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恋、三年分

16の夏、 俺がやり残してたもの

作者: ナガツキ

青い空。

照りつける太陽。

流れる汗。


そして、


休むことなく動き続ける腕。



高1、夏休み最後の日。

窓から差し込む太陽の光を受けながら

俺はいま懸命に

「終わんねぇーーーー!」

ため込んだ宿題と戦っていた。



答え写しても終わる気がしねぇ!

残りはあと英語に国語、数学、化学‥‥

「って、全っ然終わってねぇじゃんか!!」

目に映るのは問題文ばかり。肝心の答えは全く書かれていない。そしてわからない。

宿題のひとつである単語だってまだ半分もやってないし‥‥

これはあれだな。

よし。

「やーめだやめ! もう終わんねぇって。こんなんやってないで、なんかやり残したことでもするかっ」

「やり残したのは宿題だけじゃないんだ?」

いきなり後ろから声をかけられる。

「うぉっ真衣⁉なんだよお前、また窓から入ってきたのか?」

「草雅に窓の鍵ぐらいちゃんと閉めなさいよって忠告してあげてんの」

「へーへー、それはどうも」


こいつは奈倉 真衣。家が隣同士の幼なじみ。俺の部屋と真衣の部屋がちょうど隣だから、ベランダを超えてちょくちょく窓から侵入してくる。中学生のとき、なぜか俺が真衣の親父に窓から部屋に入るのはやめろと叱られたのだが、いまだに窓から入ってくる。しかも無断で。もういい年してんだからさぁ。何度もそういってるんだが、全く聞く耳を持たない困った幼なじみだ。


「ねぇっ! 草雅のやり残したことって何?」

「そうだなぁ‥‥あ! 今年まだ祭り行ってねぇや」

「ならなら! 今日の祭り一緒に行こうよっ」

「真衣と2人でか? 嫌だね」

「いいじゃん。あっ浴衣着てあげるから」

「別にいいわ。それに俺には宿題が」

「じゃあ5時に神社でね!」

「っておい、ちょっと⁉」

真衣は勝手に約束したあと、既に窓の外へと消えていた。

おいおい。

高校生にもなって幼なじみと2人で祭りって‥‥。

「ったくしょうがねぇな」

夏休み最後の日。わがままな幼なじみにでも付き合ってやっか。



「で、」

なんで俺が待たされてんだよ。

神社の前で待ち合わせが流行ってんだか知らねぇけど、

さっきから浴衣を着た女が

待ったぁ?

と小走りで男へと駆け寄り

全然! じゃあ、いこうか。

と手を繋いで祭りへと向かっていくーー

なんてのを何度も見せつけられた。

俺だってなぁ‥‥そのうち彼女のひとりやふたりくらい…

「草雅!」

「おっおぉ、真衣」

「ごめん。なかなか浴衣が着らんなくて‥‥待った?」

「いっいや‥全然」

「良かった! じゃあいこっ」

「おぉ」

‥‥って、なんだよこの展開! さっきから飽きるほどみせつけられたカップル設定のまんまじゃねえか⁉

いや、そうじゃない。そこじゃねぇ。

‥‥真衣って。

真衣ってこんな可愛いかったっけ?

普段めったに見ない浴衣姿に‥‥化粧してんのか? なんか別人にみえる。いや、俺はいま別人じゃないかと疑っている。

だって真衣だぞ? 勝手に窓から入ってくるような無礼な奴だぞ?

