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第9話~新たな主級~

 ゴッツから話を聞いて、お土産を渡して先日の借りを返すという用事が終わったサートは、三週間ぶりに迷宮へ潜ろうと今朝通った道をまた歩いて戻っていく。するともうすぐ冒険者ギルドが見えるといったところに荷馬車の集団を発見した。


 どうやらそれは今回討伐された、商人たちが競り落とした主級の肉やら牙やらを分割して運んでいるらしく、その荷台の一部を遠目から見ただけでもいかに主級が大きかったかが伺えた。


 討伐した主級はその巨体をバラして生き残った冒険者全員で地上まで運んだのだが、巨体ゆえに解体にも時間がかかり、また重すぎたためこまめに休憩を入れたり、他の魔物に襲われたりしながらかなり慎重に長い時間をかけて地上まで運び出された。

 この時、ミラの強化魔法がかなり役に立ったらしい。一部、涙を流すほど嬉しがった冒険者もいたそうだ。

 

 サートなどはその巨大な脚を見ただけで戦おうという気など失せており、どう考えても死ぬ可能性が高いということが子供でも分かるあんな化け物と、わざわざ自分から好き好んで戦おうとする者たちは一体何を考えているのかサートにはあまり理解できなかった。


 勝てる、勝てない、の話ではなく、必要性の話だ。魔物との戦闘で絶対に勝てると言うことは存在しない。それが主級ならばなおさらだ。


 別に迷宮は一つというわけではない。逃げるというのも一つの手だ。命あっての物種だろうに、自分の命よりも大切なものなどあるはずがないのに。それがサートの考えであった。


 だが同時に、この世にはどうしてもうまくいかないことがあるということも知っていた。

 生きるために戦っている自分と違い、戦うために生きているどこぞの戦闘民族のような人間たちがいるということも知っていた。


「ままならんもんだなあ」


 自分はそんな生き方まっぴらごめんだが、とサートは思う。


 ただ、危険度で言えば迷宮に潜ること自体、油断すると死ぬと言うぐらいに危険なのだが、それとこれとはまた話が別なのである。


 自分でも矛盾しているなと自覚しながらそれからサートは特に急ぎの用事もないので、滅多にみられない生の主級をしばらくぼーっと観察していると、他の馬車のよりも数倍の数の護衛に囲まれた、一際厳重に警備されている馬車が現れた。


 ブラフでなければおそらくあれが主級の核を運んでいる馬車なのであろう。主級の、他の魔物とは比べ物にならないほどの大きさを持つ核は、それはそれは高い値段がついたであろう。


 商業ギルドはここ20日ばかり迷宮からの産出物がなかったため、赤字が続いていた。


 迷宮都市なのに迷宮から商売の品が仕入れられないのだから当然なのだが、それもこの主級を市場に流せばかなりの儲けが出ることが期待される。


 討伐に参加した冒険者に対しても十分な報酬が支払われ、再び迷宮にも入れるようになったため、これからまたこの迷宮都市アルバの活気が戻ってくるであろうと予想が出来た。

 

 このままもう少し様子を見ていても良かったが、いい加減腹も減ってきたので酒場へ食事をとりに行くことにした。

 ビーフジャーキーを大量に買って財布の中の諭吉さんがちょとピンチだったため、少しでも節約するために朝食は抜いてこちらの世界で食べようと思っていたのだ。

 

 

 

 

「やあ、サートさんおはよう。」

 

「ん、サイスか。おはよう。その顔だと交渉はうまくいったみたいだな」

 

「おや、知っていたのかい?」

 

「ああ、今朝ゴッツからいろいろ聞いてな。ちょうどさっき実物を見たんだが、よく倒せたなあんなの」

 

 サートが食事を取ろうといつも行っている冒険者ギルドに併設されている酒場へ向かう途中、偶然にも主級討伐報酬の値上げ交渉を成功させたサイスと出会った。


「それについては改めてお礼を言うよ。ミラから聞いたんだけど、本当に色々と役に立つ助言をしてもらったみたいで。おかげで何とか主級を倒せた。報酬も上がったし、本当にありがとう」

 

「いーよ別に。それは俺じゃなくて本人がすごいだけだから、いやほんと。それよりも早めに帰った方がいいぞ、ゴッツが我慢できてるうちに」


「何か持ってきてくれたのかい? ありがとう。今度こちらからも何か贈るよ」


「だからいいって、差し入れについては半分以上自分の都合だし、元は取れたから。それに前回の飯が本当に美味かったんでそのお礼だよ。これ以上はきりがないから気にすんな。後ほんとに早く行った方がいいぞ、マジで」


「そういう訳にもいかないさ。さて、忠告に従うことにして、急いで戻ることにするよ。ではまた近いうちに」


 こうして異世界にいるにもかかわらず非常に日本っぽい会話をしながらサイスと別れ、酒場に入ると、その中はサートがこの世界にきてから今までにないと言って良いほどに賑わっていた。

