第15話~救出作戦その2~
「という訳で、点呼を取りまーす。
はいでは端からー、イチッ!」
2、3、4、と広場から慣れないことに多少戸惑いながらも次々に返事が返ってくる。
途中で返事をしなかったり、14の次が分からないなどと言ったトラブルも起きたが最終的には概ね問題なく点呼が終了した。
最終的に救助隊としてサート達のいた広場に集まった人数は全部で二十人と少し。その内魔術師は六人、そして魔術師とゴッツのパーティを抜かせばその殆どが獣人であった。これは大体予想が出来たことである。
彼ら獣人の考え方は町や集落を築いて比較的安定した平穏を求める純粋な人間族とは違う。
殆どの獣人はその掌の形から人間と違い何かを作るという行為には向かず、大自然の厳しさの中で己の肉体を頼りに生き抜くしかなかった。それによってか彼らは強さというものに並々ならぬ執着を見せるのだ。
自らを鍛え上げより強くなる、それが本能として刻みこまれている。今回も人命救助のためというよりは、主級という強者に挑むことにより自らをより高みへと昇らせる良い機会だと考えた者の方が多いのだろう。
簡単に言えば非常に脳筋が多い種族だ。基本的に獣がそのまま人型になったような腕力至上主義者が割合多い種族である。だが、それでも獣人の方が人間よりも圧倒的に身体能力が高いことは事実であり、人間などよりもよっぽど優れた狩人である彼らがいることはとても頼もしかった。
サートはもしも万が一のことが起きて危険が迫った際には、その時はそれこそ何もかも見捨てて即転移で逃げるつもりであった。だが実際に主級に通用するかは別として、それでも彼らの勇敢さ、そして彼らの大きな身体と鍛えぬかれた筋肉を見て「街の不良なんか目じゃないな」と場違いな感想を抱くサート。
「はい、皆さんノリがよろしくて大変結構でーす」
点呼を取り終わりサートの微妙にやる気の感じられない声だけが辺りに響く。
「ただし、そこの中々返事をしなかった人ら、迷宮の中で返事をしない奴は死んだものと見なされるので、置いてかれたくなかったらきちんと返事をするように。数が分からない場合はとりあえず大きな声を上げて下さい。因みに14の次は15、その次は16です。
後、普通に声が小さい方々。業務……じゃない、作戦行動に支障をきたすのでもっと腹から声を出すようにご協力お願いします」
ズビシィッ、と効果音が聞こえるぐらい勢いよく指をさして指示をする。上に立つ者のすべき振る舞いがよく分からなかったので、適当に会社の上司の真似をしたのだ。
サートは今、集まった冒険者たちの前で何故か学校の引率の教師のように彼らを取りまとめていた。件の主級に一番詳しく、さらに魔術師という立場であるサート以上の適任がいなかったため消去法でこのような結果となった。
因みに、中々返事をしなかったのは貴族の魔術師と一部の獣人で、声が小さかったのはミラと姫騎士隊の魔術師である。残り二人の親子の魔術師は運動部顔負けの大声で返事をした。
「えーでは改めて、私、此度の救出作戦をサポート・案内を務めさせていただきます、主級第一発見者のサートと申します。なるべく皆様の邪魔にならないよう、(出来るだけ遠くから遠くから)魔術で支援をさせていただきますので皆さんよろしくお願い致します」
「お前も戦えよ。あとしゃべり方がきめぇ」
「うるせえゴッツ。
こっちも好きでやってんじゃねえんだよ」
そんなこんなで軽い自己紹介を済ませた後、早くしろと一部の人間から抗議の視線を向けられたため、時間を無駄にしないために泣く泣くあとは移動しながら詳しい説明をすることに決め、皆を馬車に乗るように誘導した。
今回は一応一刻を争う救出作戦という建前があるため、移動時間短縮と救助した怪我人の移送のために合計八台の馬車が用意されている。