浴衣姿なんて小学生んとき以来だ。

正直そんなん‥‥

「どうしたの、草雅?」

反則だ。


「ちょっと⁉」

俺は真衣の手を取り、近くの公園へ向かった。

「草雅、速いよ」

後ろから聞こえる真衣の声に気づき、ふと歩みを止める。

「下駄、あんまり慣れてないんだから」

もぅ、と怒ったように真衣が俺の肩を軽く叩いた。

「あっあぁ‥‥ごめん」

慌てて 大丈夫か、と麻衣の足元へと目を向ける。

「うん、へーき」

ふっと真衣の表情が緩まる。

「ねぇっどう? 久しぶりの浴衣姿っ」

「どうって‥‥べ、別に」

「なーんだ、つまんないの」

あ、この公園懐かしい。

、と言って麻衣が目をそらしたことになぜか少しほっとする。

何言ってんだ、俺。そうじゃないだろ。

可愛いなんて口がさけても言えない。でも、だったらせめて 似合ってる、くらい言ってやれば良かったのに。

そうだ。

思えば、俺はいつだってそうだった。

肝心なことを言わないで、いつも誤魔化す。

本当はわかってるのに。

部屋の中をいつも綺麗にしてるのだって。

わざとベランダの窓の鍵だけ開けてるのだって。

気づけばいつもベランダから入ってくるのを待ってることだって。

夏休みやり残したこと。

‥‥いや。

ずっと言わずに黙ってたことだって。

本当は全部わかってる。

「麻衣!」

「私、草雅が好き! ずっとずっと好きだったの!」

「俺はお前のこと‥‥ってえぇ⁉」

「草雅がちっとも私のこと見てくれてないってわかってるけど、」

「ちょっ、ちょっと」

「でも、でもやっぱ」

「俺も麻衣が好きだ!」

がっと麻衣の肩をつかむ。

「ずっと麻衣が好きだった。俺と付き合ってください。いや、付き合ってくれ!」

目を大きく開いてじっと固まる麻衣の目に、じわじわと大粒の涙が溢れ出す。

俺は慌ててハンカチをだそうとして、そんなもん持ち歩いていないことに気づく。

結局、

「なっ泣くなよ」

次から次へと溢れていく涙におろおろと戸惑いながら、麻衣の泣き顔を見つめていた。

「馬鹿。こんなん、草雅のせいなんだからね」

「なんで俺の」

「ずっと、ずっと草雅のことみてたのに。ずっと‥‥ずっと」

「わかった! わかったから!!」

落ち着くどころかますます泣き始めてしまった麻衣にどうすることもできずに、そっと頭に手を置いた。

「草雅」

しばらくしてやっと落ち着いてきた麻衣が、少しうつむきながら俺の名前を呼んだ。

なに、とそっと覗き込みながら返事をする。

「さっきの‥‥本当に?」

「嘘なわけねぇだろ」

「本当の本当の本当?」

「本当の本当の本当。で、返事は?」

私からさきに言ったんだけどな、と麻衣は少し唇をとがらしたあと

「よろしくお願いします」

といってぺこりとお辞儀をしたあと微笑んだ。




屋台へと向かう途中、俺たちは小学生以来に繋ぐ手に戸惑いを感じながらも、しっかりとお互いの指を絡ませて、今度は麻衣の歩幅に合わせながらゆっくりと歩いた。

「夏ももうすぐ終わりだね」

麻衣の少し寂しそうな声が、人ごみに紛れることなく俺の耳へと届く。

そうだな。もう終わりだな。

自然と手を握る力が強くなるのを感じながら、俺はふっと頬を緩ませた。

「でも、間に合ったな」

ん、 なんか言った?

いやぁ、別に。

そう言って俺は日が落ちてきた空を見上げる。


夏休み‥‥いや、ずっと前からのやり残し、完了だな。



夏休み最後の日。

俺は一番大事なもんを手に入れた。

新学期、終わらなかった宿題を泣くなくやる俺の横で、またいつものように窓から入ってきた麻衣が笑いながらも勉強を教えてくれるのは、この後の話し。



ってそうだ、宿題やってねぇ‼‼‼‼








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― 新着の感想 ―
[一言] こういう話、大好きですー(^^) おもしろかったです!
[一言] はじめまして(・∀・)♪ 読ませていただきました* とても面白かったです\(^O^)/ これからも頑張ってください(*^-^*)
2012/09/11 20:20 退会済み
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