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第10話~とりあえず報告、からの逃亡~

「二体目の主級、それも4階に、ですか」


 巨蟻から見事に逃げ出すことに成功したサートは、一応、危険な魔物を見つけた場合には報告をする、と言う冒険者の義務を果たすためにギルドでロイドに一通り事情を説明した。

 それを聞いたロイドはとても信じられないといった顔をしていたが、それは仕方ないだろう。


 何せつい昨日主級を討伐できたという知らせを聞いたと思ったら、翌日に新たな主級が現れたのだ。それも、かなり上層階により手強いだろう魔力持ちの主級がである。


 もし本当に主級がいたとしても消耗した今の冒険者たちで討伐など出来ようもない。こんなことはこのアルバ迷宮の過去にも例を見ないし、他の迷宮でも聞いたこともない。


 というより、そんなに主級が次々と現れてたまるか、といったほうが心情的に近いだろう。


 ゲームで言うなら、基本的に地雷モンスターである主級がこんなペースでポンポンと出てきたら迷宮なんて探索などとてもできないのだ。その感情は全く正しいといってよい。


 一応だが、サートはあの巨蟻を倒そうと思えば、あのまま時間をかければ倒しきることは不可能ではなかった。

 だが、魔力持ちと初見で戦うとなると不確定要素が多く、逆に自分が殺されるという可能性も十分にあり得た。


 どんな奥の手を持っているのか分からない。それほど厄介と言うか、何をしてくるか分からないのだ、魔力持ちと言うのは。



 基本的に冒険者が迷宮に潜る、潜らないは完全に個人の意思によるものである。

 よって、そんな相手に安全第一思考のサートがいちいち自分で戦う理由など、一般人が動物園から逃げ出した肉食獣を一人で捕獲する理由と同じぐらい全く存在しない。

 そのため、言うなれば動物園の管理者側である冒険者ギルドに全て丸投げするためにさっさと逃げ出したのだった。


 なにより、あの主級且つ魔力持ちの巨蟻を一人で倒したということになると非常に目立つのだ。


 それもつい先日多くの犠牲を出しながらもあの猪の主級を何とか討伐できたばかりで、主級の強さと言うものを肌で理解している冒険者たちが多い中、それと同等以上の魔物をたった一人で、それも昨日の今日となると、余計に目立つ。


 サートには目立ちたいとか英雄になりたい、といった願望は存在しない。むしろこれからのんびりゆっくり第二の冒険者ライフをやっていこうと考えていたのにそんな展開になったとしたら、これはサートにとって非常によろしくないことになるのが分かり切っている。


 更に言うなら、最近有名になるということの弊害やデメリットを身近で見ていたため、なおさらである。


「別に信じなくてもいいけどな。だが一応、少なくとも俺の胴体と同じぐらい太いこの前脚と爪、あと斧で叩き割ろうとしても傷一つ付かない外殻を持つ魔物がいた、ということはしっかりと伝えたぞ」


 と、自分が証拠として持ってきた巨蟻の脚と職員が持ってきた歯の欠けた斧に目を向けて言う。


 そして、一通り話してもう後は知らんというように興味無さ気な顔をしたサートは、義務は果たしたとばかりに足早に退出しようとする。


 正直腹が減って仕方がなかったのである。


 なにせあのアリから逃げてきてからそのまま一直線にギルドの方へ来たのだ。

 面倒くさいことは早め早めに終わらせたいという性格だったが、やはり先に食事をとった方が良かったかもしれないと思ったサートである。


 だが、


「少々お待ちください。これほどの大事、私一人では判断することは出来ません。いまギルド長を呼んでまいります。」


 やっぱり先に飯を食っておくべきだったと後悔したサートであった。




「確かに、本当にいるのなら脅威だな」


「そうですね。(帰りたい)」


 初めて見る冒険者ギルドの長の姿を見て一番初めに思ったことは、まず若い、というものであった。

 サートの知る情報では王都の貴族の家に生まれたということだけなのだが、そのまま貴族として順調に成長せずに、何がどうなって迷宮都市の冒険者ギルドの長などをしているのか、全くわけの分からない経歴を持った人物であった。


