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第14話~救出作戦その1~

食事シーンはありません

話もあまり動かない準備&説明会です


 「うおっ、まぶしっ」


 雲一つない空でその存在を主張する唯一の物体である太陽があたりを明るく照らす。

 つい先ほどまで僅かな光源しかない暗闇の中で長時間作業をしていたため、急激な光度の変化に目がついて行けず思わず手で光を遮る。


 太陽の位置から推測するに、時間はちょうど午後を回ったところだろうか。

 お天道様が一番よく働いている時間だ。道理でまぶしいわけである。そう考えながらゆっくりと伸びをする。


 朝からユーザスに呼び出されて迷宮の中で大量の蟻相手に延々と作業をしていたのだが、思ったよりも時間がかかっていなかったらしい。ユーザスはまだいくつかやりたいことがあるらしく、一人でゆっくりと迷宮から出口を目指すそうだ。


 一人で行けたのだから来た道を辿って帰ることが出来ない道理もない。加えて言えば、もう既に病気もせず食事をとらなくても生きていけるという仙人や妖怪の域に両足を突っ込んでいるような人だ。そんな殺しても死にそうにない相手に心配するだけ無駄というものである。

よって、御言葉に甘えて一人で迷宮の外に転移したサートであるが、時間が非常に中途半端だということに気付く。


 さて、何をしようか。その場に立ち止って少し考える。


 これからまた迷宮に潜って狩りや採掘をしようにもいつもの商人たちはいないだろう。主級が討伐されなければ迷宮には潜れず、迷宮からの産出品が無いと分かっているのならばいつもの競り場に集まる理由もない。ギルドに持って行っても無駄な時間と労力がかさむだけである。

 売る相手がいないのだ。わざわざ今日迷宮に潜る理由も薄い。影の中に保存しておいてもいいのだが、そうまでしてお金を稼ぐ理由も今となっては必要なくなった。

 何より今は久々の太陽の光を浴びていたいとサートは思った。


 ならばどうしようか。

 ふむ、酒場の方に行って昼間から酒というのもいいかもしれない。温くて薄い、あまり美味いとは言えないエールだが、同時に度数も低いから今の時間から飲み始めても問題はないだろう。ぐでんぐでんに酔っぱらうという事態にはならない筈だ。それに今朝醤油を通じて知り合った冒険者たちがまだ何人かいるかもしれない。


今度は目の前で味噌でも塗って炙ってやろうか。どんな反応をするのか楽しみだ。適当なつまみとコップを片手に彼らと喋りながら場の空気に酔うのもいいだろう。


 いや、それならいくつかの調味料を土産にゴッツの家に飯でもたかりに行こうか。

伝家の宝刀『さしすせそ』のうち『せ』は無くなってしまったが、まだ『さしすそ』が残っている。いい機会だから防災セットの中身を更新しよう。そのついでに今持っている調味料を譲ったら喜ばれるだろう。

 どれもこの世界では滅多に見られないほどの精製度を誇る一級品だ。砂糖や味噌などはかなり珍しいだろうが、女子力がとても高そうなアーグなら上手く使って美味いものを作ってくれるだろう。


 そんな楽しい休日の午後の過ごし方を考えながらのんびりと歩き始めると、何やら騒がしい気配を感じる。複数の人間が何やら落ち着きなく右往左往しているような気配だ。少し気になったので様子を見に寄り道をしてみれば、迷宮の入り口から数十秒ほど歩いた場所にある広場でギルド員と冒険者を数人見つけた。


 ここはもともと迷宮で狩った獲物や採掘した鉱石などを町まで運ぶための荷車の貸し出しをしたりする場所である。小さいながらも冒険者のための治療院や簡単な保存食を売る店などがあるためギルド員が複数人常在している。そのため町の城門よりも外にあるにもかかわらず宿舎などの建物が幾つか存在するのだ。

 また、すぐに血抜きや解体が出来るように広い作業場が併設されているのだが、その広場でギルド員に対して何やら激しく突っかかっている女性がいる。そのすぐ傍で様子見をしている冒険者たちの中に知った顔を見つけた。相手もこちらに気がついたらしく、こっちゃ来いと手招きをしている。


