第11話~師とサートの生き方~
サートこと佐藤聡の前世であるサトラクは、今でこそこうして器用に魔術を使ってはいるが、実のところ生まれてから十六の年が過ぎるまで魔術の魔の字どころか簡単な文字すら学んだことのない人物であった。
しかし当時の、そしておそらく今もだが、この異世界に住む者たちの中で文字や算術などの学問を学んだことのある者など、現代の地球と比べることすら出来ない程圧倒的に少ないのである。
それも都から離れた辺境の農家の子供となれば、文字すら見ることなく一生を終えるものもいるほどだ。
サトラクの生まれた場所もそのような辺境であったため当然と言えば当然の話である。
どこにでもある下級貴族の領地の、真新しいものなどない寂れた農村の、その中でも珍しくもない貧しい農夫の家。
そんな特別なものなど一つもない、歴史上に星の数ほど存在する後の世には名前すら残らないであろう、貧乏な家の三男としてサトラクは生まれた。
また、サトラクの家族も何一つ特別なものが無い、まさに平凡と言ってよい人物であり、実際にサトラクも周りの子供と何一つ変わらない、普通の人間として育ち、暮らしていた。
だが、そんなサトラクの第一の運命の転換点は十一歳の時に口減らしとして選ばれ、村を離れたことである。
別に珍しいことでもなんでもなくサトラクが生まれるよりもずっと前から、それこそ大陸中で行われてきたことである。
サトラクの住む村も、天候不順からくる飢饉によって食料が足りなくなったため、仕方なく村から人を減らす必要が出てきた際に、大人と比べるとまだまだ仕事のできない子供で、女の子供が男より少なかったため、嫁が貰えない可能性のある余り気味の男、且つ家を継ぐ長男以外ということでサトラクが選ばれた。
正確に言えば村を離れたのではなく半ば追い出されたと言った方が近いのだろうが、たとえどんなに嫌だと駄々をこねても選ばれた時点でもう村で食料は貰えない。
盗もうものなら容赦なく殺されるだろう。本当に最低限の物だけは持たせてくれるだけ大人しく村を離れた方がまだマシなのだ。
村人も誰かが同じように村から出ていくのを見慣れてしまっているために抵抗などはせず、順番が回ってくると自分の足で村から離れるため、やはり追い出されるというよりも出ていくといった表現の方が良いだろう。
サトラクも口減らしとして白羽の矢が立ったことをどこか気まずそうに両親から告げられた時も、特に何かを感じるでもなく、ああ、自分の番が来たのかと選ばれたその次の日には家を出ていた。
だが、村を出て行った者たちの未来と言えば、そのほとんどが野垂れ死にである。
飢え死にか凍死か、はたまた野党か魔物に襲われたか、いずれにしても一番近い町にさえ一人では生きてたどり着くことのできる者はとても少ないということは分かっていた。
何故か。
簡単である。
村の猟師が狩りに行くときに、元村人であろう人物の遺品や人骨を森の中で発見したり、新しいものだと獣か何かに襲われ、引きずられて行った血の跡や襤褸切れが生々しく道端に残っているのである。
酷いものだと食べカスが散らばっていたり、運良く獣には襲われなかったが寒さで凍え死んだ死体なども見つかるのだ。
本来なら体力も知恵も劣る子供であるサトラクが生きて町にたどり着ける可能性は殆ど無いといっても過言ではなかった。
だがサトラクは生き延びた。
これは運が良かった以外の何物でもない。
まずサトラクよりも前に村を出た何人かの村人が先に食われて獣たちの腹が膨れていたこと。
そして食べることができないために残されたその村人たちの衣服と荷物、そしてその中にあった僅かな食糧を見つけたからである。
