第十四話 公開
14話〜
投稿ボタンは、思ったよりも軽かった。
指先に力を入れなくても、画面は簡単に切り替わる。
それなのに、胸の奥だけが重い。
タイトルは、「保存期限」。
サムネイルは、ふうが作った淡い夜色。
説明文は、必要最低限。
――これでいいんだ。
そう言い聞かせて、こーは目を閉じた。
通知が鳴るまで、五分もかからなかった。
S :来た!!
S :もう再生回ってる!!
ふう:はや……
こー:え?
慌ててアプリを開く。
数字が、増えている。
さっきまでゼロだった場所が、動いている。
S :え、コメントも来てる
S :「中1って嘘だろ」
S :「歌詞刺さる」
こー:ほんとだ…
実感が、追いつかない。
昨日までの違和感が、嘘みたいに流されていく。
優 :よかった
優 :ちゃんと届いてた…
その一言が、少しだけ救いだった。
でも同時に、どこか遠い。
__十分。
___二十分。
____一時間。
いつまで経っても増える数字は、止まらなかった。
S :やばいやばいやばい
S :これ、万いくぞ
ふう:トレンド入ってる
こー:……本当に?
疑っている間にも、画面は更新される。
名前の横に、知らない人たちの言葉が増えていく。
「この曲、息できない」
「消えないで、で泣いた」
「期限って何……?」
最後のコメントで、指が止まった。
ふう:こー?
S :どうした
こー:なんでもない
嘘だった。
なんでもなくは、なかった。
その夜、優からは、ほとんどメッセージが来なかった。
「よかった」「ありがとう」
それだけ。
Sはテンションが上がりきっていて、
ふうは静かに喜んでいて、
こーだけが、取り残されている気がした。
朝が昼に変わる頃。
再生数が、五桁に届いた。
S :万!!!!
S :万バズ!!!!
ふう:……すご
こー:……うん
画面の向こうで、世界が騒いでいる。
でも、胸の奥は静かだった。
優 :おめでとう
優 :みんな
その「みんな」に、
ちゃんと自分も含まれているのか、分からなくなる。
翌朝。
通知の嵐で、目が覚めた。
学校からの連絡は、相変わらず来ない。
でも、曲の通知は、止まらない。
知らない誰かに、
自分の言葉が届いている。
それは、確かに嬉しかった。
――でも。
こー:優
こー:少し話せる?
送信してから、いつもは数分で返信が来るのに、三十分もかかった。
優 :今は無理
優 :あとで
理由は、書かれていなかった。
その「あとで」が、
いつなのか分からないことに、
胸がざわつく。
S :次どうする?
S :この勢いなら連続で出したい
ふう:新曲、もう少し練ろう
こー:うん
返事はした。
でも、心は追いついていない。
こーは、投稿された曲を、もう一度再生した。
イヤホン越しに流れる音は、綺麗だった。
歌詞も、ちゃんとそこにあった。
なのに。
"消えないで"
その一行が、
まるで予言みたいに聞こえてしまう。
夜。
また、優に個人メッセージを送る。
こー:優
こー:昨日のこと
こー:怒ってるわけじゃない
こー:ただ、知りたい
既読は、つかない。
その代わりに、
別の通知が鳴った。
――インタビュー依頼。
――コラボの打診。
全部、現実感がなかった。
S :夢じゃね?
ふう:夢だね
こー:……夢かも
夢なら、
覚めなければいいのに、と思った。
深夜、ようやく、優からメッセージが来た。
優 :今日はごめん
優 :少し疲れてた
それだけ。
こー:体調悪い?
こー:最近、無理してない?
送信。
すぐに後悔する。
踏み込みすぎたかもしれない。
でも、返事は来た。
優 :大丈夫
優 :ちゃんと、やれてる
「ちゃんと」という言葉が、
妙に引っかかった。
何を基準に?
何に向かって?
聞けなかった。
その夜、こーは初めて、
この場所が、永遠じゃないかもしれないと思った。
万バズした。
成功した。
なのに。
四人の距離は、
少しずつ、音もなくズレている。
画面に映る再生数は、
まだ増え続けている。
でも、
こーの中で、
何かが、静かに削れていた。
それが何なのか、
この時は、まだ名前をつけられなかった。
11、12話カクヨムにて14:30同時公開!




