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第27話~目的~

「いくつか聞きたいんだけどさ、ミラの父親ってどんな人なんだ?」


「おや、嫉妬かい? 嬉しいね」


「蕁麻疹出そうになるから、そういうの本当マジでやめてくれ」


「なかなか失礼な反応をするね、君。こんな美人相手にその反応は無いんじゃないかな?」


「居るよね、こういう自意識過剰な人。見た目が良いのは否定しないけどさ、お前と結婚した勇者がどういう偉人なのか興味があるだけで、お前自身にはこれっぽっちも興味は無えよ」


「本当に失礼だね。まあいいや、教えてあげるよ。と言っても、理解できるかどうかは分からないけどね」


「どういう意味だよそれ」


「言った通りの意味さ。ま、一応言っておくと、ミラには父親はいない」


「あー、もうお亡くなりなられているとか?」


「そうじゃない、最初から存在しないんだよ。ミラはもう一人の私、言うなれば分身ともいえる存在なのさ」


「分身?」


「そう、分身。ミラはね、私の血液から生み出された子供なのさ」


「ああ、要するにクローンってことか。道理で顔とかがそっくりすぎるなと思っていたら、何だそういうことか。分身だのなんだの仰々しい言い方するから、身構えて損したわ」


「……ねえ、なんでこれだけの説明で理解出来ているのかな? 『くろーん』ってなにさ」


「フハハハハ、言っても理解できるかどうかは分からないぞー? 教養の深さが違うのだよ、深さが」


「君少し性格悪くなったかい? ユーザス氏に拾われるまで、読み書きが出来なかったくせに」






「サトラク君、ちょっと手伝ってくれないかな?」


「え、やだ」


「髪を結うだけだから、そんなに警戒しないでよ」


「一人でやればいいだろ。それかアイラに頼めよ」


「寝ているのをわざわざ起こすのも気が引けるし、それに私の昔の髪型を知っているのは君だけだろう? 頼むよ」


 サートの抵抗も虚しく、リラの相棒として二人で大休憩の見張りをし始めて少し経った頃。お互いしばらく無言で、それに対してどう思ったのかは分からないが、いきなりサートに髪を結うのを手伝ってほしいと言い出したリラ。

 手伝ってくれ、の辺りでサートはその言葉の内容を理解する前に条件反射で断りの言葉を口に出していたが、そんなサートの扱いは慣れているリラに最終的には丸め込まれてしまった。




「ミラについてなんだが」


 既にサート達以外は寝静まり、敵の気配も感じられない森の中では、木の葉が僅かな風でこすれる音と、少し離れたところから聞こえてくる川のせせらぎ以外の音は何も聞こえてこない。

 ここが迷宮内でもかなり下層に位置することを思わず忘れてしまいそうになるほどの静けさの中、今度はサートの方からリラの髪の毛を後ろから支えた状態のまま話しかけた。


「あの子は本来、お前が自分の体の予備として、いや……、今の肉体に限界が訪れた時に乗り移るための器として造った子供だろう?」


「……」


 サートの殆ど断定するかのような言い方に対して、リラは特に肯定も否定もせずに自らの髪の毛を編み込む作業を続けながら話の続きを促すように首を少しだけ傾けた。


「方法はよく分からないが、魂が憑依した時の拒否反応が出来るだけ少なくなるように、なるべく自分と遺伝子情報が近い器を用意することを突き詰めた結果が、自身の肉体のみを使ってゼロから生み出したあの子、ミラだ。この推測は正しいか?」


「……」


「特に反論が無いということは、大体当たっているということだな。でもまあそこは割とどうでもいいんだ」


 永遠の若さを追い求めていた当時の彼女がどんな研究をしていたのか、サートもその全てを知っているわけではない。だがその当時のリラがやりそうなこと、考えそうなことについてはいくらでも推測は出来る。

 自らのクローンを作った、ということを聞いてもサートはそのことについて特別驚いたりはしなかったし、拒否感を感じたわけでもない。


 魔術師という存在が時に卑劣に、時に残酷になる場合があるということはサート自身も魔術師であったために重々承知していた。だからミラの出自や、生まれた目的について倫理観がどうのこうのと言ってリラを責めるつもりは全く無く、はっきり言ってどうでもよかった。


