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第12話~平和な日常=嵐の前の静けさ~


今回は試験的な意味合いも含めて一人称です

「あー、まあ、こんなもんか」

 

 そうして大きく伸びをして体をほぐす。長時間の細かい作業で非常に疲れた。

だがまあ、その疲労に見合った成果は上げられたのではないかと思う。


「さって、と。じゃあさっさと売りに行くか。」

 

 

 

 俺は今自分の部屋で貯めこんだ貴金属を換金するための下準備を行っていた。

 

 ぶっちゃけ日本円の貯金が心許なくなってきたから、そろそろ当初の予定通り老後の貯金を作り始めようというわけである。

今まで迷宮に潜っていた理由の半分以上がそのためだったし、すでに十分すぎるぐらいに資金は稼いだ。


 まだそれほど長い期間迷宮に潜り続けていたわけではないが、元々複数人で数日間かけて潜り、限られた体力で重い換金素材を苦労して運び出す迷宮探索という仕事を、反則じみた魔法で価値が高いがその分重い希少鉱石ばかりを狙って大量に集めていたのだ。

 分け前を分ける必要もないから(ボッチだから)独り占めできる、それもたった一日で。


 それはもう、儲かる儲かる。


 薄給サラリーマンとのギャップも相まって、正直笑いが止まらないぐらいに。

 

 その稼いだ分のほとんどを換金しやすいようにきんに換えていたのだが、むこうの世界のきんをそのまま売るには形が歪で重さの規格もこちらとは違う。そのまま売るのはかなり不自然だったから、少しでも怪しまれないようにと錬金で金を装飾品に加工した。

 

 だが、錬金と言っても俺には基礎中の基礎の、文字通り金属を粘土のようにこねて形を変えるぐらいしか出来ない。よって、細かい装飾などはつけられないから指輪のような小さくて繊細な細工が必要なものにはしないで、腕輪のように大きくてシンプルでもおかしくない装飾品として加工したのだ。


 まあそれでも、いきなり大量の金を一気に換金するのは流石に出処を疑われそうだから、今回は百万円分のみを換金するつもりである。今はまとまった金額がすぐに欲しかったから自分で売りに行くが、後はネット上でもゆっくりと売っていこうかとも考えている。


 なるべく足がつかないように海外へ『跳んで』複数の換金所で一気に換金というのも考えたが、自分の英語力がとても怪しいことに気付き断念。


 よって国内で売ることに決めたのだが、多数を売るのも面倒だからなるべく少ない数で済むよう、デザインが損なわれない程度に腕輪を少し分厚くして重さを稼ぐ小細工をしている。


 いやあ、こういう時に改めてきんというのは楽で良いと思う。

 何せどんなに見た目が良くなくともきんというだけでその重量分の価値は保障されるのだ。芸術的センスに自信が無い自分にとっては助かることこの上ない。


 まあ、だからこそ迷宮に潜って稼いだ資金のほとんどをきんに換えているんだけどもね。



 長時間の作業で凝った肩を揉み、慣れないことはするもんじゃないなと思いながらいくつか加工した腕輪を鞄に入れて、換金店へと出かけた。




 結局、あの時の焼き魚の残りは師匠が泊まる宿屋に寄付という形で何とか処分できた。ついでにタイミングを逃して結局売れなかった残りの魚もお土産として渡した。

 

 こんなにいらんと言われたが、俺もいらん。

 ギルドからほとんど勢いに任せて逃げ出してきた手前その日のうちにまた戻るというのもなんだか気まずいし、自分が持っていても消費しきれんから腐らせるだけだし。

 

 内陸にあるアルバではあのサイズの魚なんて川では滅多に取れないから、宿に寄付してくれればもしかしたら物珍しさもあって後で定期的に需要が出てくるかもしれない。迷宮に潜ってまで魚を釣る奴もまずいないから、宣伝という意味で最終的には俺の利益になる……かもしれないという打算も無きにしも非ずだ。


 むこうでは別に金に困ってはいないから無理して稼がなくても良いとはいえ、気分はウハウハである。

 

 師匠とは後日また会おうと言ってその日は別れたが、どうやら師匠は本当にしばらくのんびりと休みを取るらしい。


 嘘つけ。

 