馬車と言っても貴族が乗る様な立派な物でも、長旅用の頑丈な物でもない。本来は迷宮内で手に入れた鉱石や獲物を積む農業用に近い屋根もない簡素な造り台車のようなものである。なるべく荷物を軽くするためにサートが用意させたいくつかの道具以外は最低限に抑え、専門の御者は連れずに冒険者たちが持ち回りで請け負うことになった。
「うん、この大きさなら八台でも問題ないだろ」
このアルバ迷宮の地下1~3階はギルドが長い年月をかけて整備を続け、馬車ぐらいなら通れるぐらいに整備された道が出来上がっている。
今では魔物もほとんど現れず、迷宮内でしか育たない特殊な薬草類などを栽培・管理しているのだ。
だが逆に、このアルバでは冒険者は地下4階以下の階層に潜らなければ稼ぎにならないということでもある。1~3階は偶に出る薬草類を食い荒らす害獣を駆け出し冒険者や引退した冒険者が小遣い稼ぎのために狩る程度しか仕事がない。
因みにこの薬草類はギルドが管理しているため、冒険者が勝手に採取したとしてもギルドは買い取ってくれず、違法採取として捕まる。
ギルド以外に売ろうにも、迷宮製の薬の製法は機密・秘伝扱いであるために扱えるところは限られており、さらにそういうところは必ずギルドとの協定が結ばれている。そのためもし違法取引がばれでもしたら薬草の供給をストップされてしまうためにどこも買い取らないなど、多くの対策も取られている。
さらに付け加えると、迷宮の道の整備も薬草畑の管理も、ギルドが怪我や年齢で稼ぐことのできない冒険者へ向けた一種の公共事業という建前の救済措置である。
一見ギルドが慈悲深いようにも思われるが、見方を変えれば元肉体労働者で今は非労働者層・非消費者層という町の治安と経済を悪化させる可能性の高い要素を少しでも解消するための苦肉の策でもあった。
閑話休題
このような理由があり、浅い階層なら馬車に乗って行くことに問題はないが、どうやら姫騎士隊も同じことを考えていたらしく、彼女たちも主級討伐の際は馬車で迷宮に突入していたようである。
と言っても彼女たちの場合は移動時間短縮の為ではなく、単に重い鎧によって体力が削られるのを防ぐ意味合いが強く、王都から乗ってきた馬車そのままで突入したらしい。
流石に騎士隊の世話役は連れて行かなかったようだが、代わりに肉壁兼、討伐後の肉体労働役として戦奴を多数連れて行ったとのこと。
地球と違い、人権などと言うものはまだ存在しないために正に家畜と同等かそれ以下の扱いをされる迷宮奴隷だが、彼らも一応今回の救出対象である。
姫騎士隊と合わせればその人数はかなりのものになるため、もし迷宮に入った者達全員を乗せるならこんな小さい馬車なら八台でも足りなかっただろう。
だが馬車に乗せるのは生きていた者のみである。そう考えるとむしろ八台は多すぎだな、とサートは思っていた。
姫騎士隊所属の者からは仲間達の亡骸も一緒に回収してくれと姫騎士隊の魔術師や残された世話役たちに頼まれたが、主級の徘徊する階層でそんな余裕はないときっぱりすっぱり断った。それでもとめげずに頼み込んできたものには、死体を一人運ぶために死体がもう一つ増えると理由をつけてそれ以降何を言われても無視をした。
それ以外にも今回の作戦に参加している貴族の魔術師と姫騎士本人が何やら顔見知りのようで、彼らの間で何やら一悶着あったり(当然巻き込まれないように無視をした)と、短い時間の中で色々なことが起きたがついに救出作戦の開始である。
「よーし、全員準備は良いな? それでは出っぱ「待つのじゃ!!」つ……、
しゅっぱああぁつッッッ!!!!」
俺には何も聞こえん! とばかりに無視を決め込み全てをなかったことにするサート。ご丁寧に馬車の周囲に真空の膜をに張って音を遮断し、地面の小石をそれぞれの馬車の馬の尻に向かって勢いよく飛ばして出発を強行した。
「うおっとと、危ねえなぁ。つーか、良いのかあれ?」
驚いて駆け出した馬を制御しつつ、一国の姫をあんなふうに無視してよいのかサートに尋ねるゴッツ。一応こういった常識はちゃんとあるのだ。
