第十九話 冬が始まる音
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話 だよ
冬は、突然やってくる。
カレンダーより先に、身体が知ってしまう。
朝、布団から出るのがつらくなった日。
それが、僕にとっての冬の始まりだった。
指先が冷たい。
息を吸うと、胸の奥まで空気が落ちてくる感じがする。
スマホを開く。
通知は、少ない。
S :おは〜
ふう:おはよ
こー:おは
挨拶は続いている。
でも、どこか薄い。
優の名前は、ない。
冬になると、音楽の作業はやりやすくなる。
外に出る理由が減るから。
それなのに、僕は机に向かえずにいた。
頭の中で、同じ疑問がぐるぐる回る。
今、優は何をしているんだろう。
ちゃんと、眠れているんだろうか。
チャットを開いて、閉じる。
送信しないままの文章が、溜まっていく。
S :今週、
S :制作どうする?
ふう:少し止める?
こー:止めるのは
こー:嫌。
即答してしまった。
画面を見て、少し後悔する。
強い言い方だったかもしれない。
S :分かる
S :止めたら
S :終わりそうやしな
ふう:でも、
ふう:優の状況が分からないままは
ふう:ちょっと不安
間違いなく正論だった。
誰も間違っていない。
こー:俺、
こー:優に
こー:電話してみる
送信した瞬間、心臓が跳ねた。
口に出すと、引き返せなくなる。
S :マジ?
S :無理すんなよ
ふう:繋がらなくても
ふう:優を責めないであげてね
僕はスマホを握りしめる。
通話ボタンを押すだけ。
それだけなのに、指が動かない。
電話は、距離が近すぎる。
文字みたいに、考える時間をくれない。
しばらくして、通話をするのを諦めた。
今日は、無理だ。
窓の外を見る。
空が低い。
雲が、重たい。
昼過ぎ、優から通知が来た。
優:ごめんね。
優:最近、返信遅くて
こー:大丈夫
こー:体調どう?
既読。
返事は、来ない。
その沈黙が、もう慣れ始めている自分に気づいて、
僕は少し怖くなった。
夜。
部屋のストーブをつける。
小さな音で、部屋が温まっていく。
イヤホンをつけて、未完成の曲を再生する。
音は、ちゃんと冬の色をしていた。
静かで、冷たくて、でも優しい。
この曲を、優はどう思うだろう。
もう、聴いていないかもしれない。
こー:この曲、冬っぽくなったよ。
こー:聴けたら、感想ほしい
送信。
数分後、既読。
しばらくして。
優:ごめん。
優:今、ちょっと余裕なくて
優:ちゃんと聴けない
胸の奥が、きしんだ。
こー:そっか、
こー:無理しないでね。
そう返すしかなかった。
優しさなのか、諦めなのか、自分でも分からない。
通話履歴を見る。
一度も、発信していない。
冬は、奪っていく。
体温も、言葉も、勢いも。
音楽だけが、まだ残っている。
それすら、いつまで一緒にいられるか分からない。
布団に潜り込み、目を閉じる。
耳の奥で、曲のメロディが鳴り続けていた。
それは、始まりの音じゃなかった。
終わりに向かう、静かな合図だった。
いや〜 優は大丈夫かな?