 

 主級討伐に成功した影響だろうか、ゴッツの話では地上に戻って来れたのは昨日の昼だったらしいが、その翌日でここまで騒げるとは大した体力だと思う。

 まあおそらく、実際はかなり辛いのであろう。だが自分が生きて帰れたという実感と死んだ仲間を悼んで、あえてこんな無理して馬鹿騒ぎをしているのが見て取れる。

 

 いつ死ぬともわからないこの冒険者という生き方らしい、手に入れた大量の賞金を使ってその日を楽しく刹那的に生きているということが分かる光景だった。

 

 

 

 だがそれはそれ、これはこれ、人が多すぎてもはや席なんてものはなく、自分の食事をとれる状況ではないため、この空腹をどうやって治めるかが今サートにとって一番重要なことであった。

 

 他の酒場へ行ってもおそらく同じような状況だろうし、今からまたゴッツ達の屋敷に戻ってご馳走してもらうのも厚かましいし、さてどうするか、と悩んだところいい考えを思い付いた。




―――――――

 

 サートは今迷宮の中にいた。

 だが今回はいつものように中層へは潜らず、もっと浅い階、地下4階に用があったのだ。

 因みに、迷宮の地下1~3階には魔物はほとんど存在しない。長い年月をかけて狩り尽くされ、道が整備され続けてきたため今では繁殖力は強いが弱い魔物と、僅かに小動物が生息しているのみである。


 このような碌な獲物がいない階層は、駆け出しの冒険者がその日暮らしをしながら迷宮探索の基本を学び、経験を積むためにしか使用されてはいない。

 当然儲けなどは存在せず、稼ぐためには数日がかりでもっと深い階層に潜らなければならない。


 地下4階にも特に危険な魔物は存在せず、サートのように魔術で周囲の状況を知るすべがあり、遠距離から攻撃できるのなら数で押されない限りは安全である。無論そんな状況になったら即逃げるが。


 さて、何故サートがこんなところにいるかと言えば、この地下4階には大きな湖があるのである。それもかなり大きい湖で、要はそこで釣りをして、そのまま焼いて食おうとしたのだ。


 この湖には魚もかなりの大物が数多くいるらしいのだが、サートのようにわざわざ迷宮に潜ってまで釣りをする物好きなんてそうそういるわけもない。魚も売れないわけではないのだが、同じ重さならこの階にいる魔物を狩った方が何倍も儲かるのだ。


 儲けは少ないが安全だし、趣味としても良いのでサートはもうこれからずっとこれでやっていこうかな、と思いながら、影の中からいつか役に立つかもしれないと放り込んでおいた釣り針と釣り糸を小物入れの箱の中から取り出した。

 流石に現代の釣竿は目立ちすぎるので、適当に見繕ったよくしなる木の棒を竿として使用している。


「すっげえ、入れ食い状態だな。しかも大物ばっかり。課長に教えたら羨ましがるだろうな」


 魚たちは釣られるという警戒心がなく、針を垂らすと数秒から数十秒で食いつき、成長しきるまで誰にも釣られなかったせいか、そのサイズも全て大物であった。むしろ釣り上がるのを待つ時間より、針を外して餌をつけるまでの時間の方が長いという、会社の釣り好きで有名な課長の、おそらく嘘だろう自慢話通りの状態になっていた。

 

「……やべ、釣りすぎた」 

 

 あまりの楽しさにいつの間にか空腹も忘れ、網の中がいっぱいになり魚が入らなくなって初めて時間に気が付いた。さすがに多すぎたのか、もはや手では持ち上げられないくらいの重さになったタモを魔術で浮かせて運び、影の中に収納したところで、自分の危険察知網の中に巨大な気配が入ってきたことに気付く。

 

「(なんだ? こんな階層でこれほど大きい生き物なんて聞いたことないぞ)」

 

 これからこの階層で楽しみながらゆっくりと稼いでいこうと思っていたのに、こんな巨大な魔物が存在するとなると安心できない。とりあえず姿だけでも確認せねばなるまいと、安全を確保するために魔法で自分の体を浮かせ、まるで飛んでいるかのように空を移動しながらその気配のある場所まで移動する。

 




「あれは、……蟻か?」

 

 その巨大な気配の正体は今朝見た猪の主級と比べても劣らないだろうというほどの大きさを持った、巨大な羽蟻であった。全身が黒く、金属のような光沢をもったその巨蟻は、ギギギギと独特の鳴き声を上げていた。

 

「(どう見ても主級だ。だが、こんなほぼ同時期に二体目の主級だと?)」


 そんな疑問を抱きながら、同時にうっわ体堅そうとか、蟻ってあんな鳴き声すんの? などと考えていると、向こうもこちらに気が付いたのか顔をこちらに向け、


「っは? おまっ、飛べんの!!?」


 その羽をはばたかせて宙に浮いているサートの方に向かって飛び掛かった。


 前世なら特になんとも思わなかったのだろう。が、今のサートからしてみればあんな重そうな体と比べて、特別大きいわけでもないあの羽で飛べるというのは、なまじ現代知識で先入観を持っていたせいもあり、かなり驚いた。