「やあ、なにしてんの」


「こんにちはサートさん。先日はお世話になりました。あれほど上等な干し肉は初めてでしたよ。よろしければ生産地を教えて頂いてもよろしいでしょうか? あまり遠くなければ少々高くても定期的に仕入れたいのですが―――」


「んなことより、とりあえずこっち来い。早く」


 そこにいたのはサイスとアイラであった。

 二人とも皮鎧を着こみ、ギルド員と女性のやり取りを周りと一緒に傍観していたのだが、挨拶もそこそこに広場の隅へと移動する。何やら真面目な雰囲気が窺い知れたので大人しく従うことにした。





「んで何なのこの状況? いや、もう大体予想は付いたけれどもさ」


 そういってサートは先ほどの女性に視線を向ける。


「一応聞くけど、あれ噂の姫騎士団・・・・の人であってる?」



 まず目に入るのはその華美な装飾が施された鎧である。

 皮ではなく金属で作られたその白く、細身の鎧にはこれでもかといわんばかりに細かな細工が彫られ、見る物の目を惹きつける。少なくとも冒険者が使えるような鎧ではない、そう一目で分かる豪華を体現したような装備であった。

 ただ、儀礼用や対人戦ならばともかく迷宮で魔獣相手にその装備はどうなのだろうか? と、疑問に思ってしまうほどにこの場にそぐわない鎧でもあった。


 次に目に入るのは髪だ。

 銀色の、鎧以上にその存在を主張するその長い髪は腰にまで届き、その整った顔を更に引き立てている。

 だがよく見れば、もとは丁寧に編み込まれ整えられていたであろうその髪は中途半端に崩れ、激しい運動をした後のように乱れている。さらに、怪我を負っているのであろう、その頭には包帯が巻かれ片方の耳からは血が滲んでいる。視線を下に移せば身体にもところどころ包帯が巻かれている。


 鎧も血と埃で汚れ、まさに満身創痍といった体なのだが、それでも激しく声を荒げて灰色の制服を来たギルド員と口論をしている。


 口論、とはいっても相手のギルド員の方は静かな口調で話しているためにそちらの方の声は聞こえなかったが、怒りと焦りの為であろうか、一方的に怒鳴るような声で話す女性の方は少し離れていても簡単に内容が聞き取れた。

 少し耳を傾けてみれば、「早く援軍を―――」「何故じゃ―――」といった言葉が聞こえてくる。


 ここまでくればすぐに分かった。十中八九、主級の討伐に失敗し逃走してきたのであろう。仲間がまだ迷宮の中に取り残されておりその救助のために援軍を、といった内容の要求だろうとすぐに予測がついた。

 そしてサートがそれをサイス達に確認するとまさにその通りだと肯定をされた。


 ほーうあれが、と今巷で話題の有名人を生で見た一般人のような反応をしていたサートだが、アイラに思いもよらに事実を告げられる。


「正確に言うと、『姫騎士団』じゃなくて『姫騎士』本人だがな」


「ぶっ」


 アイラのその言葉を聞いた瞬間に思わず吹き出してしまう。


 改めてその女性をじっくりと観察してみる。すると確かに鎧の背と、腰に帯びている剣の鞘に人の掌を模した王家の紋章が彫刻されていた。それも一般の騎士の鎧に彫られる『右掌』ではなく、王族のみに許された『双掌』の紋である。

 流石にこれほど堂々と王族を偽る者などいる筈がない。アイラの言う通り本物の騎士姫なのだろう。


 ああ、これは面倒事だわ。

 サートは確信した。




 『姫騎士』という名はこの周辺の人族の国では有名な通り名だ。


 姫騎士とは大陸中原の大国、ユーラ王国の三の姫を指す称号である。かなりのお転婆として有名であり、王宮内での様々なお勉強よりも武芸を好み、無理やり王宮を抜け出してはしょっちゅう王国中を冒険して回っている。平民にも差別をせず、貴い血らしからぬ気さくな性格とその容姿も相まって王都の民たちから絶大な人気を誇る人物である。