「なんのことでしょうか。私には何も聞こえませぬ」
「いや、でもあれ」
「アーアーキコエナーイ」
この反応を見て何を言っても無駄だと悟ったゴッツは、やっちまったものはしょうがないかと開き直って馬を御すことに集中することにした。他の馬車の御者たちも程度の差はあれ最終的には同じ考えに至ったのか馬を宥めつつ迷宮へ向かって出発した。
「聞こえぬのか! 待てと言っておるじゃろうに!!」
我も連れていけ、そう続けるつもりだったのにまさか無視されるとは夢にも思わず、馬車に追いつこうと走るものの、既にスピードに乗りつつある馬車に怪我をした体では追い付けるはずもなく。
そして最終的にギルド員に取り押さえられ、ベッドに強制的に連れ戻された姫騎士がそこにいた。
「なんということを……、あなたは自分が何をしたか分かっているの? 姫様にあのような仕打ち、王の耳に入ればただでは済まない」
サート的には全く何の問題もなく出発した救出隊一行だったが、他の者にとってはそうでもなかったようである。特に姫騎士隊員である無口な魔術師(15歳)にとっては姫騎士を無視するというのがよほど衝撃的だったらしい。碌に声すら聞いた事すらなかったが、ここしばらくの間で一番長いセリフを吐き、サートを咎めた。
「何がよ? そんなことを言われてもねー、何の事だか俺は分からんなー」
「っ、あなた……」
意地でも白を切り通すつもりのサートであるがここで思わぬ手助けが入る。
「構わん、僕が許す。いや、何もなかった、そうだね?」
サート達と同じ馬車に乗っていたどうやら姫騎士と顔見知りらしい、先ほど姫騎士と一悶着を起こした貴族の魔術師が口を挟んだ。一国の姫を無視するということがよほど可笑しかったのか、それとも姫騎士に何か恨みでもあったのかは分からないが、整った顔が台無しになるほどの嫌味な笑顔を浮かべていた。
今回集まった六人の魔術師は馬車隊の後方に集中して配置している。ゴッツの馬車は最後尾から二番目であり、そこにサートと二人の魔術師が乗っていた。最後尾はアーグが御者であり、そこにミラと残りの魔術師たちがいる。
「でも……、姫様を……」
「口を慎みたまえ。今回のフェル姫の暴走の処理については僕が全権を担っている。その僕が問題ないと言っているのだ、君は黙って従いたまえ」
「暴走なんて……、エルマルドラ様、違います! 姫様は私たちのために―――」
「口を慎め、と僕は言ったはずだが? 君の意見は聞いていないよ。これ以上恥の上塗りは勘弁してくれたまえ。
全権を担っていると言っただろう。僕は陛下から直々にフェル姫を連れ戻す命を授かっている。王の名代としてここにいるのだよ。つまりだ、僕の言葉は王の言葉ということを理解したまえ。
もう一度言うぞ、黙って従いたまえ」
いいぞもっと言え。そしてそのまま有耶無耶しろ。
何やらサートを抜きに口論を始めた二人に対して抱いた感想がこれである。
サートが心の中で応援しているとその貴族の魔術師(エルマルドラと言うらしい)は「そもそも―――」と大きく息を吸い言葉を続ける。
「―――本来なら今すぐにでも君たちを王都へと強制連行しても僕としては全く構わないのだよ?
それをこうして限りなく可能性の低い生存者の救出というわがままを聞いてやっているだけでもありがたく思ってほしいのに、少しでも戦力を増やすためにこの僕が直々に迷宮へ随伴しているのだ。もはや感謝を通り越して恩義を感じるべきだと僕は思うね」
この言葉に対して何か反論しようとしたのか、姫騎士隊の魔術師(名前はまだ知らない)が口を開こうとしたが言葉を発する前にエルマルドラの手によって遮られ、さらに続けて言った。
「だいたいだね、陛下の忠告を無視した挙句にこのざまとは、君たちはどこまで王家の顔に泥を塗れば気が済むんだい? 仮にも貴族の子女を、お遊びでこんなところまで連れてきて、そして何人死なせたのだね?