 その言葉を聞いたとき、思わずそう口に出しそうになった。

 伊達に前世での付き合いが長いわけではない。俺には分かる。そして確信している。



 絶対あの人その内なんかやらかす。

 

 絶対にだ。



 ―――――


「アンちゃんお代わりお願い。大盛りで」


「はーい。まったく、安い食事であんまり長く居座らないでくださいよ。ただでさえ最近は忙しいのに」


「そうなの? じゃあ適当になんか肉も追加。高くても構わないから、あの芋虫じゃなくてちゃんとした美味いやつ」


「あれ、珍しい。言ってみるものですね。

 分かりました、期待しててください」


 珍しいとは失礼な、まったくもってその通りだけど。


 俺が高い料理を注文したのがそんなに珍しかったのか、嬉しそうに食器を片づけながら厨房に戻っていくアンちゃんを見送り、お代わりが運ばれてくるまで腹休みがてらちょっとした情報収集として周りの様子を伺う。


 主級の討伐から一週間たったが、軽く見た限りではこの店にいる冒険者たちはまだまだお金には余裕がありそうだ。


 ギルドが頑張って人数を集めてはいたが、それでも主級の討伐にしては頭数がかなり少ない方だったからその分一人頭の報酬が多かったとは聞いた。でも思った以上にギルドが太っ腹だったらしい。


 あの若いギルド長の決定だろうが……ちょっと、ギルドに対する態度ミスったかなと思わなくもない。でもまあいいや。やっちまったもんは仕方ない。

 それに何もこっちの世界でまで取引先の顔色を気にしながら過ごしたくない。


 それはそれとして、冒険者たちはとても元気そうである。仲間を失ったり大怪我を負ったりした奴らも多かっただろうに、流石の切り替えの早さというべきか、絶望や不安といった感情とは無縁の顔だ。


 だが、猪の主級討伐に参加していなかった他の冒険者たちがあれからすぐに迷宮に潜っただろうから、流石にあの蟻の主級のことを一週間も気付かないということはないとは思うのだが、この気楽さというか余裕さはちょっと予想外だった。

 もしかして蟻の主級討伐には参加しない組なのだろうか。十分に稼げたからしばらくは遊んで過ごすと決めたのか、それとも他の理由があるのか。とにかく情報が足りない。


 朝から楽しそうに談笑しながら羽振り良く地味に高くて美味い料理を大量に注文してるし、どういう状況なのだろうか。まあ自分もその旨そうな匂いに我慢できずについ追加の注文をしてしまったのだが。そのことについては後でゴッツ達にでも聞けばいいか。いなかったら師匠でもいい。


 それよりも今は飯だ。




 俺が食べていたのはパッと見はとても健康に良さそうなオートミール……もどきである。

 まあ、実際には燕麦ではなくよく似た別の種類の穀物なのでオートミールと言ってよいのか微妙だが、見た目と作り方は似たようなものなので細かいことは気にしない。


 それに、値段が安い分古くなった別の穀物もいくつか一緒に混ぜ込まれているため、もはや雑穀の御粥もどきになっているが、それはそれでらしくて懐かしい。


 味は普通に麦の味だが、地球産の品種改良をされた物とは違って粒の大きさも質も劣っているために現代人の舌にはそんなに美味しいとは思えないだろうが、それでもほのかに香る麦の香ばしさが食欲を誘う。

 

 水分を含んでいる分お腹が膨れやすく、余った麦などを適当に炒って砕いてお湯で粥状にした程度の物だから非常に簡単且つ安いのが売りの、駆け出しの貧乏冒険者や迷宮と旅の野外食の定番メニューの一つとして昔から幅広い層の冒険者にそれなりに需要のある料理だ。


 自分も過去に町で腐りかけ麦を捨てるよりはマシな値段で安く買って、水すら貴重だったからそれを主食としてそのまま齧って食べていた底辺時代に、偶の贅沢として食べていた。


 あまり良い思い出のない当時を思い出しながら木の器を持ち上げて勢いよくオートミールをガツガツと口に掻き込み、頬をリスのように膨らませながらゆっくりと咀嚼する。


 これはその当時によくやっていた食べ方だ。口に含みきれないほど詰め込んで食べると、口の中で噛んでいる間だけは少しだけお腹いっぱい食べられる気分に浸れるという子供の浅知恵だが。