 そして彼女を語るにおいて何よりも重要なのは、王国の歴史を振り返ってみても数少ない、女性でありながら『騎士』を名乗ることを許された人物であるということだ。それ故いつからか、自然と『姫騎士』の名が定着していった。

 その名はまだこちらの世界に訪れ始めてからそう長い時が経っていないサートの耳にも届くほどであった。


 しかし『姫騎士団』とは正式には騎士団ではない。『騎士団』とついてはいるが正確に言うならば姫騎士が率いる私兵である。だがこれも姫騎士の呼び名が定着し、彼女の私兵の人数が増えていくにつれて自然とそう呼ばれるようになっていった。


 構成員はすべて貴族の子女であり、その華々しい鎧とあの姫騎士様が率いているということから、王都や近隣の村々に住む若い娘たちにとって姫騎士団とは、一度は入ってみたいと夢見る存在であった。




「……噂には聞いてはいたけれども、まあ、何というかマジか」


 一国の姫ともあろうものが一体何をしているんだこんなところで、と驚くのは無理はない。同時に、何故このような状態になっているのかも大体理解した。

 故に、





「実家に帰らせてもらいます」


「まあ待てよ主級第一発見者」


「ついでに唯一の接敵経験者でもあるサートさん。とりあえず転移しようとするのはやめましょう」


「嫌だよ、『ままごと騎士団』とか。関わっても碌なことにならないでしょ絶対。



 ……その手を離せぇっ!」


 理解した瞬間に踵を翻してその場を離れようとするも、アイラとサイスの二人に両肩を掴まれるサート。

 二人ともサートの気持ちはよく理解していた。何しろあの『ままごと騎士団』なのだから。立場が違えば自分たちもそうしたであろう。


 だがサイスたちにとっては今回ばかりはそうもいかない。「俺今日はもう十分すぎるほど働いたと思うんだ。休日なのに」と愚痴るサートをサイスが何とか宥め、事情を説明した。




 『ままごと騎士団』とは『姫騎士団』を揶揄する別称である。その他にも『ごく潰し騎士団』や『行き遅れ騎士団』、『世間知らず騎士団』等、他にも数多くの蔑称で呼ばれている。


 彼女たちをそう呼ぶのは主に冒険者や傭兵、そして同じ王国の兵士たちだ。


 特に王国兵士団はなまじ町娘や一般の平民たちよりも距離が近いばかりに多くの面が見えてしまうのだろう。彼らにとって姫騎士団とは、決して相容れることのできない存在であった。


 彼女たちは表向き姫の護衛や後宮の警護の任に就いているとなっている。が、実際の所は正式な役職など持っていないただの個人の私兵にすぎない。すでに護衛と警護の本職の兵士が存在する以上、彼女たちのしていることは正にままごと以外の何物でもないというのが彼らの認識だ。


 また、姫騎士団と聞こえは良いが、その構成員の大半が嫁ぎ先を見つけられず、婿取りの順番の回ってこなかった貴族の三女四女である。

 国の軍に入隊し兵士となればよい男と違い、娘が余った場合はどうしても処分に困る。外聞に関わるために気軽に平民に嫁がせるわけにもいかず、かといってずっと家においておいたとしても大した役には立たない。


 つまり姫騎士団とは、嫁ぎ先の見つからない娘を抱える親にとって都合の良い、在庫の最終就職先であった。

 故に『ごく潰し騎士団』『嫁ぎ遅れ騎士団』なのである。


 そんな彼女たちが『騎士団』という自分たちが憧れる名で呼ばれている。そしてそれを否定もせず、あろうことか自ら『姫騎士団』と名乗り始めてすらいると兵士たちは認識している。

