第28話~『アーイ』~
お待たせいたしました。
「おいサート、あれについて何か知っていることがあるなら教えろ」
サートが湖に浮かぶ巨大な胎児を見て、『アーイ』と呟いたのをアイラは聞き逃さなかった。
それは非常に小さな声だったが、驚嘆とも絶望の嘆きとも違う、どこか確信を持ったような声色であった。人間よりも耳が良い獣人のガランにもそのサートの呟きは聞こえたのだろう、目線こそサートが『アーイ』と呼ぶ球体から逸らさないものの、頭の上にある耳をサートの方へ向けてサートの言葉を待っていた。
「……まあ、一言で言うなら、大魔術師ユーザスの夢の結晶? 的な奴かな」
流石にここまで来て何も知りません、などと言っても誰も納得は出来ないだろう。別に『アーイ』とは何かを説明すること自体はそれほど問題があるわけではない。問題となるのは、何故そんなユーザスの弟子かそれに近しい者にしか知りえないような情報をサートが知っているのかという点である。
(一応今までずっと正体というか、身元を隠してきたんだけど、まあしょうがないか)
人伝に聞いた、本人から直接聞いた、自分で調べたなどと誤魔化したとしても、それに気が付かないほどアイラが鈍い相手だとは思えない。
どちらにしろ既にユーザスと知り合いで、しかもそれなりに親密であるということは知れ渡っているのだ。今更何をどのように詮索されたとしてもそこまで何かが変わるということも無いだろう、ということに思い至ったサートは腹を括って話を始めた。
(でも、正体不明の怪しい凄腕魔術師という設定が崩れてしまうのはとても惜しいな)
「まず、魔術師の本質は研究者だというのは知っているだろ?」
サートはいきなり本題に入るのではなく、その前段階として自分とアイラ達の間に認識の齟齬が無いか確かめるための前振りを置いた。その方が結果的に理解が深まると思ったからだ。
この世界において、魔術師とはただ単に戦闘に魔術を使用している者のことを指す言葉ではない。
医術を学んだものを医師と呼び、芸術を学んだものを芸術家と呼ぶのと同じように、一つの学問として魔術を学んだものを魔術師と呼ぶのだ。そして同時に、魔術師はただ魔術を学ぶだけではなく、それまで学んだことを活かして何かしら魔術に関する探究をするのが常識である。
あくまで一つの教養として魔術を学んでいる貴族の魔術師や、一部の魔術を多少齧っただけのモグリを除けば、この世界の魔術師は皆何かしら自分の研究テーマというものを持っているのだ。
研究を始める動機は自らの夢を叶える為でも、純粋な知的好奇心でも何でも良い。それがどんなに些細なきっかけでも、どれほどつまらない理由でも構わない。
その欲望・願望こそが研究者としての原動力であり、そしてそれらの積み重ねが魔術全体の繁栄へと繋がるのだ、というのが魔術師の間で広く知られている共通の標語であった。
だがかつてのサトラクのように、まだ自分が何を研究するのか決まっていない魔術師も当然存在する。そういった者は魔術師の町と言われるアーリンではまだ半人前以下という認識をされ、自らの研究をし始めてようやく半人前扱いをされるのだ。
そして、サートの前世の研究テーマは『異世界と転生』。生前のリラのテーマは『永遠の若さと病』。
「んで、妖怪爺こと、ユーザス・ハーザの研究テーマは―――」
「『神をも超える生物の創造』」
『アーイ』とは即ち、ユーザスが自らの手で生み出したその『神をも超える生物』のために用意された特別な名前なのだ。
だから何のことは無い。今回の一連の騒動のきっかけは、要するにユーザスが『神をも超える生物を造りだす』という自らの夢を叶えた、ただそれだけのことである。
陰謀でもなんでもない。ただ、新しい『神族』がこの世に生まれようとしているのだ。その余波で街の一つや二つぐらい消えたとしても、何もおかしいことではない。神族とはそれだけ凄まじい存在なのである。
ここまで説明し終わったサートは、自らの影の中に放りこんでおいた黒い珠を取り出し、それを見ながら以前ユーザスが言っていた言葉を改めて思い返す。
『推測の域を出ないが、恐らく迷宮のさらに下層の何かから逃げているのではないかと私は思っている』