本来ならば隊員は軽くて斬首、もしくは一生屋敷に幽閉ものだ。それを数年の謹慎と姫騎士団の解散だけで済ませてくれた陛下の慈悲に一生感謝をし続けたまえ。
そもそもだ、彼女は昔から軽率な行動が多すぎるのだよ。もっと自分が王族であることに自覚を持ってよく考えて行動を―――――」
話の長い奴だ。サートはそう思った。
因みにここまで全て一息である。しかもまだ続いている。
言っていることは全て正論と言えば正論なのだが、ちょっとネチネチしすぎではないだろうか。
そんな感想を抱いているうちに、流石に息が切れたのかもう一度改めて大きく息を吸い込み、言った。
「―――そして! 僕達が! というか僕がっ! その尻拭いのためにどれだけ苦労したことか!
ああそうさ! 今回もだよ畜生!」
何だストレスか。
ならしょうがない。
これで最後だ、ようやく自分の屋敷のベッドで寝られるようになるかもしれないのだというセリフには流石に同情したサートである。
第一印象は育ちのいい、自信に溢れた嫌味な貴族の御坊ちゃんだったのだが、それだけではないのかもしれない。
エリート出身の癖に、根が真面目過ぎるせいで若手の癖に会社内の誰よりも忙しい同僚を思い出した。曰く、なまじ優秀な分、やろうと思えば出来てしまうのが逆に地獄だとか。
「……あー、そういうわけで俺は悪くない。いや、何の事だかわかんないけどね」
そんな同僚と同じ匂いを感じたサートはこれ以上触れずに、気を取り直して自分の仕事に取り掛かることにした。
『あー、あー、マイクテス、マイクテス。全員聞こえますかー? 特に先頭、聞こえてたら手を挙げて。よし、聞こえてるな。
じゃあこれから姫騎士団救出作戦の手順の復習と、私が知ってるアリ型主級、仮称<アント>に対するさらに詳しい情報と対処法の再確認を行います。
真面目に聞かないと本気で死ぬから気を付けるように』
拡声の魔法を使い自分の声を大きくするサート。こうすれば無理に大きな声を出さなくても全員の耳に届き、ついでに熊鈴のように周りの魔物に対する威嚇にもなる。ただ元々これほどの大所帯に突っ込んでくる魔物は低階層には存在しないので、威嚇はあくまでついででしかなかったが。
因みにアントという名前もいつまでも蟻の主級、件の主級では不便だということでサートが5秒で名付けた仮称だ。理由はでっかい蟻だから。ここで変に凝る必要もないし、短くて言いやすいだろうという単純な理由から名付けたものだ。
それはともかく、広場でも簡単な説明はしていたが時間が一刻を争うという建前上、また、ぐずぐずしていると姫騎士が追い付いてきかねなかったため、途中の移動時間を活用することになったのである。
命からがら逃げ延びた姫騎士団の数少ない生き残りや姫騎士本人から聞いた情報よりもさらに詳しく具体的な情報をサートが言うたびに一部の冒険者の顔が引きつり、獣人たちの雰囲気がピリピリと張りつめてくる。
それもそのはずで、サート達の話をそのまま信じるのならば、自分たちは家を軽々押し潰す大きさと力を持ち、馬車以上の速さで走り、さらには空をも飛ぶ化け物と戦うことになるのだ。加えて大きく重い岩を投げつけられてもまるで泥団子をぶつけられたかのように弾き返してしまう堅い外殻と、近くにいれば吹き飛ばされて遠くにいても鼓膜が破ける程の衝撃波を放つのだ。
もしも地球にいたとしたら軍隊出動レベルである。
人間はもちろんのこと、獣人も強者に挑むのは好きだが別に死にたいわけではない。故にどうやって生きて帰るか真剣に頭を働かせている。
因みに一番顔が引きつっているのは例の貴族の魔術師ことギアール・エルマルドラである。
貴族としての意地か、逃げると言い出すことはなかったがそれでもその冷や汗だらけの顔を見れば内心動揺しているのはすぐに見て取れた。
