第十一話 響け、想い出の歌
旭、か‥‥。
「んがぁー。起きたぞー!!!」
隣でのぞみちゃんが「がー!」と言いながら起き上がった。の、のぞみちゃん‥‥。今までずっと寝てたの?
「‥‥なーんてね。本当はさっきから起きてた。盗み聞き!」
ぬ、盗み聞きされてもなあ‥‥。私が困ったような顔をしていると、突然のぞみちゃんは親指を立てて私に見せた。‥‥親指に何の意味があるんだろう?
「ふっふーん! ときめきメモリアル?」
あ‥‥何か勘違いされてる?
「ち、ち、ち、ち、ち、違うよ! 旭は‥‥ただの友達だから!」
「ふーん。」
そうわざとらしく頷くと、のぞみちゃんは意味ありげに横目で私をちらっと見た。本当なのに〜!
「まあ、いっか。その旭って、小学校の時の友達か?」
「うん。四年生の時のね。最初はなんか言いたい事ズバズバ言ってて嫌な奴だな〜!とか思ってたけど、ある日私が美沙達に掃除を押し付けられたとき私が一人でやっていると、旭がこっそりやってきて手伝ってくれたんだよね。それであれ、本当はいい奴なのかな〜って思いはじめたりして‥‥。でも、五年の時にクラスが離れちゃったんだけど中学でまた一緒になったんだよ。‥‥のぞみちゃん聞いてる?」
咄嗟に隣を見てみると、のぞみちゃんは「青春ていいなあ」と何度も連呼していた。ダメだ、これは。
「でも‥‥本当にいい人だよ、旭は。うん‥‥昔から何にも変わってない。」
「何も変わらない‥‥か。ひかりにとっては、何も変わらない人がいい人なのか?」
「え?」
びっくりしてのぞみちゃんに聞き返すと、のぞみちゃんはもうさっきとは違って真剣な顔つきになっていた。
「ひかりさー。変わらない事がいい事とは限らないよ。」
「どうして? 変わらないって事は、その人とずっとその時のままでいられるって事でしょ?」
「どうかな。それに、ひかり忘れないか? どうしてあたしがここにいるか‥‥。」
「のぞみちゃんがここにいる理由? ‥‥‥あ!」
そうだ、忘れてた。のぞみちゃんがここにいるのは、私が強く”変わりたい”と願ったからだ! なのに私は変わって行く事を恐れている‥‥私、矛盾だらけだ‥‥。
「ルンルーン。」
鼻歌が聞こえたので隣を見てみると、何故かのぞみちゃんは紙とペンを持っていて、それで紙に何か落書きしていた。‥‥子供かッ!
「何、書いてるの?」
私が横からのぞこうとすると、のぞみちゃんは慌ててさっと紙を後ろに隠した。
「だ、ダメだ! ぜーーーーーーーーーーーーーったいに見るなーーー!!」
「何で? ケチ。」
「悪かったね、もとからあたしはケチなんだよ!」
のぞみちゃんがケチって事は私もケチなの? 残念な疑問に答えを出そうと考えている時、のぞみちゃんはフェンスにさっさと初詣でやるように結びつけていた。
「な、何やってるの!? そんな事やったって、雨とか風とかでいずれ吹き飛ばされちゃうよ!」
「そんな事やってみないとわからなーい! 以外とコレ水に耐久できるし!」
そう言いながらのぞみちゃんはまたさっきの歌を歌っていた。あれ? この歌って‥‥。
「ねえ、のぞみちゃん。その歌歌詞で歌ってみて!」
「え? 歌詞で? んーと‥‥涙の数だけ強くなれるよ アスファルト‥あれ? アスファルト‥‥なんだったけ? アスファルト‥‥」
「アスファルトに咲く花のように。」
歌詞がつまっていたのぞみちゃんの代わりに私が後を引き継いだ。するとのぞみちゃんは「あっ、そうだ!」と思い出せて嬉しそうだった。どうして‥‥
「どうしてこの歌をのぞみちゃんが知ってるの?」
「さあ‥‥何でだろう? 考えられるとしたら、ひかりの心に強く印象に残ってるって事かな。」
確かに‥‥この歌は私にとっては大切な歌だ。
「うん。この歌は私にとって心に深く刻まれている歌だよ。‥‥美沙とのね。」
「美沙‥‥。」
私の心は遠い昔へと飛んでいた。
『今度の音楽会で2年3組は、この歌を歌います。』
あれは2年生の中旬。ある日、迫り迫った音楽会に向けて先生が今回歌う曲を発表した。曲は岡本真夜さんの『TOMORROW』。音楽会に向けて私達は子供らしく純粋に一生懸命練習した。
だけどそんなある日。皆で決めた(と言っても、決めたのはほとんど先生だったけど)放課後の練習の時、集合時間にただ一人美沙の姿だけがなかった。
「皆、美沙ちゃんがどこにいるか知らない?」
担任の若い女の先生がにこやかにみんなに聞くと、みんなは「しらなーい!」と声をそろえて言っていた。私は焦った。次に聞かれるのはいつも美沙と一緒にいる私だ。美沙がこないのが私のせいだと思われたらどうしよう‥‥。今思えばそんな事思われるはずもないのに、子供だった私は怯えていた。先生がコツコツと革靴の音を立ててやってくる‥‥。お願い、怒らないで!