 ギルドの長としては可もなく不可もなく仕事ぶりだが、冒険者ではなくさらに三十路にも達していないことを考慮すると十分に立派に務めているといっても良いだろう。

 それ以上のことは興味がなかったので情報収集もしておらず、よく分からない人物であった。



「だが、あまりに話が突飛すぎる。この短期間に二体目の主級の魔物とは、今までに例がない」


「そうですね(腹減った)」


 相手がなぜ今更こんな分かり切ったことをいちいち勿体ぶって言っているのか、サートにはだいたい見当がついていた。


 要はサートにもう一度迷宮に潜ってこいと言うことである。


 もっと情報を集めろ。出来ればもっとダメージを与えて来い。あわよくば、倒せるなら倒してこい。

 無傷で主級の前足ぶった切れる実力と一瞬で帰って来られるすべがあるのだ。その位できるだろう。


 と、暗に言っているのだ。


 何せ主級を討伐して帰還してからまだ一日だ。冒険者たちは疲労がたまっているため、今回の報酬で疲労が抜けきるまで少し長い休暇を取る者がほとんどだろう。


 普段の迷宮への遠征後にも必ず数日のインターバルを置かなければとても身と精神が持たないのに今回の主級討伐では仲間を失ったり大きな怪我をしたり、武器や防具が破損したりと、とにかく犠牲と被害が大きかった。


 武器、防具の修理をし、抜けたパーティの穴埋めを探し、新しいメンバーでの戦い方を一から模索していくため、なおさら迷宮に潜るのは先になるだろう。


 そんな彼らにもう一度主級を討伐しに行けといったところで、行くはずがない。行けるはずがない。今の状態で主級を討伐しろというのは即ち死んで来いと言っているのと同じことだ。

 今回ばかりは不可能と言うものだろう。無理に行かせようとすれば最悪の場合、冒険者たちによる暴動も起きかねない。


 また、今回討伐に行った以外の冒険者たちで行かせるという選択肢はない。そんな実力を持った者たちはもうすでに片っ端から猪型の主級討伐に招集している。

 サートのような例外を除けば、残りは実力不足か素行不良で信用が無いか等、何かしら招集されなかった理由のある者たちばかりなのだ。


 そんな者たちにいま迷宮に潜らせたら確実に無駄死にする。

 故に、いま町にいる頼れる実力者となるとサートぐらいしか本当にいないのだ。


 本来ならば主級討伐に参加するためにこのアルバに腕利きの冒険者がもっと多く来るはずだったのだが、何故かそうはならなかったために起きた問題である。


 そんなギルドにとってはピンチの状況の中、サートは、まあ、ギルドの考えも分からなくはないし、事情も理解はできる、と思っていた。

 だが同時にそんなことをする気も義務も必要性も、ついでに言えば時間もない、とも思っていた。


 というのも、実情はともかく名目上は冒険者とギルドはどちらもお互いなくしては成り立たない職業であるため、立場は対等ということになっている。

 よって冒険者側には理不尽な要求に対する拒否権と言うものも存在するし、ギルド側には無理やり強制できる命令権も存在しないのだ。


 冒険者ギルドの依頼はあくまでお願い・・・なのだ。




 実情はともかく。



「君を疑っているわけではないが、これは一度しっかりと事実確認をしなければならないな」


「そうですね(飯食いたい)」


「……」


「……」


「……単刀直入に言おう。もう一度迷宮に潜ってこの新たに現れた主級と思われる魔物の情報をもっと集めてくれないか?」


「嫌ですね」


「……」


「……(煮つけ、いや塩焼きだ)」


 これ以上は時間の無駄と見たためかギルド長は直接口に出してギルド側の要求を伝えたが、それをサートがノータイムで断ってしまう。


 流石のギルド長でもそのあまりの返答の適当さにイラッと来たのだあろう。


 部屋の空気が明らかに重くなって、今まで影のように後ろで待機していたロイドが辛そうな顔に変化したが、サートは全て華麗にスルーしていた。


 これがゴッツ達のような有名でチームを組んでいる冒険者ならこんなにはっきりとは言えなかっただろう。

 自分だけでなく仲間の生活もかかっているのだ。断るにしてもなんやかんや理由をつけ、今後のギルドとの関係に影響が出ないようにもっと上手く、いかにも仕方ないといった風を装って断るのがふつうである。


 だがこういった面倒事を避けるためにサートはソロで必要以上に実力を見せずに目立たないように冒険者をしていたのだ。


 また、基本的にギルドとは素材と金のギブアンドテイクのみのドライな関係を保ちたいサートは、ギルドから必要以上の恩を受けたり借りを作るのはもちろん、ギルドに恩を売ったり貸しを作ったりする気もなかった。

 こういうのは一度でも引き受けてしまうと必ず二度目が来るものなのである。


 前世の経験から言うと、良くも悪くも縁や繋がりができるのは恩を売るのも借りるのもどちらも同じで、面倒事というのは大抵そこからやってくるのだということをサートは理解していたのだ。


