第十七話 触れない距離
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7
話
だ
よ
秋の朝は、夏よりも静かだ。
空気が冷えているせいか、音が少ない。
僕はアラームより少し早く目を覚ました。
天井を見上げたまま、しばらく動けない。
理由は分かっている。
スマホを見るのが、少し怖い。
それでも手を伸ばしてしまう。
通知は、ない。
胸の奥が、じわっと重くなる。
昨日も、一昨日も、同じ確認をした。
S:おは
ふう:おはよ
こー:おは
いつもの挨拶。
少しだけ、歯車がずれている感じ。
S:優は?
こー:来てない
ふう:そっか
それだけで、会話が止まる。
止まる時間が、前より長くなった。
一曲目の次に作っている曲は、ほぼ形になっていた。
メロディも、展開も、アレンジも。
歌詞も、八割は書けている。
足りないのは、優の判断だけだった。
こー:ここ
こー:二番のサビ
こー:最後の一行
こー:どう思う?
送信。
スマホを伏せて、ノートを開く。
歌詞案が何パターンも並んでいる。
「信じてる」
「待ってる」
「変わらない」
どれも、今の自分には嘘っぽく見えた。
昼を過ぎ、夕方になる。
部屋の影が長く伸びる。
スマホが震えた。
既読。
一瞬で、心拍数が上がる。
だが、画面は動かない。
返事は来ない。
胸の奥が、きゅっと縮む。
待つことに、慣れたくなかった。
S :既読ついた?
こー:うん
ふう:返事は
こー:まだ
S :これ
S :地味にしんどいな
その一文を見て、初めて分かった。
自分だけじゃない。
こー:だよな
短い返事。
それ以上、何も言えなかった。
夜。
部屋の明かりを落とし、イヤホンをつける。
「保存期限」を再生する。
最初の音が流れただけで、胸が締め付けられる。
この曲は、四人で作った。
笑いながら、冗談を言い合いながら。
今は、その時間が遠い。
歌詞が、違う意味を持ち始めていた。
置いていかれる側の声。
何も知らされない側の声。
耐えきれず、こーはスマホを掴む。
こー:優
こー:正直に言ってほしい
こー:今
こー:音楽やる余裕ある?
送信。
数秒後、取り消したくなった。
でも、既読がつく。
優 :ごめんね
それだけ。
謝罪が欲しかったわけじゃない。
その事実が、痛いほど分かる。
こー:何に対して?
こー:俺は
こー:事情を知りたいだけ
既読。
返事は来ない。
胸の奥に、じわじわと熱が溜まる。
怒りというより、焦りに近い。
少しして、ふうから。
ふう:今、優、しんどそう?
こー:分からない
こー:何も言わないから。
画面を見つめながら、思う。
分からない、という状態が一番きつい。
夜が深くなった頃、優から通知。
優 :今
優 :ちゃんと向き合える状態じゃなくて
こー:そういうのを、最初に言ってほしかった
こー:待つのが一番しんどいから
既読。
それで、終わり。
返事は来なかった。
スマホを置き、天井を見る。
喧嘩じゃない。
でも、何かが確実に変わった。
近くにいるはずなのに、
触れられない距離。
壊れてはいない。
けれど、前と同じ形ではもう戻れない。
秋の風が、カーテンを揺らす。
冷たくて、静かで、現実的だった。
こーは目を閉じる。
眠れないまま、夜は進んでいく。