『相当ヤバいものが現れたのだろうなぁ! あっはっはっはっは!』
「あの糞爺、後で絶対顔面にドロップキック喰らわせてやる」
マッチポンプも良いところだ。白々しい顔をしてこんなセリフを吐いていたユーザスを思い出し、だんだんと腹が立ってきたサート。
この世界でサートとして初めてユーザスに会ったあの時点で、一体どれだけ先のことまで想定していたのだろうか。ここまで来ると、記憶にあるこのユーザスの笑い声が全く違う意味に聞こえてくる。
一体どういうつもりで笑っていたのか、理由を聞きたいような聞きたくないような複雑な気持ちになるが、とりあえず一度顔面に蹴りを入れてやることだけは確定している。
因みに、神をも超えるのに、何故『神族』という言葉を使っているのかは非常に簡単だ。この世界では人智の理解を超えた存在に対する最上級の呼び名が『神族』であり、それ以上の存在を示す言葉がまだ生まれていないからである。よって、ユーザスか誰かが神をも超える存在を示す新しい言葉を造らない限り、ある一定以上の力を持った存在に対しては今のところ全て神族と呼称するしかないのである。
そして、こうして改めて色々と思い返した結果、ユーザスは別にこのことを隠しているつもりは無かったのだろうということに、今更ながら気が付いたサート。
隠すつもりがあったにしてはそれなりの量の情報を出しているし、もしユーザスに本当に隠す気があったのなら、徹底的に情報は外に漏らさないようにしていただろう。さらにそこに加えて、万が一のための身代わりの黒幕を用意するぐらいのことはしてもおかしくは無い人なのだ。これは実体験である。
「ここまでの話を全てまとめると、要するに全ての元凶はあの人だった、ってことになるな」
「酷い言い方だね。まあ、間違ってはいないんだろうけど」
「んで、どうするつもりなんだよ。あのめっちゃ光っている湖の水に用があるのはお前だろ、リラ」
「それについてなんだけどね。今湖に近づいたら、まず間違いなく襲われるよね」
「まあそりゃ、餌が自分から近づいてくるんだから当然だわな」
「だから、まず最初にあの『アーイ』を何とかしたいんだけど……」
「あれを倒せって言うんなら、俺は容赦なくお前を見捨てて今すぐ帰る」
君ならそういうと思ったよ、と笑うリラに対してサートは溜息を一つ吐く。そして、いつの間にかアイラとガランだけでなく、サイスや朝斗まで自分とリラの会話に耳を傾けていることに気が付いた。そこでどうせならばと、ついでにこのアルバを含めた複数の迷宮で、短期間のうちに立て続けに主級が現れた理由についても自分の考察を述べていく。
主級が現れた原因が『アーイ』であることは間違いない。しかし、もし『アーイ』が原因だとするのならば、これ程の存在感を放つ巨大な神族が何故今まで誰にも気付かれずに迷宮間を移動することが出来たのかという疑問が湧く。
だが、迷宮の最下層部は全て繋がっているというユーザスの言葉を信じるのであれば、『アーイ』がどのようにして誰にも察知されずにこの場所までたどり着いたのかも推測をすることが出来る。
おそらく『アーイ』は最初ユーザスか誰かの手によってどこかの迷宮の中に連れてこられたのだろう。そこで『アーイ』は自らに刻まれた本能に従って周りの生物を取り込んで力を付け、そしてより強く、より大きな魔核を持つ魔物を求めて迷宮の下層へと下っていき、そこで更に力を付けていく。
ここまではサートが前世でまだサトラクとしてユーザスの助手をしていた時に、その頃の『アーイ』候補を使って何回か同じようなことをした経験があった。そのためこの後迷宮がどうなるのかも大体の想像が付いた。
成長した『アーイ』と、そこから生み出されたキメラたちによってその階層の魔物が全て狩り尽くされた結果が、サート達が通ってきたあの生き物の気配が全く感じられなかった白い森のような状態なのだ。キメラもどきが一匹や二匹程度ならともかく、恐らくエネルギーが続く限りほぼ無限に生み出され続けるような敵を相手にしては、どんなに強靭な魔物であっても狩られるのは時間の問題である。
