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第1話~基本的に安い飯は不味い~

「換金を頼む」


「はい。サート様ですね?お疲れ様です。こちらへどうぞ」


 日も沈みかけあたりが薄暗くなってきた頃、町の郊外にある冒険者ギルドの建物にはまだ多くの人々が入り乱れていた。迷宮に潜って手に入れた貴重な鉱石や薬草、魔物の核、角、爪、毛皮、肉など様々な素材を換金するために訪れた冒険者たちや、その素材を鑑定し、いち早く良いものを手に入れるために威勢の良い声で競りを行っている商業ギルドの人々である。


 冒険者たちは素材を売って手に入れた金でギルドの裏手に併設されている酒場か、日々生きるか死ぬかの死線をくぐる生活をしている冒険者を対象とした娼婦たちのいる色町に、今日も生きているという実感を得るために出かけていくのだろう。命を懸けて金を稼いだ冒険者たちは皆笑いながら上機嫌でギルドの建物から出て行く。


 そんな冒険者たちの数もピークを過ぎ、だんだんと人の数も少なくなってきた頃に一人の男が静かに扉を開けて入ってきた。

 顔や体全体をフードで隠し、冒険者にしては明らかに貧弱と言えるその体格から魔術師だろうと思われるその男は、杖しか持っていないにもかかわらず初老のギルド職員に素材鑑定をする部屋へと促される。


「いつもと同じように、手早く頼むよ」


「はい、存じております。今回はどんな獲物を狩られたのですか?」


「いつもと大して変わらないさ」


 そう言うとサートと呼ばれた男はコツン、と杖を床に突き立てるように叩くとそこを中心に黒い影が広がり、その中から様々な生き物の死骸や鉱石が次々と現れてきた。


 すると部屋の中で待機をしていた解体や鑑定を専門とするギルド職員たちが手際よく魔物の死体の状態を確かめ、核を抉り出しては大きさを比べ、鉱石の重さを備え付けられていた秤で量る。


 いつもと同じようにとは、明らかにぼったくらない限りは細かい文句は言わないからその分待ち時間を少なくして早く金に換えてくれという意味である。魔物の核もわずかな質や大きさの違いによって値段が大きく変わってくるため、換金するときには冒険者はより高く売るための、商人はより安く買うための値段交渉によって時間が長引くことが多い。


 そんな無駄に時間のかかる面倒な交渉はしないかわりに、ギルド側も肉や薬草の質、鉱石の純度などの細かいことにはケチをつけるな、という互いの信頼の上に成り立っている暗黙の了解だった。そのためわずか十数分で鑑定作業は終わり、お互いが満足できる結果でいつものように金が支払われた。

 

 このやり取りももう何度も繰り返してきた。7日に1度どこからともなくやってきては1日中迷宮に潜り、質の良い素材を必ず一定数ギルドに収める手練れの魔術師、サート。



 「(できればもう少しだけでも回数を増やしてくれたなら、これ以上のことはないのだが)」


 冒険者ギルドとしても7日に1度だけとはいえ、一人で迷宮に潜っては涼しい顔をして帰ってくるサートの存在はある意味有名であったし、ギルドに納める換金品もすべて迷宮の中層で取れるものである。狩った魔物は傷が少なく、鉱石も純度が高いものが多いため商業ギルドにとっても非常にありがたい存在であった。

 

 その量も、ほかの冒険者たちは迷宮に潜る時よりも苦労して重い荷を引きずりながら持ち帰ってくるものを、魔法でどこかに収納しているため、人一人が持ち帰ることのできる量としては比べ物にならない差があった。


 さらには、一日で迷宮の中階層まで潜って帰ってこれる移動手段を持っている。


 ギルド側としてはある意味このことが一番重要なことであったりする。


 しかし、前に一度何故それほど便利なすべを持っているのに7日に一度だけなのか聞いてみたことがある。だがその時の答えは、


 「こっちはあくまで副業なんだ。本業は別にある。別に待遇に不満があるわけじゃないんだが給金が少なくてね。空いた時間で老後の蓄えを、と思ったのさ。だから無茶や無理はしない。怪我をしたら元も子もないし」


 という予想外の言葉だった。実に長生きをしそうなタイプである。


 ただあれほどの腕を持った魔術師が少ない給金でどんな仕事をしているのか気にはなるが、言っていることに共感は出来る。死んだら元も子もないのだ。

  

 だが金を稼ぐだけならほかにいくらでも安全な仕事があるだろうに、やはり魔術師には変人が多いという噂は本当かもしれない。

 と、先ほどサートを案内した初老のギルド職員、ロイドはサートの後姿を見送りながらそう思った。




 さて、そのサートこと本名 佐藤 さとるは今日も手に入れたお金で酒場へ向かい、この世界の不味い飯を食べに行っていた。


 「野菜スープ味薄っす、肉少なっ、っていうか具が少なっ」


 今日頼んだ野菜スープははっきり言わなくても不味いものだった。素材の味を生かしたといえば聞こえはよいが、実際はただ塩気が足りないだけであるし、野菜も萎びている。ついでに具材の量も足りないせいでただの煮汁と言っても過言ではなかった。


 そんな薄いスープをサートは勢いよくかき込み、熱い熱いと少ない野菜を噛みしめながら一言


 「まっず、マジまじー。あ、お姉さんこれ御代わり」


 「不味いならもっと良いものを注文してください。それ、一杯銅貨一枚の本当に飢えを誤魔化すためだけのものですよ? サートさん今日もいっぱい稼いでいるんだからもっと売り上げに貢献してくださいよ」


 「じゃあ、黒パンと干し肉追加」


 「それも、安いものじゃないですか」


 「このくそ不味いスープに塩辛い干し肉を入れるとなかなか食える味になってな、それに黒パンを浸して食べるという飢えしのぎを昔よくやったんだよ。


 これが普通に不味いんだ」


 クソまずいから普通に不味いに変わるんだぞと、いかにも凄いことのように真顔で話すサートに、この酒場の看板娘でありギルド職員でもあるアンは呆れたように注文を承った。


 「あー、味噌汁飲みたい。ねこまんまにして食べたい」


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