第18話~熱のある食事~
更新が遅れてすみませんでした。
流石に待たせすぎて話を忘れてしまうため、今回から一話ごとの分量を少し減らして、その分投稿ペースを上げていこうと思います。
今回は一人称です。ご注意ください。
「さて、食事が来るまで時間があるから、それまでちょっと話でもしようか」
僕の目の前にいる謎の人物は、そう言って近くにあった椅子を手繰り寄せる。
小さくよっこいしょと声を出しながら椅子に座ったその人は、自らの名前を佐藤聡と名乗った。
意外と若い声をしている。
フードで隠しているせいで最初は顔がよく分からなかったけれど、声を聴くまでなんとなくもっと年を取った人なのだと思っていた。
つられて思わずこちらも名乗り返してしまったが、思い出してみれば相手は最初からこちらの名前を知っていたということに気が付く。
あの時はまだ目を覚ましたばかりで、頭が働いていなかったから日本語で話しかけられていたのに反応が遅れてしまった。いや、正直今もぼうっとしていて頭が働いているとは言い難い。
この世界に来てから碌に食事を取れた記憶がない。常に空腹で頭に回す糖分など無かったし、今もそうだ。
だからかもしれない。
体の状態はどうかと聞かれたときに、お腹が空いた、なんて言ってしまったのは。
今思い返したら失礼なんてものじゃないけど、それを聞いた佐藤さんはカラカラ笑って食事の手配をしてくれた。
「と言っても、まだしゃべるのは辛そうだから殆どこっちが一方的に話すことになるけどな。
時間は有るんだ。聞きたいことはたくさんあるだろうけど、まあのんびり聞いてくれ」
ここはどこなのか、あなたは何者なのか、聞きたいことは多くあるし、気になることもたくさんある。でも、言葉を話すのがまだ辛いのも事実だ。
「はい……、お願い、します」
だからここはお言葉に甘えておこうと思う。
今自分が無理して質問していくよりもスムーズに話が進みそうだ。多分だけど、佐藤さんもそれが分かっていてそう提案してくれたんだと思う。
正直、怪しいなんてものじゃない。だけど今の僕には信じる事しか出来ない。
「おうおう、任せなさい。じゃあ、そうだなあ……」
そうしていくつか質問を投げかけられる。
生年月日や家族構成、通っていた学校の名前など、恐らく本人確認のようなものなのだろう。何回かやり取りをした後、数秒だけこちらを見つめた佐藤さんは、少しだけ声のトーンを落として言葉を発した。
「さて、進藤朝斗君。本人確認も取れたことだし本題に入ろうか。
君が居なくなった後の家族のことと、君のこれからのこと、どっちを先に聞きたい?」
その言葉を聞いて、自分の鼓動が少し早くなったのが分かった。
「……これからの、ことについて教えてください」
そう答えた僕に、佐藤さんはそうか、と一言返すだけでそれ以上は追及をしなかった。
佐藤さんの気遣いに感謝をすると同時に、その反応で僕が消えた後の家族がどんな対応を取ったのか分かってしまった。
恐らくだけど、周りには海外かどこかに留学をしたと誤魔化して、家の中ではもう僕は既に最初から存在しなかったものとして扱われているのだろう。
不思議と、悲しくは無かった。
「君が今いるのはアルバという名前の町だ。この部屋は町にある宿屋の一室で、そこで君は一週間眠りっぱなしだった。
そういえばどこまで覚えている? でかい蟻の化け物と戦ったところまでは記憶にあるか?」
そう言われて、自分が気を失う直前までのことを思い出してみる。
確か、巨大な蟻の化け物から必死で逃げようとしていた時に、いきなり筋肉隆々の男が目の前に現れたことは覚えている。
「……大きな男の人が、あの化け物の注意を逸らしてくれたところまでは……」
そこまで覚えているなら話は早いと、佐藤さんは僕が気を失った後のことを教えてくれた。
元々佐藤さんたちはあの蟻の化け物の討伐に向かった一団、つまり僕の買い取り者達を救出するために集められた救出隊だったそうだ。でも結局、逃げ遅れた人たちの中で生き残りは自分しかいなかったらしい。