「ひかりちゃん、美沙ちゃんから何か聞いてない?」
私はマトモに先生の顔を見れず、不安から服の裾をキュッと握っていた。それを見た先生は何か悟ったらしく、「そう」とだけ言って去って行った。私はそのとき大きな安心感に包まれたけど、同時になかなかこない美沙の事を思った。どうして来ないんだろう。美沙はさっき、一旦家に帰るとだけ行って私と別れた。私のせいじゃないよね?
翌日、美沙も悟っていたのか申し訳なさそうに教室に入ってきた。私はいち早く美沙の元へ駆け寄った。
「美沙! どうしたの? 昨日練習のとき来なかったし、今日の朝も待ち合わせの場所にこなかったでしょ? 一体何があったの?」
「実は‥‥お腹痛くなっちゃって‥‥。」
「お腹こわしちゃったの!?」
「そうなの‥‥。ほら、昨日私が一人でお菓子食べたでしょ? あれが原因みたいで‥‥。」
「え? あのお菓子って確かリサ子のだよね?」
私はいつの間にか後ろに群がっている女子の中にいる、ポッチャリ系のリサ子に声をかけた。
「うん。そうだよ? 確かウチがお腹いっぱいになっちゃったから、美沙にあげたんだと思う。」
「あ〜! わかった〜!!」
群れの中にいる女子の一人がバシッと手を挙げた。あれは確か‥‥ユリ?
「何ユリ、どうしたの?」
「ユリ、犯人わかっちゃった〜!」
「え〜!!」
その場にいる人の注目が全員ユリに集まる。気がつけばその中に男子も何人かいた。
「犯人は‥‥ズヴァリ、リサ子!!」
「え〜、ウチ?」
リサ子が困ったような顔をして自分を指さしていた。
「そう! リサ子のお菓子は実は‥‥賞味期限が切れてたんだ!」
「え〜!!」
皆が一斉に驚く。そこまで驚く事じゃないと思うけど‥‥。
「それ、本当なのユリ?」
「うん! 多分それを食べた美沙ちゃんがお腹をこわしちゃった‥‥みたいな?」
「で、でも‥‥証拠がないよ!」
リサ子が必死に言い逃れる。な、なんかコ○ンみたいな感じになっててる‥‥。さすがのユリもここでお手上げのようだ。
「証拠なら‥‥あるわよ?」
え?と皆の注目が一つに集まる。そこにはお菓子の袋を手にしたミユキがいた。‥‥く、クール!
「もしかしてそれって、リサ子のお菓子袋?」
「その通り。ここに書いてある賞味期限‥‥すでに一ヶ月前のものよね?」
「う‥‥。」
さすがにリサ子は言葉を失ったみたいで、むーとうなだれていた。なんか嫌な雰囲気‥‥。
「とりあえず、美沙に謝ろうよリサ子。」
「そうだね」と答えた後、リサ子は美沙に向かって「美沙ちゃん、ごめん!」と頭を下げて謝った。「そんなに謝らなくていいよ」と美沙はかすかに微笑んでリサ子に頭を上げるようにうながした。とりあえず、一件落着かな?