 むしろその逆のことについて、これからリラを突っついてやろうとサートは考えていた。



「随分とミラのことを大切に育てていたみたいじゃないか、ええ?」


 サートの元師匠、ユーザスを解剖しようとして、研究室にまで襲撃をかけてきたあの頃のリラと、同一人物とはとても思えないくらいだ。


「自分の新しい体として健康に育てるだけならまだ分かるが、寝る前に本の読み聞かせまでしていたんだってな」


 果たして自分の体の予備として生み出した存在に、そこまでする必要があったのか? ということを言外に匂わすサート。


 ミラから聞いたリラの母親としての一面。これがリラ以外の人物であったなら、ただ単に美しい親子愛を感じさせる素晴らしい過去の思い出の一ページとなるだけだ。しかし、サートの知る当時のリラは、飄々とした態度を取りながらもいつも何かに駆られていてどこか余裕のない、少しでも突けば破裂しかねない雰囲気を纏った人物だった。

 それこそ自らの研究のためにはどんな手段も選ばなかった当時を知るサートにとって、ミラの語る母親としてのリラのイメージと、自分の知る魔術師としてのリラのイメージがいまいち結びつき難かった。


 故に、一体どういう心境の変化だ? とサートは直球で尋ねた。

 別に何かをきっかけに心変わりをした、ということ自体は何もおかしいことではない。だが、あのリラがここまで変わったきっかけとやらが、一体どんな天変地異が起きたのかに興味があったのだ。


「……なに、私も所詮人の子だったというだけだよ」


「ほー、そうなの。それは初耳だわ」


 今までずっと外道という言葉が服着て歩いていたと思ってたわ、などとこんな時でもいつもの調子でリラに対して喧嘩を吹っ掛けるサート。

 そんな昔と全く変わらない憎まれ口を叩くサートに対して、リラはどこか嬉しそうに、そして懐かしそうにクスクスと笑いながら理由を答える。


「情が湧いたのさ。笑ってくれても構わないよ」


「テwラwワwロwスwww情が湧いたとかwww今時魔術師見習いでもやらねえよwwwwwwプギャーwww」


「ごめん、やっぱり今の無し。その笑われ方はとてもムカつく」


「我儘な奴め」


「性格の悪い奴よりマシさ」


 研究の被検体に対して情が湧く。良く聞く話である。良く聞く話であるが、まさか自分がその当事者になるとは思ってもいなかったリラ。

 自分の体のストックとしてミラを育てていたのに、いつのまにかミラに対して情が湧いてしまったのだ。魔術師として失格だと笑われても仕方がないことだと思ってはいた。

 だが、いざこうして実際にサートに目の前で大爆笑をされてみれば、まだまだ自分の考えが甘かったことを思い知らされたリラであった。


「ほれ、もう終わっただろ」


「ん、ありがとう」


 こうして思う存分リラを煽り、前世の鬱憤を今世で晴らして大変満足をしたサート。

 ちょうど髪の毛も結い終わり、それを確認したサートは社会人の嗜みとして常に携帯している手鏡をリラの手に渡して問題がないかどうかを確認させる。


「うん、これで良し」


「いくら暇だったからといっても、別にそこまで気合を入れて髪型を整えなくても良かっただろうに」


「少し思うことがあってね。ま、その分ちゃんとお礼はするからさ」


「礼ねえ……。お前が今身に着けている物って全部ミラの私物だろ? 何か渡せるものとかあんの?」


 まさか娘のものは私のものなどというジャイアニズム的なことを言い出さないだろうな、とサートは思った。だが、サートのその言葉にリラは一瞬だけ考えるそぶりを見せた後、こう答えた。


「そうだなあ、例えば―――」



 ―――私の本当の目的、というのはどうかな?




