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第33話~冒険者の味~

お待たせいたしました。

まだ完結ではありませんよ。まだまだ続きます。

「しょっぺ、酸っぺ。うん、これは不味いな」


 ゴホ、ゲホと咽ながら、素直な感想が口から零れる。

 今日は魚介系を食べたい気分だと、適当に値段の安い魚のスープを注文したのだが、これが結構な外れだったのだ。


「やっぱり魚料理は新鮮なやつじゃないと駄目かな」


 この街で食べられる魚といえば、保存食として近隣の村や町から輸入されて来る川魚の干物か塩漬けが基本だ。それ以外の新鮮な魚、もしくは海魚が食べたかったら自分で釣ってくるしかない。

 恐らくこのスープはその保存用の魚の中でも、碌に塩抜きの処理もされていない魚をそのまま直接鍋に入れたのだろう。更にそこにこれまた保存食として酢漬けにされた葉野菜をぶち込み、そのまま味の調整も無くただ煮ただけのスープではないかとサートは推測した。


「というかこれはもはやスープじゃなくて、煮汁といった方が近い気がする」


 調味料は魚の身にそのまま付いていた保存用の塩と、野菜を漬けていた酢のみ。味が付いているだけマシだろという作り手の考えが透けて見えるようだ。


「……ちょっともう一口」


 臭み取りなんて手間がかかる作業など当然されておらず、しかも保存状態があまり良くない魚を使用しているからなのだろうか、汁を飲むたびに川魚特有の泥臭さと生臭さが鼻を抜けていく。文句なしに不味いと言える一品だった。


 しかし、


「もう一口だけ……」


 一度慣れてしまうと何故か癖になってしまう味だった。


「何でだろ? 酢が効いているのかな?」


 塩辛さと酸味のバランスも滅茶苦茶で、更にその鼻をつく魚の匂いが追い打ちをかける。なのに、気が付けば木匙を持った方の手が勝手に器の中に入っているスープを掬い上げている。


 最初はとても美味しいとは思えなかったのに、もう一口だけ、後一口だけと続けていく。そのうちに舌が麻痺でもしたのか、それともこういうのを病みつきというのか、サートは段々とこのスープが美味いのか不味いのか分からなくなってきた。

 濃い塩味の煮汁、もといスープの中に溶けだした野菜の酢漬けの酸味が時間と共に溶けだし、中々良いアクセントになっている。そして何故かいつの間にかもう一口飲んでみようかという気にさせられているのだ。


 というか、それは最早美味いと言うのでは? と、スープを飲みながら考える。


「いや、やっぱりそれは無いな。不味いわこれ。アンちゃーん、お代わりー!」


「待て、それはおかしい。言葉と行動が合っていない」


 そんな、冒険者ギルドに併設されている酒場の隅でいつものように安い食事を頼み、いつものようにお代わりをしているサート。

 ただ一ついつもと違うのは、テーブルを挟んだ反対側に見慣れない人物が座っていることである。


「何がおかしいんでしょうか? フェルマリス様」


「いや、不味いのであろう? ならば何故また同じ物を食べようとする? それともなんだかんだ言いつつ味が良かったのか?」


「いえ、超不味いですが。普通のスープの値段でこんなん出されたら、その店二度と行かないぐらいには」


 匂いで大体分かりません? などと言いながら、サートはついでにこれもよろしく、とアンにメニュー表を指してスープ以外の料理も注文する。

 アンもいつもならもっと値段の高い物を頼め、などと冗談交じりの文句を言ったりからかったりするのだが、流石に今日は気後れをしたのか遠くで手を振って了承の意を表すのみに留めていた。

 それもこれも、全て何故かサートの目の前にいるお姫様が原因である。


「だったら何故二皿目を頼むのだと聞いておるのに。もっとまともな料理を注文すれば良いだろう。もしかしてお主、味覚がおかしいのか? ええい、その『そんなわけないだろう失礼な』とでも言いたげな目をやめい!」


