そのままの君で
前作『敗者の勝点』の一ヶ月前の内容となっています。ちなみに今回の主人公はテル。前作を読んでなくても問題はありませんが、前作も読む予定なら、前作を先にする方を勧めます。
俺とあっちゃんは幼稚園からの付き合いで、小学生の頃からずっとサッカーをやってきている。あっちゃんとは不思議なくらい共通点があって、好きな物はカレーとサッカー、クラスは2年連続一緒だし、家は同じアパートで1階と2階の関係だ。ずっと一緒だからお互いの事はよく分かっている。
──そんなある日
放課後、部室へ向かう途中に、あっちゃんが見慣れないマネージャーを発見した。
「テル、見ろよ。物凄い美人!」
「ん?マネージャーさん増えた?」
─どう見ても3年生だよなぁ。なんで今頃から…
「さっそくアピるぞ!」
「何をアピるんだよ?」
俺の問いが耳に入らなかったのか、あっちゃんはもう歩き始めていて、俺は慌てて後を追った。
─『谷口里美』さん。予想通り3年生。規定よりスカートが拳2つ分短い。
「俺の苗字と同じ『口』の字が!これはもしや『運命』?」
─『森口敦』と『谷口…さん』。『運命』と言うよりも『偶然』に近いと思うけど…。そんな事より、マネージャーこれで4人だぞ。辞めた人も合わせたら6、7人…!
「テル?聞いてるか?これは絶対…」
「これは絶対誰かにコクるな。」
「え!?俺をさしおいて先客がいるのか!?」
そう言うとあっちゃんは大袈裟にため息をついた。でもすぐに前を向く。どうやらターゲットを変えたらしい。辺りをぐるりと見回して、ぴたりと動きを止める。
「じゃあ、あっちの二人…」
指さした方向には、キーパーを洗いながら楽しそうにお喋りをするマネージャーがいた。
「またマネ。しかも姉さん。」
「テル、最後のは余計だぞ。…優しそうで俺はイイと思うけど?」
「俺はあんまり…。」
「何だよ、それ。」
─『何だよ、それ。』って言われてもなぁ。
自分でも分かるような分からないような…。
上手く説明できない。皆一様に制服を着こなし、そこから伸びる手足は綺麗な白さで、曲げられたスカートのウエストは華奢に映る。先輩たちと楽しそうに喋りながらも時々見せる女の子らしい仕草…。あっちゃんのように口を半開きにして眺めていてもいいのに、テレビを見ているような気分。
黙っていると、あっちゃんが俺の顔を覗き込だ。
「お〜い、テル?日本語分かるか?『あんまり』って何だよ、あんまりって?」
「そのまんま。よく分からんけど、何かなぁ…あんまり。」
「え〜!?はっきりしろよ。大体、テルっていつも曖昧だよなぁ?」
しつこい。いつもと変わらない、冗談を言うような軽い感じのあっちゃんだけど、この時はなぜか鬱陶しく感じた。
「あっちゃん!」
「うん?」
「俺にだってよく分からん事くらいあるんだっ!あっちゃんこそ鈍感でずうずうしくて、名前の通り『厚かましい』んだよ!」
俺はそのままくるりと背中を向けた。あっちゃんは…何も言わない。そのまま収拾がつかなくなった俺は、
「先、行っといて。」
といい捨てて、元来た道を引き返した。
─言い過ぎた。別にそこまで言うつもりじゃなかった。なぁ、分かるだろ?つい勢いに乗って口走っただけ…。
あっちゃんが黙ったままなんて、今までなかったから、どうすればいいか分からない。
あっちゃんとは不思議なくらい共通点があって、好きな物もクラスもアパートも同じだ。ずっと一緒だからお互いの事はよく分かっているつもりだった。でも、実際は分からない事もある。分かってもらえない事もある。"共通"なんて"偶然"とそんなに変わらないものだ。それを引き合いに出して、分かったつもりになっていただけ…。
あっちゃんになんで苛立ったのか分からないし、確かにちょっと鈍感だけど『厚かましい』なんて、思った事もない。あっちゃんは俺の言った事全てを真に受けてはいないだろうか。
気付いたら教室の前まで来ていた。ここでもあっちゃんと俺は同じ教室に席を並べている。
ガラッ
引き戸独特の音がやけに勢いよく響く。奥の方で人影が動いた。
「梨乃…。まだ居たのか?」
クラスメイトの石井梨乃が、電気もつけずに窓際の机に座って外を見ていた。俺が中へ入ってきても風に揺れる髪以外、そのままの体勢でグラウンドを眺めている。
「なぁ…」
「部活は?」
俺が問うより先に梨乃が鋭く訊いた。
「あぁ…忘れ物取りにきただけ。」
とっさにでた嘘。そう、やろうとも思わない国語の宿題を取りにきただけ…。
「それよりさ、梨乃は何見てたんだ?」
これ以上訊かれたくなくて、話題を切り変える。
「あのね…」
梨乃は呟きながらまたグラウンドに視線を戻した。
「あたし、マネージャーやろうかなーって思ってるの。」
「じゃあ、部活は…?」
「辞める。」
「なんで?」
俺は梨乃の隣まで来ていた。
「なんで、なんで辞めるんだよ?」
─"夏季大会は先輩達と一緒にベスト4入りしたい。"って言ってたの、一体誰だよ?"やりたい事をやらないと学校来る意味ないよ。" と言って、テスト休みでもこっそり自主練していた事も見ていたんだぜ。それを捨ててまでやりたい事かよ?