本来ならば僕のような奴隷の身柄はそのまま所有者の手に戻るはずだったけれど、佐藤さんが交渉して所有権を移したらしい。
相手もごたごたしていて奴隷の扱いについてまで手が回らない状態だったというのもあるけど、何より僕の体が衰弱しきっていて放っておくとすぐにでも死んでしまうという状態だったのが一番の理由だったそうだ。
怪我人を寝かせるための施設が埋まっており、かといって奴隷のためにベッドを開けさせて同じ部屋に寝かせるなんていうことができるはずもない。せっかく助けた唯一の生存者が死んで骨折り損になるよりは、という理由から佐藤さんへ権利を委譲された。
佐藤さん曰く、死体の方がまだいくらか生気があるように見えたほど、僕の姿は酷かったらしい。
「実はこっそり写メ撮ったんだけど見る?」
そう言って懐から携帯電話を取り出した佐藤さん。久々にみる文明の利器に妙な新鮮さを感じるも、その画面に映った自分らしき物体を見るとそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
「うわ……」
我ながらなんでこれで死んでいないのか不思議だ。
「さすが不死身と言われてるだけはあるわな」
不死身? 何のことだろうか?
「なんだ、知らなかったのか。まあ無理もないか。
あれだよ、肉盾として一回限りの使い捨てが基本の迷宮奴隷の中で、どんなに危険な目にあっても、何度絶望的な状況に陥っても生きて帰ってきた奴隷としてそれなりに有名だったらしいぞ」
そうなのか。なんだか分不相応な認識をされていて、複雑な気持ちだ。
自分としては死なないように精いっぱい足掻いていただけで、不死身だなんて言われても正直全くそんな気はしない。確かに結果として今も生きてはいる。だけど運が良かっただけだと言ってしまえばそれだけだ。
「いやいや、迷宮奴隷の損耗率を知ってる奴なら誰だって運が良かっただけなんて言えないって」
そんな事を話しているとドアをたたく音が聞こえた。佐藤さんが返事をするとこの宿屋の従業員の人が静かに入ってきた。
『食事の用意が出来ました』
『お、待っていたよ。注文通りにしてくれた?』
『はい。今お持ちいたします』
佐藤さんと短いやり取りを交わしたと思ったら、ぺこりと礼をして部屋の外へと戻って行った。
この世界の言葉はまだ片言程度しか理解できないから、一体どうしたのだろうと閉まる扉を見つめているとまたすぐに扉が開かれる。
そして今度は何やら小さな机のような台車を押して入ってきたかと思えば、その台車の上に載せられた木製の器から良い匂いが漂ってきた。
その匂いを嗅いだ途端にお腹が小さく鳴る。そして思い出す。
そうだ、そういえばお腹が空いていたんだ。
「お待ちかねの飯だぞー」
運ばれてきた食事をみると、底の深い木の器に入れられたお粥のような料理から湯気が上り、香ばしくもどこか甘い、食欲をそそる香りがこちらまで届いてくる。
「麦と雑穀の粥と、煮豆のスープだ。
弱った体にも優しい、消化が良くて且つ栄養価の高いものを作ってくれたみたいだな。さすが高級宿、注文通り」
それに、と佐藤さんが付け加える。
「気付いていると思うけど、歯と顎、結構限界が来てるぞ」
そう言って口元へ指を差した佐藤さんを見て、僕も自分の口を掴むように撫でた。
「長い期間強く食い縛り続けてきた影響だな。歯自体がめり込んできているし、顎の骨にも影響が出てる。
まあそれはまた今度治すとして、今はボロボロになっていた顎と歯をなるべく使わなくても食べられるようにって注文したから、ちゃんと食べやすいはずだ」
そんな佐藤さんの気遣いに感謝して深く礼を言った。
武器を振る時も、逃げる時も、痛みに耐える時も常に食い縛ってきたせいか、多分今の僕は戦う時以外は肉すら噛みちぎれない程度の力しかないだろうから。
「俺も腹が減ってきたし、早く食うべ」
