第24話~発光石~
今回少し短めです。
というか本来は一話につきこのぐらいの文字数が目安でしたので、むしろこれが正常なはず。
「調査をするのは良いんだけどもさ」
「なんですか急に」
「いやね? 今更だけど、何日も泊まり込んでの調査とかは避けたいなって。というか出来れば日帰りしたい」
「そういえばお仕事されているんでしたっけ?」
「そうだけど、明日はまだ休日だからそこは大丈夫」
「?」
「実は明日の朝は町内会の一斉清掃活動あってさ、それに参加しないとご近所さんの視線が……ね?」
「せ、世知辛い理由ですね……」
「最悪清掃の時間だけ帰って、また戻ってくるしかないかなあ」
サート一行が湖の下にあった巨大な地下空間に降り立ち、そこからより地下へと続いている緩やかな傾斜の横穴を進んでいくこと数十分。周りが暗いのでサート達はランタンで足元を照らしながら、安全を優先してゆっくりとしたペースで歩いていた。
そのため距離としてはまだ数キロも進んでいなかったが、その短い距離の間でもこの洞窟が異質なものであると気が付くのには十分であった。
「当たり前といえば当たり前だけど、普通の洞窟じゃないな、ここ」
「少なくとも天然の洞窟ではないでしょうね」
サートの呟きに対して、サイスも壁に手を当てながら同意の意を示した。
天然の洞窟にしては足元が平滑すぎる、とサイスは言う。
足元だけではなく、壁も天井もまるで何かに削りとられたかのように起伏が乏しい。天然の洞窟であったなら壁や天井に鍾乳石のようなつらら状の岩や、上下左右の空間にもっと広狭の違いがあるのが自然だがそれもない。
洞窟と言うよりもまるでトンネルのようだ、と人工の洞窟とも言えるものを見たことのあるサートと朝斗は同じことを思い浮かべていたが、そうでない者たちはそれぞれの予想を立てていた。
「枯れた水脈、という可能性はありませんか?」
先ほどまでと打って変わって、冷静さを取り戻したミラがいつもの落ち着いた声色で自分の意見を述べる。
水流によって少しずつ浸食されたと考えればこのトンネルのような空間にも説明が付く。何より自分達は湖の底だった場所からここに入ってきたのだ。ここが元は水脈だった可能性も十分にあり得ることである。
「……俺はまるで巣穴の様だと感じた」
「巣穴?」
なるほど水脈か、とミラの推理に皆が納得しかけたとき、ガランが手に持ったランタンを壁や地面に近づけながらポツリと呟いた言葉にサートが反応する。
「野生の獣などが巣作リのために地面や木を掘ルと、ちょうどこのような角のない穴が出来上がルのだ」
「マジで? 規模が桁違い、というか、岩を削って住処にするような生き物とか俺絶対出会いたくないんだが」
「ただ似ていルと思っただけだ。本気にすルな」
あくまで自分がそう思っただけであり、想像の域を出ないとガランは言う。だが、サートは両手を挙げて首を振り、フラグを知らない奴はこれだから困ると、わざとらしく溜息を吐く。
こういうのは口に出した時点で可能性が出てくるのだと、くどくどとガランに対してフラグという物の解説を始めるサートだったが、話し始めて暫くもしない内にアイラに尻を蹴られて話を中断することになった。
「あだっ」
ちゃんと手加減をされていたおかげで実際はそれほど痛くは無かったのだが、これからが重要なところだったのに一体何をするのかと、話を中断されたことに対して文句を言うサート。
しかし、アイラに軽く睨み返されただけで「いえ、何でも無いです」とすぐに怯んでしまう。その迫力のある年季の入ったアイラの一睨みだけで、今ここで完全に二人の格付けが決まってしまった。
そんな本物の極道を目の前にした田舎のチンピラのように縮こまるサートを見て、サイスは器用なことに声だけを上げずに腹を抱えて大笑いをする。よほどツボに嵌ったのか、笑い過ぎてむせ始めたサイスを横目で見ながら、あいつの笑いのツボが良く分からないと思うサートであった。
「し、ゲホッ、失礼っ、ククク、ゴホッ」
「よーしてめえこの野郎いい度胸だ、待ってろそのまま笑い死なせてやる。というわけでアイラもう一睨みカモン、全力でビビるから」
「アホやってんじゃねえよ。ほら、仕事しろ仕事」