 厳しい訓練に耐えた優秀な兵士の中でもさらに一握りしか名乗ることを許されない『騎士』という称号。それは彼らにとっては特別な意味を持つのである。

 故に、そんな男たちの『夢』を汚す姫騎士団は、国中の兵士から疎まれていた。



 傭兵や冒険者にとっても姫騎士団は嘲笑の対象であった。

 何しろ元は貴族のお姫様たちが集まった私兵団である。三女四女とはいえ、それでも平民よりは裕福な暮らしをしていたのだ。多少の貧富の差はあっただろうが、貴族というだけで必要最低限の暮らしは出来ていたであろうし、肉体労働など許されなかったであろう。


 故にいくら立派な鎧に身を包もうがその華奢な体までは誤魔化せない。

 そんな細い腕で一体どんな剣が振れるというのか。そんな細い足で獲物に追いつけるのか。その華奢な体で戦うなど無様を超えてもはや滑稽である、と。


 筋力、体力、耐久力、戦いに必要な肉体的能力が男に劣る女がいくら鎧を身に纏おうが強くはならない。純粋に実力のみが物を言う世界に住む傭兵や冒険者たちにとっては、姫騎士団など正に烏合の衆以外の何物でもなかった。



 だがそれを面白く思わないのが姫騎士本人だ。

 確かに、今の姫騎士団が親世代の貴族に都合よく使われているのは否定しない。男に比べて身体能力的に劣っているのも認めよう。それは否定しようもない事実なのだから。


 だがしかし、だからと言ってそれだけで彼女たち『姫騎士団』が馬鹿にされるのは許せなかった。彼女たちだって姫騎士団に入隊してからは鍛錬をし続けている。毎日実戦を想定した模擬戦訓練を行い、男に負けてなるものかと高い志を持って腕を磨いているのだ。それ以外にも馬術や弓術、さらには宮廷作法に至るまで姫騎士自ら手塩にかけて育ててきた。


 そんな姫騎士であるからして、今の姫騎士団に対する評価は不当な物であると感じている。何とかして兵士や傭兵たちの持つその不名誉な認識を改めさせたかった。

 だがそんな都合よく姫騎士団の実力を世間に知らしめることのできる機会が訪れる筈もない。国にとっては幸いなことだが、ここ数年は周辺国との関係も悪化せず争いの起きる気配も今のところはない。

 唯一の気掛かりだった国王の世代交代も問題なく戴冠式を終えることが出来た。

 それにたとえ戦争が始まり戦火が交わったとしても今のままでは戦場に赴くことすら許されないだろう。


 それでもいつか、とチャンスを待ち続けているうちに一年が経ち、二年が経ち、もうこうなったらいっそのこと国で武闘祭でも開こうか、そう思案していた時に各地の迷宮で主級が続出しているという噂を耳にする。


 これだ。

 そう彼女は確信した。


 誰にも迷惑をかけず、しかも目に見える功績。上級の冒険者たちが多くの犠牲を払ってようやく討伐できる暴力の象徴。直接この目で見たことはないが、その多くは巨大な体躯を持つ魔獣だという。


 人よりもはるかに大きく凶暴な敵を打ち倒す。

 巨大というのはそれだけで人々を畏怖させる。これを達成できれば自分たちの実力を示すのにこれ以上の証は無いだろう。


 そうと決まればとあらゆる伝手を使って情報を集め、ついにこのアルバで主級が現れたという情報を手に入れたのである。




「で、その結果が瞬殺、惨敗、即壊滅と。


 まあ、初見じゃキツイって。それは誰がやろうと変わらないと思うよ? 魔物ナメすぎ、主級ナメすぎ、順当順当、別に何もおかしくないって。

 んで、王族という立場と権力でかなり無理やりな割り込みで討伐を強行したから、冒険者ギルドの顔が丸潰れ、ギルド長激オコ、ってことか。



 というか詳しいね、やたらと」


 流石に王国兵との対立までは知らなかったわー、と感心するサート。

 サートは冒険者たちの噂ではやたらとプライドの高い貴族のお嬢様たちが、なんちゃって騎士団として活動しており、貴族階級の出身の世間知らずが大半で、目をつけられると非常に面倒なのでなるべく関わらないようにすべし、ぐらいとしか知らなかった。



