第19話~怪しいサラリーマン~
今回はつなぎ回なので話はあまり動かないです
話が動いたり色々わかってくるのは次回以降です
進藤朝斗。
父親は有名大学教授で母親は政治家秘書、三つ年の離れた姉が一人の4人家族。
父方の親族は医者の家系であり、祖父は病院を経営。母方の親族は元を辿ると旧華族の家系であり、何人もの政治家や官僚を輩出してきた名家である。
姉は誰もが名前を聞いたことのある名門進学校を卒業後、東京の某国公立大学に進学。進藤朝斗本人も姉と同じ高校に入学するも、高校2年生の時に本場の英語に触れたいと外国の学校で学ぶことを志し、現在長期留学中。
それが今から約2年ほど前のこと。
これが探偵でも何でもない佐藤聡が、眼鏡に刻まれた名前から探し当てた、おそらく本人と思われる人物の経歴だ。両親がインターネットで検索をすれば名前が出てくるほどの有名人だったということにも助けられたが、素人が仕事の片手間に一週間で調べたにしては良くやった方だろう。
この世界に来てどれくらい経つのか、それをサートが本人に聞いたところ少なくとも700日は超えているという返事を貰った。
気を失ったり、太陽の光の届かない場所に長期間滞在したこともあるため正確な日数は分からないが、それでも出来る限りどのくらいの日数が過ぎたのか毎日数えてきたそうだ。
家族構成と通っていた高校の名前、生年月日を聞いたところまず間違いなく本人であろうことが証明された。時期的にもそうずれてはいない。
そして十中八九、海外へ長期留学というのは世間体を気にした両親がある日突然行方不明となった息子について誤魔化すために用意したカバーストーリーだろう。
誰もが羨む上流階級の家系に失踪者が出たなど、外に知られるわけにはいかないのだろう。そこに驚きはなかった。
ただ一つ、サートが驚いたことは進藤朝斗のその若さだろうか。
最初に朝斗の姿を見たときはぼさぼさに伸びた髪の毛と、血と泥がこびりついた顔のせいで年齢を断定することは出来なかった。だがそれでもまさか成人すらしていない年齢だとは思いもしなかった。
あの栄養どころか水分すら足りずに皺くちゃに弛んだ皮膚と骨が浮き出た手足をサートは思い出す。
別に戦いで惨い死に方をする者も飢え死にする者も珍しくはない。だがそれはあくまでこちらの世界での話だ。良くも悪くもこの世界に住む者は皆そういうことに慣れているし、本人たちもある意味覚悟とも言えるものが最初から少なからず出来ている。
だが、生まれてからずっと平和な日本で暮らしていた少年が、いきなり同じ環境に放りこまれるのなら話は別である。今までが平和だった分、その落差がどれほどのものだったかは誰も想像は出来ない。
普通の少年が僅か700日あまりでここまで衰弱するのだ。その過酷さは想像を絶するものだっただろう。
そんな彼に同情をした、という思いは勿論ある。本来ならば今頃良い大学に入り、学友と共に切磋琢磨をしていただろう少年の未来が全て奪われたのだ。同じ日本人として思うところが無いはずがなかった。
だが同時に魔術師でもあるサートはそれと同じくらい何故彼がこの世界に来ることができたのか、そこに興味を抱いていた。
「(でも今は怪しい魔術師サートじゃなくてジャパニーズピーポー佐藤聡として接しているから、それは一先ず横に置いといて)」
「そのくしゃみしただけで死にそうな弱りに弱った体を一日も早く元に戻すために、食後のデザートにこの末期癌も治る(かもしれない)と評判の特製スペシャルブレンド栄養ドリンクを飲みなさい。材料は聞くな。後、出来れば匂いも嗅ぐな」
「……あの」
「大丈夫、効き目は保障するよ、効き目は。本当マジでめっちゃ体に良いから。あ、ちょ、こっちに近づけないで」
「味は」
「飲んだ方が間違いなく早く回復するぞ!」
「……芋とどっちがマシですか?」
「こっち」
「じゃあいただきます」
「さて食事も済んだことだし、少しは元気が出てきたみたいだから、質問タイムと行こうか。
いきなりだけど何が聞きたい?」
食事が終わった後の食器を宿屋の従業員が回収し、一息ついたのを見計らってサートが口を開く。