頭の中で沸々と生まれる怒りのような焦りが、疑問詞となって駆け巡る。
バレーをやってない梨乃は梨乃じゃない。
「あたし、もう駄目なんだよ。怪我してるもん。」
そう言って、地面から宙に浮いた左足に目を落とした。
先週、捻挫したと言う足首には湿布と包帯が巻かれている。
「それに…」
梨乃が別の理由を語るように、グラウンドに向かってため息を洩らす。
「マネージャーなんか、やるな。」
とっさにそう言っていた。
「そんなの梨乃のキャラじゃないだろ。マネージャーってのは、タイム計ったりキーパー作ったり…」
語気に熱が入っている事に気が付いて、何でもないように宙に目を向けながら冗談がましく付け加える。
「あー…キーパーってゴールキーパーじゃねぇぞ?梨乃がゴール守ったら佐川の出番がなくなるからな。」
しかし梨乃は笑うどころか驚いたようだった。口を『え?』の形にしたまま一瞬沈黙が流れた。
「なんで…サッカー部って分かったの?マネージャーなら野球もバスケも募集してるのに…。」
「それは…。」
言われてみればそうだけれど、心の奥では知っていた。梨乃が語ろうとした別の理由も、その言葉を無意識に遮った訳も分かっている。あの時俺は焦った。前から勘付いていた事を事実と認めるのが嫌だった。あっちゃんが興味を持って、俺が関心のない"谷口さん"。梨乃が彼女と同じものになるのを心の奥で拒んでいる…。
「とにかく、マネージャーなんて梨乃には無理だよ。」
梨乃の顔がさっと曇る。
…違う。そんな意味じゃない!
『いつも曖昧なんだよ』と言った、あっちゃんの顔が思い浮かぶ。
曖昧だから伝わらない。真っ直ぐ伝えたいけどそれができなくて、いつも空回り。面と向かうと言えない一言…。
「どんなに傍にいても、良く見せようとしたら、かえって何にも分かってもらえないもんだぜ。」
梨乃があっちゃんが好きな事くらい分かってる。でもあっちゃんは気付いてない。想いに"偶然"なんてないから"共通"することは難しい…。だからこそ丁寧に伝えたい。そのままに伝えたい。
「足、さっさと治して復帰しろよ。バレーやってるのが梨乃なんだし。マネージャーなんかやったら、俺…諦めるからな。」
「何を?」
息を吸って一瞬肺に留める。胸の奥から生まれる熱で、空気は温まってゆっくり出ていった。
「梨乃の事。」
梨乃の頬がさっと赤く染まった。
「俺はまだ諦めたくない。梨乃が誰を想おうとな。」
窓から風が入って、梨乃の香りを運んできた。いつも傍で感じてたレモンライムの香り。
「いつから知ってたの?」
梨乃の想い人があっちゃんだと気付いたのはいつだったろうか…。
「そうだなぁ。梨乃を好きになった時には…。まぁ、小学校時代からだな。」
「一途だね。」
「そっちもな。」
恥ずかしくて照れ隠しに笑う。何だかおかしくて、くすぐったくて。
「テル!」
聞き慣れた声がして振り返るとあっちゃんがいた。
「何だよぉ。怒ってると思ったら楽しそうに…。」
あっちゃんがぐいっと袖を引っ張る。
「パスの相手がいないと部活できねぇだろ。ほら、テル行くぞ!」
「お、おう!梨乃も部活行けよ?」
にっこり笑って頷くのを確認して教室を出た。
そのままの自分でいたいから、俺は今日もボールを追う。
三角関係になってしまいましたね。
真っ直ぐ伝えたい、そのままの想いを伝えたいなら、自分を飾る必要なんてない。と言うこと、どんなに共通点があっても、お互い分からない事は沢山ある。ということ。あっちゃんとテル(梨乃もか?)のストーリーはまだまが終らないのかもしれません。
最後までありがとうございました。




