第七話 同じ北の、違う街から。
一日6本投稿2本目!
7話〜!
旅行の話が出てから、グループチャットは少しだけ現実寄りになった。
曲の構成やコード進行よりも、
「どこにいるか」「どこへ行けるか」
そんな話題が増えていく。
それはたぶん、
音楽だけでつながっていた関係が、
少しずつ生活の輪郭に触れ始めた証拠だった。
S :そういえば、今さら感あるけどさ、みんな、どこ住み〜?
その一文を見て、優は指を止めた。
場所を言うというのは、
自分の立っている地面を差し出すことでもある。
音楽は、どこにいても作れる。
でも、現実は違う。
優 :高槻市
短く送信する。
それ以上は、まだ出さなかった。
S :お、俺寝屋川市やで
ふう:大阪?
その文字に、胸が小さく鳴る。
優 :うん大阪。
こー:俺、枚方市。
一瞬、チャットが止まった。
ふう:え、私、交野市
数秒の沈黙のあと、
画面が一気に流れ始めた。
S :えぇぇぇぇ! ちょ待って、全員、北河内やん!! ちっか! ネットの奇跡ここに来てるやん!!
優はスマホを持ったまま、少しだけ目を閉じた。
世界は広いはずなのに、
地図が急に、現実の大きさに縮んだ。
枚方。
寝屋川。
交野。
そして優の高槻市。
路線も違えば、街の雰囲気も少しずつ違う。
でも、同じ空気圏の中にいる距離だった。
もしかしたら。
同じ時間帯に、同じ電車に乗っていたことがあったかもしれない。
名前も知らないまま。
S :これさ、もう会えって言われてない?
ふう:いや強引すぎ…
こー:でも……ちょっと、安心するね
その言葉に、優も同意していた。
遠すぎる誰かより、
近くにいる誰かの方が、怖さは少ない。
S :じゃあさ、場所的にも近いから、どこ行く?
話題は、自然に次へ進んだ。
S :海! 山! ライブハウス!
ふう:最後は趣味
こー:人多すぎるのはちょっと…正直、しんどいかも
優は、皆のやり取りを少し眺めてから、
ゆっくり打ち込んだ。
優 :遠すぎない場所がいいな
それは、臆病な選択だった。
遠すぎると、不安が勝つ。
でも、近すぎると、日常から離れられない。
S :なるほどね〜じゃあさ、
S :名古屋とか、どう?
名古屋。
大阪から、ちょうどいい距離。
新幹線ならすぐ。
在来線でも、現実的。
ふう:都会だけど、東京ほどじゃないから良いかも!
こー:初めて行く…どんなとこだろ…
優の胸の奥が、静かに揺れた。
東京は、まだ怖い。
でも、名古屋なら――
逃げ道を残したまま、前に進める気がした。
優 :うん!いいと思う
S :よっしゃ! 行き先は名古屋に決定!!
その勢いに、少しだけ笑ってしまう。
Sの明るさは、考えすぎる空気を壊してくれる。
ふう:じゃあ次、交通費だけど…一番遠い寝屋川から名古屋は7000円ぐらいかかるよ…
現実が、ちゃんと追いついてくる。
こー:新幹線は、正直、きついよね
S :そこなんよだから提案があります!!
ふう:はいどうぞ。
S :青春18きっぷ!往復でとても安いです!
その文字を見て、優は画面を見つめた。
時間はかかる。
乗り換えも多い。
効率は悪い。
___でも、ゆっくり進む。途中で降りられる。戻ることもできる。
不登校になってから、
「速さ」についていけなかった自分にとって、
それは妙に優しい選択だった。
ふう:時間はかかるけど、旅っぽいね
こー:ゆっくりなら、行ける気がする
その言葉に、優は少しだけ救われた。
自分だけが怖いわけじゃない。
皆、不安を抱えたまま、
それでも行こうとしている。
優は、深呼吸してから送った。
優 :それなら、行こう。
送信した瞬間、
胸の奥で、小さな音がした。
決断の音だった。
S :決まり!!
ふう:ちゃんと計画立てようね。無理しない前提で
こー:ほんとに、行くんだよね。
S :ほんとだってば!
スマホを置いて、優はしばらく動けなかった。
まだ、外に出られる保証はない。
不安も、消えていない。
それでも。
枚方の誰かと。
寝屋川の誰かと。
交野の誰かと。
そして、高槻にいる自分が、
同じ方向へ向かおうとしている。
同じ北の、違う街から。
夏はもう、
地図の上で、動き始めている。
次は18:00