 サートの言っていることとやっていることの不一致さがよほど理解できなかったのだろうか、途中から素が出始めたフェルマリスがバンッとテーブルを叩いた。

 いつもの様に丁寧に編み込まれた髪ではなく、頭の後ろで緩い三つ編みにしただけの綺麗な長い銀髪がフェルマリスの動きに合わせて左右に揺れる。その髪の動きに近くにいた猫の獣人達の目が釣られてしまっているのは野生の本能故だろうか。


 ここは場末の怪しい酒場ほど荒んだ空気は無いが、それでも迷宮内での荒事を専門とする筋肉隆々の男達が集まるギルドの酒場。そんな場所に似つかわしくない高く透き通るようなフェルマリスの大声も、泥臭さと汗臭さを感じさせる男達のガヤガヤとした賑やかな騒音の中ではいまいち迫力が出ない。


「フェルマリス様お行儀悪ーい」


「むぬうっ」


 仮にも王族ともあろう者が食事中にテーブルを叩くなんて、と白々しい顔でサートに突っ込まれたフェルマリスは何も言い返せず言葉に詰まった。


「まあ行儀が悪いついでに、一口どうぞ」


 確かに食事の場で埃を立てるような行動をするべきではなかったなと反省をするフェルマリスだったが、続いてサートにほいと差し出されたスープと木匙にどう反応して良いのか分からず首を傾けた。

 一口どうぞ、とはどういう意味か。フェルマリスは数瞬ほどそのままの状態でそれが何を意味するのか考えた後に、もしやこれを食えと言っているのかということに思い至る。


「そんな露骨に嫌な顔をしなくても」


「だって、不味いんじゃろう?」


「うん、不味い。ちょっと癖になるかもしれない味だけど、基本不味い」


(その不味い食い物をを王族に、この国の姫に食べさせようとしているのかお前)


(ついに自分で食べるだけじゃなくて、他人にまで不味い飯を強要し始めたか。しかもよりにもよって王族に。止めるべきか? でもなあ……)


(実は薄々そうなんじゃないかと思っていたけど、今確信したわ。馬鹿だお前)


 今日のフェルマリスはいつもの様な豪華な金属鎧ではなく、身軽さを重要視した皮鎧の地味な装備を身に纏っていたが、意外と違和感なく着こなしていた。だがいくら地味な格好をしていても、こんな酒場に一国の姫がいて注目をされない筈も無い。

 何もしなくても目立つフェルマリスと、この酒場ではある意味有名人なサートという奇妙な組み合わせ。そんな二人のことを好奇心でずっと様子を窺っていた他の客達が、全員揃って心の中で突っ込みを入れた。


 こいつ終わったな、と。


 サートの、不味い物をフェルマリスに食べさせようとする行動もそうだが、そもそも態度が王族に対するそれではない。

 言葉遣いに関しては、サートも初めは気持ち悪いくらいの丁寧語を使っていたのだが、フェルマリスに「本気で気持ち悪いからやめろ」と真顔で言われたせいもあって今は少し砕けたものになっている。だが態度まで砕けるのはどうなのだろうか、と周りの客達は思った。


 これがいざとなれば転移魔術でどこにでも逃げられるという余裕から来るものなのか、それともフェルマリスの度量が広さに甘えているだけなのか。他の客達は勿論、フェルマリスにもそれは分からなかった。


「やっぱやめときます?」


「……ここでお前が私に毒を盛る理由も無いか。ええい」


 周囲が何だかんだ怖いもの見たさでそのまま二人のやり取りを見守っているうちに覚悟が決まったのか、フェルマリスはサートから渡されたスープを暫く見続けた後、気合を入れてスープの入った木匙を一気に口に入れる。


「……っ、」


 それを口に入れた瞬間に一度だけ咽かえりそうになるも、そこは王族の誇りかそれとも乙女の意地か、何とか噴き出すことなく口の中のものを嚥下した。


「まさか本当に飲むとは。半分冗談だったのに」


「おい」


 そろそろ怒るぞこの野郎、という目でこちらを睨みつけるフェルマリスに、サートは流石に冗談というのは嘘だと笑って返した後、でも驚いたのは本当だと付け加えた。


「だってこんな匂いからして美味しくなさそうなもの、王族が本当に食べるなんて誰も思わないでしょ。変人じゃあるまいし」


(じゃあお前はその変人だな!)