そしてその迷宮内の魔物を片っ端から取り込んだ『アーイ』はより多くの餌を求めて、ユーザス曰く全ての迷宮と繋がっているらしいという最下層から新しい迷宮へと移っていったのだろう。
「そこで、魔物の中でも敏感にキメラ達の危険性を感じ取って、自分が狩られる前に上層まで逃げてきた魔物が、主級の正体というわけですか」
「推測に推測を重ねただけの、証拠も何も無い説だけどな。でもまあ、全部が正解とまではいかないにしても、大幅に予想が外れているってことも無いと思う」
サートの話を聞いたサイスが納得したように頷くが、あくまでこれは推測であると付け加える。だがそれでも、サートは心の中ではこの推測でほぼほぼ間違いないだろうと感じていた。
アイラは今の話を聞いた上でこれからどう行動すべきかを考えているのか、何やら思案顔で腕を組みながら唸っている。ガランは元々表情が分かり難い上に、サートの話に意識が行っている一同の代わりに『アーイ』への警戒を続けていて、耳以外はこちらを向いていなかった。
逆にリラは自分の目的がはっきりしているためか、落ち着いた様子で場の様子を眺めている。
それぞれの性格がよく分かる反応であったが、唯一朝斗だけが頭痛を堪えるように手を頭に当て、どこか話に集中できていないように見えた。
まだ体調が万全でないのか、それとも『アーイ』の放つ威圧感にあてられたのかは分からない。
「他の迷宮では複数体の主級までは確認されていなかったのに、このアルバ迷宮で二体の主級が現れたのは偶々か?」
サートが朝斗に声を掛けようかどうしようか迷っていると、アイラから質問をされてそのタイミングを逃してしまう。
「恐らく、単純に迷宮の規模の違いと、そこに居座った期間の差だと思います」
だが、質問に答えようとするサートに、リラが対応は自分にまかせるよう目配せをして、代わりに質問に答える。サートもそのリラの気遣いに気が付いたのか、それに甘えて朝斗の様子の変化に気を向けることにした。
そしてリラ曰く、この銀色に光る水は光だけでも相当なエネルギーが含まれているのだという。『アーイ』が魔物を吸収する理由がエネルギーの蓄積のためだというのなら、何もせずにただ近くにいるだけで力を吸収することが出来るこの湖は、『アーイ』にとってさぞや居心地が良い場所だったろう。
そう言われてみれば、この光を間近で浴びている自分達もその影響を受けているせいなのか、ほとんど疲労を感じなくなったことに全員が気が付く。大休憩をとった後であったために気付き難かったが、リラの造った氷の船に乗る直前よりも、船に乗って川の水の光を浴び続けた今の方が明らかに体調が良いことが分かる。
病み上がりの朝斗でも、一日で何時間も歩き続けた割にはまだまだ体力的には余裕があるはずだ。実際、朝斗は自分の体の怠さや節々の痛みなどはもうほとんど感じなくなっていた。
流石に痩せ細った身体はそのままだが、体調の面だけで言うならばこの世界に迷い込んだ時から考えてもトップクラスに体が軽く感じられている。今ならあの蟻の主級<アント>からも簡単に逃げられるかもしれない、そう思える程に万全に近い状態となっている、はずなのだが、だからこそ苦しそうな顔で頭を押さえている朝斗の姿が、より一層異常に感じられるのだ。
「逆に死霊や思念体の様な存在の密度が薄い物体にとっては、この水の光は刺激が強すぎるためか毒となるようです」
キメラたちが川や湖に近づけなかったのも恐らくそれが原因だろう。基本的に獲物を狩って、それを回収してくるのが役目のキメラにそこまでリソースを割く必要はないということなのだろうか。
深い傷を負えばその場で霧散してしまう程度の力しか与えられていないキメラたちにとって、この水の光は体を蝕む毒以外の何物でもないのだ。
「……一つ気になルことがあル」
これまでの話を聞いていたガランは、一つだけ疑問に思ったことがあった。
その光のエネルギーとやらを吸収し続け、更に数えきれないほどの魔物を片っ端から吸収して力を蓄え続けた結果、ここまでの存在感を放つほどに大きく、強く成長をしたのは分かった。
だが、その先はどうなるのか?
