第五話 再生された過去
五話〜〜
完成した曲のデータは、夜のグループチャットに静かに置かれた。
ファイル名は、"僕らの夕方"。
そこには確かに「僕ら」が詰まっていた。
たった3分の曲。
琥珀にとっては、学校に行けなくなってからの時間全部が、その3分に織り込まれている気がした。
スマホを伏せて、天井を見る。
時計は24時を回っていた。
家の中は静かで、母の気配もない。
この時間だけが、誰にも邪魔されずに呼吸できる。
S :やっと出来たね! 早く投稿しよ!
ふう:ちょっとS、落ち着きなよ。でも、楽しみだね。
画面越しでも、二人の高揚が伝わってくる。
胸の奥が、じんわり熱くなった。
こー:そうだね。
こー:正直、こんなに上手く完成すると思ってなかった
本音だった。
途中で壊れると思っていた。
誰かがいなくなるとか、意見がぶつかるとか、
そういう未来ばかり想像していた。
でも、今は違う。
優 :じゃあ、投稿しようか
その一言で、空気が変わった。
「作る」と「出す」は違う。
世界に向けて、自分たちの内側を放り投げる行為だから。
S :でも、今が一番エモくね?
ふう:時間的には、いいと思う。夜の方が、ちゃんと聴いてくれる人が多い
こー:でも、ちょっと投稿するの恥ずかしいね…
送信してから、少し後悔した。
弱さを見せた気がしたから。
でも、
優 :いや。そのままでいいと思う
短い文だった。
なのに、胸が軽くなった。
投稿ボタンを押したのは、優だった。
優 :出したよ。
その三文字を見た瞬間、心臓が一気に跳ねた。
世界に、出た。
もう戻れない。
S :おぉ〜!今日が記念日だね!
ふう:最初の一曲、デビュー日だね。
S :えーと、7/15 1:03だね!
こー:ドキドキするね…
画面を見ると、再生数はまだゼロ。
当たり前なのに、少しだけ不安になる。
でも、確かにそこに「存在」していた。
僕らが作った音が、
誰かに届く可能性として、そこに置かれている。
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同じ頃、優は自分の部屋で、静かにスマホを見ていた。
カーテンは閉め切られていて、
鍵盤の上に、淡い光が落ちている。
投稿画面を閉じた瞬間、
昔の音が、頭の奥で鳴り始めた。
中学一年の春。
音楽室の、少し埃っぽい匂い。
初めて触ったピアノは、思ったより冷たかった。
指はうまく動かなかった。
それでも、音が重なるのが楽しくて、
放課後、一人で残った。
「それで、何?」
「え………?」
後ろから投げられた言葉。
悪意がないのが、余計に刺さった。
大会に出るわけでもない。
賞を取るわけでもない。
ただ好きで弾いているだけ。
「だから、意味あるの?」
その一言で、音が止まった。
それから、音楽は「隠すもの」になった。
イヤホンの中でだけ鳴らして、
誰にも聴かせない。
評価されない代わりに、否定もされない。
安全で、孤独な場所。
学校に行けなくなってからは、その場所に、さらに深く潜った。
だから、投稿は怖かった。
曲が否定されるのが怖いんじゃない。
過去の自分ごと、否定される気がしたから。
スマホが震えた。
__再生数:300
誰かが、聴いた。
優は息を止めて、画面を見つめる。
知らない誰か。
でも、この3分の時間を、最後まで聴いた誰か。
また、通知。
S :え、再生増えてる!
ふう:コメントついたよ。
ふう:短いけど、「音が好き」って
こー:……ありがとうって
こー:ちゃんと、言われた気がする
優は、ゆっくり息を吐いた。
胸の奥にあった重たいものが、少しだけ崩れる。
過去は消えない。
でも、今の音が、それを塗り替えていく。
一人じゃなかった。
あの頃には、なかったものが、今はある。
優 :この曲
優 :みんなと作れてよかった
画面の向こうで、
誰かが、また再生を押す。
過去の優が、
少しだけ救われる音がした。
ここからしばらくは、優視点になるよ!
これから優はどうなるのか!
お楽しみに〜