(王族に何食わせてんだよこいつ)


(もうこの馬鹿! 変人馬鹿!)


「正直、今回ばかりは流石に怒られるかなーと内心ビクビクしてました」


「……相変わらず、どこまで本気か分からん奴だな」


 怒られると思っていた、と言う割には、サートは先ほどから自分達のやり取りを窺いながら顔色を変えている一部の冒険者達の、その百面相を見てケッケッケと楽しそうに笑っている。

 フェルマリスはそんな道化師の様に掴みどころのないサートを見て、いつの間にか自分が相手のペースに乗せられていることを自覚した。そして陰ながら自分を護衛している部下達に、もう少しポーカーフェイスを保つ訓練を積ませるべきかと悩みながら、ここ最近急激に回数が増えてきている溜息を吐いた。


「いやいや、全部本当ですって。こんなもの食べられるかー、って言われると思ってましたもん」


「……別に、行軍や訓練で粗食に慣れていないわけではない。だが、何故こんなものをわざわざ売っているのだ? 仮にも売り物だろう。見習いが作っている賄いでもあるまいに」


 口の中に残ったスープの後味のせいか、それとも精神が疲れてきたせいか、フェルマリスはその整った顔を少しだけ不快そうに歪めながらもサートに質問を投げかける。


「余計な手間がかからなくて、その分安く提供できるからですかね。で、どうでした? 味の感想は?」


「……美味かったとは口が裂けても言えないな」


「でしょうねー」


 ムスッとした顔で遠まわしに不味いと言うフェルマリスがよほどおかしかったのか、先ほどとは違って今度は思い切り声を出してサートは笑った。自分が笑われていることに不機嫌になったフェルマリスがよりムスッとした顔になると、それを見てサートも更に笑う。


 この前会った時はこれぞ王族というような、思わず背筋が伸びてしまうような迫力を出していたというのに、今はまるで年相応の町娘の様である。

 そのギャップの落差が面白く、随分と表情が豊かなお姫様だなとサートはそのまま満足するまでひとしきり笑った。


 そして十分笑いきった後に、「でも―――」と言ってサートが改めて目の前のスープに視線を落とすと、それに釣られてフェルマリスも同じようにそのスープを見る。


「このくっそ不味いスープでも、稼ぎの少ない駆け出しとか、実力の無い冒険者にとっては結構生命線なんですよね」


 そう言ってサートは器に残った僅かなスープを木匙で口に掻き込むようにして一気に飲み干し、やっぱり不味いなと顔を顰めた。しかしどれほど不味くても、冒険者にとっては値段と栄養、両方の意味でなくてはならないものだ。これが毎日汗だくになって働いた後であれば、この塩辛さも甘味以上に身に沁みる美味さに感じられるのだろう。

 だが今の自分にとっては少し塩分過多で、血圧が心配になってくる。塩味が強すぎてまたそのまま何度か咽るが、サートはテーブルの脇に置いてあったぬるいエールを飲んで塩辛い口の中を洗い流しながらフェルマリスに言う。


「鍋の数にも竈の数にも限りはあります。勿論料理を作る人手の数にも。それなのにどうしてこんな、一杯銅貨一枚程度の利益になりそうもない食事を出しているのか。しかも味も良いとは言えないのに、一体誰得なんだって疑問はごもっともです」


 地味な木の器に入れられた何の彩りも無い素朴なスープだが、それでも、もう少しだけでも作り手が手間を掛ければまたそれも違っていただろう。

 質の良い魚でなくとも、きちんと塩抜きをして臭みを取り、酢漬けの酸味と魚の塩っ気が丁度良くなるように味のバランスを整えれば、毎日とは言わずとも定期的にその味が恋しくなるような美味いスープとなっていた筈だ。


 でもそれをしないのは、さて何故でしょう。と、声に出さず目で問いかけるサートに対し、フェルマリスはほんの少しだけ間をおいた後に答えた。


「手間を掛ければ確かに味は良くなるなるだろうが、その分値段も上がる。肉体労働者には塩が不可欠だが、明日の食事代にすら困るような者はそのような御馳走には手が届かない……か。この料理は、その様な者達のための救済策か?」