 そういうとアイラが渋い顔をしてあさっての方向を向き、頭を掻きながら眉を顰め、「古巣なんだよ、一応」と言った。


 古巣とは、つまり元姫騎士団ということなのだろうか。意外過ぎる告白に思わず絶句し、改めてアイラを上から下まで見直してしまう。


「なんでグレちゃったの?」


「うるせえ」



 純粋に疑問に思ったことをポロリと零したサートだったが、そのやり取りがよほど可笑しかったのか、サイスが隣で口元を押さえてプルプルと震えながら必死に笑いをこらえていた。


 それが癪に障ったのかアイラはサイスの脇を小突き、不機嫌そうにドスンと近くにあった荷車へと腰を下ろした。

 そして自分だけ笑われるのが我慢ならないのか、道連れとばかりにそのままサイスの昔話を語りだす。


 聞けばサイスは元王国に仕える兵士だったらしい。それもそのまま順調に修行を積めば数年もたたずに騎士へと叙任されることは間違いないだろうとされていたほどの将来有望な兵士だったそうだ。

 へえそうなんだと感心しながらも、そんな二人が何故こんなところで冒険者として迷宮に潜っているのか、どことなくラブロマンスの匂いがしたが、野暮なことだと追及はしなかった。


 そんな過去がある二人だからこそ今回の件について積極的に情報収集をしているのだろう。




「話は戻るけど、ようするに救助を手伝ってくれってことでいい?」


「端的に言えばな」


「いやあ、主級が徘徊する階層で救助活動なんて、普通は半分死にに行くようなものなんですけどねえ」


「俺の国には『ミイラ取りがミイラ』という諺があってだなー」


「……大体の意味は分かりますが、縁起でもないこと言わないでください。本当にそうなりそうなので」


「すまんすまん」


「まあそんだけ危険っつうことだからな。この町にいる全ての魔術師をかき集めて、そこに志願者を加えて行くことになってるんだが、集まりが悪い」


 だがそれは仕方のないことでもあった。何しろ猪の主級を討伐してからまだ七日しかたっていないのだ。

 疲労も怪我も十分に癒えているとは言えず、武器や防具などの状態も完全ではない。その他の冒険者は元々実力不足とみなされた者達ばかり。ギルド長が他の迷宮都市から呼び寄せた冒険者たちもまだアルバに着いたばかりであり、旅の疲労がまだ完全には抜けきっていない状態だ。


 姫騎士団は徒歩ではなく王都から馬車に乗ってここまで来ていた。しかも団員の世話役もかなりの人数を引き連れて来ていたため、旅の疲労が比較的軽かったのが逆に災いした。


「まあしゃーないね、そこは。間が悪かったというか……いや、これも姫騎士様の自業自得か?


 それより、肝心の魔術師は何人集まったの?」


「サートさんを抜いて5人です。うちのミラとベテラン二人に比較的軽傷だった姫騎士隊の生き残りが一人、そして最近来た貴族の魔術師が一人。

 この町に魔術師はあと数人は居ますが、皆先日の主級討伐の際の負傷と魔力疲労から回復しきっていませんので今回は特別免除となりました。

 練度のばらつきは大きいですが、それでも集まった方じゃないですかね」


「むしろそんなにいたことにびっくりだ。町にいる奴ら全員合わせて片手が埋まればいいなと思っていたからね」


 この迷宮都市アルバにいる冒険者の数は数百人の規模に達する。その中で魔術師が十名にも届かないということはその割合は数パーセントということになる。だがこれは決して低い数字ではない。


 魔術師として大前提である魔力の量に優れた人間の割合がそもそも低く、そしてそこから魔術師としての知識を学ぶ環境と機会に恵まれた者はもっと少ない。

 さらに言えば大きな町に行けば決して食い逸れることのないと言われる魔術師が、命の危険が付き纏う冒険者として迷宮都市にいることがまずありえないといってよいだろう。よほどの変人か、そうしなければならない理由でもなければまず有り得ない。