サートは男の情けで突っ込みはしなかった、むしろそのいかにもお坊ちゃんな風体からして「ふん、その程度この僕にかかれば何てことないよ。フハハハハ」というような反応をするかと思っていた分、この反応は意外だった。
実は話を聞いただけで怯えてしまう極度のビビリなのか、それともまた別の理由があるのかは分からない。どちらにせよ主級を軽く見て足を引っ張ることはないだけマシだと思い、最終的な評価は後回しにした。
なぜなら自分にはまだ最後の仕事が残っているのだから。
『あと最後に、これは私が経験したわけではありませんが、確かな筋からの情報です』
そう前置きをおいて続ける。
『このアントの種族は窮地に追い込められると、尾部から大量の酸を噴出するようです。範囲は広く、最大自分の体長の5倍ほどの距離まで飛ばすとか。
その勢いは凄まじく、範囲内にいれば目視で躱すのは極めて困難です。完全に躱すならば発射される前にその尾部の後ろか真横に行くぐらいしかありません。尻の先を相手に向けて狙いを定めるのが予備動作らしいので、それらしき行動をとったらすぐに範囲外まで逃げるか尾部の正面に居座らないようにしましょう。
あ、ちなみにこの酸、皮鎧の装甲を数秒で溶かしますが、自身の外殻にはまるで効果がなかったみたいです。
やったね、これで下手な小細工なんか効かない最強の鎧と盾の素材が手に入るよ!』
「どうやって加工すんだよそんなもん」
「つーか倒せねえよ」
「いやまて、今種族って言ったか!? 他にもいるのかよこんな化け物」
「どこ情報だよそれ!」
『信頼できる筋からの情報って言ったじゃん』
「答えになってねえ! 本当か!? 確かなのかその情報!?」
『本当本当。まあ一応頭に入れておいてくれ。真否は怪しくてもいざという時に知らないよりは知っていた方がいいでしょ』
案の定他の馬車から真否を問う怒鳴り声が聞こえてくる。サートも自分の仕事は殆ど終わったと思ったのか今までの堅苦しい話し方ではなく、気楽にしゃべりながら質問に答えていく。
確かな筋とはもちろんユーザスのことだ。だが彼を知っている者は限られているし、たとえ知っていても迷宮地下43階など信じられるわけもない。が、伝えないわけにもいかないためこういった形式をとった。
(いやー、これだから初見ってやつは。あの時逃げといてよかった、マジで)
サートとアントが初めて遭遇した時、サートは時間がかかるが別に倒せない相手ではないと判断していた。それは今でも間違っているとは思ってはいない。
だがそのまま戦っていれば自分も死んでいた、もしくは負傷をする危険性がかなり高かったのも事実。倒したと思って油断をしたらいきなり散弾銃を撃ってくるようなものだ。イタチの最後っ屁としては強烈すぎる。
あの時相手にどんな奥の手が残されているのか分からず、無理をせずに逃げた自分の判断を心から褒めてやりたい。そう思い、これからも安全第一を改めて心に刻んだ。
その後も集音の魔法も使い、声を張らなくても音を拾えるようにして質疑応答や作戦の細かい調整を行った。あとは道中大きな問題もなく、そしてついにアルバ迷宮の地下3階と地下4階の境界に着く。
地下4階への入り口はギリギリ大型の馬車が通れるぐらいのトンネルのような入口だ。トンネルの長さは100メートル以上にも達する距離がある。まるでここからが本当の迷宮であると言わんばかりに、次層への入口の長さだけならばアルバ迷宮の中でも一番の長さだ。
そしてその通り、地下3階と地下4階では住んでいる魔物の生態系も数もがらりと変わり、迷宮の広さも今までとは比べ物にならない程に広大になっているのだ。
だが、むしろこの長いトンネルのおかげでジャイアントも入り口を無理やりこじ開けることが出来なかったのかもしれないとサートは考えている。
「はい、俺の仕事しゅーりょー」