「もっと単純に、『下手に食い詰め者になられて犯罪に走られるよりはマシだから、ギルドが仕方なく儲け度外視で飯を恵んでやってる』ぐらい言っちゃっても良いですよ。みんな分かってるんで」


 これが普通の店であったなら勿論利益を優先するだろう。だが、ここは冒険者ギルド直営の酒場である。酒場としての利益以上に重要なことがあるのだ。


 この塩辛いスープや、サートが今まで食べてきたような値段の安さだけが取り柄の、決して味が良いとは言えないメニュー。だがそんな食事でも何も食べないよりは何倍もマシだ。

 そして味気ない食事で腹を膨らませながら、近くの中堅冒険者たちが食べている美味そうな料理の食事の匂いを嗅いで、いつか自分も、と心に誓う。冒険者なら最初は誰もが似たような経験をしたことがあるだろう。


「お待たせ致しました」


「おー、来た来た。あんがと」


 ここでちょうどアンがお代わりのスープと、サートが追加したオートミールもどきを持ってきた。フェルマリスの前ということで少し緊張をしているのか、いつもよりも少しだけ丁寧な言葉遣いである。もしかしたら、お姫様の前にこんなものを出しても良いのか、と不安に思っているのかもしれない。


 スープは相変わらず美味そうには見えず、オートミールの方も前の日の残り物であるため、水分が飛んで少しパサパサになっている。当然温め直しなどもされておらず、その分値段も捨て値に近いがこのままでは到底食べられたものではない。


「貧乏人の知恵というか、こういう安かろう悪かろうな飯でも工夫次第でそれなりに食べられるようになるもので……」


 一体何をしようというのだろうかと、きょとんとしているフェルマリスをそのままに、サートは残り物のオートミールを手に持った木匙で魚のスープの器に全て入れてしまった。

 それを見て微妙に眉をひそめているフェルマリスの表情通り、あまり行儀のよい食べ方ではない。

 だがそんな事は知ったこっちゃねえ、とばかりにサートはそのまま出来あがったねこまんまもどきを口に掻き込んだ。


「んー、美味……くは無いな。知ってたけど。でも食べられなくもない」


 続けてズルズルと二口目、三口目と掻き込んで行く。スープに放りこまれた穀物がちょうど良い感じに塩辛さを和らげ、随分と食べやすくなっている。味の調節を間違えてしまった手作りのお茶漬け、もしくは素人が下手に凝って失敗したクッパ程度の不味さだ。

 そしてサートは口に食べ物を詰め込んだまま、行儀が悪いのを承知で話し続ける。


「値段だけを見ればもっと安い店はいくらでもあるんでしょうが、まあ、そういうのは腹が慣れていないと確実に体調が悪くなるんで」


 一食の値段は安くても、そのあとに必要な薬代も合わせて考えればどちらが損か、身をもって経験したことのある冒険者は少なくない。

 サートはそれから自分のお勧めの激安メニューや食べ方など、貧乏冒険者の色々な節約術をフェルマリスに教えていく。そしてそれらを全て語り終えた後、サートの話をじっと静かに聞いていたフェルマリスの顔を改めて見て、最後に一言だけ付け加える。


「知りたかったのはこういう情報でしょう?」


「……」


 フェルマリスが何故この街で平民の中に混じり、こうして冒険者と同じような生活をしているのか。その目的について大体察しが付いていたと分かるサートの言葉に、フェルマリスは最早驚きも感じなくなってきた。何となくそんな気がしていたからだ。


「良い勉強になりましたかね」


「……まあ、そうだな。礼を言おう」


 目の前の男の張り付けたような笑顔が胡散臭い。

 だが、幼い頃から見慣れたその種の笑顔に、今更何を思うでもない。むしろ、口角の曲がり具合がまだまだ甘いな、と思うぐらいの余裕がフェルマリスにはあった。


「さて、では情報に対する対価を渡そう。金銭ならだいぶ余裕があるが、それで良い―――」


「この酒場の代金を奢って下せえ。金がねえんです」


 まだ言葉を全部言い終わっていない内に、サートがテーブルに額を擦り付けるように頭を下げて言った。

 しかも狭い椅子の上で器用に正座をして、丁寧に両手を揃えて頭を押しつける様は、まさに土下座そのものである。


「……どうせ何か裏があるんじゃろうとは思っていたが、全てそのための前置きか! 長いわ!」


 フェルマリスは、サートの今までの行動をみて、自分に取り入ろうなどという考えは皆無だということは最初から分かっていた。なので下心があったとしても、悪い意味での面倒事にはならないだろうとは思っていた。

