第四十七話 朽ちても尚
戦争から1週間と4日。
不帰の大森林での生き方にみんな慣れてきた。
俺が元いた世界で言うイノシシだとかシカ類、
そういう奴らを狩っては焼いて食って、
水は水魔法から生成して飲む。
服も身体も洗わなきゃ臭くなるから、
定期的に穴に水を溜めてそこで洗ってる。
住まいは洞穴、大森林内は転移魔法陣が多いし、
あんまりうろうろしてると迷宮に飛ぶから、
みんな退屈そうに洞穴で過ごしてる。
最低限の生活はできてるが、なんせ心労がやばい。
「フリィア様、今日も大剣を磨いてるんですなの?」
「うん。わたしにとって大切な物だから」
フリィアちゃんの精神は強すぎる。
唯一の身内であるおばあちゃんの安否は不明、
これから長い間会えなくなるのも確定してる。
十二歳でここまで強靭なメンタルがあるのは、
紛れもなくあの貧乏生活が効いてるんだろう。
メアラも同じだ。
元々家での扱いも酷く、今じゃ家族はフリィアちゃんや俺、他のみんなが無事なら大丈夫なんだろう。
対して……リルメスやルダクル、
そして一番ひどいのがシルフさんだ。
ほぼ無言、そりゃそうか……
テグトトさんはもう……そう考えれば、
あれだけ仲の良さそうなシルフさんが、
こんな感じで酷く落ち込むのも納得できる。
ルダクルも中々に落ち込んでて元気はない。
元々一般家庭出身、親との仲も良好、
となれば今回のことはかなり辛いはずだ。
だが、ルダクルは自身の心配よりも、
リルメスのことを心配しすぎている。
「あの、失礼ですがリルメス様……
朝の食事は済ませなかったのですか?」
お腹をさすっているリルメスを見て、
ルダクルは近づいてそう言った。
「……食欲が、ないの」
「そう、でございますか。お口に合わないとか……」
「味は問題ないのよ……でもなんだか、
あんまり口が動かないの……疲れてるのよ」
リルメスの心境は複雑だろう。
両親を失い、祖父や祖母も同時に亡くした。
俺はその人たちと深い関わりがあったわけじゃない。
ただ、リルメスにとっては唯一の存在、
俺なんかより何倍も思い入れはあるはず……
気づいてないだけでリルメスの精神は確実に、
限界付近を彷徨っているんだ。
十二歳の女の子が受ける不幸にしては大きすぎる。
グラバさんだけだろうか、
この状況下でもブレることなく、
淡々とできることをし続けているのは……
この人はめちゃくちゃ頼れるし、
なんならグラバさんがいなきゃ俺は詰んでいる。
でもよく思う、この人の心は……
一体どこで息をする暇があるんだ?
「……!」
グラバさんがいきなり立ち上がった。
手帳へと書き込む手をやめ、即座にだ。
「グラバさん、どうしました?」
フリィアちゃんがそう聞けば、
グラバさんは真剣な面持ちで歩き始め、
洞穴の出口の方へとゆっくり向かっていく。
「兇徒……ではない暴野。
皆さんここでお待ちを、すぐ戻りますので」
グラバさんはそう言って洞穴を出ていくと、
俺はそれと同時に死のリストに目を通した。
【*死のリストが更新されました。
樹霊族、″亡樹の番″による襲撃】
黄色文字……グラバさんと戦って黄色。
強い……かなりというかめちゃくちゃ強い。
樹霊族は知力を等しく持たない種族、
その中でも名があるってことは──
【全知脳発動】
それはつまり″特殊個体″ってやつなんだな?
特殊個体……突然変異だとかそういう類、
ある一つ以上の部位が急成長を成した状態。
それが特殊個体……平均的に等級は英級以上。
見ればわかる、どの程度の暴野なのか。
* * *
亡樹の番。
身長4mで全身が朽木で出来てる。
ただ、人型だからかなり不気味な見た目だ。
「貴方ですか、魔力をダダ漏れで歩くのは」
グラバさんが手に手袋をはめて、
よく馴染ませるように口で布を引っ張る。
「ギギアギアギアアアギアギア」
理解不能な言語、全知脳も発動しないから、
こりゃその種族同士の独自の会話法だな?
