第十三話 最終調整
第十三話!
投稿前日の夜は、いつもより静かだった。
通知が鳴るたびに胸が跳ねるのに、
それが楽しみなのか、不安なのか、自分でも分からない。
画面に並ぶのは、もう慣れた名前たち。
S :明日だな
S :いよいよ
ふう:早かったね
こー:ほんとに
「早かった」
その一言が、思った以上に重く響いた。
優 :最終調整、今からできる?
S :余裕!
ふう:いける
こー:大丈夫
その流れが、当たり前になりすぎていることが、
こーは少しだけ怖かった。
S :じゃあまず音
S :ここ、サビ前半拍ズラした
S :どう?
ふう:私は好き
こー:俺も
優 :僕は、
優 :戻したい
短い言葉。
でも、はっきりした否定。
S :え?
S :今の、結構よくね?
ふう:私もそう思う
こー:うん、バランスいいと思う
一瞬、チャットが止まった。
優 :前の方がいい
優 :理由は……
優 :今じゃない
その言い方が、
こーの胸を、ちくりと刺した。
S :今じゃないって何だよ〜
S :明日出すんだぞ?
ふう:理由だけ教えてほしいかも
こー:俺も、ちょっと分かんない
初めてだった。
優の意見に、全員が止まったのは。
優 :……
優 :ごめん
優 :でも、戻したい
それ以上、説明はなかった。
S :うーん
S :まあ作曲者だしな
S :戻すか
ふう:私はどっちでも
こー:……了解
納得したわけじゃない。
でも、飲み込んだ。
それが、こーの役割だと思ってしまった。
音源が差し替えられる。
確かに、悪くはない。
でも、さっきまであった“熱”が、少しだけ薄れた気がした。
こー:歌詞も、ちょっと変える?
こー:サビ最後
こー:「消えないで」ってとこ
優 :そのままがいい
優 :変えないで
即答だった。
S :即レス
ふう:迷いゼロだね
こー:……なんで?
送ってから、後悔した。
聞きたかったのは理由じゃない。
気持ちだった。
優 :変えたくない
優 :それだけ
それ以上は、来なかった。
こーは、スマホを持ったまま、しばらく動けなかった。
自分の言葉が、軽く扱われた気がした。
「それだけ」で、片づけられるほど、
適当に書いたわけじゃない。
S :まぁまぁ
S :完成ってことで!
ふう:だね
ふう:明日、投稿しよ
流れは、もう止まらなかった。
優 :ありがとう
優 :明日、よろしく
丁寧な言葉。
でも、どこか遠い。
チャットが終わる。
部屋に残ったのは、
さっきまでの熱と、
置き場のない感情。
こーは、ノートを開いた。
消されなかった歌詞が、そこにある。
「消えないで」
それを書いたとき、
誰か一人を思い浮かべたわけじゃない。
でも今は、はっきりと浮かんでしまう。
優は、何かを知っている。
そして、言わない。
それが正しいのか、
それとも、ただ怖いだけなのか。
分からない。
でも——
同じ曲を作っているはずなのに、
同じ場所に立っていない気がした。
投稿ボタンを押すのは、明日。
その前に、
もう戻れないところまで来ている気がして。
こーは、スマホを伏せた。
胸の奥に残ったのは、
完成の喜びじゃなく、
"調整できなかった違和感"だった。
٩( ᐛ )و