あのサートの手作りポーションを無表情で一気飲みしたのを目の前で見せられたせいか、朝斗に対して少し尊敬の眼差しを向けている。
「聞きたいこと、ですか」
何か聞きたいことはあるか、そう言ったサートに対して朝斗は少しだけ迷うようなそぶりを見せて言った。
「……あの、佐藤さんは何者なんですか?」
「あ、そっちか。てっきり何で自分を助けたのかとか、これから自分はどうなるのかを聞きたいんじゃないかと思っていたんだけど」
「それも気にならないわけではないんですが」
「ははーん、それ以上にこのいきなり出てきた怪しいお兄さんが怪しいか? まあ自分で言うのもなんだけど確かに気になるよな、こんな不審者」
わははと軽く笑い、そして顎に手を当ててうーんと少し唸るサート。
「何者、何者かぁ。でもなあ、何者かといわれても普通のサラリーマンだとしか答えられないんだよなあ」
フツウノサラリーマン。
サートのその言葉を聞いた朝斗は、しばらくその意味を理解することができなかった。
フツウノサラリーマン、とはどういう意味だろうか? 「フツウ」とは何を指している言葉なのか、大真面目に考え込む朝斗。
「(フツウノ……もしかして『普通の』? どこの世界の普通だろうか)」
朝斗はまさかこんなわけの分からない世界にいる、謎の人物の正体が普通のサラリーマンだなんてかけらも思えなかった。更に根が真面目なためにサートが言ったフツウという言葉の示す意味を考えすぎたせいで、普通という言葉の発音がゲシュタルト崩壊を起こすまでに至った。
「フツウ」が「普通」ということを言っているのだということに気がつくまでに相当な時間をかけた朝斗は更に思考を続ける。
もしかしたら佐藤さんの言う日本とは、自分がいた世界とは違う世界の日本なのではないか、といった懸念が頭をよぎる。
それとももしかして自分が知らないだけで地球ではもうすでに異世界との交流が始まっているのだろうか。
と、更に違う方向へ思考が飛んで行きそうになったのを察したサートが、パンっと手を叩いて朝斗の意識を呼び戻す。
「うん、今のは俺が悪かった。反省するわ。くそ真面目な性格なのね君」
内心で、こいつ結構面白い奴かもしれない、などと思っていることを全く顔に出さずに言うサート。
「大体何を考えていたのか察しがつくから言っとくけど、君と俺がいた日本は正真正銘同じ世界の日本だし、ついでに言うと時間もほとんど同じ時間軸だ。
世の中のサラリーマンが異世界にまで出張するようになった、なんてこともない。基本的に君の記憶にあるイメージ通りの日本だと思ってくれていい」
そこまで言って一度言葉を止め、朝斗にここまでは良いかと確認をとる。
朝斗が頷いて同意の意を示したのを確認したサートだが、しかしこの後にどのように説明しようか少し考えながら言葉を発する。
「でもなあ、俺が何者かといわれてもなあ。自慢じゃないけど、生まれも育ちも日本でザ・平凡と言っても過言じゃないぐらいの人生だぞ。
履歴書を見ても他人と違うところを探すのが難しいくらいだから、何者かと聞かれたら本当に普通のサラリーマンとしか言えないんだよね」
その言葉を聞いた朝斗ははあ、と気の抜けた返事をすることしか出来ない。かといってサートの言った言葉をそのまま鵜呑みにすることもできなかった朝斗は、自分の質問の仕方が悪かったのだろうかと考えた。
だが少しだけニヤニヤしているサートの顔に気が付き、確実に自分が聞きたいことが何なのかを分かった上でこんな返答をしているのだということを察する。
そして、この人は少しだけ面倒くさい人なのだということを朝斗は理解した。
「あんまりもったいぶって面倒くさい奴だと思われる前に種明かしをしよう」
もう手遅れだ。
そうとも知らず、サートは簡単に言うとだなぁと前置きを入れ、何度か咳をして喉の調子を整える。
「『前世が魔術師だったことを思い出した俺は趣味と実益を兼ねて前世の世界に遊びに来た』
以上」
たった今思いついた台詞を、良い声を意識しながら息継ぎなしで言いきったサート。