どれも血生臭く、量も少なかったが、死にたくない一心で泥がついたパンをかじり、血がこびりついた襤褸布を重ね着して寒さを凌いだ。
その襤褸切れが顔見知りの老人がよく着ていた見慣れた衣服であることに気付き、湧き上がってきた吐き気と恐怖を抑えながらも必死で足を動かしつつけた。
寒さと恐怖で何度もくじけそうになったが、それらのおかげでまだ子供であったサトラクは何とか生きて街にたどり着くことができたのである。
そしてサトラクの人生で最も大きな転換点となる人物に出会うのは、それから約五年後のことであった。
日が落ちかけ辺りも薄暗くなってきた頃、サート達は町の中心地区からは離れた場所にある冒険者ギルドよりも、さらに少し離れた人も建物もない半ば町の外と言っても良い郊外で焚き火を囲みながらサートが釣った魚を焼いていた。
持っていた刃物で魚の内臓処理をした後、適当な長さと細さの木の枝で魚を突き刺し、地面に固定して焚き火から近すぎず遠すぎずの距離を保ってじっくりと丁寧に遠赤外線で焼いていく。
結局丸一日何も口にしなかったサートだが、ここまで来たのなら数十分の差などたいしたことではないため、もういっそのこと、手間をかけてとことん美味い物を食おうといった心境らしい。
前世とはいえ、自分の師である人に食事の下処理をさせるなんてことができる筈もなく、食事の準備をしている間、ゆっくりと待っていてほしいと伝えていた。
のだが、
何が面白いのか、待っている間中サートが魚を焼く準備をしている様子を嬉しそうに微笑みながらその姿を見つめていた。
それが気にならなかったわけではなかったのだが、師をこれ以上長く待たせるわけにもいかず、自分の空腹を早く満たすためにもとりあえず無視することにしたのであった。
まるまると太った、少なくとも50センチは軽く超えている魚を十匹以上焚き火の周りに配置し終わり、あとは焼けるのを待つだけとなり一段落ついたと判断したサートは、対面にいる準備した腰かけに座る師に顔を向け直した。
「待たせてすみません。改めまして、お久しぶりです、師匠。相変わらずお変わりないようで安心しましたよ」
「ああ。お前が食事に手間をかけるようになるとは、随分変わったようだな、サトラク。いや、今はサート、だったか?」
「あーまあ、そうでしょうね。自分でも自覚はありますよ。あの頃は食えれば何でも構わないと思っていましたから。
ああ、名前はサートでお願いします」
パチパチと焚き火の中の木がはじける音を聞きながら一通りのあいさつを終えたサートであったが、そのあとが続かない。
この世界に再び訪れるときに、昔の知り合いに会う可能性を考えなかったわけではないが、何分今の自分はサトラクではなく顔も人種も性格も全く違う別人なのだ。
もし顔見知りにあったとしても相手が自分に気付くとは思えず、同時にもし誰かに会ったとしても自分からサトラクですなどと教えるつもりもなかった。
故に、こんな風に初見で自分がサトラクだということを見破った、しかも前世の師に対していったい何を言えばよいのかなど、内心驚きで軽くパニック状態であるサートには分からなかった。
いや、正確に言えば言いたいこと、言うべきことは山ほどあるのだ。
身体は元気か、病気にはなっていないか等のありきたりなものから、魔術を教えてくれたことに対しての感謝の言葉、死んでしまったことに対しての謝罪、自分がなぜ今生きてここにいるのかという説明、自分がこの世界に存在していることを秘密にしてほしいという要望。
などなど、数えればきりがない。
だが師のその皺くちゃな顔をさらに皺だらけにして微笑んでいる顔は、まるで自分の思っていること、言いたいことは、言葉にせずともしっかりと伝わっている、と声に出さずに言われているようであった。