 だが、それでも金が無いから奢って欲しいというのは、正直肩透かしだ。何というか、小さい。小さすぎる。みみっちいと言っても良い。


「というかお主、迷宮に潜って相当稼いでいるじゃろう? その金はどうした?」


 基本的に魔術師は何処に行っても高給取りで、しかもサートは転移魔術の使い手だ。需要は何処にでもあるため、その気になればいくらでも金は稼げるだろうし、事前に収集した情報でもかなりの金額を商人ギルドの金庫に預けていた筈だった。


「そんなもん、街の復興のために全額寄付しましたよ。商人ギルドに預けていた分も含めて全部」


「え? ……お、おお、感心じゃな。う、うむ、そうか」


 フェルマリスは一瞬『え? 嘘だろお前、マジか』とでも言いたげな表情を見せたが、無理も無い。いつの間にか酒場に大勢の冒険者たちがサート達のやり取りに注目していたが、そんな彼らも殆どが初耳だとばかりに同じような顔をしていたのだ。

 勿論、サートも善意のみでの行いではなかったが、相当な金額を寄付をしたことは間違いなく事実である。


「ほらその証拠に……」


 サートがこれが自分の今の全財産ですと、懐に入れていた財布代わりの巾着袋を取り出して逆さまにすると、僅か数枚の小銭がテーブルの上に落ちた。

 子供のお駄賃にも劣るその小銭は、せいぜい最下級のエールが一杯と、同じく一番安いスープ一皿で綺麗に消え去る程度の額しかない。


 つまり、サートがスープのお代わりとオートミールを追加した時点で奢られる気が満々だったということが分かる。

 お情けを、お慈悲を、と縋りついてくるサートを見て、フェルマリスはまたしても溜息を吐いた。


「良いだろう。その程度ならいくらでも奢ってやる」





「よっしゃ、今の言葉聞いたな野郎ども! カモが引っ掛かったぞ! 食い放題だ! 俺に感謝しろよ!」


「うおおお! 本当にやりやがったぞこいつ!」


「お前ならやってくれると思っていたぞサートこの野郎!」


「正直不敬罪がちょっと怖えけど、タダ飯の前には些細なことだわなあ!」




「……え? え? お、おいサート! これ一体どういうことだ!?」


「あなた、私にいくらでも奢る、言った。私、料理沢山頼む。食べ切れない分は、勿体ないから、皆にお裾分け。これ即ち、皆が食べ放題。OK?」


「はあ!? そんな馬鹿なこ――――――」


 そんな馬鹿なことがあるか、そうしっかりと言葉に出した筈だが、何故か途中で自分の声が消えてしまった。

 呼吸は出来るし、口も動く。喉もちゃんと震えているのに声だけが聞こえない。周囲の歓声にかき消されているわけでもない。となると、こんなことが出来るのは目の前にいる魔術師だけだ。一体何のつもりだとサートを睨みつけるが、睨まれた本人は何処吹く風と全く気にもせず、メニュー表を眺めている。


 ただ、フェルマリスもサートが何の理由も無くこういうことをする男ではないことはいい加減分かってきている。勿論納得の行く説明がされるのだろうな、と目で語りかけると、サートは一度エールで口を潤してから説明をし始めた。


「たまーにね、迷宮で巨大な宝石の原石だったり、霊薬と信じられている貴重な薬草何かを見つけて一山当てる冒険者がいまして」


 そういう大金を手に入れた冒険者は、一度皆に気前良く奢るのが暗黙の了解で、それを知らない冒険者相手には、このように言質を取って奢らせるのだ。一見理不尽にも見えるが、そうやって同情されることによって他者からの余計な妬みを買わないための予防法でもある。