「さっき、ミラはもう一人の私だと言ったのは覚えているかい?」


 リラが周りに落ちている長めの木の枝を拾い集めながらサートに話しかける。一体何故木の枝なんかを拾っているのかを疑問に思いながらも、いつの間にかそれを手伝わされているサート。

 あまりにも自然に木の枝をこちらに渡してくるのでついつい受け取ってしまったと思ったら、そのまま荷物持ちとしてリラを手伝うことになってしまった。


「もしこの子が、普通に母親と父親の間に生まれた子であったなら違っていたかもしれないけれど」


 何で俺こんなことしているんだろうという疑問をサートが抱いて、首を傾けながら歩いている横で、リラはそんなことを気にもせずに話を続けていく。


「私の血肉を使って、私の分身として生まれたせいか、引き継がなくてもいいものまで受け継いでしまってね、っと」


 そこまで言い終わったリラは、今度は集めた木の枝同士を紐で結び始め、何やら大きな模型のようなものを作り始めた。当然、流れでサートもそれを手伝わされている。


「過去に私が自らの体に掛けた魔術やまじない、精霊と交わした契約に至るまで、全てそっくりそのままあの子が受け継いでしまったのさ」


 木の枝を紐で縛るのは良いが、リラが(正確に言うとミラの身体が)あまりに非力すぎるせいで、紐を結ぶのは良いがすぐに解けてしまって何度もやり直しになってしまう。それを見かねたサートが、リラがやろうとしていた紐を結ぶ作業を代わり、リラの指示に従って木の枝を組み立てていく。


「ありがとう」


「礼はいいから、話の続きはよ」


 礼を言うリラに対して、サートはそれよりも話を続けるように促す。こうしていつの間にかサートが労働をすることになってしまっているのだが、幸か不幸かサートはリラの話と作業に夢中でそのことにまだ気が付いていなかった。

 そんなサートを見て、こんなところも変わっていないのかと安心するのと同時に、その内知らない内に誰かに騙されてしまいそうだなと不安に思いながらもリラは話を続けた。



 ミラがリラから受け継いでしまった術の大半は既に効力を失って意味のないものばかりであったが、中には体を蝕んで寿命を削るような呪いも少なくない数存在していた。

 殆どはリラが時間をかけて一つずつ解除と無効化をしていったが、よりにもよって一番厄介な物が残ってしまったのである。


 そしてそれこそがリラが長年研究をし続け、『永遠の若さ』という夢を叶えるために開発をした魔術であり、リラが今ミラの体を乗っ取ってしまっている原因となる魔術であった。


「この魔術は魂ごと対象の体に憑依して、対象の身体が酷く弱っている時や、命の危機に瀕した瞬間に意識を乗っ取って、そのまま体を支配する魔術だ。そして、乗っ取られた方の精神は時間と共にゆっくりと消滅していく」


 人の魂に関わる魔術であったため、下手に弄ると直接死につながりかねない危険性があり、中々手出しが出来なかったのだ。

 リラのその話を聞いていろいろと思うことがあったサートであるが、その中で身体が酷く弱るという言葉を聞き、あることに思い至ったサート。


「……ミラが蟻の主級を討伐する時に飲んだ秘薬、あれは俺の特製ポーションを真似したんだろうが、あれの危険性をきちんと教えなかった理由は?」


「万が一の時のための備えさ」


 こう言うと少し矛盾しているように聞こえるかもしれないが、もちろんミラのためを思っての行いであるとリラは付け足した。


 もしもどこかでミラが強敵に出会って窮地に陥った時、彼女は生き延びるための最終手段として間違いなく秘薬を飲むだろう。

 そしてそのまま秘薬のおかげで能力がブーストされ、そのまま敵を倒すことが出来ればそれでよし。その後に苦しむことになるだろうが、死ぬほど苦しいだけで最悪でも死にはしない程度にリラが調整をした秘薬だ。死ぬよりマシであると思ってもらうしかない。

 そして秘薬を飲んでも敵を倒せない場合は、秘薬の副作用で身体が弱った瞬間にリラが表に出て、そのままリラが代わりに敵を倒せば良い。


 そしてミラの精神が消えてしまうまでに、ミラに身体の主導権を返す方法を見つければよい。かなり賭けの割合が多いリスクの高い手段であるが、それでもミラが死んでしまうよりは、僅かでも生き延びる可能性を残したいという母の思いであった。