 

 しかし冷静になって分析してみれば、逆にあんな小さな羽で飛べるということは何か他の力が働いているのだろうということが分かる。そのことからあのアリは魔物の中でも特に手強く厄介な、魔力持ちの魔物だということが分かる。


 魔力持ちとは、人間の中にも魔術師のような魔法を使えるものが存在するのと同じように、魔物の中でもいろいろな特殊能力をもった個体のことを指す。

 その能力は様々で、ビームのような光線を放つものや、体をバラバラに引き裂かれても死なずに再生するものなど、かなり厄介な能力を持つものばかりであり、その討伐には下手をしたら主級以上の被害を出すものも存在した。


 幸いそれも人間と同じく数は多くないが、魔力持ちの魔物は総じて物理法則に喧嘩を売っているとしか思えない程に常識はずれの行動をする。

 この巨蟻が飛べるのも魔力持ちであるゆえの副産物的なものなのだろうとサートは思うことにした。


 そもそも人間の魔術師だって似た様なものなのだから。


「つーかこっち来んなキモい」


 サートはそう言いながら相手がこちらに近づいてくる前に地面から岩をいつものように射出して攻撃したのだが、重さ数十キロの石を時速にして300キロ以上のスピードで食らったにもかかわらず、その見た目通りに堅かった外殻に弾かれ、むしろ岩の方が砕けて、まるでダメージを食らった気配がない。


 あ、面倒くさいパターンだこれ、と察したサートは攻撃を相手を吹き飛ばすための攻撃に変え、一旦距離を取ることにした。


 パンと手を叩いて圧縮した風をアリに叩き付けてふっとばし、距離を開ける。その巨体をも吹っ飛ばす魔法を食らってもまるで怯まずこちらに突進してくるアリにさらに数発同じ魔法を食らわせる。


 そして十分に距離を取ったと判断すると、ちょっとした応用で地面の岩や石だけでなく砂利などもアリに向かって飛ばす。今度はそのまま体にくっついて離れずどんどん重くなっていくアリを、サートは更にそのままちょっと気合を入れてその表面が見えなくなるぐらいに纏わりついた石を操ってアリの動きを拘束しようとした。


 が、




「ギギ、ギギギギ、ギギギ――――――――――――――――ッ!!!!!!」


 アリが、もう音というレベルを超えた叫び声をあげる。


 その声はもはやなんと叫んでいるのかすら分からないほどの大きな鳴き声で、自身の体に纏わりついた邪魔なゴミを一気に吹き飛ばす衝撃波を放っていた。サートも鳴き声が大きくなってきたあたりで自分の周りに真空の膜を張らなければ鼓膜が破られていただろう。


 「あれがアイツの特殊能力かな?」


 能力も見たし、とりあえずあとはでかいの一発かまして隙を作ったら逃げるか。

 後はギルドに丸投げしよう。自分の安全が第一。


 と、サートは考え、できれば報告する際の証拠として体の一部を持っていくためにあの異常に堅い外殻をどうしようか悩んだ。


「よいしょっと」


 いまだに叫び続けているアリに向かって気の抜けるような掛け声でいつもの窒息魔法ではなく空気を真空にする魔法を放った。


 何故かと言えば、あの叫び声の長さからしておそらく息を吐いて出したものではなく、鈴虫やコオロギの鳴き声のように、この場合は羽ではなく口の中にある何かをこすり付けて出した音だろうと予想したからである。それに魔力をあわせて振動を増幅し、衝撃を持たせたのであろう。

 それに、哺乳類とは体のつくりが根本的に違う昆虫相手に、自分の使う窒息魔法が果たしてどれほど効果があるのか確信が持てなかったためである。


「とりあえず、あの衝撃波は封じたな。あとは」


 サートはもう一度岩を操り、今度は羽の先端に集中して纏わりつかせていく。計算通り羽ばたきのスピードがだんだん遅くなり、地面に落ちていく。そして真上から思い切り空気の塊を叩き付け、反撃できないように怯ませる。

 

 そのアリの落ちた足もとにはサートがいつもモノを収納している影魔法が広がっていた。

 アリが大きすぎるため前脚一本分しか嵌まらなかったが、そのまま影魔法を閉じると嵌まった先の脚は綺麗に無くなっていた。


 落ちてもどうせダメージなんて無いだろうと、最初から狙いはこれだったのである。


 自分の脚を切り取られたことに気付き、アリはその切り取った相手に怒りをぶつけようとあたりを探したが、すでにどこを探してもいない状態であった。





「あー、怖かった」


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