その好々爺然とした顔を見ると、そんな分かり切った言葉をいちいち言うのもまた違う気がしてきて、余計に困ってしまうのだ。
そんな様子のサートに対しても師ユーザスはただ微笑むばかりで、自分から言葉を発するつもりはないようである。
いつまでたっても師には敵いそうにないということを再認識しながら、サートは何とか言葉を絞り出そうと頑張っては見たものの、全く思いつかない。
仕方がないので、少々失礼にはなるがこの場合は形式よりも思ったことをそのまま言葉にすることを師も望んでいるだろうと、混乱半分やけっぱち半分のサートは今の正直な気持ちを師匠に伝えることにした。
「えー、では師匠、失礼ながらとりあえず挨拶とか説明とかよりも、何よりもまず先にお願いがあります。
すみません本っ当すみません勘弁してください。もう面倒事は勘弁してくださいマジで。今回ばかりは本気でお願いしますどうか私を巻き込まないでください。死ねます」
――――――
「ふむ、主級を討伐して数日も間が空かないうちにまた主級が現れたのか。それも魔力持ちの主級が、しかも迷宮の上層部に、か。確かにこれは今までなかった事例だな。
で、お前はそんな異常な時にちょうど現れた私が怪しいと、そう思ったわけだな?」
「はい」
「そして、また面倒事に巻き込まれると思ったわけだな?」
「はい」
「馬鹿者が」
「やー、至極当然の反応だと思います」
さんざん悩んだ上でサートの口から何とか出てきた言葉は、お願いというよりも、生まれて初めての本気の土下座までしたその姿はもはや哀願に近いものであった。
ユーザスも流石にこの反応は予想外だったらしく、怪訝な顔をして初めて見る土下座に多少引きながら一体どうしたのかと説明を求めた。
サートが完全にユーザスを黒幕だと思い込んでいたため、誤解を解くのに時間がかかったが、サートが突然気が狂ったかのようにも見える行動に出た理由を聞くとユーザスは呆れたようにサートの頭を手に持った杖でこつんと小突いた。
サートが今でも頭が上がらず、前世においてサトラクの魔術の師であった目の前の人物の名前はユーザス・ハーザ。
魔法都市アーリンで長年魔術の研究をしている大魔術師であり、その魔術の実力と過去の研究の功績から魔術師の聖地ともいえるアーリンの中でも高い地位と多くの弟子を抱え、魔術師の間では誰もが名前を知っている人物である。
その顔には長い歴史を感じさせる多くの皺が深く刻みつけられているが、サートよりも頭一つ高いその背丈と全く曲がらずピンと張っている背筋、そして上質なローブを着こなし長い白髪と髭を丁寧にまとめているその風貌からは老いからくる弱々しさが全く感じられない。
それどころかその眼光は力強い覇気と長い時を生きたからこそ持てる深い知性が感じ取れた。
はっきり言って、サートに前世の記憶が無ければ老人相手なのにビビって碌に目をあわせられそうにないほどに迫力のある人だ。
実際の年齢はサートにも分からないが、まだサトラクだった頃にユーザスへ弟子入りした時からもうすでに今のような老人の容姿であり、それから今現在に至るまで全く変化が見られなかった。兄弟子たちに師の年齢を尋ねても皆一様にサートと同じく今と変わらない老人の姿しか見たことが無いという。
その兄弟子たちも中年からかなりの年配まで幅広い年代の人たちであったため、どう計算しても少なくとも百年以上は今の老人の姿で生きていることになる。
因みに余談ではあるが、ミラの母であるリラがその長寿と不老の秘密を探るためにユーザスを解剖しようと企んでいた時期があり、実際本気でやりかねなかったため当時のサトラクが何とか説得して諦めさせたという出来事があった。