「でも、すごいね! ミユキかっこ良かったよ。」
「ふふ‥‥ありがとう、ひかり。」
「そうだよ、本当にかっこよかった!」
「名探偵ミユキって感じだったぜ!」
皆もミユキの格好良さに惚れたらしく、ミユキを褒めたたえていた。気付けば皆の輪の隣でふてくされているユリがいた。慌てて私はユリの事も褒めた。
「ゆ、ユリも格好良かったよ!」
「そう? ‥‥ありがとう、ひかりー!!」
そう言ってユリは私に抱きついてきた。い、息苦しい‥‥。その隣で大笑いしている皆と微笑んでる美沙がいた。そういえば皆の輪の後ろに一人静かに本を読んでる谷岡さんがいたっけ‥‥。
そういえば、そうだった。あの頃は楽しくて‥‥どんなに些細な事でも全部キラキラして見えた。後に私をいじめたユリとミユキとリサ子もその想い出の中にいた。私達は仲良しだったのに‥‥人の心というのはこうも変わってしまうんだろうかーーー
話を戻そう。その後の美沙はほとんどの子には悪意をもたれなかった。ところが、あの時いなかったガキ大将の男子の連中が突如として美沙を責めはじめた。最初は陰でコソコソ言っていただけだったけど、それははっきりと目に見えたのは体育の時間の時。あの時間は、ドッジボールだった。もう、言わなくてもわかるだろう。男子達が美沙を集中攻撃しはじめたのだった。当時あまり運動神経のよくなかった美沙はすぐ当たってしまった。しかも、顔面に。その様子を見た男子達は意地悪な笑みを浮かべ、口々にヒドい言葉を美沙に浴びせた。
「ふん、バッカじゃねーの!」
「うわー、運動神経悪!」
「トロイし、ブスだし最悪じゃん!」
当然、周りの子や体育担当の先生がすぐ美沙を庇った。だけどそれは美沙にとっては逆効果だったようで、庇われば庇われるほど涙の量は増えていた。私はそれをただ見守っている事しかできなかった。そのかわり、男子達への復讐を心に誓った。
その後美沙は一日中ずっと泣きっぱなしだった。授業の時も泣き、給食の時も泣き、帰りの会の時も涙が涸れるんじゃないかと思うくらい泣いていた。さすがにこれには男子達も戸惑ったらしく、プライドの高い例のガキ大将以外は全員美沙に謝った。それでも美沙は泣いていた。
「もう、美沙もう泣かないでよ。」
帰りの最中も美沙はずっと泣いていた。私が何か言っても、ずっとぐすぐす言っていた。いい加減あきれるよ‥‥。私はため息をつくと、あの歌を口ずさんだ。
すると不思議な事に、美沙の涙がピタッと止まった。どして? ああ、もしかして‥‥
「あのさー、美沙。涙の数だけ強くなれるって言うけど、美沙はもう充分すぎる程泣いてると思うんだ。もう泣かなくていいんじゃない? まあ、辛い時には枯れるぐらい泣いちゃったりしてもいいと思うけどな。 その分美沙ムキムキ強くなっちゃうけど。」
最後の言葉に、美沙がかすかに微笑んだ。あ‥‥なんか思いついちゃった。
「ねえ美沙、今から付合ってもらっていい?」
「え? うんいいよ。」
「よーし!」
私達はある場所へむかった。
私達はあのガキ大将の家の前にいた。裕也の家は裕福で、見た目もすごかった(お手伝いさんまではいないみたいだけど)。美沙はさっきあんな事があったばかりのせいか、私の後ろに隠れていた。
「ねえ、ひかり。これから何するの?」
「まあ、見てて。スゥゥゥーーー。」
裕太のバッカヤローーーーーーーー!!!!!!
「ちょ、ちょっと何やってるの! 裕太君に聞こえちゃうよ!」
わざと聞こえるようにやってるんですけど。
「あ‥‥お家から誰かでてきた!」
美沙が玄関を指さしてますます震えていた。あれは裕也のお母さん?
「裕太のマザコン野郎ーーーーーー!!! 美沙に謝れーーーーーー!!!」
「ちょっと! うちの裕也になんて事言うの!?」
逃げた方が良さそうですね、これは。私は美沙の手を握って走りだした。その瞬間、二階のカーテンの顔から怯えたような顔をしている裕太を見た。もしかしたら‥‥意外と弱いのかもね。だからわざと強がって自分が強いように皆に思わせているだけかも。
「はぁはぁ‥‥。ひかり、やる事大げさだよ!」
私と美沙は河原まで逃げてきていた。美沙は息を切らして恨めしげに私を見てきた。
「だって、ああでもしないとアイツには効かないじゃん。美沙も実はホッとしてるんじゃないの?」
「‥‥確かに、ちょっとスッキリしたかも。」
「でしょ!」
なんだかさっきの出来事がおかしくなってお互いくすくす笑っていた。あー、おかしい。いつの間にかどっと疲れている自分に気付いた。汚いけど、草の上に座った。「汚いよ」と言いながらも美沙も座っていた。
私が歌うと、美沙も続いて歌い出した。
二人の歌声が空に響いていった。
涙の数だけ強くなれるのなら、私はどれだけ強くなれたんだろうか
あの頃は楽しかったな 皆輝いてた あの頃に戻りたい
だけど私にはのぞみちゃんと旭がいる 私は一人じゃない
いつかきっと こんな日がよかったって思える日がきっと来る それまで涙はとっておこう
この歌が美沙に届く事はないだろうけど、美沙とまた笑って話せる日がきっとくる。私はそう信じてるよ‥‥。
「そろそろ行こう、のぞみちゃん。五時間目が始まっちゃう。」
新たな決意を胸に、私は屋上を去った。