このまま永遠に力を蓄え続けるだけなのだろうか、それとも何か目的があるのか、それが気になった。
「え? さあ? どうなるんだろう? 俺もそこまでは見たことねえもの」
「……まあ、そレもそうか」
言われてみれば当然のことである。何故サートが『アーイ』についてそんなことまで知っているのか、それが気にならないわけではないが、余計な詮索も追及もするつもりは無い。
ただ、自分たちの想像以上に詳しいことまでサートが知っていたせいで、全てを知っていると誤解をしてしまったのだ。
「でもまあ、一つ言えることは―――」
自分の思い込みで手を煩わせてしまったことを謝罪しようとしたガランだったが、その直前にサートが朝斗から目を離し、胎児のような姿をした『アーイ』を遠目で見ながら口を開く。
「栄養をたっぷり取って、すくすくとお腹の中で育った胎児のその先なんて―――」
そして、そのサートの言葉を証明するかのように、ドクン、と巨大な鼓動による振動が迷宮内に響き渡った。
「―――後はもう元気に生まれて来ることしか残ってないでしょうよ」
「言った傍からこれか。タイミング良いなおい」
「サート、俺は学んだぞ。こレがお前の言っていた『ふらぐ』というやつだロう?」
「おいコラてめえサート、ガランに変なこと吹き込んでんじゃねえ」
「変なこととは失敬な。実際、験担ぎは大切だろうが」
これまでとは違う『アーイ』の動きに、サート達は口では色々と言いながらも、体は素早く行動を起こしていた。
「居場所がばレたな。先ほど新しく生み出さレた敵が、全てこちラに向かって来ていルぞ」
「どうします? やっぱり逃げますか? 幸いサートさんもいますし、逃げるだけなら簡単ですよ」
自分の武器の準備をしながらこの場のリーダーであるアイラに指示を仰ぐ。
大休憩前に大まかな方針を既に決めていたとはいえ、流石にその時はこれほどまでの事態になるとは誰も想定をしていなかった。そのため改めて意思統一をする必要があるだろう、とサイスは判断したのだ。
アイラも手早く弓矢の点検を済ませ、自分たちに迫ってきているキメラを既に二、三体遠矢で狙い撃ちながら、短く言葉を連ねる。
「リラの目的についてはアタシらも既に知っている」
そのアイラの言葉を聞いたリラは、いつの間に、と驚いた。そして驚きながらも、同時に思い当たる犯人は一人しかいないことに気が付き、その人物へと目を向ける。
「てへぺろ」
リラから視線を向けられたことに気が付いたサートは、影から取り出したなにやら細長い帯のような布に魔術陣を描き込む手を止めずに、片目を瞑って舌を出すという表情だけで返事を返した。
リラとしても、ミラを助けるという目的が絶対に隠し通さなければならない、という類の秘密だったという訳ではない。知ってもらった方が協力をしてもらいやすい情報だったことも事実である。
その目的について話すタイミングを逃してしまっている今のこの状況を考えるに、サートが風の魔術でアイラにリラとの会話を聞かせたことは、結果的にはむしろファインプレーになるのかもしれない。
しかし、理屈では自分の目的を話した方が有利になると分かっていても、それとこれとは話が別である。今はまだ表面上こそ上手く取り繕えているが、リラも元々そこまで社交的な性格ではないのだ。
娘を助けるため云々は出来れば隠したまま、あくまでアルバの滅びを回避するため動き、さりげなく流星の川の水を手に入れた後に結果的にミラも助かった、というのがリラの思い描いていた理想であった。
だが、それが非常に難しいことを理解していたからこそ、気心の知れたサートにだけは話を通しておいて、影からサポートをしてもらおうと考えていたのだ。
(それなのに、この男は……何がてへぺろだよ)
敵が目の前に迫っている状況でなければ、しばらくの間その満面の笑みを浮かべている顔面に水を張りつかせて、窒息死一歩手前までお仕置きをしているところだ。
「アタシもミラのことは大切に思っている。だけど、ここで仲間の命を危険に曝すわけにもいかない」
だがここでサートの転移魔術で引き返すことになったとしても、恐らくリラは一人でここに残ることを選ぶだろう。それは全員がなんとなくだが確信をしていることであった。なぜならば、そうしなければミラの精神を呼び起こすのに必要なものが手に入らないのだから。
