第二十話 呼び出し音の向こう側
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話
だ
よ
冬の夜は、時間の感覚が曖昧になる。
時計を見ても、まだなのか、もうなのか分からない。
僕は布団の中で、スマホを握っていた。
画面には、優の名前。
発信ボタンの位置は、もう覚えている。
それなのに、指が止まる。
電話は、怖い。
声は嘘をつかないから。
チャットなら、間を空けられる。
考える時間も、逃げる余地もある。
でも電話は、一瞬で全部が露出する。
逃げたいのか、知りたいのか。
自分でも分からないまま、画面を見つめ続ける。
S :まだ起きてる?
こー:起きてる
S :優に
S :電話するの?
こー:うん
こー:今、しようとしてる
ふう:無理そうなら
ふう:今日はやめてもいいよ
その言葉に、少し救われる。
でも同時に、ここで逃げたら、もう二度とかけられない気もした。
こー:一回
こー:鳴らすだけ
こー:してみる
送信して、深呼吸する。
息が、冷たい。
発信。
呼び出し音が鳴る。
一回。
二回。
その音が、やけに大きく感じる。
耳元で、心臓が鳴っているみたいだった。
三回目に入る前に、通話が切れた。
拒否ではない。
ただ、出なかっただけ。
それでも、胸に何かが落ちる。
数十秒後、通知。
優 :ごめん
優 :今、電話出られなかった
こー:大丈夫
こー:今、話せる?
既読。
少し、間が空く。
優:正直
優:今は
優:しんどい
その一文が、やけに重かった。
いつもの曖昧な感じじゃない。
こー:体調?
優 :うん
優 :それもある
それも、という言葉が引っかかる。
他にも何かある。
でも、そこには触れない。
こー:無理に
こー:話さなくていい
こー:ただ、
こー:声だけでも
こー:聞けたらって思って
送信してから、心臓が早くなる。
これは、お願いだった。
既読。
時間が、ゆっくり流れる。
優:少しだけなら
その文字を見た瞬間、指が震えた。
通話。
呼び出し音は、すぐに止まった。
「……もしもし」
声は、優のものだった。
でも、記憶より少し、遠い。
「こー?」
「うん」
それだけで、喉が詰まる。
何を言うつもりだったか、全部飛んだ。
「ごめんね」
優が、先に言った。
「最近、何もできてなくて」
「謝らなくて良いよ。」
反射的に出た言葉。
本心でもあった。
少しの沈黙。
向こうで、息を整える音がする。
「……冬、きつい」
その一言が、胸に刺さる。
「優、寒いの、苦手だったっけ?」
「前はな」
「今は、違う」
何が違うのか、聞けなかった。
聞いたら、戻れなくなる気がした。
「曲、どう?」
優が話題を変える。
「いい感じ」
「優がいる時に比べたら、あんまりだけど」
冗談みたいに言ったつもりだった。
でも、向こうは笑わなかった。
「ごめん」
その謝罪が、今までで一番弱く聞こえた。
「優」
「俺さ」
言いかけて、止まる。
何を言うつもりだったんだろう。
待ってる、なのか。
置いてかんといて、なのか。
どれも、重すぎた。
「無理しんでいいよ。」
結局、それしか言えなかった。
「……うん」
短い返事。
でも、嘘じゃない音。
通話は、長く続かなかった。
切る直前、優が言った。
「ありがとう」
「かけてくれて」
通話が終わる。
スマホを置いて、天井を見る。
胸の奥が、妙に静かだった。
知りたいことは、何も分からなかった。
でも、声を聞けた。
それだけで、今日のところは十分だと思ってしまった自分が、
少し怖い。
S :どうだった?
こー:話せた
こー:ちょっとだけ
ふう:声
ふう:元気そうだった?
こー:元気では
こー:なかった
それ以上、言えなかった。
冬は、こうやって進む。
大きな出来事は起きないまま、
確実に、何かを削っていく。
僕は目を閉じる。
耳の奥に、さっきの声が残っていた。
あれは、別れの声じゃない。
でも、近づいている音は、確かに聞こえていた。
次はどうなる?