 その分早く食べ終わってしまうし、よく噛んで少しずつちまちま食べた方が腹持ちがいいから普段は絶対にやらなかったが、数少ない贅沢を一瞬でもいいからより幸せな気分で味わいたいという何とも言えない考えから始まった食べ方である。


 久々にやってみたが、うん、普通に不味いとしか感想が出てこない。


 思わずもう一杯お代わりを頼んでしまった。


 店に出されているものは安い分特に凝った味つけをしているわけではない。良く言えば素材本来の味であるが、悪く言えば飽きやすい味でもある。匂いは悪くないんだがな、匂いは。


 あの頃は飽きるだのなんだのということは言っていられなかったから特になんとも思わなかった。というよりは、美味いものなんて碌に食べたことが無かったから文句どころかご馳走と感じていたが、今ならとても耐えられないだろう。

 

 それでもしっかりと味付けに手間をかけたりすればまた違うのだろうが、この世界でこの料理に使う調味料を買う金があったら、その時は普通にその金を他の食べ物を買うのに使った方が得だろう。



 こうしてたまに食べるぐらいならまだしも、毎食これだと飽食の国日本で生まれ育った今の自分には絶対に耐えられないだろう、断言できる。

 某飯マズの国とかも、短期の旅行以外ではあまり行きたくない。同じ不味い飯でもあれはまた別物だからだ。


 不味けりゃ良いってもんじゃねえんだよ。というか、そもそも別に不味い飯が好きってわけじゃないし。昔食ってたものが偶々全部不味かっただけだし。

 

 そうこうしているうちにオートミールの御代わりが先に来たので口の中に詰め込めるだけ詰め込んでモッサモッサとボッチ飯をしていたのだが、周りが旨そうな飯を食ってる中で、一人だけこれを食ってるのはなんというか、流石に虚しい。


 早く肉来い。俺の心が折れる前に。


 そう思い始めたときにやっと肉が来た。


――――――


 俺は確かに高くてもいいから美味いやつをとは言った。言ったが、


「でもだからってこれはねーよアンちゃん」


「いつも安いものしか頼まないくせに不味い不味いと言ってるサートさんが、珍しく高くて美味いものを頼んだと言ったら、うちの料理人が気合いを入れて作りましたよ。」


「嘘つけ、嘘つけ。明らかにこれもっと前から準備してたやつだろ」


 丸焼きだぞ丸焼き、でけえなんだこれ。見た目だけじゃいまいち何の肉かはよく分からないが、こんな短時間で作れるもんじゃないだろ。まず火が通らない。


 つーか食い切れるかっ、どう見ても子豚サイズはあるし見るからに値段が高そうだ。


 さては今までの元を取る気か。


「何でこんなメニューがあんの? 誰が頼むんだよこんなん」


「最近は皆さん羽振りがいいので宴会騒ぎの目玉としてよく注文してくれますよ」


「それどう考えても一人で食うものじゃないな」


 しかも朝からこんな大量の肉。精々ステーキぐらいを想像していたのにいきなりこんなものをポンと出されたら、流石にビビる。

 キャンセルとかできないだろうか。そうじゃないと先週とは逆に今日は朝から食いすぎで胃もたれになりそうだ。それは勘弁願いたい。


 自分の胃腸を心配して腹を撫でていると、フフフとアンちゃんが笑いを零した。


「冗談ですよ。さすがにそんな意地の悪いことはしませんって。どこの部位を食べたいですか?この場で切り分けますので」


 あー、ああ、なるほど。匂いとインパクトにつられた他の客に対する宣伝も兼ねているのか。


「ついでにいっつも不味い不味いって言いながら安いものしか頼まないお客さんに対してちょっとした悪戯もかねています。驚いたでしょう」


 十分に成功です。うん、言い返せないな、俺。店の側からしたらそうだろうなぁ。

 