 いや、正確に言えば、サートは口ではこう言ってはいるものの実際はそれほどギルドからのお願い・・・をそれほど堅く拒んでいるわけではない。確かに面倒事は御免であるし、貸しも借りもなるべく作りたくないのは本当であるが、そこはサートも大人である。


 相手の要求をすべてノーと断わり続けるというのが無理があるというのは理解している。ある程度は相手の頼みごとに耳を傾ける必要が時には必要だということも理解している。

 基本的にはギブ&テイク、時には持ちつ持たれずで相手の頼みごとを聞くこともある。これが理想であった。


 ただし、それが死を伴うかもしれない内容以外であったなら。


 そして今回の頼み事は見事にサートが定めている決して超えてはならない一定のライン以上の依頼であった。サートとしても、自分のスタンスを明確にするために、一切の交渉の余地がないように依頼を断ったのである。


 ついでに言えば返事が単調になっていたのは、単に腹が減りすぎて頭が回らず、その上魔術を多く使用した故の副作用としての空腹も合わさり、脳が働いていないのが理由でもある。



「もう帰ってもいいですか?あ、その脚は別にあげるわけじゃないんで返してくださいよ。高く売れそうなときに売るんで。それじゃ失礼します」


 空腹が限界に達したのか、なんかもう本気で面倒くさくなってきたのか、面倒事はノーサンキューとばかりにサートはそう言うや否や相手が言葉を発する前に足早に逃げるように退出してしまった。


 仮にもギルドマスターに対して、少々、というよりもかなり礼を失した態度である。だがこの若さで冒険者ギルドの一地方を立派に治めている人物が、そして何よりもサートの勘が相手は若さに似合わぬ油断のならない人物であることを告げている。


 空腹で頭が回らない状態でこんな相手と交渉なんぞやってはいられない。鈍い頭を無理やり働かせてメリットとデメリットを慎重にはかりにかけていった結果、ここは多少相手の心証を悪くしてでも一刻も早くに立ち去りボロを出して言質を取られぬようにするのが吉と出たのである。


「……話には聞いていたが、筋金入りだな、あれは。取りつくしまもない。

 魔術の多量行使の影響で頭の回転が多少は鈍っていたはずなのに、なかなか見事な引き際だったな」


 あの状態だったら言質ぐらいは取れるかもしれないと思ったんだが、少し甘かったかな? と、特に悔しげな様子もなく笑うギルド長。


「如何いたしましょうか。サート様にお願い出来ないとなると、今の町には斥候が出来そうなものはもう他におりません」


「まあ、あれが本当にそれだけの実力を持っているのかも定かではない。誰かが見たわけでもないしな。緊急だとはいえ、期待しすぎだとも言えたか。

 明日ぐらいになれば迷宮に潜った冒険者たちが新たな目撃情報を持ち帰るかもしれんが、もし本当の話ならば生きて帰ってこられるかも怪しいか。


 ……はあ、仕方ない。商人ギルドに連絡を入れる。人を呼んでくれ」


「承知いたしました」




 結局釣った魚を売ることもできずに、空腹ばかりが増した結果となったサートは、この空腹を早く紛らわせるために魚を生のまま齧りつきそうになる自分を押さえていた。


「(大丈夫大丈夫、ちょっと腹が痛くなるだけ。昔だって死ななかったし何とかなるなる。あとで虫下しを飲めば、



 いける)」


 ついに限界が来たのか魚を影から取り出そうとした瞬間、








「サトラク」







 懐かしい声であった。





 死んでいるなどとは欠片も思っていなかった。


 この世界にいる以上、もしかしたら出会うこともあるかもしれないと思ってはいた。


 だが、こんなに早く出会うとは思っていなかった。




 あれから20年以上が過ぎた。


 だが、


 初めて出会った時と変わらないその声で、変わらずに生きてくれていることが、


 もう二度と呼ばれることはないと思っていた自分の名前を、もう一度呼んでくれることが、


 あの頃の面影すら残していない自分を、自分だと気付いてくれることが、


 すでにこの世界では死んでいる筈の自分を、自分だと心から信じてくれていることが、




 こんなにも嬉しいことなのだということを、前世と今世、二つの人生で初めて知った。



「初めまして。お久しぶりです、師匠。いろいろ話があるかと思いますが、







 とりあえずお腹が空いたので、先に飯食っていいですか?」



「照れ隠しの仕方はいつになっても変わらないな。サトラク」



 そう心の中を見透かされたように返されて、やはり、師にはまだまだ敵いそうもないと、サートは思った。


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