分かれ道だぞ。そう言ってアイラは笑い続けるサイスを無視して進行方向の先にある左右に枝分かれをした道を顎で指し示す。
片方は自分たちが今まで歩いてきたような緩い傾斜が続き、もう片方は気を付けないと足を滑らせかねないほどの急な傾斜が下に向かっていた。
風の魔術を使用して、ある程度先までの道を探りながら歩いていたサートは分かれ道があるということは既に知っていた。だが、ここで変に口ごたえをしても損にしかならないということを悟って大人しくアイラの言うとおりに作業の準備をし始めた。
因みにユーザスから今回の仕事の対価として譲られたサートのトラウマである、あのまるで蝙蝠のように逆さまの状態で止まり木にぶら下がるのが特徴の真っ黒な燕は、サートの杖にぶら下がったまま入り口からここまでずっと眠っていた。
まだ名前も付けられていないこの燕だが、サートの歩く振動やアイラに尻を蹴られて杖が激しく振れた時でもぷらぷらと揺れはするが、そのまま何事も無かったように平然と睡眠を続けていたのだ。
この野郎羨ましいなとサートが燕の腹を人差し指でくすぐれば流石に目を開けてくすぐったそうに身を捩じらせるが、手を離すと数秒でまた目を閉じて眠りに戻ってしまう。
その反応が面白くてこのまま悪戯を続けたくなってしまったが、このままボケっとしていると今度はアイラの本気の蹴りが飛んできそうだったので、何とかその欲求を押しとどめたサートであった。
「そこの新人二人、お勉強の時間だぞー」
サートが自分の影からよいしょ、という掛け声と共にトランクケース程の大きさの木箱を取り出す。ドシンという鈍い音を出しながら地面に下ろされたその木箱の中には、複数の麻袋に包まれた小石のようなものがぎっしりと詰め込まれていた。
そしてその小石のようなものをそれぞれ違う麻袋から取り出したサートは、先ほどのアイラ達とのやり取りに巻き込まれないように少し離れた場所で避難していた薄情者、もとい朝斗と、サートが燕を弄って遊んでいたのを横から羨ましそうに見ていたミラを呼び寄せる。
「二人共、こういう作業は初めてだろ。特に朝斗……アシャットの方は馴染みが無いだろうからしっかり見とけー」
異なる麻袋からそれぞれ取り出した小石を両手に持ちながら、サートは解説を続ける。それをミラと朝斗は相変わらず切り替えの早い人だと心の中で思いながらも真剣に耳を傾けた。
「迷宮内でこういう初めて人が訪れる場所で分かれ道を見つけた場合、帰る時、もしくは再び訪れた時に迷わないように目印を付けるのが冒険者の常識だ」
地上の光が入ってこない迷宮内では、人の手が入っていない場所というのは幾つかの例外を除けば基本的に暗闇であることが多い。これが迷宮内でなければ目印は看板でも何でも目立つ物ならなんでも良いのだが、暗闇の中ではどんなに派手な色と形をしていても意味は無い。
「そういった暗闇の中でも分かる目印、まあ要するに何かしらの発光体を用いるんだけど……」
獣人ならば地面に残った匂いで判別することも可能だが、それ以外の種族はとても真似できる芸当ではないため、ほぼ全ての種族が感知できる光を利用する方法が選ばれたのだ。
しかし、火ではすぐに燃え尽きてしまうために長時間は持たず、かといって発光の魔術は使える者が限られ過ぎている。
そして、何か適当なものは無いかと考えた末に選ばれたのが――――――
「この魔物から取れる魔核を加工して作られた発光石だ」
そう言ってサートは両手に持った二つの小石改め、発光石を二人が見やすいように指で摘まんで目線の高さまで上げて、ゆっくりと発光石同士を近づけて行く。そしてその二つの発光石が互いに触れた瞬間に、一瞬だけキィィィンと何かが共鳴するような音が聞こえたかと思えば、それぞれの発光石が触れ合った箇所から青みがかった鈍い光が発せられた。
そしてその鈍い光は波紋のようにゆっくりと発光石全体を包んでいき、数秒も経たない内に発光石全体が光を発し始めた。
「おお……光った」
始めてこの現象を見た朝斗は驚嘆の声をあげるが、一方でミラの方は何をこんな当たり前のことを今更説明するのだろうかという顔をしていた。
「これはまだ質の悪い魔核を使って作られた発光石だからこんな風に光も鈍いが、それでもこの暗闇の中なら十分に目立つし、それにこのまま放っておいても数十日は持つ」