 だからといって安飯ばかりを頼むのはやめんがな。不味いものを不味いというのもやめんがな。

 まあ、自業自得な部分もあるし、このぐらいの悪戯なら別に全然許容範囲内だが、それはそれ、やられたらやり返したくなるのが人の性。


 という訳で。


「全部」


「え、いや」


「だが全部」


 うむ、良いねその驚いた表情。そして俺は今とてもうざい顔をしているんだろうな。魔法使いっぽいフードをかぶっているせいで口元しか見えないだろうが。


 倍返しとまではいかなかったが、その表情が見れて余は大変満足である。


「……本気ですか? 返品は効きませんからね、もったいないから残さないでくださいよ、私言いましたからね」


 そういって厨房へ戻っていったアンちゃんを見送ってから改めて目の前の机に置かれた丸焼きに目を移す。

 思わずその場のノリで決めてしまったが、改めてみると本当にでかいな。そしてこれは一体なんの丸焼きなのだろうか。

 まあ食って見りゃわかるか。


 という訳で早速足の部分を切ってそのままかぶり付く。


「お、美味い」


 普通に美味い。

 味が普通という意味ではなく、もっとこう、丸焼きというシンプルさとは裏腹に奇を衒った方向へ突き抜けているのかと思ったのだが、これは本格派の味である。


 最近芋虫とか変なものを食べていたせいもあって自分もどこかずれていたのか逆に新鮮に感じる。


 こういうストレートに美味いものを食べたのは久しぶりだ。


 うん、うん、本当に美味い。


 焼き立てでまだまだ熱々なのも理由の一つだが、純粋に素材がいいのかそれとも料理人の腕がいいのか、とにかく味が良い。


 片足だけなのにこの溢れるボリューム感と、霜降り肉のように柔らかいとはとても言えないが、だからこそ何度も噛みしめることで味わえる肉の味と溢れ出る肉汁、そしてパリッと焼けた表面の皮の香ばしさがたまらない。さらにこの、手掴みで豪快に肉にかぶり付く野性味あふれた食べ方がいかにも肉を食べているという満足感を満たしてくれる。個人的にこういう食べ方は大好きだ。


 む、そうだ良いことを考えた。


 素材そのままの味を味わうのもというのもいいものだが、流石に飽きるだろうし、せっかくだ、とことん楽しむことにしよう。

 机にかざした手の影からこっそりと醤油差し取り出す。そしてばれないように肉にちょろっとかけ、魔法で掌に人魂サイズの火を出して軽く炙っていく。


 肉汁と醤油が混じり合い、そして焼かれていく匂い。


 十数秒もしないうちにその香りが鼻に届く。



 ……あ、死ねる。これは死ねる。


 良い匂い過ぎて死にそう。この匂いはヤバい。

 シンプル故に強烈。ただでさえ本能を刺激する焼けた肉に香りが、そこにさらに醤油が加わることで理性さえも揺さぶる凶悪な香りへと進化した。



 問:肉+醤油+直火焼き、するとどうなる?


 結論:言うまでもない


 おっと、隣のテーブルの客がこの香りに気付いたみたいだ。そして店内にいる獣人の客も気付いたな、鼻をピクピクと動かしているのが見える。

 そーかそーか、焼けた肉と醤油の組み合わせは人種と種族の壁を超えるか。気付いた客が喉を鳴らしてこちらを注目しているのが分かる。


 だがステイ。待て。お座り。


 まず食うのは俺だ。



 周囲の客の反応を見て気付いたのか、いつの間にか自分の周りにいる殆どの客が会話もせずにこちらを見ている。



 スンスンと獣人たちが鼻を鳴らす音が聞こえる。垂れた涎を拭う音も聞こえる。それだけ周りが静かなのだろう。じゅうじゅうと肉が良い音を立てて焼ける音が静かに響いている。お前ら飯冷めるぞ。


 もう、十分に炙れただろう。あとは食うだけだが、一度チラッと周りを見渡してみると全員俺の手に持っている肉に視線が集中していて変な優越感をおぼえそうだ。


 そして誰かの腹が鳴り響いたその瞬間、あえて見せつけるように、ガブリッという擬音がぴったり当て嵌まるような勢いで俺は肉に噛みついた。



 皆の緊張が最高潮に達する中、俺はそのまま肉を食いちぎってゆっくり肉を咀嚼する。たっぷり一分以上噛み続けた後、口の中にある最後の肉片を飲み込んだ。反応を気にしているのだろう、美味いのか、それとも不味いのか、全員が俺の次に発する言葉を待っている。