「こんなもん、アタシの一存で決めろとか、胃が荒れるなんてもんじゃねえ」
リーダーとしては失格なのだろうが、アイラの気持ちもよく分かる。もしも自分にそのような決断をしろと迫られたら、間違いなく同じ気持ちになっていただろうとサートは横からその言葉を聞いて思った。
「だから多数決だ。今すぐ逃げるか、それとも目的のものが手に入るまで粘ってから逃げるか、二つに一つだ」
「一回帰って応援を呼んでからまた来るという第三の選択肢を提案しまーす」
「その時にここが残っていればいいけどな」
サートが往生際悪く、自分でも無駄な抵抗だと分かっていることを提案するが、即座にアイラに反論をされる。
アイラの言葉通り、『アーイ』の脈動に合わせて放たれる衝撃波が今サート達のいるこの空間を揺らし、遠くから地響きと天井が崩れる音が聞こえてくるのだ。このペースで崩壊が進むと考えると、地上に戻ってから仲間を募った後に再びここに訪れる頃にはもう既に瓦礫で埋まっている可能性が高い。いくら転移魔術で移動時間をゼロにしたとしても、良くてもいつ天井が崩れ落ちるか分からない状態の中で『アーイ』と相対することになるだろう。
「時間がない。今すぐ引き返したい奴は手を挙げろ」
「さわらぬ神にたたり無しって言葉があってだなあ。という訳で、はーい」
サートも別にミラを蔑ろにするわけではないが、ここで無理して誰か死んだら元も子もないという主張をする。
それに何もミラの精神が今日、明日に消滅する訳ではないはずだ。今ここで流星の川の水とやらが手に入らなかったとしても、違う方法でミラの精神を呼び戻せないか色々と試してみればよい。リラが何を焦っているのかは知らないが、最悪、それこそユーザスにサートが本気で頼み込めばそういった方面に詳しい魔術師を紹介してくれるかもしれない。
選択肢は一つではない、それがサートがここで撤退を選んだ理由だった。
「次、もう少し粘ってみたい奴」
「まあ、ミラのことを無視するわけにはいかないですし」
「そレに、アルバの町の滅びを避けるためにも、必要なことだ」
リラ本人は言うまでも無く、それ以外ではサイスとガランが手を挙げる。二人とも他に手段はないのかと考えてはいたが、ユーザスの『ミラが起こすだろう行動を邪魔してはならない』という言葉がどうしても頭を過るのだ。
名前こそミラを指しているが、あの時点でリラの名前を挙げるわけにもいかなかったのだろう。今思い返すと、ユーザスは正にこの状況のことを示唆していたのではないかと思えてならなかった。
「おいおい、無理すんなよ」
更に、言葉の詳細は分からなくとも、話の大体の流れは理解した朝斗も頭が割れるような頭痛に耐えながら手を挙げていた。
サートが無理をするなと声をかけるも、朝斗は何のことは無いと首を振るのみだった。
『僕も、もう少しここに残りたい理由が出来まして』
朝斗が手を挙げた時点ですでに四対一。もう結果は確定しており、ここからどう頑張ったとしても多数決の決定は覆らない。
「決まりだな」
朝斗の表情から彼が何を言いたいのかをくみ取ったアイラはにやりと笑い、ダメ押しにこれが私の答えだと言わんばかりに矢を撃ち始める。それを見たガラン達は一度だけお互いの顔を見合わせた後に、いつものように前方に走り出して近くにまで寄って来たキメラを撃退していった。
「これが民主主義の暴力か」
「よく分からねえこと言ってねえで、矢が切れたから早く新しいのを出せよ。時間がねえつったろ」
「くっ、多数派の意見に逆らえない自分の国民性が悲しい」
こんなことを言っているが、ここで全員を見捨てて逃げていない時点で、なんだかんだ言ってサートもそこまで絶対に反対という立場でもないのだろう。何もここで『アーイ』を倒そうとするのではなく、あくまで水を手に入れるまでの短い時間であるということ、そしてミラのことが合わさって何とかギリギリ天秤が傾かずに済んだ状態といえる。
だが、もしここから本当にヤバいとサートが判断したなら、有無を言わさずに全員纏めて地上に連れ戻すだろう。そのことをリラは良く知っていた。
「本当に、皆さんありがとうございます」
だからこそリラは、それほどまでの危険を顧みずにミラのために自分の我儘に付き合ってくれたサートを含めた全員に対して、心から感謝を込めて頭を下げた。