 故に比較的小さい迷宮都市、冒険者の数が数十人から百人という規模の迷宮都市では魔術師が一人もいないということがざらにある。アルバは比較的大きい迷宮都市ではあるが、魔術師の数という点で見れば王都や主要都市よりも圧倒的に劣るのだ。


 ここでサートはハッと閃く。


「……実は俺も怪我が―――」


「見せてください」


「…………いや、魔力の残りがもう少なくてさー、だから―――」


「ミラを呼んで確かめてもらいましょうか」


「ちぃっ、あいつそんなことも出来るのかよ。(親に似て)無駄に優秀な奴め」


おとこ見せろよー」


 アイラが煽るように言う。


「そういう男女差別はよくないと思いまーす!


 ああ、そういえば今更だけどもゴッツやガラン達も救出隊に参加すんの?」


「ミラ一人に行かせるわけにもいかねえだろ。全員参加だ」


 あの子を守るために志願したよとアイラが続ければ、今度はサイスがサートに囁くように言った。


おとこ見せましょうよ」


 何でも、魔術師招集の話を聞いたときに迷いも躊躇もなく、それこそゴッツやガランよりも早くミラを守るために救出隊に志願することを決心したのはアイラだという。当然全員が同じ意見ではあったが、その思い切りの良さはアーグとは逆に女にしておくのはもったいないぐらいのおとこ気であった。


「姉御と呼ばせてください」

 

「お前そうやって話をはぐらかそうとしたってそうはいかねえぞ」


 そのことを聞いたサートはとりあえず一番最初に頭に浮かんだ言葉を発したが、すぐに鼻で笑われてしまう。


 そう思ったのは嘘ではないが、適当なことを言って話を脱線させて有耶無耶にしてしまおうと思ったのも事実だったため、サートは目をあわせないようそっぽを向き「さあ何の事だか」と装うも内心で思い切り舌打ちをしたのだった。



――――――



「そろそろ生産的な話をしようか。現状って実際ヤバいの?」


「長い前置きでしたね。

 さて、現状ですがこのままいけばまず間違いなく救出は失敗します」


 そしてギルド長はそれ(救出失敗)を狙っている。いや、正しく言えば成功させる気など元々存在しないのだ。


 本来ならギルドに所属していない者をギルドがわざわざ救出する義務はない。それが冒険者がギルドに所属する利点の一つであり、理由でもある。が、今回の相手は仮にも王族である。一応でも救出をしようとするポーズが無ければそれはそれで面倒になるのだ。だから一応救出隊は派遣する。


 だが、何しろギルドにとっては本来冒す必要のない危険だ。それに、これから冒険者による本格的な主級討伐も控えている。故に少しでもこちら側(冒険者)の戦力を減らしたくはない。

 よって、下手に人数を増やさない方がかえって引き際を間違えないだろうと踏み、救出隊を強制ではなくあえて志願制にした。


 下手に人数が多ければそれだけ油断が生まれる。中途半端な人数など主級相手には無いのと同じ。ならば最初から少数にすればよい。

 彼我の戦力差を理由に撤退しやすくなる理由にもなるし、到着した時には既に壊滅していたなどという口裏合わせも人数が少ない方が何かと都合がよい。もしも引き際を間違えたとしても被害は最小限に済むのだ。


「あー、だから姫騎士さんはさっきからあんなに必死で抗議しているのか。救出する気が全くないのが丸分かりだから」


「恐らく、ギルド長は親姫騎士ではない国の上層部とはすでに話をつけているのでしょうね。いくら怒っているといってもここまで露骨にするような方ではありませんから。まあそれは別に良いのですが。


 今回の主級について色々情報を集めていくとですね、どうも予想していた以上に厄介でして。下手をすれば撤退の判断を下す前に一瞬で全滅、ということになりかねないのですよ」


「ああうん、有り得る」


 無い話ではないどころか、そうなる確率がかなり高い。あの真夏の蝉の鳴き声が子守唄に聞こえる爆音と、人間が軽く吹っ飛ぶ衝撃波の二重攻撃は分かっていても躱せない。十中八九、姫騎士団はこの攻撃によって壊滅させられたのだろう。