 厳つい冒険者たちに凝視される中、俺は―――




 先ほど上回る勢いで再び肉に食らいつくことで答えを教えてやった。


―――



 食ってみて分かったが、この少し鶏肉を思わせる肉質からしておそらくこれは兎の丸焼きだろう。あまりの巨大さと耳が切り落とされていたせいで見た目はカピパラやウォンバットと言われた方が納得しやすかったが、この味は兎だ。記憶にもあるから間違いない。


 豚、のもとになる猪は、ただの一般人にとっては生け捕りするにも屠殺するにもかなりの危険が伴うから飼っている地域というのは多くない。さらにどんなに柵で囲んでも飛び越えたり突進して壊したり、挙句の果てには穴を掘って逃げ出したりと、非常に頭がいい動物だ。


 故に、猪の家畜化がまだ成功していないこの世界では繁殖力が強く危険も少ない兎を代わりに養殖している地域の方が一般的だ。だがこんなにでかい兎を養殖しているところなんてのは聞いたことが無いが。


 どこかの名産品だろうか。後でアンちゃんに聞いてみるか。


 それにしても、兎肉なんて日本に生まれてからは初めて食べたがやはり美味いな。オートミールもどきとのギャップのせいか、余計にそう感じる。


 このサイズの丸焼きなんて日本じゃいくらするんだろうか。


 丸焼き一つを丸ごと食べたいなんて子供の時に願うような夢がまさか今叶うとは思わなかったが、それもこれも全て金があるから出来たことだ。財布を気にせず注文できるというのは本当に良いものだな。金持ち万歳。


 丸ごと一匹注文した時は周りの冒険者から「あれを一人で食うのか」と驚かれたが、実際に全部食い切れるかというとそんなもんは無理に決まっている。体積的に考えて不可能である。

 異次元胃袋は完備してないんだ。


 それにしても醤油ありもなしも本当に美味かったな。できればもっと腹が減っているときに食いたかった。オートミールで腹を膨らましていたのが少し、いや、物凄く残念だ。畜生。

 食えるだけ食って残りはお土産として包むか、周囲に適当に御裾分けすることにしよう。こんな美味いものを捨てるなんて勿体なさ過ぎて絶対出来ん。


 本音を言えば家に持ち帰ってタレとかをつけて炙りなおして酒のつまみにしたりシチューやスープに入れたりしたいのだが、基本的に食物関係は日本に持ち帰らないようにしている。

 そしてこちらへは物質として残る物はなるべく残さないようにしている。使うのは別だが。


 別に絶対守らなければならないルールというわけでもないのだが、なんとなく決めた自分への制約だ。一応いろいろと対策は取ってあるから心配する必要はあまりないのだが、お互いの世界に存在しない未知の病原菌なんかのせいでパンデミックが起きたりしても寝覚めが悪い。そのためにある程度の目安として定めたものだ。 

 まあ起こったら起こったで特にどうするつもりでもないのだが。


 因みに逆は有りだ。

 所詮なんとなくで決めた自分ルールで、誰に怒られるものじゃないから制約といっても基本的に緩いものだ。


 一応ある程度の日本人的モラルは持って行動はするつもりではあるが、世界がどうとかまで考えるのは正直非常に面倒くさい。それ以上のことについては、ぶっちゃけなんで俺がそんなこと考えなきゃいけないの? と、深くは考えないようにしている。


 妥協して、考えすぎないこと。

 これが二回の人生を生きた中でたどり着いた人生を楽しく生きるためのコツだ。


 俺が知るか、俺に関係ないなら勝手に死んどけという精神で開き直れば、今日からあなたもストレスフリーなライフをエンジョイだ。大体、自分がそこまで気にする性格だったら最初からこっちの世界なんかに来やしないのである。


