第二十一話 できない理由
21話だよ
冬は、音を吸い込む。
雪が降らなくても、世界が静かになる。
僕は朝から、何度もスマホを見ていた。
通知が来ていないことを確認するために、じゃない。
来ていないと、分かるために。
チャットを開く。
優の最終ログインは、昨日の夜。
電話で話したあの日から、数日が経っていた。
声を聞けた安心感は、もう残っていない。
S :今日
S :作業どうする?
ふう:無理なら
ふう:休みにしよ
こー:少し
こー:進めたい
指が、勝手にそう打っていた。
優がいなくても、じゃない。
優が戻れる場所を、残したかった。
S :了解
S :俺アレンジ詰めとく
ふう:歌詞
ふう:一部直してみるね
三人で進む作業。
自然に回っているように見えて、どこか歪んでいる。
優がいない。
その事実を、誰も言葉にしない。
昼過ぎ。
画面に、優の名前が表示された。
優 :今日
優 :作業
優 :入れなくて
優 :ごめん
胸が、きゅっと縮む。
こー:大丈夫
こー:体調?
既読。
少し間が空く。
優 :うん
優 :正直
優 :きつい
その言葉は、もう曖昧じゃなかった。
こー:どれくらい?
送信してから、後悔する。
踏み込みすぎたかもしれない。
既読。
優 :分からない
優 :でも
優 :前みたいには
優 :戻れないと思う
頭の中が、真っ白になる。
前みたい、という言葉が、
今までの全部をまとめて過去にした気がした。
こー:じゃあ
こー:音楽は?
返事は、すぐには来なかった。
その間、僕は画面を見つめ続ける。
何かが決まる予感だけが、あった。
優 :嫌いになったわけじゃない
優 :ただ
優 :できない
できない理由は、書かれていない。
でも、その言葉には、逃げがなかった。
こー:できない、って
こー:どういうこと?
既読。
優:まだ、言えない。
その一文を読んだ瞬間、
身体の奥で、何かが崩れた。
終わり。
その言葉が、あまりにも簡単に置かれている。
こー:ねえ。なんでいつもいつもまだ、まだって言って先延ばしにするの?
指が震える。
感情が、文字に追いつかない。
優 :分かってる
優 :だから
優 :いつか、ちゃんと言う
その「ちゃんと」が、
今まで一度も来ていないことに、気づいてしまう。
S :優
S :無理して戻ってこなくて良い。
S :でも
S :優がいなくなったらさみしいな。
Sらしい、真正面の言葉。
ふう:私たち
ふう:待つことはできる
ふう:でも
ふう:何も知らないのは
ふう:しんどい
画面の向こうで、優がこれを読んでいる。
それだけで、胸が痛い。
しばらくして。
優 :少し
優 :時間ほしい
その一文で、会話は終わった。
誰も、返事をしなかった。
できなかった。
夜。
僕は机に向かう。
歌詞ファイルを開く。
書き足した言葉が、全部薄く見える。
「続ける」
「信じる」
「一緒に」
どれも、今の現実に合っていなかった。
優は、逃げているわけじゃない。
それが、分かるのが一番つらい。
逃げてくれた方が、怒れた。
責められた。
できない、という事実だけが残る。
布団に入って、目を閉じる。
耳の奥で、優の声が再生される。
「できない」
それは、拒絶じゃない。
でも、僕たちの時間を止めるには、十分な言葉だった。
冬は、もう深い。
___そして、まだ終わらない。
( ✌︎'ω')✌︎