「今回私が表に出てきた理由は、ここから先はミラでは荷が重いと判断したからさ。恐らくだけど、ここから先は一瞬の油断が命取りになる可能性が高い」


 サートのおかげでミラの体調も大分良くなってはいたが、それでもまだ万全とは言えない状態であったおかげで、多少強引ではあったが何とかリラが表に出て来ることが出来た。


「……あの川の水か」


 その話を聞いたサートは、銀色に光る川の水に触れた瞬間に倒れてしまったミラのことを思い返す。今思えば、あの時がリラの意識が表に出てこようとした瞬間だったのだろうという推測ができた。


 最初はあの川の水が毒であるかもしれないと思ったが、ミラ以外があの川の水に触れても何の影響も無かった。そして何より、あの水は毒ではないから安心して欲しいということをリラ本人が全員に伝えていたのだ。

 このことは後からサートが川の水をより詳細に分析し、毒の成分が無いことを改めてしっかりと確かめていたので間違いないはずである。


 だがしかし、それでも川の水に触れた瞬間に倒れるというのは普通ではありえないことであるし、そもそも何故発光をしているのかという疑問が残る。

 そのことについて何かを知っていそうなリラに説明を求めるサート。


「うーん、これは私の目的とは直接的な関係は無いのだけれど、まあいいか。知ってもらった方が理解もしやすいかな」


 少し遠回りになるかもしれないが、その方が結果的には分かりやすいのかもしれない、と前置きを置いてからリラは語り始めた。





 話は勇者アルバが青い太陽を探し求めて、冒険者として当時の人間がまだ誰も足を踏み入れたことのなかったこの大陸を旅していた時まで遡る。

 当時のファ=ルー大陸はそのほとんどが木々に覆われた深い森であり、そんな未開の土地をいくら後に勇者と呼ばれるほどの人物であろうと一人で突き進んでいくことは不可能であった。故に、アルバ本人の功績が目立つせいでいまいち影が薄いが、当然のことながら彼にも一緒に旅をしていた仲間が存在したのだ。


 その仲間が何人いたのか、なんという名前だったのかは殆ど知られていない。それだけアルバという個人が如何に偉大であったかという証左になるのだが、他の仲間たちが敢えて自分たちの名前を後世に残さないように動いたことも影が薄い理由の一つであった。


 そして何故リラがそんな歴史の裏事情を知っているのかというと、何を隠そうリラの生まれたラライア家の初代こそが三百年ほど前にアルバと一緒に旅をした仲間の内の一人であり、屋敷に当時の手記や資料が大量に残されていたからである。

 その資料の中には他の旅の仲間たちのことや、アルバが大陸中を旅をして訪れた集落のこと、そして『アルバの大蛇』を始めとした『勇者アルバの冒険』に出てくるエピソードの元になった重要な場所についても詳しく記されていたのだ。

 そして―――


「そして、その資料を調べていくとだね、なんとアルバと共に旅をした私の先祖以外の仲間の中には、どうもユーザス氏と思われる人物がいたことが分かったのさ」


「えぇ……、マジかよ」


 ということはユーザスが少なくとも三百歳は超えているということとか、こんなに身近に歴史の生き証人がいたのかとか、リラから衝撃的な話を聞いたサートは思うことが沢山あった。

 だが、あの人ならそれぐらいぶっ飛んでいても別に不思議ではないと感じているのも事実であった。


「だいぶ前に本人に直接尋ねたら、案外簡単に肯定されて拍子抜けした記憶があるよ。流石に当時はまだ若かったらしいけどね」


「あの人、あの髭面のまま生まれたんじゃなかったのか……」


 そんなサートの率直な感想に、リラも苦笑いしながら私も同じ気持ちだ、と同意を示した。なにせ初めて会った時から今日までずっと老人の姿だったのだ。今更若い姿を想像しろと言っても無理があるくらいに、ユーザスと言えば老人であるというイメージが二人の中で固まってしまっている。


「おっと、ちょっと話が脱線したね。このことは関係がないとまでは言わないけど、今はもっと重要な話があるのさ」


「個人的にはこっちの方が凄い気になるんだけど」


 元師匠の弱みを握るというか、弄るネタを手に入れられるかもしれないという意味で。

 その気持ちは分からなくもなかったリラだったが、今は話の本筋を戻すことを優先することにした。


「『勇者アルバの冒険』では最後に流星の川に導かれた地がこの迷宮都市アルバの元になったということは君も知っていると思う。そこで勇者アルバとその仲間たちは流星の川に血の契約を結んだのさ」