 はい、現実逃避完了。


 あの後周りの奴らがどうなったかは面倒くさいから端折るが、とりあえず酒場にある今日の分の丸焼き、及びまともな肉料理は売り切れるだろう。そして俺の醤油は醤油差しどころか、もしもの災害の時のために備えて影にしまっておいた調味料セットの中の醤油まで空っぽになったと言っておこう。相応の対価は貰ったけども。


 あと、アンちゃんの機嫌がとてもよくなった。よくやった、見直しましたと言われた。見直したってどういう意味だコラ。




 そして、俺は今食い切れずに残すだろう兎の丸焼きの肉をどうやって穏便に処理しようか悩んでいます。


 なぜなら数が限られている丸焼きを惜しくも手に入れられなかった奴らの目が血走っていたから。後は分かるな?


 まあでも、こうしていろいろ考えながら時間を潰しているうちに、俺の予想ではそろそろ―――


「おぉ、いたいた。やっぱもう来てたかサート。お、何だそれ、珍しく旨そうなもん食ってんじゃねぇか俺にもよこせ」


 はい来たー。ちょうどいい口実。


―――



「よぉーう、連れてきたぞぉー」


「遅いぞゴッツ」


わりぃ、ちょっとな」


「なんかミラが用事あるって言われたから来たぞ。あ、これ食い残しで悪いけどお土産な」


「む、こんなにすまんな。この匂いは兎か。好物だ。」


 いつかのようにゴッツ達の住んでいる拠点にいくと、入り口に巨体でマッチョな獣人が立っていた。前回来た時も同じシチュエーションだったが、もしかしてよくあることなのだろうか。妙にガランが待ち慣れているような印象を受ける。


 だとしたら本当にお疲れ様。少し労いの意を込めてゴッツと一緒でも結局全部は食べ切れず、アンちゃんに包んでもらった巨兎の丸焼きをお土産として渡したのだが、中身も見ずに当てられた。


 流石犬の獣人だ、鼻が利く。


 ついでに先日のお見舞いの品として渡したビーフジャーキーはどうだったかと聞いてみる。サイスがここに着くまでにゴッツに全部食べられてないか少し心配だったのだ。


「ああ、意外とそういうとこロはしっかりした奴だ、心配はいラん。

皆で食べたが、旨かったぞ。保存食とはとても思えない味だ。アーグなどは特に興味を持っていたな、礼を言う」


「よーく言うぜ。お前も同じくらい気に入ってたくせによ、ガラン」


「ぬ……」


 流石犬の獣人だ。何がとは言わないが。


 それよりも好評のようで幸いである。さすが基本薄給のくせに趣味が美食な先輩のおすすめなだけはあるな。その分高かったが。



 そのまま談笑しながら庭に向かうと、前回と同じようにフードを被って瞑想をしているローブ姿の人物を発見。こちらの気配に気付くとその人物は瞑想を切り上げてこちらに寄ってくる。そしてフードを取ると前世でよく見知った顔が現れた。


 うむ、二度目なのに、分かっていたのに顔を見たらまたビクっとしてしまった。

母親と違ってとても大人しくて良い子だというのは分かっているが、それでもやはり母親のインパクトが強すぎて未だに慣れん人物だ。


 まあまだ二回しか会っていないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、いつかこの子の前で母親のことが頭をよぎらなくなる日が来るのだろうか。


 ハッキリ言おう。未だにやっぱり本人でしたーと、いつかならないかとずっと緊張してちょっと苦手だったりする。


「お久しぶりですサートさん。先日は本当にお世話になりました。

サートさんのおかげで皆さんの足を引っ張ることなく無事に主級討伐を終えることができました。それもこれも全てサートさんの―――」


「いや、別に俺が教えたことなんて―――」


「いえ、それでもやはりサートさんが―――」


 なんか日本でよく見る光景になった。


 謙虚でいい子なんだ。うん、本当にいい子なんだよ。悪いのは俺なんだ、分かってる。


 でももっと悪いのは君の母親なんだよ。

 こういうやり取りも本当なら落ち着くんだけど、それ以上に違和感がすっごいのだ。


 少しだけ背に冷や汗をかきながら受け答えをしていたのだが、いくらなんでも感謝されすぎではなかろうか。助言といってもミラならあと何回か経験を積めば自然と自分で学べるだろう程度のもので、本当に大したことは言っていなかったのに。