それがリラ・ラライアという魔術師と知り合ったきっかけでもあったが、ユーザスの解剖を諦めさせる代わりとしてしばらくリラのアッシー君をしたのがよほど便利だったのか、その後も見知った顔として付き合いが続いていたのである。
閑話休題。
そんな大陸でも指折りの偉大な賢者であるユーザスだが、ただ一つ、欠点というか気を付けなければならないことがある。
これはユーザスだけに限ったことではなくアーリンにいるユーザスと同格の他の大魔術師たちにも同じことが言えることだ。ユーザスは魔術の腕や人に教える能力も高く人格の面で見ても比較的問題のない人物なのだが、いかんせん優秀すぎて文字通りスペックの桁が違うために、ユーザスと一緒に行動を共にするとその実力の差からすべての行動の難易度が鬼畜ハードに変わってしまうのである。
その違いを分かりやすく言うなら、今までリアルな描写と泥臭さを売りにしていたリアル格闘漫画から、いきなり何でも有りのとんでも超人能力少年バトルアクション漫画の世界へと飛び込んでしまった時ぐらいの難易度の上がり具合と言えば分りやすいだろうか。
サトラクや他の弟子たちも師の研究や実験のために必要な触媒探しや、上質な魔物の核を手に入れるために迷宮の地下深くへ潜るのに付き合わされた際に幾度も死にかけたことがあり、その時に実際に死人も何人も出ていた。
ユーザスは、程度の差はあれども基本的に全員どこかしらマッドであるアーリンの魔術師の中ではかなり人格に優れた方の人物であったが、こと魔術の探求においては誰よりも真面目で冷徹なところもある人物でもあった。
机の上で学んだだけのお勉強魔術など何の意味もなく、探求のためならばそれが人として正しいかどうかなど問題ではない、というのは魔法都市アーリンにいる全ての魔術師が共通して持っている理念である。
そしてユーザスもその例に漏れず、仮にも自分の弟子であり、自分の長年の研究成果である魔術を学びたい者には特に実戦を通じて身に着けさせるタイプであり、その過程で死ぬ程度の者はどの道魔術の探求など出来ないというドライな考えの持ち主でもあった。
サートがいきなり土下座で奇怪な行動に出たのは、過去に何度もユーザスの研究と実験に修行という名目で付き合わされて(巻き込まれて)心身ともに死にかけるという経験を何度も何度もしてきたからである。
それ以上に二十年以上のブランクと今のこの碌に鍛えたこともない鈍った身体で昔のノリで行動すると流石に死ぬからでもある。
師には感謝もしているし恩も感じているが、それはそれ、これはこれ、無理なものは無理なのだ。
あと普通に面倒くさいからという理由もある。
盛大に勘違いをかましたサートであるが、それは無理もないことであろう。
このアルバ迷宮に主級の魔物を討伐してすぐに新しい主級が現れるということが起こった。それも魔力持ちの個体でありさらには過去に例を見ないほど浅い階層に。
ハッキリ言わなくとも異常なことである。
そんなときに突然、マッドの巣窟である魔法都市アーリンから有名な大魔術師がタイミング良くふらりと現れたのだ。
これを偶然というのは少し考えにくい、いかにも何か関係がありそうな展開である。
そしてサートはこの異常事態には師ユーザスが何か関係していると思っていた。むしろ思わない方がおかしい。
弟子として、また元アーリンの魔術師として考えてみるならば、おそらく理由としては何かの魔術の研究の過程で必要な質の高い貴重な主級の魔核を、もっと数が欲しいと思ったことから始まり、早々手に入れられるものではない為どうすれば多く手に入るかとマッド共が考え、そうだ主級の魔物を増やせば良いんじゃね?という発想に至り、じゃあどうやって増やそうかと思考錯誤を重ね、色々と実験が成功して今に至る。