「んで、他の迷宮都市から移ってきた余所者・新参者も、金に余裕がある奴はこうやって大盤振る舞いして顔を売るんですよ」


 別に強制ではないが、やるのとやらないのではいざという時の周りの対応が段違いなのだ。だから、金に余裕があるのならとりあえず一度は気前よく奢っておけ、とサートは言う。

 何を隠そう、サートも気を利かせたゴッツとアイラによって、以前似たような手口で財布の中身を空にされた経験があったのだ。


 だからサートは『自分の』代金を奢ってほしいとは敢えて言っていないし、最悪「自分が皆に奢ると約束していたけど、お金が足りないので代わりに奢ってほしいという意味だった」などと屁理屈をこねるつもりだったが、そこまでする必要はなかったようだ。


「なので断じて、断じてこのままだとお金が足りなくて皿洗い一直線なのを回避するために、屁理屈こねくり回して奢ってもらおうとしているわけではありません」


 キリッ


「ということは私がここで金を出さなければ、お前は無銭飲食になるわけか。それはそれで面白いな。今までの溜飲も少しは下がるというものだ」


「やっぱり今の無し、今の無ーし!!」


 キメ顔でかっこいいことを言ったつもりのサートだったが、5秒で前言を撤回した。


 今度はフェルマリスがサートをとりあえず無視して、周りにいる客達に視線を向ける。

 そこには何を注文しようかと笑いながらメニューを睨んでいる冒険者達がいた。字が読めない者達は、近くの者と何を頼もうかと楽しそうに相談している。

 先ほどとは違う賑やかさを見せている酒場の中の冒険者達の姿を見て、フェルマリスは肩の力を抜くように息を吐いた。これで一体何度目のため息なのか、もう数える気にもならない。


(私としたことが、足場固めを疎かにするとは……)


 ここまでやられたらフェルマリスにもサートの流石に行動の真意が分かった。要するにこれは社交界の挨拶回りと同じだ。

 暫くこの街で活動するのなら、枠の外から入ってきた余所者としてではなく、この機会を利用して冒険者流の礼儀に則って身内になった方が都合が良いと言っているのだ。


 長い間そのような社交の場から距離を取っていた影響で、感覚が鈍っていることを実感する。だがそれをよりによって、この目の前で悔し涙を流しながら自棄食いを始めた、見た目馬鹿っぽい男に気付かされるとは……。


「……確かに、良い勉強になったことは認めよう」


「お?」


 本当に、色々な意味で大いに勉強になった。

 悔しいが、この場の代金を全て支払っても良いと思える位、王族であるフェルマリスにとって価値のあることを知ることが出来た。


「半分寄こせ。私の金だぞ」


 もしかして皿洗いをせずに済むのでは? と希望を取り戻したサートに対し、フェルマリスはサートが持っている猫まんまもどきの器を手に奪う。そしてそのまま、まだ半分以上残っていたそれを豪快に口に掻き込み、一気に食べ切った。

 先ほど一口食べた時よりは大分マシになったが、それでもフェルマリスには不味いとしか思えなかった。だが、この味を知らずして彼らの仲間になれるとは思えない。これが冒険者の味と思えば、むしろやる気が湧いてきた。


「あ、俺のエール……」


 そしてついでとばかりにフェルマリスはサートの飲みかけのエールも奪って一気に飲み干す。すると何かに吹っ切れたのか、飲み切って空になった木のコップをテーブルに叩きつけるように置いてその場から立ち上がると、フェルマリスはその溢れんばかりのカリスマ性を十分に発揮し、酒場にいる人間の視線を全て自分に集めて宣言した。


「今日は全て私の奢りだ! これを拒否する者は私への侮辱と見なして罰を与える! 全員、最低でも5品ずつ頼めよ! 全て食べ切るまでこの店から出ることは許さんぞ!!」


 一瞬の沈黙。そしてそのすぐ後に一斉に溢れ出る、まるで爆発の様な歓声。

 先ほどとは比べ物にならない冒険者達の賑わいに、フェルマリスは満足そうに笑みを浮かべた。




「うぇーい! この店で一番高い物を持って来ーい!」


「お主は、あまり調子に乗るなよ」


「あで!」


 案の定調子に乗り始めたサートは、フェルマリスに脛を蹴られて悶絶した。

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