「血の契約って何ぞや。てか今、何と契約を結んだって?」


「流星の川と」


「訳が分からん。まさかあそこに流れている川が流星の川とでもいうつもりか?」


「ある意味そうともいえるし、そうじゃないともいえる。まあ、これ以上は何を言っても信じられないだろうね。それにどうせもうすぐ目の前で見ることになるだろうさ」


 血の契約だの、流星の川だの、ここにきていきなり新しい単語やお伽噺の話を出してこられて、サートは話の展開について行くのに精一杯であった。

 だがそれでもいくつか分かったことがった。その一つは、恐らくリラの先祖が残した文献やら記録やらの中に、サート達が今いる白い森についての記述もあったのだろうということ。初めて訪れた場所のはずなのに、リラが随分とここに詳しそうなのもこれで説明がつく。


 それよりも、もうすぐ目の前で見ることになる、とはどういう意味なのかをリラに聞こうと思ったが、話も佳境に入っていきそうだったためとりあえず質問はリラが全て話し終えてからすることにしたサート。


「私のご先祖様はアルバの仲間達の中でも特にこの流星の川に対して関わりが深くてね、この川の水とほぼ同じものが私の実家にそれはもう大切に保管されていたよ」


 だがその大切に保管されていたはずのそれを分析した結果、その水が多くの特殊な力を備えていることに気が付いたリラは、それを使って様々な実験を繰り返した。

 例えばミラに持たせた秘薬にもこの水が使われていた。当時のサトラク特製ポーションのレシピをリラの持っていた伝手で何とか手に入れることが出来たは良いが、どうしても完璧に再現できない効能があり、それの代用としてこの水を使ったのだ。

 故にリラはこの銀色に発光する不思議な川の水については誰よりも深い知識を持っていた。


 その多くある特殊な力の中には身体を活性化する効果がある。だからこそポーションの代用品となりえたのだが、その活性化は何も肉体だけではなく、魂にまで影響を及ぼす。

 ミラが川の水に触れた瞬間、魂のみの状態であるリラはその魂の活性作用を最大限に活かして、ミラの身体の主導権を握ることに成功したのである。


「そして私の目的は、より力の濃い流星の川の水を手に入れて、ミラに私がやったのと同じ方法で身体の主導権を取り戻して貰うことだ。そして、その時に完全に私の魂を消し去ってもらえればこれ以上のことは無い」


 元々ミラの体に魂だけとはいえ乗り移ってしまうことは本意ではないのだ。それでも魂だけの自分ではどうしようもないために、せめて命の危機が訪れた時のための保険になれるように準備をしてきた。

 だが、やはり一つの体に二つの魂という状態は健全ではない。今はまだリラの魂がミラの身体に入ってそれほど長い時間が経っていないためにそれほど影響は出ていないが、これから確実にその弊害が出てくるはずだ。




「ほーん」


 一番良いのはミラが一人の人間として人生を歩んで行くことである。それがどこまで本当なのか判断は出来ないが少なくとも本気であることは感じ取ることが出来た。

 だが、リラのその自分を消し去って欲しいというある種の破滅願望ともとれる願いを聞いたサートの第一声がこれである。


「でもそれって俺関係ないよね?」


「そんなこと言うなよ。君と私の仲だろう? 今更じゃないか」


「お前にそう言われると、なんか違うんだよなあ……。蕁麻疹出そう」


 失礼な奴だ。自画自賛になってしまうが、こんなにも見目麗しい若い少女相手に、こんなにも親しげな会話をしておきながらこの反応はいかがなものだろうかと、本気で思ったリラである。


