第十五話 夏のあと
15話〜〜〜
寒いよ〜(夏の話を冬に書くやつ)
世間は、夏休みが終わった。
朝の電車は再び混みはじめ、制服姿の写真がSNSに戻り、タイムラインには「二学期」「提出物」「テスト」という言葉が並び始める。世界は、何事もなかったように、次の季節へ進んでいた。
こーは、カーテンを少しだけ開けて、外を見た。八月の終わりに比べて、空の色が違う。光が柔らかく、影が長い。まだ暑さは残っているのに、空気のどこかに、確実に夏じゃない匂いが混じっていた。
万バズした曲は、今も伸びている。
爆発的な勢いは落ち着いたけれど、再生数はじわじわと増え続け、コメントも毎日つく。
「この曲で夏が終わった」
「九月に聴くと余計に沁みる」
そんな言葉を見るたびに、こーは不思議な気持ちになった。
自分たちは、夏の真ん中で作ったはずなのに、曲はもう、夏の“思い出”として消費され始めている。
世界の時間は、容赦なく進む。
スマホが震えた。
S :二学期だってよ
S :まあ俺ら関係ねーけど
いつもの、軽い調子のメッセージ。
ふう:完全に無関係、ではないかも
こー:ちょっと関係あるかも
送ってから、少しだけ考える。
不登校でも、季節は勝手に変わる。夏休みが終わるという“区切り”は、家にいても、はっきり分かる。
窓を開けると、風が入ってきた。昼間なのに、前みたいにむっとしない。風が、ちゃんと冷たい。
S :秋曲いこーぜ
S :しっとり系
ふう:いいね
こー:うん!
返事はした。
でも、胸の奥で、小さな引っかかりが消えなかった。
優の発言が、まだ頭に残っている。
優 :次は、もうちょっと遅くしても良いんじゃない?
優 :焦らなくていいよ。
こー:確かに……
正しい判断だと、僕も思う。
勢いだけで作り続けるのは、危ない。夏のテンションを、そのまま引きずる必要はない。
それでも、「止まる」ということが、少し怖かった。
あの夏は、確かに特別だった。四人が同じ熱量で、同じ方向を向いていた。あの時間が、二度と戻らないかもしれないと、どこかで感じてしまう。
S :珍しいよね〜
S :優がブレーキかけるの
ふう:体調悪い?
しばらくして、優から返事が来た。
優 :大丈夫だよ!
優 :でも、今はちょっと整えたいかな…
「今は」という言葉が、引っかかる。
今じゃないときが、いつ来るのか分からない。
その夜、こーは一人で「保存期限」を再生した。
イヤホン越しに流れる音は、相変わらず綺麗だった。音の一つ一つが整理されていて、無駄がない。優の作る曲は、いつもそうだ。
でも、今日は少し違って聞こえた。
夏に作ったはずの曲が、秋の空気に、やけに馴染んでしまう。
「消えないで」
自分が書いたその一行が、胸の奥で反響する。
そのときは、ただの感情だった。失われるものへの漠然とした不安。誰に向けたわけでもない言葉。
なのに今は、はっきりと、誰かの顔が浮かんでしまう。
こーは、慌ててイヤホンを外した。
机の上に置いたスマホに、再生数が表示されている。数字は、まだ増えている。知らない誰かが、この曲を聴いている。
嬉しいはずなのに、胸の奥が、ひんやりと冷えていく。
カレンダーを見る。
九月。
一年は、もう三分の一が終わっていた。
四月から数えれば、半分近くが過ぎている。
その事実が、なぜか重くのしかかる。
こーは、スマホを手に取り、メッセージを打った。
こー:優、
こー:秋ってさ
こー:好き?
軽い質問のつもりだった。返事が来なくても、気にしないつもりだった。ただ、今の空気を、そのまま投げただけ。
少しして、既読がついた。
優 :嫌いじゃない
優 :終わりが、分かりやすいから
指が止まる。
終わり。
その言葉が、画面から浮き上がってくる。
こー:終わりって?
こー:季節の?
既読はすぐについた。
でも、それ以上、何も来なかった。
代わりに、Sとふうの会話が続く。
S :秋曲さ、イントロ静かに入るのどう?
ふう:映像、夕方多めでいけそう
S :天才か
ふう:普通です
ちゃんと、進んでいる。
チームとしては、何も問題ない。
それなのに、こーは一人、取り残されている気がした。
優は、何かを知っている。
それを、言わない。
夏の間は、それでもよかった。勢いがあって、考える暇がなかった。でも、秋は違う。静かで、余白があって、考えてしまう。
終わりが、分かりやすい季節。
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
夜、窓を開けると、虫の声が聞こえた。蝉はいない。代わりに、細くて高い音が、途切れ途切れに続いている。
夏は、完全に終わった。
でも、何かが終わりきっていない。
むしろ、終わりに向かって、丁寧に整えられている気がした。
それが曲なのか、関係なのか、それとも__。
こーは、答えを出せないまま、スマホを伏せた。
秋は、始まったばかりだ。
でも、その始まりは、少しだけ冷たかった。
次も今日中にあげる!




