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第26話~悪友~

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経―――――――」


「何を言っているのかよく分からないな」


「悪・霊・退・散!!」


「悪霊扱いとは酷いじゃないか。というかサトラク君、君も似たようなものじゃないのかい?」


「うっせ、塩撒くぞ! こちとら正真正銘生身の人間でい!」


「へえ、そうなのか」


「あと、サトラク言うな。まいねーむいず、サート! 私の名前はサートです!」


「でもそれって偽名でしょ?」


「まあそうなんだけど、でも今はサトラクが本名という訳でもない」


「じゃあ今の本当の名前教えてよ」


「死んでも嫌だよぶわぁーか!!」


「本当、変わらないねサトラク君」





「まずは最初に一つだけ」


 リラはそう言ってサート達を見回した。

 あまりに普段のミラとはかけ離れた雰囲気のその姿に、毎日顔を合わせているアイラ達はおろか、まだミラと顔を合わせて間もないはずの朝斗までその迫力に呑まれようとしていた。


「安心してください。ミラは今は眠っているだけで、消えたわけではありません。分かりやすく言えば、私が一時的にミラの身体を借りている状態であると考えてください」


 ミラと同じようで、どこか違う静かな声がサート達の耳に届く。


 安心してほしい、とは言っても簡単に信じられるものではない。何しろいきなりミラの人格が変わったかと思えば、自分のことをミラの母親だと名乗る人格相手に、安心しろと言われてはいそうですかと信じられるものがどれだけいるだろうか。

 少なくともこの場には、そんな相手の言葉をそのまま鵜呑みにするものは居なかった。



 唯一、リラという人物を知るサートを除いて。


「そうか、分かった。じゃあさっさとミラに身体を戻して成仏してくれ、どうぞ」


「サトラク君うるさい。話がややこしくなるから、ちょっと君は黙っていて」


「だからサトラク言うなし。聞こえてる? ラララちゃーん?」


「ラララは止めてと言っているじゃないか」


 サートが茶々を入れたせいで最初にリラから感じた迫力は随分と霧散してしまったが、その分今のサートとのやり取りでアイラ達のリラに対する警戒感は少し薄まっている。まさかそれを狙ったということは無いだろうが、これも結果オーライというやつなのだろうか。

 リラはサートに感謝をするべきか、それとも話の進行を邪魔されたことを恨むべきか考えながら、何とか気を取り直して言葉を続けた。


「いきなり信じろと言われても、それが難しいということは分かっています。ですが、今は私が表に出ていた方が都合が良いと判断いたしました」


「は? 都合が良いって、どういう意味だよそれ」


 都合が良い、という言葉に対してわけがわからないと言った表情で半ば喧嘩腰にリラに聞き返すサートに対し、リラは魔術を発動してその手に小さな水の蛇を纏わりつかせて涼しげに答えた。


「こういうことさ」


 リラがそのセリフを言った直後に、銀色に光る川から巨大なイモリのような魔物が飛び出してきた。

 その魔物は先ほど戦ったあのキメラもどきとは違い、ちゃんとした生物としての機能を備えた、どこにも歪さを感じさせない姿をしていた。グッ、グッと時折低い音を出しながら顎を鳴らしているのがサート達のいる場所まで届き、この魔物はきちんと呼吸をしていることが分かった。


「こいつはさっきまでの敵とは違うな」


「むしろあのキメラの方がおかしかったのさ」


 久々にちゃんと生というものを感じられる魔物に出会ったことで、敵と遭遇したというのにもかかわらず何故か逆に少しだけほっとしてしまったのも束の間、その巨大な魔物はイモリ特有のグネグネした走り方でこちらに向かって突進をしてきた。

 迷宮の上層部に現れればまず間違いなく主級と呼ばれるほどの大きさの魔物相手に、アイラ達は即座に臨戦態勢を取るが、サートだけは暢気にラーメンが伸びていないか鍋の中の様子の確認をし始めていた。


「おいサート、いくラなんでも暢気すぎルぞ」


「問題ない問題ない、もしあいつが本当にリラだとしたら、もうすぐ終わるって」


 敵を目の前にして暢気すぎるというよりも一人だけ場違いな行動をとり始めるサートに、一体何をしているのかと声をかけるガランであった。

 だがそう声を掛けられてもサートは全く焦るそぶりを見せず、三人分の麺が茹で上がったのを確認してそれらを器に盛り付けた後、続けて残りの分の麺を茹でるために必要なお湯を沸かし始める。


「そういうことだね。よく分かっているじゃないかサトラク君」


「お前さては意地でもその呼び方を続けるつもりだな? ラララちゃんよ」


 サートのラララという呼びかけを無視したリラは、そのまま自分の指先に絡みついた一匹の水の蛇を矢のように撃ち放つと、その小さな蛇はイモリのような魔物の鼻から体内に侵入していく。