あー、休日に敬語使うと疲れるわーと、トンネルの入り口に着いたとたんに荷台の上で思いっきりくつろぎ始めるサート。
そのままお茶でも飲みだしかねない勢いでくつろいでいるサートだが、元々一人分の量しか用意していなかったものをユーザスと二人で分けて飲んだためお茶の残りが無いことに気付く。
「しゃあない、たしかコーヒーがあったはず、それでいいか」
「いや良くねえよ、むしろこっからが本番だろ。
寝るなコラ聞けオイ、ん、良い匂いだなそれ」
影から取り出したステンレスのカップに保温ポットのお湯とスティックコーヒーという即席で作った手抜きの物ではあるが、コーヒー独特の香ばしさは十分感じられる。
一口飲み、もう一口飲み、コーヒーの香りと暖かさで気がほぐれきっているサート。既になぜ屋外で飲むコーヒーはこんなにも美味いのだろうか、などとくだらないことを考え始めている。
その見慣れない色の飲み物と初めて嗅ぐ香りに周りの注目を集めながらも、そんなことを気にせず今度はたまたま大袋が特売だったために買ったキャラメルの残りを食べ始めた。
「でもさあ、実際のところ」
一息つき、口の中にまだキャラメルが残ったままではあるが、そのままゴッツに返事を返す。
「今回俺が出来ることはもうほとんどないよ? 相手が多数ってだけならともかく、味方も多いってのは相性が悪いんだよね俺」
「む」
元々が戦闘を目的にした魔法でないことに加え、さらに単独行動前提で一対多数を意識した戦術を用いてきたサートである。使う魔法は風魔法が多く、攻撃の効果範囲が広すぎるために仲間を巻き込んでしまうのだ。
「まあその分サポートはするから。遠くの安全圏でな」
「やっぱりこういう時魔術師ってえのはずるいぜ」
「キャラメルやるから我慢せい」
「三個な」
「この野郎」
そう言いつつも袋の中に手を突っ込み、キャラメルを鷲掴みして丸ごと渡すサート。一応ミラ達にも分けるよう、またちゃんと紙を剥いてから食べるように注意をする。そしてゴッツがキャラメルを配りに去った後、周りを見渡すと皆それぞれ携帯食料を取り出してゆっくりと食べ始めていた。
これから下手をすれば数時間、主級を相手に休む暇なく激しい運動を続けなければならないのだ。少しでもエネルギー補給をするために、長年培われてきた冒険者としての知識と経験によって事前に何かを食べるというのはよくあることではある。
と言っても量はそれほどでもなく、運動に支障をきたさない程度に小さなパン切れ数個に飲み物を数口、比較的胃腸が強い獣人でも干し肉を数切れ程度である。
魔術師などは頭をスッキリさせるための秘薬や、特別調合した超高カロリーな秘薬を混ぜ込んだ特性ポーションなどを飲むことが多い。当然不味い。
コーヒーやキャラメルの匂いに釣られて食べ始めたという訳でもないが、それでも見慣れない食べ物だ。好奇心の強い猫族の獣人にキャラメルを一つ分けてくれと言われたため、どうせならと干し肉一切れと交換した。だがこれが非常に硬く噛み千切るどころかサートの顎では肉に歯の痕すら付かない。
「硬っ、なにこれ硬っ」
ここまで来るともはや肉の味などしない。当然胡椒の風味などあるはずもなく、ただしょっぱい木の皮を齧っているのではないかと錯覚をしてしまう。
「そりゃ柔らかくはニャーと思うけども、顎弱すぎじゃニャーか?」
「現代人の咬筋力舐めんなよ」
この半分の厚さでも噛み切る自信なんかないぜと胸を張るサート。
「意味分かんニャーな。
ん、ちょっと乳臭いけども甘くてなかなかうまいニャね」
乳臭さが無ければもっといいのにと言いながらもそれなりに気に入ったようであった。
「そういう菓子なんだよ。ん、炙ったらちょっと柔らかくなったか」
「少し僕にも分けてくれないかな? 代わりと言ってはなんだけど先日仕込んだ山鳥がちょうどいい具合に熟成してきてね」