そして、最後に言ったのは一体どれくらい前だっただろうか。そんなことも思い出せないほど久しぶりに『いただきます』の言葉を言った。
目の前の湯気が昇る粥を木の匙を使ってゆっくり口に運ぶ。
「熱っ」
その熱さに思わず声をあげてしまう。そうだ、湯気が出ていたことの意味を意識していなかった。
また熱さで舌を火傷しないようにふうふうと匙で掬った粥を冷ましてから改めて口の中に運び入れる。
「美味しい」
鼻を抜ける麦の香ばしさと、強すぎない程度に味付けをされた塩味。そして粥特有のほのかな甘みが今までにないほどにはっきりと感じられた。
美味しい。
心の底からそう思った。
そして気が付く。
「……初めて、初めてこの世界で、熱のある物を食べました」
温かい食事で気が抜けたせいか、思わず涙が出そうになった。
「泣くほどか」
「はい、泣くほどです」
今まで自分に与えられていた食料といえば、粘土のような、味のしない芋のような何かが殆どだった。それも一度に大量に作り置きをされているために、日数が経って不衛生で冷めきった冷たい芋だ。
飢え死ぬよりはマシだと、異臭のする残飯や腐りかけの肉程度ならそのうち何の抵抗もなく食べられるようにはなった。でもあの芋だけはどうしても慣れなかった。
何か香辛料か調味料でもあれば多少はましになったのかもしれないけれど、そんな高価なものを与えられるはずもない。
最初は空腹に耐えられず仕方なくそのまま食べ続けていたが、そのうちあの芋を食べ続けることと、食べずに飢え続けることのどちらがましかと悩むくらいにあの芋はまずかった。
「分かる。超分かる」
君もあの芋の被害者か、と今までにないくらいに同情の眼で見られた。そしてまるで嫌なことを思い出したかのような顔をする佐藤さん。
多分僕も今、佐藤さんと同じような顔をしているのだろう。
そうして、お互い思い出したくない記憶を流し込むように、煮豆のスープを口に運ぶ。
「うん、美味いな」
このスープも体の弱った自分でも無理なく食べられるように刺激の強い味付けはしていない、なめらかで優しい味だ。
舌で潰すだけで簡単に潰れるほど柔らかく煮られた豆と、小さく刻んである玉ねぎのような野菜がとても美味しい。少しだけ入っている肉のそぼろが、良い出汁を出して食欲を刺激する香りを放っている。
どこかコンソメスープにも似た風味のスープが、一口飲むごとに体に元気を与えてくれる気がした。
「まだ病み上がりで胃もかなり縮んでいるだろうから無理をするなと言いたいけど、悪いが無理してでも完食してくれ。点滴なんてないからな、栄養を補給しないと治るもんも治らん」
「はい……大丈夫です。ちゃんと食べ切れます」
少し涙声になっているのが自分でも判った。
今まで碌な食事ができていなかった影響で胃がかなり小さくなっている。あれほど空腹だったのに、ほんの少し食べただけでもうお腹いっぱいになりそうな気配がしてきた。
だけど食べないと体がいつまでたっても回復しない。いつまでこうしてゆっくり体を休めることが出来るのか分からない現状、一刻も早く体を回復させて動けるようにならなくてはいけない。
幸い、食事はとてもおいしいと感じることができている。だから多少量が多くても時間をかければすべて食べきることはできるだろう。
「時間はあるんだ、あせらずに食べな」
「はい」
そうしてゆっくりと時間をかけて、何とか出てきた食事を完食することができた。
少しお腹が苦しい。ここまでの満腹感はもしかしたら生まれて初めてかもしれない。
お代わりをしてもいいぞ佐藤さんは言ってくれたけど、さすがに今回は遠慮をすることにした。
今はただ、美味しいものを食べるというのはこんなにも幸せなことなのだと、余韻に浸っていたかった。
今更ですが、気が向いたら参考のためにポイント評価と感想を頂けたら嬉しいです。
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