんと考えた上での発言だったようで、それに免じてゴッツはそのことを詳しく追及するつもりはなかった。
「うおぉぉ、やめろぉぉ。優しそうで良い人なリラとか、蕁麻疹が出るわ」
だが、もしリラがサートの言う通りの人物だったとしても、多分原因の半分くらいはこいつの自業自得なのだろうということは理解ができた。
「お前そんなんだからモテねえんだぞ」
「は? お前知らねえの? 俺はご近所さんからは真面目な好青年で評判なんだぞ? 良く隣の爺さんから『うちの娘を嫁にどう?』とか言われてんだぞ」
「その娘とやらの年齢を言ってみろよ。お? どうした? 早く言えよ」
「今日のところはここまでにしておいてやる」
二人とも草を潰す手の動きだけは止めず、そのまま暇を潰すための中身のない雑談を続ける。
だがそんな頭空っぽの無駄話でも琴線に触れる何かがあったようで、くだらない話を続けているうちにサートは唐突に閃いた。
「……丁度いいや、ミラを巻き込むか」
そうだ、そうしよう。
一人で抱え込むからやる気が出ないのだ。そういえば昔、楽しいことも辛いこともみんなで分かち合うべきだとテレビで偉い誰かが言っていたような気がしなくもない。一人では苦しいことも、二人なら半分になる。道連れだ。
ついでにこれでミラが簡単に人を信じなくなれば一石二鳥でもある。
(なるほど、師匠が何でいつも面倒事に弟子を巻き込んでいたのか少し分かった気がする。ちょっと楽しくなるからだ)
あまりに中身の無い雑談をし過ぎていたせいで思考にまで影響が出たのか、我ながら名案すぎると単細胞レベルになった頭でサートは自画自賛を始める。
「さーてどうやって騙して、もとい分かち合おうかな」
「あんま酷いことすんなよ? 姫さんとアイラにチクるぞ」
「大丈夫大丈夫、ちょっと魔術師の先輩として忠告するだけだから。ちょっと人間不信になるかもしれないだけだから」
そういえば何時だか師が言っていた。
魔術師は面倒事に巻き込まれて半人前。巻き込む側になって一人前だと。
そう考えると自分も随分成長したなと実感する。いつの間にか先ほどまで感じていた気だるさも随分と軽くなっていた。
そんな、急にさわやかな笑顔を浮かべ始めたサートをゴッツは気味悪がりながらも、二人は一緒に葉っぱを磨り潰し続ける作業に戻るのだった。