 疑問には思ったがいい加減話が進まないとガランに促され、ミラの用事に話が移る。


 ……話は逸れるが、このガランという人物についても少しわかった気がする。

 真面目で理性的だ。ぶっちゃけゴッツよりリーダーに向いている気がする。だが見た感じ勘と気分で行動していそうなゴッツと一緒にいることで堅過ぎずふざけ過ぎず、いい塩梅になっているのだろうか。逆だろう普通。


 でも、性格の不一致による不和は全く感じられない。どことなく某メガネと青狸を思い出させる雰囲気を醸し出している。


 あと、おそらくこの二人の意見調整役だろうサイスに同情と、社会人として親近感が湧いた。


 閑話休題


「実は先日、ユーザス・ハーザ様とお会いしたのですが……」


 ミラの用事とは、やはりというべきか師匠に関係するものだった。

 色々とリラのことや何かあれば頼ってくれなどの話をしたそうだが、別れの際にもし俺に会ったら渡してくれと頼まれた物を預かっているという。何故直接渡さないのかと疑問に思わなくもないが、きっと何か理由があるのだろう。大体の予想は付くが。


「で、それがこれか」


「はい。……あの、ユーザス様とはお知り合いだったのですか?」


 元弟子です。なんて言ったら面倒なことになりそうだから黙っておく。


「まあ知り合いといえば知り合いだけども。別に俺は偉ーい魔術師ってわけじゃないから、。いや今までの無礼に対するお詫びとかいいから頭を上げろって。見ての通りのそこらにいる流れの魔術師だよ俺は」


 恐る恐るといった感じで尋ねられ、知り合いだと言った瞬間に泣きそうな顔になりながら謝罪の言葉を口に出したが、すぐに止める。


 今は『サトラク』ではなく『サート』だ。別に間違ってはいないし、それにその顔でその態度とか逆に怖い。


 後、何処で土下座なんて覚えた。ああ師匠しかいないか。何話しやがったあの人。


「母から、ユーザス様に関わる魔術師には最大限の敬意を払うようにと」


「多分その言葉の直前に、解剖されたくなかったらってセリフがあっただろ」


 視線を逸らしたな。


 それはともかく、ミラから渡されたものは一枚の紙だった。カードといった方がいいかもしれない。それを手に持って裏表を軽く見て描かれている模様を確認すると掌から魔法で人魂サイズの火をだして燃やす。


 後ろでゴッツが『紙を燃やすとかもったいねえ』と呟いたのが聞こえたが、いいんだよこれで。文句ならこの世界じゃまだまだ貴重な紙を媒体にした師匠に言え。


 カードは見る間に炎に包まれ灰となっていくが、その灰は地面に落ちることなく、そして炎も消えることなく互いに混ざり合いながら形を造り上げていく。数秒もしないうちに現れたのは炎と灰で出来た人の顔であった。

 こういう魔術は初めて見たのだろう、後ろでゴッツ達が感嘆の声を上げていた。うむ、そういう反応を見るのは非常に心地良い。


 俺の魔術じゃないが。


 ともかく、これは師匠がよく使う遠距離通信魔法の一つだ。今回みたいなタイプの場合は受け取ったらなるべく早めに連絡を寄越せという意味が含まれている。


 本当に急ぎの場合は使い魔なり何なり飛ばしてくるだろうからそこまで大した用件ではないはずだが、どうせまた面倒くさいことに付き合わされるんだろう。予定はあってないようなものだから、あまり疲れないことならべつにかまわないんだけども。


『む、サートか。

 いきなりで悪いが、この後時間はあるか? 少々お前の手を借りたいことがあってな。アルバ迷宮の……そうだな、42階あたりまで来てくれないか? 私もすぐにそこまで戻るから、そこで落ち合おう』


 うーん、この、何とも言えない俺がギリギリ逃げ出さないラインを的確についてくる自然な無茶ぶりと、微妙に断れない匂いをさりげなく醸し出す言い回し。しかも、そうか、『戻る』か。




 ぶっちゃけ知ってた。


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[気になる点] なんかセリフの前にスペース空いてるところが多くて読みづらい
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