 そしてそれから魔物が数歩も歩かない内に、無数の氷柱が敵の内側から全方位に勢いよく飛び出した。それだけでもはや勝負は決していたが、次の瞬間にはその氷柱が魔物の全身を覆い尽くし、完全な氷の牢となって相手を閉じ込めた。


「うっわ、相変わらずえっぐいなあ。そこまでするう?」


「こうでもしないと、血の臭いに誘われて今度は大群で押し寄せられても困るからね」


 時間にして僅か数秒の間に主級に匹敵する魔物の命を奪い去ったリラ。いきなり川の中から現れた主級相当の魔物に対して、素早く武器を握って迎撃態勢を取っていたアイラ達であったが、結局何もしない内に戦闘が終わったために手に武器を持ったまま立ち尽くすのみとなっていた。

 半分ぐらいは残心の意味もあって武器を持ったままであったが、もう半分は目の前で起きたあまりにも早すぎる決着にまだ心の方が追い付いていないせいでもあった。


「サトラク君の探知魔術は水の中に対してはあまり効果を発揮しないからね。やい、役立たず」


「うっせ、アンモニア顔面にぶつけんぞ」


 だがそれも目の前で見せられるこの二人の魔術師による漫才じみたやり取りのおかげか、半ば放心に近い状態から一瞬で現実に引き戻されてしまった。


「……魔術師って奴は、こうして改めて見るとやっぱりすげえんだな」


「一応言っとくけど、相手が肺呼吸をする獣型の魔物なら俺もこれぐらいできるからな? 何故か目の前に現れる敵が悉く俺と相性が良くないだけで」


「うーん、それは別に間違ってはいないけど、君が言うとなんだか言い訳がましく聞こえるね、サトラク君?」


「やかましい」


 サートに向かってニコリと上品な笑顔を向けながら、からかう様に罵倒をするリラ。そのやり取りはまるで昔からの親しい友人のようであり、気の置けない間柄であることが分かる。


 その二人のやり取りを見て毒気を抜かれる一同。もちろんまだ完全にリラのことを信用したわけではない。だが、この二人を見ているとこのままずっと強い警戒心を抱き続けるというのもなんだか馬鹿らしく思えてきてしまう。

 どちらにしても今ミラの体はリラが操っているという事実に変わりはないのだ。だったらもう、後は如何にミラの体を傷つけずに相手から情報を引き出すか、ということを考えた方が建設的である。


 そう結論に至り、実はゴッツのパーティ内での苦労性ランキングトップの地位を爆走するサイスに引き続き、地味に第二位の位置をガランと争っているアイラが深い深い溜息を吐いた。


 そんなアイラの肩をランキング第一位と、ライバルと、そして期待の超新星が優しく叩いてくれることが、今は何よりも慰めになるのであった。




「おう、もう敵倒しただろ。さっさとミラに身体を返せやオラ」


「ミラはまだしばらく寝ているよ。それに、あれくらいの魔物になると流石にまだミラの手には余るからね。もうしばらくはこのまま私が表に出ていた方が色々と都合がいいのさ」


 リラのその言葉を聞いて心の底から嫌そうな顔をするサート。その感情を全く隠そうともしないサートのリアクションにリラはクスクスと声を上げて笑う。


「サトラク君、いくら転移魔術があるとはいえ、君ここがどこなのかまだ理解が足りていないんじゃないかな?」


 ここは迷宮の中でも最下層に近い場所だ。本来であればこのレベルの敵がうじゃうじゃと闊歩しているはずなのだろう。何故それが今は殆ど姿を見せないのかは分からないが、また主級レベルの敵が現れた時のために強い戦力は多くいた方が良い。

 敵が肺呼吸をする魔物であったならば同時に何匹現れようとサートの敵ではないのだが、つい先ほど水陸両用のイモリや、全く呼吸をしない獣が現れたばかりである。また同じような敵が現れた時に、リラがいるのといないのとでは難易度が大幅に変わるのだ。

 そういった時のために、ミラではなく今はまだ自分がいた方が良いのだとリラは言う。

 だが、


「え? いやいいよ、お前もう引っ込んでくれても。ここで帰れば済むことだろ」


 実にサートらしい言葉である。

 周りで二人のやり取りを聞いていたアイラ達も、やっぱり言ったよコイツ、というような顔をしていた。


「そういう訳にもいかないのさ。そうでしょう、アイラさん?」


 何故此処でアイラが話に出てくるのか、不思議に思うサート。一体どういうことなのかとアイラに話を聞く、というのは決定事項なのだが、それよりもまず先に言っておかなくてはならないことがあった。