「ギギアギアギギギア、ギアギ」
「結界の構築……空間魔法を扱うタイプですか」
空間魔法の派生、結界魔法。
高等魔法の一種でめちゃくちゃ扱いが面倒、
閉じ込めるタイプの結界と閉じ込めないタイプがあって、閉じ込めないタイプはフィールド構築だ。
違いは明確に二つ。
「加えて閉じないタイプ……」
閉じ込める結界と閉じ込めない結界、
範囲は圧倒的に、閉じ込めない結界のほうが大きい。
ただ、これは逃亡が可能になるから、
タイマンで死ぬまでやる気の時じゃないと、
意外に範囲外まで逃げられてしまう。
そして二つ目は結界内に滞在する際への、
自身以外へのデバフ付与だ。
これがめちゃくちゃ強くて扱いづらい。
「ギギア」
まず対象の選択をできるほどの魔法技術と、
デバフを常に与えることができる魔力量、
そして、結界を維持するための魔力量。
三つの条件が噛み合った際に出来上がるのが、
この閉じないタイプの結界魔法。
俊級魔法認定されるほどには、
結界魔法は困難を極めすぎている。
こいつの結界は地形を変えたりだとか、
そう言った類のものじゃなかった。
だけど少しばかり、霧が増えて、
辺りの木々が一気に枯れ始めた。
光景は異様だが、グラバさんに動揺はない。
そんなわけで戦いが始まったわけだが、
グラバさんは結界が展開されてすぐに目を閉じた。
俺の予想するに結界のデバフ内容は──
視覚を一時的に機能停止にするもの。
「……」
グラバさんと言えど視覚情報がなきゃ、
戦いじゃ不利なんてレベルじゃない。
マズい、亡樹の番の身体から木の根が伸びてきた。
あれに刺されたら一発で終わり……
グラバさんならどうにかできるか……?
「ギギアギア!?」
「……やる気をもう少し出すべきかと」
バキッと音がすればグラバさんの拳が、
亡樹の番の尖った根を破壊した。
さすがというかなんでだよ……
なんで目が見えてないのに攻撃を防いだ?
まあこんなことされたのは初めてだろう。
間違いなくこの大森林のヒエラルキーじゃ、
トップ……いやトップ層にいる存在。
生まれて初めて味わう未知への恐怖、
本能だけであっても理解できたんだろう。
亡樹の番はそこで気がついたんだ。
グラバさんが圧倒的に格上だってことにな。
驚いてる間にも時は進み続けて、
亡樹の番の腹部にグラバさんの拳が突き刺さった。
その衝撃で一気に後方へと吹き飛んで、
朽ちた木々を薙ぎ倒していく亡樹の番。
視界が見えてないのに相手の位置がわかるのは、
おそらく……グラバさんが纏う大量の魔力だ。
攻撃が行われた際に魔力の膜が凹む。
それに応じて動きを作って避けたりするんだ。
納得すると簡単そうに聞こえるが、
やってみたらめちゃくちゃに難しいはず。
魔力を纏うなんて一歩間違えれば放出になる。
グラバさんはそう言った魔力の操作だとか、
そういうところが本当に上手い。
遠近どちらもいける戦士、
中々いないさこんな人……
「ギッギッアア!!」
亡樹の番が立ち上がってグラバさんに襲いかかるが、
こいつは未だに理解できていない。
その声や行動から漏れる音、
それら全てがグラバさんにチャンスを与えてる。
等級はおそらく英級、
まさに井の中の蛙という感じだな。
「この大森林に入ってからは、
まあ少しは強いほうでした。では、炎刑」
グラバさんは杖を腰から抜いて、
単音詠唱で巨大な火の斬撃を放ち、
亡樹の番の首を切断した。
ボッと火がつき燃え尽きる亡樹の番。
技術だけに頼ってはいけない。
そんなことを俺はこいつから学べた気がする。
魔法の技術は準俊級レベル、
ただ、フィジカルがお粗末じゃダメなんだ。
一度の失敗は永遠の終わり、
そういう世界……ただ一つ気になるんだが──
なんでこいつに対して、
黄色文字だとかが出てたんだ?
あの二人に関わることなんてないだろ。
だって、今目の前で……
「……復活ですか」
はは……そういう感じかよ。
亡樹の番は身体が一回り小さくなって、
復活しやがった。
どうやら、まだ戦いは続くらしい。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回はがっつり戦闘回、第一部最後の戦闘になりそうです!