 サートのような大気を操る術を持つ魔術師でない限りまともに防ぐ方法は無いと言って良い。


「ミラを一人で行かせるわけにもいきませんし、かといって死にたくはないので助けてください」


「頼む」


先ほどの軽い空気とは正反対の、真剣な雰囲気で二人が頭を下げる。


「最初からそう言えばいいのに、長い前置きだったな」


「サートさん、絶対逃げますよね?」


「…………半々、かな」


 無論、いきなり救出手伝ってーと言われた時にサートが逃げる確率が、である。

 せっかくできた友人を助けたくないわけではないが、かといって明確な厄介ごとに首を突っ込みたいわけでもない。何よりせっかくの休日の午前が大量の蟻の死体に囲まれて潰れてしまったのだ。午後もまた蟻かよ、そう思ってしまう可能性が非常に高い。



 はぁ、と小さくため息をついて一言。


「まあ、元々これから飯を集りに行こうかと思っていたところだし」


 その旨い飯を食べる場所が無くなってしまうかもしれないというのは惜しい。

だから貸し一で、なんか珍しくて美味いものでも奢ってもらえればいいよとサートが言えば、二人揃ってサートに深く感謝の言葉を口にした。




 サイスは口には出さなかったが、ここでサートと出会いその協力を得たことはまさに地獄に仏が現れたかの如き幸運だった。

 魔術師としての実力にも当然期待をしているが、それよりも件の巨蟻の主級と戦い、見事情報を持ってきたという実績が今この時では重要だった。なぜならば、この救出隊においてその主級を実際に目にしたことがある人間は、サートを除けば姫騎士隊の数少ない生還者である魔術師一人だからだ。


 その事実自体には別になんら問題はない。問題なのはその人物だ。

 何が問題なのかと言えば、まずその若さである。サイスの今まで見たことのある魔術師の最年少であり、もう二度と更新することはないだろうと思っていたミラを下回る十五歳だという。

 次にその為人だ。性格は大人しく、かなり無口。身体つきを見てもやはり華奢で武器を扱えるとは思えず、おそらく魔術の才を買われて姫騎士団に所属しているのだろう。そんな彼女が何故無事で、しかも軽傷で済んだ理由はただ単純に隊の最後衛で待機していたからにほかならない。


 何が言いたいのかと言えば、非常に頼りないのだ。

 こういった志願者による救出作戦では現場や情報を一番よく知っている者の意見が力を持つ。そして今回の場合だとそれが彼女にあたる。

 ミラという前例がある以上なるべく年齢だけで判断はしたくないのだが、それでも年齢の低さというのはそれだけ経験の少なさを証明する。頭が悪いようには見えないが、その性格が合わさって不安は倍増する。しかし実際に主級の力を目の当たりにしたのは彼女のみであるために無視もできない。

 だが、おそらく一瞬のことであっただろう主級との接敵のその短い時間で、若く経験の乏しい彼女にいったいどれほどの情報を得ることが出来たのだろうか。大人しく、お世辞にも戦うことに向いているとは思えない性格の彼女が、怯えずに主級から目を逸らさないで観察が出来たとは思えない。


 情報だ。少しでも皆で生きて帰る確率を上げるためには情報が必要なのだ。


 表には決して出さないが、内心はかなり焦っていたサイスにとって散歩途中に偶々知り合いを見つけたから寄ってみたかのようなノリで現れたサートを見た時は思わず小躍りしそうになった。

 まだサートの実力を見たことは無く、何が出来るのかも詳しくは分からない。だが少なくとも状況はかなりマシになっただろう。


 ああ、まだ救出は始まってすらいないのに、何でこんなに疲れているんだろう。また白髪が増えるなあ、とサイスは思う。


 思わず深い溜息がこぼれる。

 その溜息があまりにも大きかったせいか、アイラとサートがこちらを見た。


「また白髪が増えるぞ」


「……なんだ、今度良い酒持ってくるから一緒に飲もうか」


「……お気遣いありがとうございます」


 サイスに対してますます親近感が湧くサートであった。


 

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