「意味がわからないです」
「だろうな」
意味が分からないという朝斗の言葉には素直に同意する。
「俺だってこんな長ったらしいライトノベルのタイトル見たいな説明のされ方をされても理解なんて出来ねえもの」
なら何故そんな風に説明をしたのか、と突っ込みを入れられる人物は残念ながらこの場にはいない。
だがおどけた甲斐あってか朝斗の緊張もある程度はほぐれ、言葉遣いも自然なものになってきた。
それでも3秒で考えた渾身の決め台詞がいまいち受けなかったことに対し、もしやこういったサブカルチャーに疎いのかとどこか見当違いのことを思っているサートをしり目に、朝斗は今の台詞を何とか理解しようと頭の中でまた考え始めていた。
「えーと、……前世が、魔術師?」
「そう、前世」
何とか話の中核になりそうなワードを朝斗が絞り出したのを聞いたサートは、ニヤリ、と笑って話しだす。
「俺の前世はこの世界の魔術師だったんだ」
そしてサートは続ける。
「まず最初にこの世界の魔術師の説明をすると、そうだなあ、現代のイメージで言うと研究者に近いな」
魔術はあくまで学問の一つであるというのがこの世界の魔術師の考え方だ。
その学問を学ぶ魔術師はたいてい何かしらの目的があり、その目的を達成するための手段として魔術を利用しているだけである。ゲームや漫画のように戦うために魔術を学ぶわけではない。
「もちろんそうじゃない奴もいるけど、数は少ない」
例えるのならば人体の構造を研究するための一つの手段として医学を学ぶ者と、人を治すために医学を学ぶ者の違いだ。同じ医学という名の魔術を学んでいても、その目的は大きく違う。
ミラは不明だがその母のリラは前者であった。そして姫騎士団に所属していた魔術師と、エルマルドラは後者だ。
彼らはたまたま魔術師になれる素養があり、魔術師を教師として雇えるだけの経済的余裕に恵まれた環境にいたために、箔付けの教養として、そしていざという時の戦力とするために魔術を学ばされたのだろう。
「一般人が趣味で始められるようなものじゃないし、苦労して魔術を身につけても正直その労力に見合わないものばかりだからな。この世界で魔術師を続けるなら何か野望とか、夢とか、そういった強い目的意識が無けりゃとてもとても」
そう言って両手をあげながら首を横に振るサート。その言葉を聞いた朝斗がもう一つ質問を投げかける。
「佐藤さんも何か目的があったんですか?」
「んー、まあ一応」
「一応?」
サートの歯切れの悪い返答に思わず首を傾げてしまう。
「さっきはあんなこと言ったけど、実は俺も最初は特に目的があって魔術を学び始めたわけじゃないんだよね。ぶっちゃけほとんど勢いだった」
「勢いって……」
「まあ運もあったんだけど、話すとそこそこ長いぞ? 聞く? 聞いちゃう?」
聞くならお菓子とお茶を用意しておこう。
そう言って自らの影から水筒やら何やら、簡単なお茶会セット一式を取り出し始めるサート。ご丁寧にお茶請けの菓子類まで準備をしていた。
「(これが魔術、なのか。でも……)」
朝斗は初めて身近で見る魔術に感動をする反面、影というファンタジーな場所から出てくる物がステンレス製のコップや紙の皿に載せられた包装紙に包まれたままのお菓子だということに強い違和感を覚えた。
長い年月を感じさせる濃い茶色をした木製の家具で統一されたなかなかセンスの良さを感じさせる部屋の内装。
そこにぽつんと浮き出るカラフルな色をした石油製品のあまりのミスマッチさに、一瞬だけここは本当に異世界なのかと思ってしまった朝斗。
「ん? ああ、甘いもの苦手だったか? でも甘くない菓子はあと煎餅くらいしかないんだけど、顎大丈夫?」
「あ、いえ。
(そういうことじゃないです。というかそのお菓子をデザートにすれば良かったんじゃ……)」
一応聞いた質問には答えてくれているのに、何故だかこの佐藤聡という人は知れば知るほど謎が深まっていくような気がして、朝斗はこの自分の目の前にいる人物がどういう人なのか、余計に分からなくなった。
たくさんの感想を頂き、本当にありがとうございました