「あ、でもよく考えたら、要するにお前を成仏させて二度と表に出ないようにする、ってことか」


「……まあ、そうだね」


「や る 気 出 て き た。よし、手伝おうじゃないか」


「……随分と嬉しそうじゃないか、サトラク君」


 手伝ってくれるのはありがたいが、そんなに私が消えるのが嬉しいのかとリラが尋ねると、間髪いれずに勿論! と肯定の返事がサートから返ってくるのであった。







 それからしばらくして大休憩も終わりの時間が近付き、最後に見張りをしていたサート達以外の者たちも全員目を覚ましてとうとう迷宮の深奥へと進む時が迫ってきた。


「どうやらあのキメラたちはこの光る水には近づきたくないようですので、目的地までの移動は船に乗ってこの川を下って行きたいと思います」


 そう言ってリラは木の枝で大雑把に船の骨組みを組んだだけの模型に氷を纏わりつかせ、六人が軽く乗れる氷の船を造り上げる。殆どの組み上げを行っていたサートでさえ途中まで全く何を作っているのか分かっていなかったのだが、まさかこういう使い方をされるとは思っていなかった。


 いくら氷が水に浮くとはいえ、この人数が乗っても大丈夫なのか不安に思ったアイラ達であるが、よく見ると所々あえて細かい気泡を混ぜるなどの重量の調整もしてある。いざとなればサートが船体を持ち上げれば問題ないとリラから説明をされ、それならばということでその船に乗って移動することを承諾したのであった。


「しかし、船で移動すること自体は構わないのですが、その場合地上の敵は無視できても、その代りさっきみたいな巨大な魔物に襲われたりしませんか?」


 船で川を下っての移動はメリットもあるが、デメリットもある。具体的には、あのイモリの様な主級にも匹敵する魔物についての対策はどうするのかということであった。

 恐らくなにがしかの解決法は考えているのだろうとサイスも思ってはいたのだが、こういうことは分かっていても誰かが口に出さなければならない類の質問である。


 だが、リラから帰ってきた返事は至極単純なものであった。


「問題ありません。あれは水の中では動きが鈍くて船には決して追いつけませんし、何より―――」


 何より、何だろうか。

 出来れば船の速さに追い付けないなどという理由よりももう少しマシな理由を聞きたかったが、やけにキラキラとした笑顔を浮かべるリラは、そんな皆の期待を裏切る答えを返したのだった。


「―――水がある場所では私、無敵なんですよ?」




「おいこら、なーにが船には追いつけないだ。川でこんな速さを出して移動出来る船に追いつける奴がそうそういてたまるか」


 リラが造った氷の船に、サートが船の真ん中に杖を突き立て、更にそこに自分が来ているコートを改造したローブもどきを帆の代わりとして結び付ける。そしてサートが風の魔術で後ろから強い追い風を発生させればそれだけで船としては十分すぎるスピードが出る。

 そこに加えてリラが水流の流れを操り、更に船の走るスピードを加速させているのだ。その結果、モーターボートにも決して引けを取らない速さを実現してしまった。


 当然、そんな速さで移動する船に襲いかかることの出来る魔物がいる筈もなく、船の進行方向にいる邪魔になりそうな魔物は視界に入り次第リラが駆除をしていく。


「もうそろそろ森を抜けそうだな」


「うん、やっぱりこの方法が一番早いね。森を抜けそうなら、目的の場所も近いかな」


 そんな風に船での移動が順調に進んで行った結果、船に風を送りながら同時に風魔術で周囲の地形を探っていたサートが、もうすぐこの白い森を抜け出すことを全員に知らせた。


「見えてきましたね」


「おお! ……おお?」



 森を抜けた先に見えたのは巨大な湖であった。

 それも川に流れていた水とは比べ物にならないくらいに強い銀色の光を放ち、波一つ立たないその湖は、まさに神秘的という言葉がこれ以上ないほどに当て嵌まる景色である。

 地球はおろか、この世界でもなかなか見ることのできない絶景に、思わず感嘆のため息を漏らしかけたサート。しかし、それを途中で中断せざるを得ないものが目に入ってしまう。


「おいリラ、あれは何だ?」


 一面白銀に染まった穢れのないこの幻想的な空間に、一点だけポツンと墨で塗りつぶしたかのような異物があった。


 それは光をあまり反射しないせいでいまいち立体感に欠け、正確な大きさは分かり難かった。だが、湖の中心と思われる場所の上空十メートルほどの高さに、湖の半分ほどを覆い尽くしかねない程の巨大な黒い球体が鎮座している様は、明らかにこの景観にはそぐわなかった。