といったところではないかとサートは予想した。
考えてみてアーリンの魔術師ならものすごくあり得そうな発想であることと、この程度なら本当にやりかねないのがアーリンの大魔術師と呼ばれる者たちであるため、あ、こりゃ間違いないわ、と思ったのだ。
根拠としては似たようなことをした魔術師も過去に存在したし、また、同じくらいヤバそうなことは過去に何度もやっている人達だし、むしろあんたら以外の誰がやるんだよ、というのがサートの認識であった。
そして過去の経験からこういうときには大抵近場にいる弟子の誰かが巻き込まれるのだ。サトラクが転移魔法を習得してからは下手にフットワークが軽いせいで他の弟子たちよりも高頻度で巻き込まれていた。
いい経験にはなるし師の研究に触れられるいい機会なのは間違いないのだが、それ以上に危険で面倒事が多すぎる。
例えば今回の件ならば、主級の魔物を造ったは良いがどうやって魔核を回収するといった際に、自分でやれば早いものをこれも修行の一環だとわざわざ弟子に倒させて回収させる、位のことは普通にやらせるだろう。
やらされる方としてはたまったものではないが、もしサートの推測が正しければそのようになる可能性が非常に高い。というか経験則的にそうなることは目に見えていた。
サトラクだった頃ならばまだともかく、今はサート、佐藤聡なのだ。元アーリンの魔術師として魔術の探求という目的に思うものが無いわけではないが、それも今となっては割と重要なものではなくなっていた。
魔術のない世界に生まれ、今まで魔術に頼らずに生きてきたことが関係ないでもないのだが、それ以上にサトラクが魔術を学び始めた理由であり、目標を、『夢』を既に達成したも同然だったため、これ以上無理に魔術を学ぶ必要がなくなったというのが一番の理由である。
もっと言うと、せっかく安全な世界へ生まれたのに何故また死ぬ危険があることをしなければならないのか、という気持ちがある。
「(流石にこの年ではまだ死にたくない)」
サートは思う。
今の暮らしは楽しい。家は安全で飯は美味いし娯楽も多い。仕事にも就けたし職場の雰囲気も良くて給料が少ない以外は不満もない。何より自分はまだ若い。前世と比べたらまさに夢のようなこの国でこれから先何十年も生きていけるのだ。これほど幸せなことはないだろう。
だからまだ自分は死にたくないし、気楽に生きていきたいのだ。
聡は老後の貯金と懐かしさ、そして平和すぎる日常の中のちょっとしたスリルの為に週一でこの世界で冒険者なんていうものをしているが、逆に言えばそれ以上のことはしたくないのである。
無理も無茶もしなければ、厄介ごとにも関わらない。
それが佐藤聡、そして冒険者サートとしての生き方なのである。
「なるほど、なかなかに羨ましい暮らしだな。ふむ、今の話を聞いたら私ものんびりと過ごしたくなってきたな。久々に長く休みをとるか」
「マッドが何言ってんですか」
「マッドの意味はよくわからんが、師に対して無礼な言葉を言ったというのは分かったぞ、馬鹿者」
そうしてまたサートの頭を小突いてはちょうど焼きあがったばかりの魚を齧りながらお互いに雑談を交わす。
程よく焼き目の入った魚はまだ熱く、気を付けないと舌をやけどをしてしまいそうなほどであった。
それでもその肉厚の身からは焼き魚特有の香ばしい食欲を誘う香りが、魚に振りかけられた塩の香りと混ざり合い、朝から何も食べていないサートの胃を刺激した。
ヒャッハ―もう我慢できねえぜとばかりに豪快に齧り付いたサートが熱さで悶絶していたが、逆にそれが良いのだと旨そうにバクバクと次々と齧りついては早々に一匹目を食べ終えてしまった。
「というか、師匠が黒幕じゃないのなら何でこんなところにいるんですか?