自分たちの進む方の常に同じ側の壁に適度な穴をあけ、そしてこの発光石を埋め込むのだ。そうすることでどちらの道を選んだのか、どちらの方向か来たのか一目で分かるようになる。
質の高くない発光石を使用する理由は、目印程度ならそこまで強い光を必要としないし、何より経済的だからだ。
より質の高い魔核から作られた発光石ならばより強く、より白い光を放ち、そして長持ちもする。そのような高品質な魔光石は王宮や貴族の館、もしくは重要な施設の大広間や執務室の天井に設置され、富と権力の象徴とされてきた。
今サートが手に持っている発光石はまだまだ不純物も多く光り方も鈍い。だがここから更に手間をかけて精製して不純物を取り除き、その後更に色抜きをすれば元の魔核の質が悪くても強く白い光へと変わることが出来る。しかし手間がかかる分割高であり、そして発光期間が精製前よりも短くなってしまうという欠点があるため、天然物よりも数段価値が落ちる位置づけとなっている。
「これよりちょっと強い光の発光石は迷宮内の通路を照らすために埋め込まれたり、今俺達が持っているようなランタンの中身に使われたりする」
「……どうりで火にしては揺らぎが無いなと思っていたら」
自身の持つランタンの蓋をあけて中身を確認した朝斗が納得の表情をする。今までこういった身近にある道具を気にする余裕すらなかったために、朝斗はサートの話す何気ない情報も全て新鮮に感じられていた。
そして、この世界に来てからのほとんどを迷宮奴隷として過ごしていて、この世界の常識というものがほぼ無い自分のためにわざわざ説明をしてくれているのだということも分かった。
「中階層まではもう殆どの場所が踏破されているから機会は無かったと思うけど、暗闇の中での進み方、発光石の扱い方は下層に行くなら必須の知識だ」
それにここ最近の相次ぐ主級の騒動で長いこと迷宮に入ることが出来なかったせいで、力を失ったまま取り換えられていない発光石が多くあるだろう。ギルドから依頼を受けた冒険者たちが発光石を全て新品の物に取り換え終わるまで迷宮に潜らないのならばともかく、そうでないのならば今ここで慣れておくようにミラに告げる。
ミラが頷いたのを確認したサートは、次に主にランタンの中に入っている発光石を興味深げに観察する朝斗に対して、それとこれは意外と知られていないことなんだが、と話を続ける。
「説明すると長くなるから詳しくは端折るけど、魔核ってのは要するに魔物の体内にある純粋なエネルギーの塊が結晶化したものだ」
そしてものすごく簡単に言えば、その純粋なエネルギーを光エネルギーに変換させたのが発光石である。
「だから加工の仕方によっては、発光じゃなくて発熱をさせることもできるし、最初に出た共鳴音を増幅して音を出させることもできる」
そして、とサートが勿体ぶるようにタメを作る。
「―――そして、やり方によっては電気を発生させることも可能だ」
「……それは」
「それは聞いたことはありますが、電気がどうかしたのですか?」
電気を発生させる。
要するに発電だ。その言葉を聞いて思わず反応してしまったのは、電力が社会の全てを支配している世界で生まれ育った故だろうか。
それは本当ですか? と聞いてしまいそうになった朝斗だが、勿体ぶった割にはそんなに凄そうな情報でも無かったなと微妙そうな顔をするミラに気付いて冷静になることが出来た。
「こいつ勿体ぶった割には大したこと言ってねえなって顔してるな」
「そ、そんな事は」
「まあ実際大した情報じゃ無いんだけどね」
ただし現時点では。
口には出していない筈なのに、そんな台詞が最後に続いたのがはっきりと聞こえた朝斗だった。
「あ、因みに魔核の精製技術とか色抜きの方法とか、諸々の加工法は全部職人ギルドの最重要機密だから、万が一何かを察しても絶対黙っとけよ。容赦なく命を狙われるから、やるなら上手くやれ」
「流石にその話を聞いたうえで行動を起こせるほどの熱意はないです」
いつもよりかなり短いですが、区切りのいいところで、ということでここまでです。
その代わり、今回は珍しいことに書き溜めがあったりなかったり。
短い分次は早めに投稿します。