 その禍々しい球体をよく見ると、まるで何かを隠すかのように球体の中を黒い雲のようなものが渦巻き、それがより一層その球体の不気味さを際立たせている。

 サートはそれを見て、どことなくユーザスから卒業の証としてもらったあの黒い珠に似ているな、と連想をした。


「あれが何か、か。多分、それについては君の方が理解が深いんじゃないかな?」


「はい? それってどういう―――」


「しっ、静かに。動いたぞ」


 巨大な球体から目を離さずに辺りを警戒していたそのガランの言葉に、一同は声を潜めながら船を降りて静かに陸へと上がって木々の間に体を隠す。

 そしてそこで見たのは、今サート達が下ってきた川とはまた別の、違う方向から湖へ向かって流れ込んできている川の傍に、あのキメラもどきが亀のような甲殻を持つ魔物を引きずっている姿であった。

 そしてその魔物の首根っこを咥えながら湖の岸ギリギリまでたどり着いた瞬間、湖の上空に浮かんでいる黒い球体から何やら触手のようなものが亀の魔物に向かって何本も伸びてきた。

 そしてその触手はそのまま魔物を捕らえるのかと思えば、なんとキメラごと触手で包み込むようにして絡みつく。

 だがキメラはまるで役目を終えたかのように全く抵抗を見せずにそのまま触手と同化をして消え去り、残された亀の魔物は触手に絡みつかれたままゆっくりと巨大な球体の中へと引きずり込まれてしまった。


「おおう、この時点でもう俺超帰りたくなったのに、まだ何かあんのかよ」


 サートの言葉通り、それを皮切りに次々とキメラ達が魔物を引きずって現れ、全て同じように触手によって球体の中に引きずり込まれる。だが黒い球体の動きはそれだけでは終わらず、全ての魔物を取り込んだかと思えば、しばらくすると球体の中から新しいキメラが生み出され始めたのだ。


 その姿は、ちょうど先ほど球体の中に取り込まれていった魔物たちの特徴を混ぜたかのような、どこか生物としては歪さを感じるような姿形をしていた。


「なるほどね、あのキメラもどき達のあの歪さの理由はこういうことだったのか」


 ここまでくれば大体の推測は出来る。あのキメラたちは最初から餌を集めるために生み出され、最後にはまた吸収されるのだ。

 そんな存在に手間を掛ける必要はないということなのだろうか。


「おい、あっちを見てみろ。でけえ球体の方だ」


 生み出されるキメラたちの方にずっと意識を向けていたサート達を、アイラは再び宙に浮いた球体の方へ視線を戻すように呼び掛けた。




「そうか、そういうことか……」


 キメラ達が生み出されている最中、球体の中を渦巻いている黒い雲がその動きを変化させる。

 そして今まで絶え間なく球体の中を流動していた黒い雲が一カ所に集まり、そこからキメラ達が産み落とされていくおかげで、今まで雲に阻まれて見えなかった球体の中身が見えるようになったのだ。


 そしてその中身を見たサートは、それだけで全てを察した。


「一体、どこからどこまでがあの人の掌の上なのか……」


 後日機会があったら直接聞いてみよう。そして、その時に一度くらいならユーザスのことを思い切り殴ったとしても、恐らく罰は当たらないだろう。




 その球体の中にいたのは、巨大な胎児であった。

 まるでまだ母親のお腹の中にいるかのように、体を丸めて時折ぐずるように手足を動かす姿が遠目からでもはっきりと見えた。


 そしてなるほど、リラが言っていた、サートの方があれについての理解が深いだろうという言葉の意味がよく理解できた。

 何故なら、サートはまだ生まれてもいないその胎児の名前を知っていたのだから。



 その胎児の名前は『アーイ』。

 ユーザスが心変わりをしていなければ、その名前に間違いは無いはずである。


 サートが前世で、まだサトラクとしてユーザスの弟子をしていた頃からその名前は聞いていた。ユーザスがことあるごとに、楽しそうにその名前を口に出していたからだ。


『アーイ』という名は、ユーザスが自ら最高傑作と認めた個体に名付けると決めていた名前である。


 そして間違いない。数えきれないほどの『アーイ』候補の処分をしてきた自分だからこそ断言できる。

 あれが、あれこそが『アーイ』であると。


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