「……ちょっと旅慣れ過ぎじゃないですかね、あなた」
かなり良いとこの生まれっぽいのに、旅をしながら自家製の干し肉を作れるようにまでなってしまったその経緯を想像してさらに同情したサートである。
そうしてまわりにうまく溶け込み、適度に緊張感を解しながらも周りの様子を窺っていると一人だけ周囲の輪から外れ、何をするわけでもなくただじっと4階層への入り口を見続けている人物が目に入る。顔こそ無表情だが、気付かれないように観察を続けると心なしかイライラしているようにも見えた。
「ちょーっと時間稼ぎが露骨すぎたかね?」
言うまでもなく例の姫騎士隊所属の無口魔術師(15歳・名前はまだ知らない)である。
彼女からすればこんなところで立ち止まっていないで一刻も早く仲間を助けに行きたいのだろう。そのための救出隊だというのに、中身を見ればいきなり横からポっと出てきた変な魔術師が仕切る緊張感のない集団である。
姫騎士を無視するという無礼のみならず、道中も馬を疲れさせないためにと進むスピードは遅く、さらに仲間はすぐ目の前というこの状況で無駄な時間を費やしているのだ。この瞬間にも仲間の命が失われているかもしれない、と彼女が焦ってイライラするのは当然なのかもしれない。
だが彼女以外のほぼ全員は生き残りなど既に存在しないと考えている。いや、正確に言えばむしろ生き残りなど存在してほしくないのだ。
何よりも自分たちの命のために。
一人でも生き残りがいればその人物を助けるために人数を割かなければならない。ただでさえ少ない人数であるのにその上足手纏いまで加われば生存率はかなり下がってしまう。
救出作戦というのは、あくまでも建前なのである。
非情ではあるが、自他を問わず命の価値など冒険者にとってはそう高いものではない。
「本当なら迷宮に入る前にもうちょっと粘るつもりだったんだがなあ」
そこは少し運がなかったか、そう思っていると一人の獣人がサートの傍に寄って来た。
「最後にもう一度段取リの確認がしたい」
近づいてきたのは犬の獣人であった。ただ、同じ犬の獣人と言ってもガランとはまた違う犬種である。ガランをシェパードとするのなら目の前の彼はドーベルマンだろうか。今回集まった獣人たちのリーダー的存在であり、名をグラルと言った。
「段取りと言ってもこんな寄せ集めじゃ出来ることも限られているし、単純なものだぞ」
4階層に入ったらまずは姫騎士隊員と奴隷の死体を探す。
事前に聞いていた人数と死体の数が一致していればそのまま何もせずにすぐさま帰還をし、数が合わない、もしくは死体の損傷が激しく人数の確認が難しい場合は無理をしない程度に捜索を続ける。この無理をしない程度と言うのが非常に重要で、実質いつでも好きな時に撤退が出来るのと変わらない。
しかし死体の捜索途中に十中八九主級と遭遇してしまうだろう。その時は獣人たちに戦闘を任せ、死なない程度に満足するまで戦っている間に他の者が死体を探し出すというものだ。
「生存者がいた場合の確認だ」
「……本当にいると思ってんの?」
サートが面倒くさそうな顔をして聞き返す。
殆どの者が既に生存者などいないと考えている。それだけ主級と言うのは強大で、絶望的な力の差があるのだから。
「万が一と言うことがあルだろう。そレに、少し気になルこともあル」
「……まあ、それも打ち合わせと変わらないよ。最優先で保護をして即撤退、そんだけだよ。いたら、だけどな」
そしてとうとう4階層に突入する時が来た。
「馬車と馬はここに置いておく。主級なんかがいる階層じゃ馬が怯えて使い物にならないしな。もし怪我人がいても俺が浮かせて運ぶから安心してくれ。んじゃ、しゅっぱーつ」
誰もが忘れたころに更新
長く更新がなくて大変申し訳ありませんでした。