そんな暇でもないでしょうに」
「この町の迷宮に主級が出現したと聞いてな。ちょうど上質の核が必要になったから立ち寄ったのだよ」
「おい」
半分合ってんじゃねーか、と口に出しそうになったがそれは何とか抑え込んだ。
「まあ、一足遅かったようだが、二体目の主級が現れたのなら不運でもなかったな。
私にとっては、だが。
それと、なんとあのリラの子供が最近ここら辺で冒険者を始めたとも聞いてな、こっそり様子を見に来たのだよ」
そういって威厳のある顔を崩して、孫のことを嬉しそうに話すどこにでもいる老人のように声高に笑うと二本目の魚に手を伸ばした。
どうやら予想以上に美味しかったらしく、気に入ったようである。
「ああ、会いましたよ。顔はそっくりでしたけどあいつの子供とは思えない程にいい子でした」
そしてミラとそのチームメンバーたちとの先週の出来事を説明していく。それをユーザスは面白そうに、ミラの性格の良さについては少し胡散臭そうに聞いては何かを納得したように頷いた。
「私の予想ではあともう一日、ちょうど明日ぐらいに戻ってくるだろうと思っていたのだがな。お前が絡んでいたのか。道理で主級が討伐されるのが思ったより早かったわけだ。」
「惜しかったですね。今朝すべて出荷されたようですよ。とても美味そうお肉でした。
というか、だから今日アルバに来たんですか。」
事実ミラがいなければ、もっと言うとサートがミラに魔術の効率の良い使い方を教えていなければ主級を倒すのにもっと時間がかかったであろう。一度の接敵だけでは決着はつかず、もっとじわじわと体力を削っていくような戦いになり、ユーザスの言う通りあと丸一日は時間がかかっていただろう。
サートは師匠の相変わらず予知じみた勘と計算能力の高さに改めて感心しつつ三匹目の魚へと手を伸ばした。
「まあ他の者達にとっても幸運以外の何物でもないと思うぞ。あと一日遅ければ間違いなくその例の二体目の主級と遭遇していただろうからな。」
「でしょうね。ま、被害がなかったのは良いことです。
あ、師匠水ありません?」
ユーザスはサートに水の入った水筒を渡しながら、ついでとばかりに一度食事の手を止め、軽く言い放った。
「主級と言えば、実はな、主級が出現したのはこのアルバだけではないのだよ。
私の知る限りここひと月で他にも三つの迷宮で主級が現れた。この町にいる腕利きの上級冒険者たちも、他の町の迷宮に現れた主級を討伐するために遠征をしている。
だからこの町の主級を討伐するのには時間がかかると思ったんだがな」
「ああなるほど、一線級の冒険者はほとんど他の主級討伐に行ったからここの戦力が減っていて、集まった冒険者も数が少なかったと。だからか、ギルドが無理して人手を集めていたのは。
…………ん? 三つ?」
「ここも合わせて四つだ。そしてまだ増える可能性が高い」
サートは思わず飲んだ水を吹き出しそうになった。
このアルバ迷宮に最初に現れた猪の主級に続いて二体目の蟻の主級が浅い階級に現れたこと。これも十分異常なことだ。
だが一つの迷宮で数年に一度出現するかどうかという主級が、一月の間に四カ所で五体も現れたというのはそれ以上に異常である。しかもさらに増える可能性があるとのこと。
絶対にあり得ない、とは必ずしも言い切れない。本当にたまたま偶然が重なっただけかもしれないが、少なくともサートの知る限りこんなことは過去に一度もなかった。
この異常事態についてユーザスはゆっくりと自分の考察を述べていくが、サートには嫌な予感しかしなかった。
「推測の域を出ないが、おそらく迷宮のさらに下層の何かから逃げているのではないかと私は思っている。
仮により強い魔物に追い出されただけだとしてもそんな上層部にまで移動する必要はないだろう。二、三階ほど移動するのが精々だ。
と、なると」
「あー、聞きたくない聞きたくない」
「相当ヤバイものが現れたのだろうなぁ! あっはっはっはっは!」
「俺しーらね」
そうして愉快そうに笑った後、続けて迷宮の最下層部は全て繋がっているという仮説の正しさが証明されたなどという言葉を聞いたサートはやっぱマッドじゃねえかと心の中で呟いた。
ユーザスの予想や勘は怖いほどよく当たるのだ。ユーザスがこういうからには少なくとも当たらずとも遠からずのところを突いているのだろう。
サートは絶対にこの問題に関わらないことを固く心に誓った。
「やべ、腹いっぱい。やっぱ十匹は多かったか。」
「自業自得だ。何故そんなに多く焼いたのだ」
「腹が空きすぎて、その時はそのぐらいならいけるような気がしたんですよ。
まあ無理だったんですけど」
「お前は、何故そういうところは変わっておらんのだ」