「どうでもいいけどお前、俺に対する言葉遣いが他の奴らと違い過ぎないか? 俺にも丁寧語使えや」


「いやだよばーか」




「今日、アルバの街が滅ぶ、ねえ……。それを回避するためにはミラの邪魔をしてはならない、と来たか。ふーん」


 家の外で食べるインスタントラーメンは何故こうも美味しいのだろうかと思いながら、少しだけ伸びてしまった麺を啜るサート。

 これが雰囲気補正というやつなのか、もしこの状態のラーメンを自分の家の中で食べていたとしたら、不味いとまでは言わなくとも、決して美味いとは感じなかっただろう。


 そんなことを頭の片隅で考えながら、同時にアイラ達が今朝ユーザスから伝言の対価として聞いたという予言の内容を改めて口に出すサート。相変わらず黒幕ムーブしているなあと暢気なことを考えながら、その予言の内容を自分なりに分析する。


 だが、ユーザスが滅ぶと言ったのだ。なら滅ぶのだろう。それはもう決定事項と言ってもいい。

 それを回避するためにはとりあえずミラの邪魔をせず、やりたいように行動をさせておけばいいのだろう。単純な話である。

 ただ、ここで言う『ミラ』とは一体どこまでを指すのかは曖昧なところだ。肉体面か、精神面か。その定義によってはリラに対する対応も変わってくるため、慎重に考えなければならないのだが、サートとしてはそんなことよりも気になる重要なことが一つあった。


「それよりも、この『ついでにサートの奴も一緒に行動させれば、少なくとも最悪の事態だけは免れる、かもしれん』っていうところ」


 麺を箸で掴んだ状態のまま誰に話しかけるでもなく、強いて言うなればイメージの中のユーザスに対して言葉を投げかけるサート。


「『ついでに』とか、『かもしれん』とか、何じゃその言い方。俺の扱い雑すぎぃ! もっとはっきりと断言しろよ!」


「君、普段の自分の振る舞いを思い返してからそのセリフを吐きたまえよ」


 そうサートに突っ込みを入れながら、一先ず敵ではないという程度の信頼を得ることが出来、一緒に食事を取っているリラ。

 そんな彼女は、同じ物を食べているとは思えない程上品にラーメンを食べ進めている。流石は苗字持ちの貴族と言ったところか、こんなところに育ちの差が出ているのが垣間見えた。

 

「初めて食べるけど、中々美味しいじゃないか、これ」


 見た目は雑な料理だが、そんなことが気にならなくなる茹でた麺の食欲をそそる匂い。生麺を茹でたのともまた違う、初めて経験する油で揚げた乾麺特有の香りとゆで卵の香りが絶妙に混ざり合っている。

 表面がパリッと炙られたウインナーも実に香ばしい。この『めんま』とかいうなんだかよく分からない食べ物も口直しとして優秀であるし、何よりこのコリコリとした歯ごたえが噛んでいて楽しい。


 惜しむらくは、麺が長すぎてこの四股串では巻き取りにくいことと、麺と一緒に入っているスープを飲むときに器に直接口を付けなければならないことぐらいだろうか。過去に旅をしていて野宿をした時に経験をしたことが無いわけではなかったが、出来れば匙が欲しいところであった。

 一度サートや朝斗という少年のように二本の細い棒を使って器用に麺を掴むことにも挑戦してみたが、上手くいかなかった。


 だがそんな不便さを補って余りある美味しさに、リラはこの『らーめん』という料理を好きになっていた。


「美味しかったよ、ありがとうサトラク君」


「……お粗末様でした」


 まさかここまでストレートにお礼を言われるとは思ってもいなかったサート。動揺して咄嗟に機転の利いた憎まれ口を叩くことも出来ずに、同じく素直にお礼の言葉を受け取ってしまうのであった。

 彩も飾りつけも無い、雑な男の料理とはいえ、決して料理上手とは言えない自分が作った食事だったため多少の心配はあったのである。たとえリラ相手でも、美味しかったと言われて少し嬉しかったことは否めない。そして全員食事には満足をしたようで、サートも安心した。


 ともあれこれで食事は一段落をして、大休憩に入るのだが、その後どうするのかという話はまだはっきりとは決まっていない。このまま先に進むのか、それともここで引き返すのか、個人的にはもう帰りたくなってきたサートである。


 料理の勉強をするためにレシピ本でも買おうか、などと考えながらサートが食事の後始末をしている間に、リラとアイラが何やら二人で話し込んでいるのが見えた。

 その話し合いで決まったのかどうかは分からないが、方針としてはこのまま迷宮の中を進んで行くことに決定したようである。


 最初の迷宮の新しいルートの調査という目的とは少し方向性がずれるかもしれないが、リーダーが決めたことに対して反対の意を唱えるつもりは無いサート。

 そんなことをするぐらいなら、最初からリーダーの役目をアイラにぶん投げたりなどしない。

 そう思っていたのだが―――



 ―――大休憩で仮眠を取る際に順番に回ってくる見張り役、その相方がリラに決まった時に全力でアイラに抗議をしたサートであった。


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